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ドキュメントスキャナーのScanSnapシリーズでおなじみのPFUから、新技術「Versatile Imaging Technology」(VIテクノロジー)で使いやすさと高画質を両立したまったく新しいドキュメントスキャナ「SV600」が登場しました!
その新技術と様々な機能を動画でご覧ください♪
※こちらはPFUのプロモーション動画です。
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漫画家の故・中沢啓治さんが、自らの被爆体験をもとにして描いた漫画『はだしのゲン』(汐文社)は、戦争の悲惨さ、核兵器の残酷さを後世へ伝えるために必要な名著だと思う。本来なら、教育委員会が「必読書」に挙げるべき作品だ。だけど、こともあろうに、松江市教育委員会は『はだしのゲン』の中に「過激な描写がある」として、市内の全小中学校に対して教師の許可ないと自由に閲覧することができない「閉架措置」を求め、全校が応じていたことが分かった‥‥という問題が波紋を広げてる。
それなのに、この問題に対して、安倍政権は何故だか何のコメントも出さない。そのため、今のこの国の政府が『はだしのゲン』に対して、いったいどんなスタンスなのかが分からない‥‥と思ってる人も多いだろう。そこで、6年前の2007年、「第一次安倍内閣」の時の共同通信の記事を紹介する。
「はだしのゲンで核軍縮訴え 外務省、NPT会議で配布」(2007年4月29日)
ウィーンで30日から始まる核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委員会で、日本政府代表団が広島の被爆体験を描いた漫画「はだしのゲン」の英語版を会場内で展示、配布することになった。大の漫画ファンで知られる麻生太郎外相の肝いりで実現、原爆の悲惨さを生々しく描写した漫画で核軍縮を訴える。「はだしのゲン」は広島に投下された原爆で父、姉、弟を失い、自らも被爆した少年ゲンが母親、妹とともに懸命に生きていく姿を描いた物語で、米国はじめ各国で出版されている。外務省が英語版30冊を出版社から譲り受けた。同省は「各国政府、非政府組織(NGO)関係者にぜひ手に取って読んでほしい」とPR。今後も国際会議などの場で漫画やアニメを使った情報発信を検討しており、「漫画外交」が活発に展開されそうだ。【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200704/CN2007042901000192.html
この記事を読めば分かるように、2007年の安倍政権では、ウィーンで開催された「核拡散防止条約(NPT)再検討会議」の準備委員会で、『はだしのゲン』の英語版を会場内に展示して、各国の代表に配布して、原爆の悲惨さを伝えて核軍縮を訴えるということが、「麻生太郎外相の肝いり」で行なわれたのだ。官僚からの指示ではなく、麻生外相が自ら音頭をとって行なったのだから、まさか麻生外相本人が「読んでいない」ということはアリエナイザーだろう。
つまり、松江市教育委員会が「過激だ」と判断した描写に関して、この国の当時の外相であり現在の副総理は「まったく問題ない」と判断しているワケであり、その内容に関しても「世界中の人たちに読んでもらいたい内容」だと認識してるワケだ。だから、麻生太郎副総理は、早急に松江市教育委員会に対して「閉架措置の撤回」を要請すべきだろう。それだけでなく、全国の小中学校に対して『はだしのゲン』を「推薦図書」にするように要請すべきだろう。そうしなければ、麻生副総理は、自身の過去の行動と整合性がとれなくなると思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、この問題は、新聞やテレビの報道では伝えられてない部分がある。新聞やテレビの報道では、あくまでも「過激な描写がある」として松江市教育委員会が「閉架措置」を求めたと報じられてる。もう少し詳しく書くと、「旧日本軍がアジアの人々の首を切ったり女性への性的な乱暴シーンが小中学生には過激」と判断されたと報じられてる。でも、実際はそうじゃない。
東京の新大久保、大阪の鶴橋、京都のウトロ地区など、在日コリアンの店舗が多いエリアで、目を覆いたくなるような下品なプラカードを掲げて、耳を塞ぎたくなるような下品な言葉を叫んで、日の丸の旗を振りながら在日コリアンの排斥を訴え続けてるネットウヨクのグループがいる。あまりの下品さに、右翼団体「一水会」の最高顧問の鈴木邦男氏は「日の丸が泣いている」とこぼしたほどだ。
で、このネットウヨクのグループのメンバーが、『はだしのゲン』の内容に対して「旧日本軍がアジアの人々の首を切ったり女性への性的な乱暴シーンは捏造だ!自虐史観だ!反日漫画だ!」として、松江市教育委員会に「図書館から排除しろ」と要望し続けた。実際の様子は、こちらに音源がある。
http://www.youtube.com/watch?v=y_heaEY0dRg&feature=player_embedded#at=245
そして、結果として、松江市教育委員会はネットウヨクの要望に折れた形になった。つまり、松江市教育委員会の「旧日本軍がアジアの人々の首を切ったり女性への性的な乱暴シーンが『小中学生には過激』」という説明はアトヅケの詭弁であって、実際には「旧日本軍がアジアの人々の首を切ったり女性への性的な乱暴シーンは捏造だ!自虐史観だ!反日漫画だ!」と主張する一部のグループからの圧力に負けたということだ。
新聞やテレビはいっさい報じないけど、これが事実だ。だから、有識者だか文化人だか知らないけど、テレビのコメンテーターたちが「この描写を過激と判断するのはナンタラカンタラ」なんて分かったようなことをノタマッてると、「なんだかな~」って気分になる。問題はそんなことじゃないのに‥‥。
‥‥そんなワケで、前回の2007年にウイーンで開催された「核拡散防止条約(NPT)再検討会議」の準備委員会では、麻生太郎外相が各国の代表に『はだしのゲン』を配布して、原爆の悲惨さを伝えて核軍縮を訴えたけど、それから6年後の今年4月、ジュネーブで開催された「核拡散防止条約(NPT)再検討会議」の準備委員会では、「いかなる状況下でも核兵器が再び使用されないことが人類生存の利益になる」という「核兵器の人道的影響に関する共同声明」に、岸田文雄外相は署名しなかった。世界74カ国が賛同したのに、世界唯一の被爆国の日本が、こともあろうに署名を拒否したのだ。
日本は「いかなる状況下でも」という表現を削除すれば署名すると言ったそうなので、つまりは、「状況によっては核兵器の使用もやむなし」というのが現在の安倍政権の考え方なんだろう。これは、「戦争を1日でも早く終わらせて1人でも多くの日本人を救うためにやむなく原爆を投下した」という反吐が出るようなアメリカの詭弁をも肯定することになる愚行だ。それも、いくら安倍晋三首相の「お使い」だとは言え、この岸田文雄外相は「衆院広島1区選出」なのだ。いくら「大人の事情」があったとしても、原爆を投下された広島選出の大臣が、こともあろうに世界に向けて「状況によっては核兵器の使用もやむなし」という主張をしたことは、日本人としてホントに恥ずかしいことだ。
‥‥そんなワケで、今日は最後に、12年前に制作されたNHKのドキュメンタリー『そして男たちはナガサキを見た~原爆投下兵士・56年目の告白~』(44分)を紹介する。広島と長崎に原爆を投下したB29のクルーたちが、原爆投下の1ヶ月後に長崎の爆心地を視察に行っていたという告白だ。長崎の原爆投下クルーの指揮官、ポール・ティベッツ氏は、投下から1ヶ月後に長崎へ行き、焼け野原になった爆心地を見た感想として、次のように語っている。
「私たちは(長崎に)原爆を投下し、(現地へ行って)被爆の状況を見ました。そこで、原爆がどんな手段よりも、いち早く平和をもたらしたことを確認したのです。私はとても満足しました」
あたしは、あまりの怒りで、このドキュメンタリーを観ていたノートPCのディスプレイを、もうちょっとで叩き壊すとこだった。そして、悔しくて悲しくて涙が止まらなくなった。原発推進派は原発のことを「核の平和利用」と言うけど、アメリカは核兵器ですら「平和利用」と言ってハバカラないのだ。広島の原爆も長崎の原爆も、誰がどう見たって「大量虐殺」以外の何物でもないのに、言うにことかいて「平和をもたらした」などと、いったいどの口が言っているのか?
現在の安倍政権の考え方は、このトンデモ指揮官の詭弁を肯定するものであり、原発だけでなく核兵器の使用まで条件付きで認めるなんて、もはや完全に狂っているとしか思えない。戦争の悲惨さ、核兵器の残酷さを描いた『はだしのゲン』が、一部の偏向的な勢力によって子どもたちの手から取り上げられ、歴史上の事実が隠蔽される。世界唯一の被爆国の外務大臣が、世界に向かって「状況によっては核兵器の使用もやむなし」と宣言する。この2つに共通している思想的背景は、「戦争の美化」にほかならない。いったい日本はどうなってしまったのか?‥‥なんて心配になってくる今日この頃なのだ。
『そして男たちはナガサキを見た~原爆投下兵士・56年目の告白~』(8月31日までの無料配信)
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00004/v09163/v0914500000000534456/?list_id=1089607
『はだしのゲン』(8月31日までの無料配信)
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00592/v12021/v1000000000000000721/?list_id=308673
『はだしのゲン 2』(8月31日までの無料配信)
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00592/v12022/v1000000000000000722/?list_id=308673
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「炊いた御飯へ、鰹節のかいたのをまぜ入れ、醤油をふってやんわりとかきまぜ、ちょいと蒸らしてから、これをにぎりめしにして、さっと焙った海苔で包む。」
これは、『世話焼き長屋 人情時代小説傑作選』(新潮文庫)っていうオムニバス集に収録されてる池波正太郎の短編『お千代』の冒頭の一節だ。お千代と名づけた白いメス猫を溺愛する大工、松五郎の物語で、この一節は松五郎が毎日仕事へ持っていく大好物のお弁当の説明だ。それにしても、なんて美味しそうな一節なんだろう。どんなに高級なお料理よりも、あたしには、このおにぎりのほうが美味しそうに感じられる。
何がいいって、やっぱり「鰹節のかいたの」と「さっと焙った海苔」の部分だ。今どきは、鰹節はパック入りだし、海苔は焼き海苔が主流だけど、これは江戸時代だから、そんなものは売ってない。鰹節は半身のものを買ってきて、大工道具の鉋(かんな)を逆さにしたみたいなやつで、シャッ!シャッ!と掻く。ある程度掻いたら、引き出しを引っ張り出して、溜まってるオカカをお皿に出して使う。
あたしがちっちゃかったころ、おばあちゃんがよく鰹節を掻いてたので、あたしは横に座っていつも見てた。あたしは、おばあちゃんの持ってる鰹節が小さくなってくるのが楽しみで、「まだかな~」って思いながら、いつも見てた。何でかって言うと、鰹節が小さくなって「もうこれ以上は掻けない」っていう大きさになると、あたしにくれたからだ。
あたしは、子どもの指よりもひとまわり大きいくらいの鰹節をもらい、端っこをしゃぶりながら噛んで、少しずつ柔らかくしてく。口いっぱいにオカカの味が広がって、とっても美味しかった。たまに「裂けるチーズ」みたく縦に割れることがあったんだけど、そんな時は半分をティッシュにくるんで次の日のぶんにして、大切に隠してた。今思うと、おばあちゃんは、まだ少しは掻ける大きさなのに、あたしのために「気持ち大きめ」に残してくれてたように思う。
鰹節は高級品なので、毎日は使わなかった。毎日のお味噌汁は煮干しでお出汁を取ってて、鰹節を使うのは煮物やお蕎麦やおうどんの時だった。あと、お正月のお雑煮とか。正確には覚えてないけど、当時の我が家の鰹節の使用量は、3週間から1ヶ月に1本くらいだったと思う。だから、あたしがちっちゃな鰹節をもらえたのは、1ヶ月に1回くらいだったと思う。
もちろん、ふだんは市販のお菓子を買ってもらってたから、あたしはおやつに飢えてたワケじゃない。だけど、いつでも母さんに買ってもらえたチョコレートやキャンディ、いつでも家にあったお煎餅やかりんとうと違って、おばあちゃんが鰹節を掻いて掻いて掻いて掻いて掻いて掻いて、ようやくもらえたちっちゃな鰹節には、ものすごい「スペシャル感」があった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしがちっちゃかったころは、海苔も焼き海苔じゃない海苔を買ってきて、海苔用に使ってた茶筒みたいな缶に丸めて入れてた。使う時は、その缶から使うぶんだけ出して、ガス台の上に網を乗せて火をつけて、その上で、表、裏、表、裏‥‥って何度か焙って、それから使ってた。海苔はパリッとして、とってもいい香りがした。おにぎりでも、お餅の磯辺焼きでも、こうして焙った海苔で包むと、ほんのりと磯の香りがして、まさに「磯辺巻き」って感じになった。こんな経験をしてるから、あたしは、冒頭で紹介した池波正太郎の一節を読むたびに、お腹がグ~ッて鳴りそうになるほど、あのおにぎりを食べたくなっちゃうのだ。
古今東西、小説には食べ物のシーンがよく登場するし、中には食べ物に焦点をあてた「グルメ小説」みたいなものもある。食べ物に焦点をあててなくても、たとえば、井上荒野さんの『ベーコン』(集英社文庫)みたく、ひとつのお料理や食材をテーマにした短編集もある。これらは、それぞれの作家がそれぞれの筆力で「美味しそうな料理」を文字だけで表現してくれてるから、そのシーンを読むと、そのお料理を食べたくなることが多い。
こうした、お料理や食材をテーマにした小説じゃなくても、たいていの小説には、飲食をするシーンが登場する。状況説明的にサラッとしか触れてないものもあれば、丁寧な描写で美味しそうに表現してるものもある。また、吉本ばななさんの『キッチン』(角川文庫)のカツ丼のシーンのように、お料理そのものの描写じゃなくて、シチュエーションの巧さで美味しそうに感じさせてくれるものもある。あたしは、今はお肉は食べないけど、この小説を初めて読んだ時にはお肉を食べてたから、多くの人たちと同じく、このシーンを読んだ瞬間にカツ丼が食べたくなった。
でも、小説の中にカツ丼のシーンが登場すればカツ丼が食べたくなり、天丼のシーンが登場すれば天丼が食べたくなり、鰻丼のシーンが登場すれば鰻丼が食べたくなっちゃう単純なあたしだったけど、数年前に肉食をやめて、できる限り外食もやめて、それなりにシンプルな食生活を送ってきたら、年齢的なこともあると思うんだけど、あんまりギラギラしたゴージャスなお料理は美味しそうに感じなくなってきた。
高級な食材を使ったお料理でも、鰻重とか、お寿司とか、焼き松茸とかの和食なら食べたくなるんだけど、オリーブオイルやバターをたくさん使ったような西洋料理には食指が動かなくなった。それよりも、冒頭で紹介した池波正太郎のおにぎりのほうが、遥かに美味しそうに感じられる。食通としても知られた池波正太郎は、自分の好きな料理屋やお料理を紹介した随筆集みたいな本もいろいろと書いてるけど、何よりも嬉しいのが、味覚の基本があたしとおんなじ点だ。
池波正太郎は東京の浅草の生まれなので、味覚の基本が「江戸っ子」だ。最近の食通の人たちが評価してる関西の薄口醤油じゃなくて、関東の濃口醤油が好きだった。天ぷらも、最近の食通の人たちは「海老の天ぷらは塩だね」なんて言ってるけど、池波正太郎は天つゆにジャブジャブと浸けて食べてた。だから、池波正太郎が「美味しい」と紹介するものは、その多くが「東京っ子」のあたしの味覚に合う。
‥‥そんなワケで、池波正太郎の代表作のひとつ『仕掛人・藤枝梅安』のシリーズには、当時のお料理がいろいろ登場するけど、どれもシンプルでとっても美味しそうだ。たとえば、『梅安最合傘―仕掛人・藤枝梅安(三)』(講談社文庫)に登場する「浅利と大根の小鍋だて」なんて、具材はアサリとダイコンの2種類だけなのに、最高に美味しそうだ。もちろん、それは、池波正太郎の筆力によるところが大きいワケだけど、せっかくだから、そのシーンを紹介する。
「春の足音は、いったん遠退いたらしい。毎日の底冷えが強く、ことに今夜は、(雪になるのではないか‥‥)と、おもわれた。梅安は、鍋へ、うす味の出汁を張って焜炉をかけ、これを膳の傍へ運んだ。大皿へ、大根を千六本に刻んだものが山盛りになってい、浅利のむきみもたっぷり用意してある。出汁が煮え立った鍋の中へ、梅安は手づかみで大根をいれ、浅利を入れた。千切りの大根は、すぐに煮える。煮えるそばから、これを小鉢に取り、粉山椒をふりかけ、出汁とともにふうふう言いながら食べるのである。このとき、酒は冷のまま、湯のみ茶わんでのむのが梅安の好みだ。」
お膳の脇に七輪を置いて、薄めの出汁を張った土鍋を乗せて、ダイコンの千切りとアサリの剥き身をドバッと入れる。煮えたら小鉢に取って、山椒の粉を振っていただく。これだけじゃ味がないから、たぶんお醤油でもチョコっと垂らすんだと思う。立春は過ぎたけど雪が降るんじゃないかと思えるほどの寒い夜だから、この鍋と冷や酒の組み合わせは最高だろう。
池波正太郎の小説に登場するお料理のシーンの素晴らしい点は、冒頭のおにぎりしかり、このお鍋しかり、ザックリとしたレシピが紹介されてる点だ。だから、作ろうと思えば作ることができる。それも、その多くがシンプルなお料理だから、見たことも聞いたこともない調味料やスパイスを探しに行かなくても済む‥‥ってなワケで、「『仕掛人・藤枝梅安』のシリーズには興味ないけど、登場するお料理には興味がある」っていう人には、このシリーズからお料理のシーンだけを抜き出して解説を添えた『梅安料理ごよみ』(講談社文庫)っていう便利な一冊がある。
この本は、アマゾンとかには「池波正太郎著」って紹介されてるけど、これは間違い。冒頭に池波正太郎のインタビュー的な記述はあるけど、全編にわたって解説を加筆してるのは佐藤隆介氏と筒井ガンコ堂氏だ。だから、「池波正太郎著」だと思い込んで読み始めると「はあ?」って感じになっちゃうけど、そうじゃないと分かっていれば、とっても面白くて役に立つ一冊になる。
それから、ちょっと高いけどすごく楽しめるのは、池波正太郎の江戸三大シリーズ『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』などに登場するお料理を実際に再現して、詳しいレシピまで紹介してる『池波正太郎の江戸料理を食べる』(朝日新聞出版)だ。これは、文化放送「くにまるジャパン」を聴いてる人には「くにまる・野崎のヒガシマルうすくち道場」でお馴染みの日本料理店「分とく山」総料理長の野崎洋光氏が再現した一冊だ。どのお料理も器も写真が素晴らしいので、眺めてるだけでも楽しい。
‥‥そんなワケで、あたしたちの生活は日進月歩で「便利」になってくけど、何かを得たら何かを失うのが世の常だ。キーを叩くだけで簡単にメールを送れるようになったら、手紙を書かなくなった人たちは漢字が書けなくなった。最近の若い主婦は、リンゴとかの果物の皮も包丁を使わずにピーラーで剥くと聞いて驚いたけど、それどころか最近では皮を剥いて細かく切ってある「カット野菜」を配達してもらってカレーを作る主婦もいるそうだ。いくら真空パックになったとしても、やっぱり鰹節は「削り立て」が美味しいワケだし、海苔は「焼き立て」が美味しいワケで、これは「炊き立て」のご飯が美味しいのと一緒だと思う。だから、あたしは、世の中の流れとは逆に、「食」に関しては江戸時代を目指してみようと思ってる今日この頃なのだ。
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山口冨士夫さんの死因について、あまりにも悲しい事実が分かった。今さら何を言っても山口さんは帰って来ないのだから、亡くなったばかりで死因についてアレコレと書くのはどうかとも思ったんだけど、誤解や憶測が広まるよりはマシだと判断したので、昨日のエントリーの「続報」を書くことにした。まず、山口さんの訃報を詳細に伝えた「朝日新聞」の記事を引用するので、読んでみてほしい。
「「村八分」の山口冨士夫さん死去 路上で突き飛ばされる」(2013年8月15日18時5分)
「村八分」「裸のラリーズ」などのロックバンドで活躍したミュージシャンの山口冨士夫さんが14日、都内の病院で死去した。64歳だった。警視庁福生署によると、山口さんは先月14日深夜、東京都福生市の路上で、米国人の大学生の男(32)に突き飛ばされて後頭部を打った。病院で急性硬膜下血腫と診断され、一時意識不明の状態だったという。男は傷害容疑で逮捕され、今月9日に傷害罪で起訴された。1967年に「ザ・ダイナマイツ」のギタリストでデビュー。69年に故・柴田和志さんらと「村八分」を結成し、「はっぴいえんど」などと共に、当時は珍しかった日本語のロックを展開した。葬儀は近親者のみで営み、後日、お別れの会を開く。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0815/TKY201308150243.html
この記事を読んだだけだと、山口さんがどうして突き飛ばされたのかが分からない。ただ、時間が「深夜」ということしか分からないから、どちらが悪いかはともかくとして、お酒に酔ってつまらない原因でケンカでもしたんじゃないかと思う人が大半だと思う。ロレツの回らない酩酊状態でステージに登場してケンカを始めたり、ドラッグでパクられたり、こうした山口さんの過去を知ってる人なら、なおさらそう思うだろう。正直、あたしもそう思った。でも、7月26日付の以下の「時事通信」の記事を読んだら、真実が見えてきた。
「米軍属男ら傷害容疑逮捕=会社員ら殴りけがさせる-警視庁」(2013年7月26日)
日本人男性2人を殴ってけがをさせたとして、米軍横田基地に勤務する軍属の米国人の男(51)=東京都あきる野市=と、その息子(31)が、傷害容疑で警視庁に逮捕されていたことが26日、分かった。同庁組織犯罪対策2課によると、2人は「知人の女性がトラブルになっていると勘違いした」などと話し、容疑を認めているという。逮捕容疑は14日午前1時ごろ福生市東町のJR福生駅前のタクシー乗り場で、会社員男性(53)を殴ったり、音楽家の男性(63)を突き倒したりして、けがをさせた疑い。音楽家の男性は倒れた際に頭を打ち、脳挫傷などで現在も入院中。同課によると、軍属の男らは福生市内で飲酒した帰りで、知人の女性が1人で会社員らに道を尋ねていたのを、絡まれていると誤解して暴行したという。男は米軍横田基地の施設でプログラミングを教えている。息子は米国から来日中だった。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201307/2013072600856&g=soc
この記事を読めば、よく分からなかった事実関係が見えてきたと思う。7月14日の深夜、山口冨士夫さんと思われる「音楽家の男性(63)」と、山口さんの知り合いと思われる「会社員男性(53)」の2人は、JR福生駅前のタクシー乗り場で、1人の女性から道を尋ねられた。そして、その女性に道を教えていると、その女性と面識のある米軍横田基地のアメリカ人の男(51)と、たまたま来日していたその息子(31)が、偶然にもこの現場に遭遇した。
酔っていた米軍の男は、自分の知り合いの女性が絡まれていると勘違いして、山口さんらに暴行したのだ。米軍の男は会社員男性を殴り、その息子は山口さんを突き飛ばした。山口さんは倒れた拍子に後頭部を強打してしまい、病院に搬送されたが、1ヶ月後の8月14日の夜、亡くなってしまった。これが真相だ。
ちなみに、山口さんを突き飛ばした米軍の男の息子は、後のほうの「時事通信」の記事では「31歳」と書かれてるけど、昨日の「朝日新聞」の記事では「32歳」になってる。これは、7月26日から8月15日までの間に誕生日を迎えたんだろう。これは、8月10日が誕生日だった山口さんが、先月の「時事通信」の記事では「63歳」、昨日の「朝日新聞」の記事では「64歳」と書かれてることと一緒だ。
‥‥そんなワケで、山口冨士夫さんが亡くなったことはホントに悲しいし、それも病気じゃなくて他者から暴行を受けて亡くなっただなんて残念で仕方ないけど、「酔ってつまらないケンカをしたワケじゃない」ってことが分かっただけでも、悲しみの中に一筋の光が差してきた。山口さんは、道が分からずに困ってた女性に、親切に道を教えていただけだったのだ。昨日のエントリーで紹介した山口さんのブログの文章の中に「タイガーマスクのように生きたいなあ」「堂々と生きようよなあ」って言葉があったけど、山口さんは、最後まで堂々と生きたんだと思う。山口さんは「タイガーマスク有難う」という言葉でエントリーを終えたけど、あたしは「山口冨士夫さん、ありがとう」という言葉で終えたいと思う今日この頃なのだ。
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「敗戦の日」の8月15日の朝、山口冨士夫さんの訃報が届いた。持病の糖尿病が悪化して、つらい闘病生活を続けながらも精力的に音楽活動を続けていた山口さんは、昨日8月14日の夜9時30分ごろ、亡くなったそうだ。でも、悲しいことに、病気が原因なんじゃなくて、路上で男に突き飛ばされて、後頭部を打ったことが原因で亡くなったそうだ。
ちょうど1ヶ月前の7月14日に、福生市の路上で30代のアメリカ人の男に突き飛ばされて、後頭部を打って意識不明の状態で入院していたんだけど、昨日、亡くなってしまったそうだ。山口冨士夫さんは8月10日がお誕生日なので、64歳になったばかりだった。病気が原因ならともかく、まさか他者による傷害が原因で亡くなるなんて、本当に残念すぎる。
山口冨士夫さんは、1967年に「ザ・ダイナマイツ」というグループ・サウンズのギタリストとしてデビューし、解散後、1970年に伝説のバンド「村八分」を結成する。以後、ソロ活動をはさみながら、「リゾート」「裸のラリーズ」「タンブリングス」「ティアドロップス」などのバンドに参加。
また、バンドやソロ活動の他にも、シーナ&ザ・ロケッツや忌野清志郎さんのレコーディングやツアーに参加したり、「ボ・ガンボス」のどんとさんを始め、多くバンドやミュージシャンのライブに参加してきた‥‥って、ここまで書いてきて、忌野清志郎さんもどんとさんももういないのに、山口さんまでいなくなっちゃった‥‥って思ったら、この訃報が急に現実のこととして感じられてきて、涙が止まらなくなった‥‥。
(小休止)
さて、今回の訃報は、山口冨士夫さんのブログの最新エントリーのコメント欄に、「ザ・ダイナマイツ」のベーシスト、吉田博さんが書き込んだことで、第一報が伝えられた。
冨士夫を愛して、応援してくれる皆さんに悲しい報告をしなくては成らなく成りました。昨夜9時半、冨士夫は永眠致しました。散々期待やら迷惑をお掛けしましたが、お許し下さい。詳しいいきさつはこの場では長く成るので、申し訳ないんですが報告でき兼ねます。今後の告別式等ハッキリ決めたら叉報告します。本当に残念でなりません(T_T)
ダイナマイツ吉田
2013/08/15 8:48 AM
山口さんが病気で苦しんでいることを耳にしていたあたしは、この訃報を読んだ瞬間、病気が原因で亡くなったんだと思った。それは、1年くらい前に書かれたブログの内容が、とても気になってたからだ。
「誰か医学がわかる人いねえかなあ、、、。」
俺の、5年にわたる、この病気への、知識あるお医者さん俺と取り急ぎあって、はなし、聴いてくれないかなあ、とにかく痛むんだよ。大まかに言うけど、まずは、5年前の左足の、くるぶしが大きく腫れて、ツアーの間、がまんし、帰ってすぐに大病院、で、針を刺したが、たいした色でない、水を吸い取ったんだキレイにくるぶしは、治ったかにみえた、、、しかし、たったの、一週間で、もっと腫れてきて、入院だ。足は、ゾウさんの足のように、ブットク腫れて2度目にすごく深くハリを刺されて、その時だよ、、、さすがの俺もイテエヨー!ハリガ深すぎるよー!と叫んだほどだ、。その後足の形は腫れすぎてさわっても感覚がなかったし、紫色にはれてそのときの医者は、、ステロイドもふくめ、俺は、薬を20~25種類のんで、。それから5年、、、今も、、痛みは増すばかりで、時々、涙が溢れてくるんだ、、泣いてないのにアレはあふれ出すものだな、、。医者にも随分かかったが、クスリを出すだけしかできない。そんな訳で痛み止めレペタン4ミリを、1にち3回もらっているが、やれ、肝臓から来るとか、利尿剤やら、フオイパンなど、今も使っているハメで、、誰か、何科にかかればいいのかさえわからなくなってきたので教えてくだされよー。でもなあ、ライブはつずけるからなこれからもね~、。!!じゃあまた
http://blog.fujio-yamaguchi.com/?eid=98
ちゃんとした治療を受けてるのかと思ってたら、こんな様子で5年間も苦しんでいたなんて‥‥。だから、あたしは、今回の訃報を聞いて、病気が原因で亡くなったんだと思い込んだ。でも、今年の春に書かれた最後のエントリーに、次のように書かれていたので、病状は良くなっているように思えてた。
「ぼぶま_れいさいこう」
hei!ブラザーたちよ、みんなしっかり、やってるよなあ?俺考えなくとももういい年、、、。でもなあ、ますますいきさかんですわ~。年取るのも悪くないぜあと2~3ヶ月したら、本気でライブやったるぜ~~~~!
http://blog.fujio-yamaguchi.com/?eid=102
「もしかしたら無理して元気に振る舞ってるのかも?」という気持ちもしたけど、このエントリーだけを読めば、とても元気そうに思える。そして、そうこうしてるうちに、「路上で男に突き飛ばされて、後頭部を打ったことが死因」という詳細が報じられたから、あたしは愕然とした。病気ならともかく、こんなことが原因だったなんて‥‥。加害者のアメリカ人の男は、今月9日に「傷害罪」で起訴されたそうだけど、山口さんが亡くなってしまったから、容疑は「傷害致死罪」に切り替わるだろう。
(小休止)
あたしたちにとっては、何よりも「3.11」が大きすぎて、その前にあった小さなニュースなんて忘れがちだけど、「3.11」の少しの前、2010年の暮れから2011年の頭にかけて、「伊達直人」を名乗る人物が孤児院にランドセルをプレゼントするっていうニュースがあったよね。山口冨士夫さんは、自分が日本人と黒人のハーフで、幼少期を孤児院で過ごしているから、このニュースはとっても嬉しかったみたいで、2011年1月のブログに、次のように書いている。
「タイガーマスク、嬉しいありがとう」
この所の、タイガーマスク{伊達直人さん}のように、生きたいなあ、、。俺も、60年以上前の第二次大戦の、犠牲者なのです、、、。差別され、馬鹿にされて、辱めばかりの、小学生だったんだ、。小学校2年の時には、、ナイフまでつきつかれたんだよー、、。今ではハーフとか言われてもてはやされてるが、当時は、ヤバかったなあ、、、。何しろ敵の子。いじめな~んてものではなかったんだ。殴られ、ユメを奪われて、差別もすごかった。俺たちが入ってゆくだけで、ラーメン屋の客が、まるでゴミを見るみたいに、黙って皆なが、出てゆく、、、そんな世の中だったんだ。ブルースだなあ、。学校では、ボロ服着てさ、ランドセルも、ぼろぼろ。だから毎日ないていたんだ、、。だから、ロックンロールによけいハマッていったんだ、、。今の子たちも、事情はちがっても、にたようなものだろうな、。皆んなが大変な思いをしていることは、とても、辛いな。そこに、タイガーマスクが、あらわれた。すごいよー!だから、昔からのみんな、出ておいでよー!感謝しようよ、、、、。最近のヒドイニュースの中で、もし、これが、本当なら、すごいことだと、思ってます、。堂々と生きようよなあ。タイガーマスク有難う。
http://blog.fujio-yamaguchi.com/?day=20110111
山口冨士夫さん、今までお疲れ様でした。これからは辛かった足の痛みから解放されて、ゆっくりと休んでください。そして、天国で思うぞんぶんチャー坊さんとロックンロールをカマしてください。清志郎さんやどんとさんたちともゴキゲンなギグをカマしてください。心よりご冥福をお祈りいたします。
「瞬間移動できたら」TEARDROPS
http://www.youtube.com/watch?v=DzTGOxatlDg
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今日、8月9日、長崎市松山町の平和公園で行なわれた「平和祈念式典」での田上富久長崎市長の「平和宣言」が素晴らしかったので、全文を紹介します。安倍政権を厳しく批判した田上市長の力強いメッセージを1人でも多くの人に広めてほしいと思います。
「平和宣言」
68年前の今日、この街の上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていた街は一瞬で廃虚となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち7万4000人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は、68年たった今もなお、放射線による白血病や癌発病への不安、そして、深い心の傷を抱え続けています。
このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し、地球を汚染し続けているのも人間です。人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折にふれ確かめなければなりません。
日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80カ国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。 しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。
インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。
日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。核兵器保有国には、NPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。
2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで「核兵器が存在する限り私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。
しかし、世界には今も1万7000発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に、核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。
核兵器のない世界の実現を国のリーダーだけに任せるのではなく、市民社会を構成する私たちひとりひとりにもできることがあります。「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の固い決意が込められています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を、戦争がもたらした数々のむごい光景を、決して忘れない、決して繰り返さないという平和希求の原点を忘れないためには、戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です。
若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウオー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声を。あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか、考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。
地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は、今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとする時は、協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。長崎では、今年11月、「第5回核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。
東京電力福島第一原子力発電所の事故は未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われた上、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は、福島の一日も早い復興を願い、応援していきます。
先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。
原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して、核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。
2013年(平成25年)8月9日
長崎市長 田上富久
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8月6日、広島市で行なわれた原爆死没者慰霊式と平和祈念式に出席した安倍晋三首相は、歴代の首相と同じく、官僚が書いた原稿を棒読みした。そして、次のように締めくくった。
「核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ、核兵器廃絶に、また、恒久平和の実現に、力を惜しまぬことをお誓いし、私のご挨拶といたします。」
この瞬間、全国から、全世界から「はぁ?」って声があがったハズだ。だって、地震の多い国や治安の悪い国、隣国からロケット弾が飛んでくるような危険な国々にセッセとメイド・イン・ジャパンの原発をセールスして回ってる上に、世論を無視して核拡散防止条約(NPT)に加盟してないインドと原子力協力協定を締結して、今や「死の商人」の呼び名を欲しいままにしてる安倍首相が、いったい「どの口」でこんなキレイゴトを言えるのか?
いくら側近から手渡された「すべての漢字に振り仮名が振ってある原稿」だからって、ここまでシラジラしいことを全世界に向けて平然と読み上げられるなんて、彼には羞恥心という感覚が欠落しているのではないか?恥ずかしさのレベルで言えば、野田佳彦前首相の「原発事故収束宣言」とおんなじくらい恥ずかしいよ、これ。
そして、もっと恥ずかしいのが、この平和祈念式のあとだ。式のあと、広島市内で被爆者の代表団と面談した安倍首相は、広島県労働組合会議被爆者団体連絡協議会の中谷悦子さんからの「危険性にかんがみ、すべての原発を廃止してほしい」との嘆願に対して、これまでと同じく「安全性を最優先して」だの「責任を持って」だのという枕詞を並べた上で、原発を再稼動して推進していく考えを強調したのだ。何という恥知らずなんだろう。さすが、2007年の前安倍政権下の国会で「日本の原発は安全なので地震や津波の対策は必要ない」という主旨の答弁した人物だけのことはある今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、安倍首相の恥も外聞もない原発推進発言は、今回の被爆者の代表団との面談だけでなく、これまで何度も繰り返されてきた。福島第一原発の事故から1年しか経っていない2012年4月5日に放送されたテレビ朝日系「報道ステーション」の中の「原発再稼働 わたしはこう思う」という特集では、次のように語ってる。
「(われわれ自民党が)エネルギー政策として原子力政策を推進してきたことは間違いがなかった」
「日本の原子力技術は世界最高水準なので、今後はインドやベトナムや中国などの国々に原子力発電所を造っていきたい」
「われわれは非常に過酷な事故を経験したが、しかしそこで萎縮することなく、私たちの知恵と技術でそれを克服していこう」
「われわれは非常に過酷な事故を経験したが」って、思いっきり「過去形」で語ってるよね。普通の感覚なら「われわれは非常に過酷な事故を経験しているが」と「現在進行形」で言うとこなのに、この人の脳内では、事故からわずか1年後の2012年4月の時点で、すでに「過去の出来事」なんだね。野田前首相の「原発事故収束宣言」も酷かったけど、この人の感覚も負けず劣らずだ。ま、このくらいの無神経さを持ってないと、福島第一原発がお手上げ状態の現状で、とても「再稼動」なんて口にできないだろうけど。
‥‥そんなワケで、安倍首相は、口をひらけば「安全を最優先して再稼動する」「安全が確認されたものから再稼動する」「責任を持って再稼動する」って繰り返してるけど、それを言うなら、まずは福島第一原発を「安全」な状態にして、福島第一原発の事故の「責任」を明確にして、それから「安全」だの「責任」だのと言ってほしい。安倍首相自身が2007年に「日本の原発は安全なので地震や津波の対策は必要ない」という主旨の答弁をして、その4年後に福島第一原発が地震と津波で大事故を起こし、2年半も経った現在も収束のメドも立たずに天文学的な量の放射性物質を大気中と大地と海へ垂れ流し続けるのに、よくもまあ「安全」だの「責任」だのと言えるもんだよ。
百歩ゆずって、今後100年、大地震などの天災が一度も起こらず、戦争などの人災も一度も起こらず、再稼動したすべての原発が事故を起こさなかったとする。でも、そしたら、再稼動した原発から生み出される大量の使用済み核燃料はどうするつもりなのか?「使用済み」などという言葉のマジックに騙されて、世の中には使用済み核燃料のことを「使い終わった電池」のように思い込んでる人もいるけど、使用済み核燃料の放射線量は新品の核燃料の1億倍~10億倍、新品の核燃料より遥かに危険なのだ。
現在、日本には、約1万9000トンの使用済み核燃料がある。ヒロシマ型の原爆なら、約75万発も造ることができる。そして、3.11以前のように原発が稼働するようになれば、この使用済み核燃料は毎年1000トンずつ増え続けていく。10年で1万トン、100年で10万トンだ。
原子炉から取り出された使用済み核燃料は、少なくとも30年~40年は冷却プールで冷却し続けなくてはならず、この冷却が終わらないと処理することができない。つーか、処理方法は現在も開発されていない。だから、今、全国の原発や核施設の冷却プールに沈んでる膨大な量の使用済み核燃料は、「とりあえずビール」的に冷やしてるだけで、30年~40年経って冷却が完了したあとのことは何も決まってない。「それまでに誰かが処理方法を開発してくれるだろう」っていう、果てしなく無責任な計画なのだ。
‥‥そんなワケで、自民党政権が原発を「夢のエネルギー」として国のエネルギー政策の中心に置いた当初から、最大の問題はこの使用済み核燃料だった。何しろ、処理方法が開発されてないのだから、このまま原発をスタートさせたら「トイレのないマンション」になってしまう。だけど、日本の原発政策は、他国と同様に、「トイレのないマンション」のままスタートしちゃった。だから今では、全国に約1万9000トンもの使用済み核燃料があるワケだけど、当初は「ロケットに積んで宇宙空間へ飛ばす」「何千メートルという深い穴を掘って地中へ埋める」「何千メートルという深海に投棄する」なんていうギャグ漫画みたいな処理方法がマジメに議論されてた。
で、現在では、一応、「地層処分」ていう「深い穴を掘って埋める」っていう無責任極まりない方法が世界的に主流とされてるんだけど、これは地震のない国の堅い岩盤に囲まれた場所しか適さないので、日本では無理‥‥ってなワケで、ここでクルリンパと車線を変更するけど、海外も国内も含めて、これまでに発表されたSF小説に登場する「人類以外の知的生命体」って言うと、一番多いのは、やっぱり「宇宙人」だろう。この場合は、人間に似た姿をしてる宇宙人だけじゃなくて、知能を持った細菌から巨大なモンスターまで、地球以外の惑星とかからやってくる知的生命体をマトメて「宇宙人」と呼ばせてもらう。
そして、SF小説に登場する「宇宙人」の次に多い「人類以外の知的生命体」って言うと、たぶん「地底人」や「海底人」じゃないだろうか。こう考えると、あたしたち人類が、自分たちじゃ始末できない使用済み核燃料を「ロケットに積んで宇宙空間へ飛ばす」とか「何千メートルという深い穴を掘って地中へ埋める」とか「何千メートルという深海に投棄する」とかって考えたのは、ようするに、自分の家の前のゴミをホウキで掃いて隣りの家の前へ移動するのとおんなじことのように思えてくる。本来なら、自分の家の前のゴミは自分で拾って自分で処分すべきなのに、ホウキでチャチャッと掃いて、隣りの家の前へ移動してトボケちゃう。結局は、こういうことだ。
だけど、実際には、「ロケットに積んで宇宙空間へ飛ばす」って方法は、コストが掛かりすぎるために実現せず、宇宙人たちには迷惑をかけずに済んだ。「何千メートルという深い穴を掘って地中へ埋める」って方法は、候補地が決まらない上に技術も完成していないために現時点では実現の見通しが立ってなくて、地底人たちにも迷惑をかけずに済んだ。そして、「何千メートルという深海に投棄する」って方法は、廃棄物の海洋投棄を禁じたロンドン条約に抵触するために実現は不可能で、海底人たちにも迷惑をかけずに済んだ。
‥‥そんなワケで、宇宙人にも地底人にも海底人にも迷惑をかけずに済んだ1万9000トンもの使用済み核燃料がどうなったのかと言えば、未だに処理方法が決らずに全国の原発や核施設に保管されてるワケだ。そして、安倍首相が何の反省もなく再稼動を進めれば、この使用済み核燃料は年間1000トンずつ増え続けていくワケだけど、この溜まり続ける高レベル放射性廃棄物が誰に迷惑をかけるのかって言えば、宇宙人でも地底人でも海底人でもなく、「未来の人たち」なのだ。SF小説には、タイムマシンやタイムスリップを題材にした作品も多いけど、現実にはタイムマシンなんて造れないのだから、タイムマシンに使用済み核燃料を積んで100億年先の未来へ送ることなんてできやしない。あたしたちが生み出した使用済み核燃料の山は、あたしたちが始末しない限り、今の子どもたちや、その子どもたち、そのまた子どもたちへと「負の遺産」として受け継がれていく。そして、その過程で一度でも原発が事故を起こせば、日本は間違いなく滅亡してしまう今日この頃なのだ。
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ここに引っ越してきてから、毎月の電気料金は2000円ちょいくらいで、今年になってからを見ても、電気コタツを使ってた1月と2月でも2000円台の前半だったし、3月以降も2000円ちょいが続いてる。そして、こないだ6月ぶんの請求が来たんだけど、これまた2000円ちょいだったから、これで何とか今年の上半期を「毎月2000円台」で終えることができ、「下半期もがんばろ~!」って気分になった。
だけど、上には上がいるもんで、昨日の文化放送「飛べ!サルバドール」に、『節電母さん』(集英社)や『電気代500円。贅沢な毎日』(阪急コミュニケーションズ)などの著者、アズマカナコさんが出演した。アズマさんは東京都在住で、ダンナさんとお子さん2人との4人家族、住んでるお家は築60年の古い一軒家だそうだ。で、毎月の電気代が500円。アズマさんが持参した実際の毎月の電気代の請求書を見て、吉田照美さんは「535円、527円、533円‥‥ホントだー!」って驚いてた。
あたしは母さんと2人暮らしで2000円、アズマさんは4人暮らしで500円、この差は大きすぎる!だけど、話を聞くと、アズマ家にはエアコンだけじゃなくて、冷蔵庫も洗濯機も掃除機もないそうだ。テレビはあるにはあるんだけど、ふだんは押し入れに仕舞ってて、どうしても観たい番組がある時だけ、押し入れから出して観てるそうだ。いつもはラジオを聴き、あとはインターネットで情報収集。
一方、あたしはと言えば、エアコンがないのはおんなじだし、掃除機がないのもおんなじな上に、あたしはテレビも持ってないから、どうしても観たい番組があってもリアルタイムで観ることはできない。そして、ふだんはラジオばかり聴いてるし、インターネットで情報収集してるのもおんなじだ。つまり、ここまでは、アズマ家ときっこ家との違いはそれほどないワケで、大きく違うのは、冷蔵庫と洗濯機だったのだ。
でも、あたしの冷蔵庫はワリと新しい230リットルの冷蔵庫で、節電タイプだ。そこで、カタログで確認してみたら、東日本の50Hzでも西日本の60Hzでも年間の消費電力は340kWh、夏と冬とで差があると思うけど、ザックリと平均すれば月30kWh、あたしの契約プランだと1kWhあたり約20円なので、冷蔵庫だけで月600円くらい掛かってることになる今日この頃、皆さん、節電してますか?
‥‥そんなワケで、今日のブログは、全国どこに住んでる人でも役に立つように、きっこ家のことだけじゃなくて、全国的な視点で書いてこうと思う‥‥ってなワケで、日本の電気料金は利用者と各電力会社との契約内容によって決められてるんだけど、その契約ってのは、「アンペア制」と「非アンペア制」に大きく分けられる。「アンペア制」を導入してるのは、北海道電力、東北電力、東京電力、北陸電力、中部電力、九州電力の6社で、「非アンペア制」なのが関西電力、中国電力、四国電力、沖縄電力の4社だ。
あたしの場合は、生まれてからずっと「アンペア制」の東京電力管内に住んでたんだけど、3.11以降は西日本の「非アンペア制」の管内に住んでるから、両方の長所と短所っていうか、特徴が分かる。だから、どの管内に住んでる人はどうすれば節電できるか、アドバイスすることができる。
で、まずは「アンペア制」の管内に住んでる人についてだけど、これは簡単な話で、契約してるアンペア数を下げればいい。たとえば、東京電力なら、各アンペア数による月の基本料金は、10Aが273円、15Aが409.5円、20Aが546円、30Aが819円、40Aが1092円、50Aが1365円、60Aが1638円なので、現在、50Aで契約してる人が20Aに換えれば、それだけで毎月800円以上も安くなり、年間では1万円近くも節約することができる。
あたしが東京で住んでたマンションは、もともとは40Aだったから基本料金だけで1000円以上も取られてた。だけど、あたしはエアコンを使わないから、40Aも必要ない。それで、20Aの契約に換えたんだけど、そしたら、「テレビや電灯をつけっぱなしで電子レンジを使いながらドライヤーで髪を乾かす」なんてことをするとブレーカーが落ちちゃうようになり、必然的に「考えて電気を使う」ようになった。部屋の電灯は小まめに消すようになり、テレビのつけっぱなしもやめ、使ってないビデオデッキとかはコンセントを抜いておくようになった。
その結果、40Aと20Aの基本料金の差の500円だけじゃなくて、全体的に節電するようになり、それまでは月3500円くらいだった電気代が、月2500円くらいになった。つまり、契約アンペアを低くしたことが、基本料金の節約だけじゃなくて、プラスアルファの節約にもつながったってワケだ。
契約アンペアの変更は、上げるのも下げるのも無料だ。電話で変更を申し出て、自宅のブレーカーを交換してもらうんだけど、すべて無料だから、「アンペア制」の電力会社管内に住んでる人は、まずは自分の現在の契約アンペアを確認して、それが高いと思ったら、15Aとか20Aとかに下げたほうがいい。
ちなみに、さっき挙げたのは東京電力の基本料金で、これは中部電力とかもおんなじなんだけど、各電力会社によって金額が異なる。北海道電力の場合は、東京電力よりも16%くらい高いから、10Aなら325.5円とそれほど変わらないけど、60Aになると1953円と300円以上も高くなる。だから、契約アンペアを下げた場合の節約度も大きくなる。
‥‥そんなワケで、どうせなら一番安い10Aに下げたほうがいいような気がするかもしれないけど、そうすると、ちょっと生活が大変になる。以下、主な家電の平均的なアンペア数を挙げてみるけど、電子レンジが15A、電子炊飯ジャーが13A、ドライヤーが12A、エアコンが10A、掃除機が10A、アイロンが10A、プラズマテレビ42型が5A、洗濯機が4A、冷蔵庫が2A、パソコンが1A、扇風機が1A‥‥って、こんな感じだ。
もちろん、メーカーや型式によって、この数字より大きい製品も小さい製品もあるから、正確なアンペア数は自分の使ってる家電をそれぞれ調べてもらうしかない。たとえば、ドラム式の洗濯機なら、洗濯時は2~4A程度だけど、乾燥時には13Aくらいになる。電気コタツなら、「弱」にすれば1Aだけど「強」にすると5Aになる。だから、アズマカナコさんのように、エアコンも冷蔵庫も洗濯機も掃除機もない上に、テレビもほとんど観ないような生活をしてる人じゃないと、10Aに下げるのはリトル厳しいと思う。何しろ、ドライヤーで髪を乾かそうとしただけでブレーカーが落ちちゃうんだから。
でも、アズマカナコさんのように、本気で節電ライフを楽しむつもりなら、10Aよりもスリリングな契約がある。これまでに紹介してきた10A~60Aってのは「従量電灯B」という契約で、それぞれの基本料金に使用した電気料金がプラスされるシステムなんだけど、この下に「従量電灯A」という契約がある。これは、5Aで、基本料金が掛からない。ただし、電力会社によって「最低料金」が設定してあるので、使い方によっては「従量電灯B」の10Aよりも高くなるケースもある。だから、興味がある人は、自分の住んでる地域の電力会社のサイトとかで調べてみてほしい。
で、現実的な話としては、契約アンペアを15Aとか20Aとかの「ちょっと無理をすれば何とかなるレベルに下げる」ということと、「月の使用量を120kWh以内に抑える」ということだ。これも、各電力会社によって差があるけど、どの電力会社も月の使用量が120kWhを超えると単価が高くなり、300kWhを超えると、さらに高くなる。東京電力の場合なら、120kWhまでは1kWhあたり18.89円なんだけど、120kWhを超えると1kWhあたり25.19円に跳ね上がり、300kWhを超えると1kWhあたり29.10円になる。
普通の商売の感覚だと、たくさん買ったほうが単価が安くなるもんだけど、一社独占の殿様商売の場合は、たくさん買えば買ったほど単価が高くなるのだ。それも、18.89円→25.19円→29.10円っていう強気の価格設定だ‥‥ってなワケで、ここでひとつ、シミュレーションをしてみよう。東京電力の管内で、50Aの契約で月に150kWhを使った場合は、基本料金が1365円で、120kWhまでが18.89円だから2266.8円、残りの30kWhが25.19円だから755.7円、合計で「4387.5円」になる。
これを20Aの契約に変更して、30kWhほど節電して120kWhに抑えてみたとする。そうすると、基本料金が546円、電力量料金が2266.8円、合計で「2812.8円」になる。月120kWhってことは、1日あたり4kWhも使えるワケで、アズマカナコさんのような徹底的な節電生活をしなくても、ちょっとした工夫で何とかなる。マクラのとこにも書いたけど、あたしの230リットルの冷蔵庫の年間の消費電力は340kWh、月30kWh、1日1kWhだから、あと3kWhも使える。
契約アンペアの変更と、ちょっとした節電で、4387.5円が2812.8円になれば、月に「1574.2円」の節約になり、1年だと「1万8890円」もの節約になる。実際には、多くの電力会社が、基本料金と電力量料金の他に「太陽光発電促進付加金」だの「再生可能エネルギー促進賦課金」だのって、それらしい名目の料金も加算してるんだけど、これらは前年度の使用量に応じて加算されてるから、節電をすれば、これらの料金も安くなり、結果、さらに節約できるってスンポーだ。
‥‥そんなワケで、「アンペア制」を導入してる北海道電力、東北電力、東京電力、北陸電力、中部電力、九州電力の管内に住んでる人は、まず、自分の契約アンペアを確認して、無駄に高いアンペアになってたら、低いアンペアに契約する。すでに20Aとかの人は、月の使用量を確認して、120kWhを超えてたら120kWh以内に収まるように節電する。これがポイントだ‥‥ってなワケで、お次は「非アンペア制」の関西電力、中国電力、四国電力、沖縄電力の管内に住んでる人のための節電方法なんだけど、これは、一概には言えない。
「アンペア制」を導入してるエリアでも、北海道電力に豪雪などに対応したお得な契約プランがあるように、「非アンペア制」のエリアでも、農業に対応したプランや利用者の生活時間に対応したプランなど、それぞれの電力会社が地域の特性に合わせたプランを用意してるからだ。
ただ、「非アンペア制」のエリアでも、一般の家庭であれば、大半の人は「従量電灯」をベースにした契約をしてるハズだから、使用料金の単価は「アンペア制」のエリアとおんなじで、「120kWh以内」→「120kWh~300kWh」→「300kWh以上」という3段階で高くなっていく。だから、「非アンペア制」のエリアでも、節電の基本は「月の使用量を120kWh以内に抑える」ということになってくる。
‥‥そんなワケで、これほど「節電だ!」「節約だ!」と書いてきたけど、あたしは特に無理して節電してる意識はない。エアコンがあるのに使わないのなら少しは無理してることになるけど、もともとエアコンのない家なんだから仕方ない。打ち水をしたり、スダレを垂らしたり、タライの水に足を浸したり、軒に風鈴を吊るしたり、おやつに冷やしたキュウリをかじったり、母さんとウチワでパタパタと煽ぎ合ったり、どうしてもガマンできない時は扇風機を使ってたりして、まあまあ快適に過ごしてる。「節約」は「ダイエット」とおんなじで、苦しみながらやっても長続きしない。何よりも大切なのは「無理をせずに工夫しながら楽しむこと」だと思う今日この頃なのだ♪
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4月25日のブログ、「きっこの「お肉を使わない中華」のレシピ」の中で、お肉の代わりにアブラゲを使ったチンジャオロースーを紹介したけど、アレがさらに進化を遂げたので、またまた紹介しちゃう。
前回は、お肉の代わりにアブラゲの千切りを使っただけで、タケノコとピーマンはそのままだった。だけど、タケノコは「輸入モノは安いけど不安」だし「国産は高くて産地によっては不安」なので、なかなか手が出せない。そこで、タケノコの代わりにモヤシを使ってみたら、これがバツグンに美味しかったのだ。
モヤシなら全国どこでも簡単に手に入るし、値段も安いし、その上、千切りにする手間もかからない。安いスーパーなら1袋10円前後のとこもあるし、ちゃんと放射能検査をしてる「雪国もやし」みたいなブランド品でも50円以下、平均すると30円くらいなので、アベノミクスに苦しめられてるあたしたち庶民にとっては、心強い味方になる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、母さんと2人暮らしのあたしは、何を作る時も「2人前」が基本なんだけど、今回なら、モヤシ1袋が29円、ピーマン4個が100円、アブラゲ2枚が120円のが2割引きシールで100円になってたので、材料だけなら約230円、1人前100円ちょいだ。これで、ヘルシーな上にバツグンに美味しい中華が食べられるんだから、ぜひチャレンジしてみてほしい。
まず、モヤシをザルにあけて洗い、水を切っておく。男性の1人暮らしとかだと、よく、モヤシを洗わずに袋から直接フライパンへドバッと入れちゃう人がいるけど、前日に買ってきて冷蔵庫の野菜室に入れといたモヤシとかは、袋の底に微妙に水分が溜まって匂いが出たりしてる場合もあるし、買ってきたばかりのモヤシでも、流水でサッと洗うことで一段とシャキっとして美味しくなるので、このお料理に限らず、モヤシを使う時は、メンドクサイヤ人にならずに必ず洗ってほしい。この「ひと手間」で、出来上がりの味が違ってくる。
次に、ピーマン4個を千切りにする。ピーマンは多いほうが美味しいから、1袋に5個入ってたら、5個ぜんぶ使ってもいい。あたしの場合は、水で洗ってから水気をきり、縦半分に切って種を取ってからナナメに千切りにしてる。縦半分に切ってから輪切りの方向に千切りにすると、炒めた時にU字型に丸まって、他の具材の千切りと揃わなくなり、食感が楽しめなくなる。だから、小さ目のピーマンなら縦半分に切ってから縦に千切り、中くらい以上のピーマンならナナメに千切りするといい。
あとは、アブラゲ2枚を重ねたまま、5ミリくらいの幅に千切りにする。アブラゲを切ると包丁もマナ板も手も油でベトベトになっちゃうから、必ずピーマンを先に切り、アブラゲは最後に切る。油や匂いの付くものは最後に切る。こうすれば、洗剤で洗うのは一度で済む。野菜を切ってからお魚やお肉を切るのとおんなじで、食材を切る順番は「いかに洗剤を使う回数を少なくするか」という観点から考える。あたしは環境にやさしい「ヤシノミ洗剤」を愛用してるけど、それでも、できるだけ使う回数を少なくしたほうが、環境だけでなくお財布にもやさしくなる。
‥‥そんなワケで、前回は「メンドクサイヤ人はクックドゥとかの青椒肉絲の素を使ってもいいけど」って書いたけど、クックドゥとかって平均160円くらいするから、これをやっちゃうと、せっかく安上がりなモヤシを使った意味がなくなっちゃうので、今回は、ぜひ、自力での味付けにチャレンジしてもらいたい。
味付けのポイントはオイスターソースなので、冷蔵庫にある人は問題ないし、ない人は大きなスーパーへ買いに行こう。小さなスーパーだと、値段の高いオイスターソースを1種類しか置いてないことが多いんだけど、大きなスーパーならピンキリで選ぶことができる。高いものだと500円近いものもあるけど、小さめの瓶の安いものなら200円前後のものもある。オイスターソースはそんなに頻繁には使わないから、大きなものを買うと使い切る前に賞味期限が切れちゃうことがある。だから、単価的には高くなっても小さな瓶のほうがいい。
ちなみに、あたしは、パンダのマークでお馴染みの「李錦記(りきんき)」のオイスターソースの一番安い140gのものを愛用してる。スーパーなら200円くらい、アマゾンの通販なら180円くらいだ。「李錦記」というメーカーは、今から100年以上前にオイスターソースを発明した広東省の料理人、李錦裳(りきんしょう)さんが創業したメーカーなので、カキのエキスや貝柱がたっぷりと入った1本1000円以上もする高級オイスターソースを始め、いろんなランクがあるんだけど、あたしが愛用してるのは一番安いものだ。茹でたチンゲンサイにオイスターソースをかけて食べたりする時には、高級なものじゃないと美味しくないんだけど、炒め物の味付けに使うなら安いもので十分だ。
で、能書きはこれくらいにしてお料理に戻るけど、切った食材を炒め始める前に、ロックグラスとかお椀とかに合わせ調味料を作っておく。中華料理はスピードが命だから、炒めてから複数の調味料をモタモタ入れてると、火が通りすぎてシャキシャキ感がなくなっちゃうのだ。
オイスターソースを大さじ1、お醤油を大さじ1、紹興酒か日本酒を大さじ2、お砂糖を小さじ1、カツオダシの素を小さじ1、よく混ぜて合わせ調味料を作っておく。カツオダシの素は、イリコダシの素でもアゴダシの素でもいいし、顆粒や粉末が溶けきらなくてもフライパンに入れた時に熱で溶けるから構わない。あと、あたしはお肉を食べないからお魚系のダシの素を使ってるけど、関係ない人は鶏ガラの中華ダシを使ったほうが美味しくなると思う。
まずは熱したフライパンに千切りのアブラゲを入れて中火で炒める。あたしはコーティングされたフライパンを使ってるので油は敷かないけど、鉄の中華鍋とかの場合は少しだけ油を敷いたほうがいい。で、アブラゲを1分くらい炒めたら、ザルのモヤシをドバッと加えて、全体を混ぜながら1分くらい炒めて、アブラゲとモヤシをフライパンの片側へ寄せて、空いた場所にピーマンの千切りを入れる。アブラゲとモヤシをピーマンの上に乗せて、15秒くらい「蒸し焼き」にしてから全体をザクザクと混ぜつつ、1~2分炒めていく。
ポイントはシャキシャキ感だから、モヤシがしんなりしちゃったら炒めすぎ。まだモヤシがピンとしてる状態で火を止めて、合わせ調味料を回し掛けて、手早く和えて余熱で味を煮含める。あたしは辛いのが好きだから、最後に輪切りのタカノツメをパラパラと入れて混ぜたり、コショウをかければ完成だ。
‥‥そんなワケで、今回紹介した合わせ調味料はあくまでも一例で、お醤油を使わずにオイスターソースだけでも美味しいし、お酒の代わりにミリンでもいいし、お砂糖は入れなくてもいいので、いろいろ工夫して自分の好みの味付けを見つけてほしい。ザックリ言っちゃえば、単なるモヤシ炒めでも、キャベツをメインにした野菜炒めでも、味付けをいつもの塩コショウからオイスターソースに変えるだけで、ナニゲに中華料理っぽくなる。1人前100円ほどの食材でも、外食したら1000円以上はしそうな味になる。それも、慣れれば5分ほどでチャチャッと作れちゃうんだから、ぜひ試してみてほしいと思う今日この頃なのだ。
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