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2013.09.16

増田屋さんのきつねそば

あたしが小学生のころ、年に何回か、日曜日の午前中から親戚のおじさんやおばさんが訪ねてくることがあった。たぶん、母さんと父さんの離婚に関する相談とか、生活費に関する相談とか、そうした「子どもには聞かせられない話」をしてたみたいで、あたしは必ず「お昼まで公園かどこかで遊んできなさい」って言われて追い払われた。だけど、あたしは嬉しかった。それは、親戚のおじさんやおばさんが訪ねてくると、必ず増田屋さんていう日本そば屋さんで出前をとったからだ。毎日食べてた母さんやおばあちゃんのお料理はとっても美味しくて、あたしはどんな献立も大好きだったけど、親戚のおじさんやおばさんが訪ねてきた時にだけ食べられる店屋物は、味うんぬんよりも外食に出かけるような「特別感」が嬉しかった。

日曜日の公園は誰かしらクラスメートがいたから、一緒に滑り台やブランコで遊んでると、お昼前に誰かのお母さんが「お昼ごはんよ~!」って呼びにくる。それを合図に、あたしもお家に帰った。そうすると、大人たちの難しい話は終わってて、大人たちはお茶を飲みながら楽しそうに世間話をしてる。あたしがその輪に加わると、おじさんやおばさんはあたしにいろいろと学校のこととかを聞いてくる。そうこうしてるうちに、増田屋さんの出前のおじさんがやってくる。

出前だと「温かいおそばは伸びる」って言われてたので、大人たちはいつも、天丼、かつ丼、親子丼のどれかを注文してた。夏には天ざるやとろろそばを注文する時もあったけど、たいていは丼ものだった。でも、あたしは、いつもきつねそばを注文してた。

電話機の横の柱のフックに増田屋さんのメニューが掛けてあって、ハッキリとは覚えてないけど、たしか天丼やかつ丼は470円か480円くらいだった。もしかしたら天丼とかつ丼の「上」が480円で、少し安い「並」もあったのかもしれないけど、親戚とは言え、お客様には「上」を出すのが当たり前だったみたいで、母さんはいつも一番高いものを注文してたみたいだ。だけど、あたしは、全員のぶんを払う母さんのことを思うと、子どものあたしまでもが値段の高い天丼やかつ丼を注文することを躊躇った。だからって、一番安い180円のもりそばやかけそばを食べたいと言ったら、絶対に気を使って遠慮してることがバレちゃう。そこで、あたしは、子どもながらに、一番安いのから2番目の220円のきつねそばかたぬきそばを注文することにした。

で、たぬきそばに乗ってる天かすは天ぷらを揚げた時の残りかすだけど、きつねそばに乗ってるアブラゲは堂々とした一品だ‥‥っていう子どもながらのヘンテコな判断から、あたしはきつねそばを食べたいと言った。母さんは笑顔で「おそばは伸びちゃうから、おばさんたちと同じ天丼かかつ丼にしたら?」って言ってくれたけど、あたしは「きつねそばが食べたいの」と言った。そして、年に数回のことだけど、親戚のおじさんやおばさんが訪ねてきて出前をとるたびに「あたしはきつねそば!」って言ってたら、母さんも親戚のおじさんやおばさんたちも、あたしがきつねそばを大好きなんだって思い込むようになった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしはもちろんきつねそばが好きだけど、別に何よりもきつねそばが好きなワケじゃない。おそばはもともと大好きだから、もりそばもかけそばも好きだし、温かいおそばならきつねそばに限らず、たぬきそばだって天ぷらそばだって山菜そばだっておかめそばだって、おそばなら何だって好きだ。

あたしが唯一苦手なのは、月見そばだけ。あたしは、生タマゴの白身の部分とカラザが気持ち悪くて食べられない。生タマゴは、カラザを取ってよく掻き混ぜて全体が黄色くなればご飯に掛けたりして食べられるし、掻き混ぜなくてもカラザを取って目玉焼きにすれば白身の部分も食べられるけど、生の白身の何とも言えない「表面張力感」が気持ち悪くて苦手なのだ。それから、月見そばって食べてるうちにタマゴの黄身でおつゆが濁るでしょ?アレも嫌い。おそばのおつゆは食べ終わるまで澄んでいてほしい。

だから、あたしは、月見そば以外なら、どんなおそばもおんなじくらい好きだ。特にきつねそばだけが好きなワケじゃなくて、たとえば、かき揚げが美味しいと評判のおそば屋さんに行けば、当然、かき揚げそばを注文する。八丈島出身のおじさんがやってるおそば屋さんに行けば、当然、おじさん自慢のアシタバの天ぷらを乗せてもらう。


‥‥そんなワケで、毎日遅くまで仕事をカケモチして働いてた母さんのことを思うと、当時の自分の1ヶ月のお小遣いにも匹敵するような高価な天丼やかつ丼なんか注文することができず、子どものクセに変に気を使って注文してた増田屋さんのきつねそばだったけど、あたしにとってはホントに美味しくてご馳走だった。増田屋さんのきつねそばは甘辛く煮た三角のアブラゲが2枚乗ってたんだけど、おそばの中にお箸で沈めて、タップリとおつゆを含ませてから小さく千切って、少しずつおそばと一緒に食べるのが好きだった。

そんなある日のこと、また日曜日に親戚のおじさんが訪ねてきた。前もって母さんから「今度の日曜日に○○おじさんがくるからね」って言われてたので、あたしは「増田屋のきつねそばが食べられる!」って思って楽しみにしてたんだけど、この日は、ちょっと様子が違った。おじさんは、いつものように日曜日の午前10時ころに訪ねてきたんだけど、この日は、あたしの知らない学校の先生みたいな男性が一緒だった。あとから分かったんだけど、この人は母さんと父さんの離婚を担当してる弁護士さんだった。

お昼になってお家に帰ると、妙な雰囲気だった。いつもなら難しい大人の話が終わって、和やかな雰囲気になってるハズなのに、この日は、ちゃぶ台を囲んだ4人が誰1人しゃべってなくて、シーンとしてた。あたしが帰ったことを知ると、真っ先におばあちゃんが笑顔で「お帰り!」って言ってくれたけど、ふと見ると母さんはティッシュで涙を拭いている。おじさんは何も言わずに手にした湯呑をじっと見てるし、弁護士さんはちゃぶ台に広げた書類みたいなものを黒いカバンに急いで仕舞ってた。

母さんは赤くなった目で、無理して笑顔を作って「お帰り!じきに増田屋さんがくるからね!」って言ってくれたけど、あたしはどうして母さんが泣いていたのか、気になって仕方なかった。だけど、誰も何もしゃべらない重苦しい雰囲気が、あたしに「母さん、どうしたの?」という一言を言わせてくれなかった。あたしは、おばあちゃんの作ってくれたカルピスを飲みながら、早く増田屋さんがきてくれないかなって思ってた。出前が届いて食事が始まれば、いつもの和やかな雰囲気に戻るだろうと思ったからだ。

だけど、待ちに待った出前が届いて食事が始まっても、みんな自分の丼をじっと見つめながら、無言で食べ続けてる。もちろん、全員が完全に終始無言だったワケじゃなくて、おばあちゃんが「今日は誰と遊んだの?」って聞いてくれたり、おじさんが「ここのかつ丼はいつも美味しいね!」って言ったり、弁護士さんが「ホントに美味しいですね!」って答えたり、それぞれ単発的にはしゃべってたんだけど、これらが重苦しい雰囲気を何とかするために大人たちが無理してしゃべってるってことくらい、子どものあたしにも感じ取れた。きつねそばを食べながら、気づかれないように隣りの母さんの顔を盗み見ると、母さんは悲しそうな顔で静かに親子丼を食べ続けてた。


‥‥そんなワケで、重苦しい雰囲気の中、母さんのことが心配で仕方なかったあたしは、それでもいつものように、三角のアブラゲをお箸でおそばの中に沈めて、たっぷりとおつゆを含ませてから、小さく千切っておそばと一緒に食べてた。母さんのことは心配だけど、楽しみにしてた増田屋さんのきつねそばは美味しかったから、あたしも静かに食べ続けてた。そしたら、おそばの奥から、小さく千切ったアブラゲと一緒に5センチくらいの短いうどんが出てきた。


「何だこれ?」


そう言って、あたしがお箸で短いうどんを持ち上げると、4人がいっせいに自分の丼から顔を上げて、あたしを見た。


「それはうどんだね」


おばあちゃんがそう言うと、すぐにおじさんが言葉をつないだ。


「それはきっと、そばを茹でる大鍋の中に、前の人のうどんが残ってて、そば屋さんが気づかずに一緒に入れちゃったんだろうね」


いつもとおんなじきつねそばなのに、今日のきつねそばには5センチのうどんが入ってたのだ。あたしは、お素麺や冷麦でピンクとかグリーンの麺が入ってた時みたいな、しらす干しの中にちっちゃなタコやイカを見つけた時みたいな、ガリガリ君やホームランバーで当たりが出た時みたいな、とっても嬉しい気分になった。だから、あたしは、おじさんの説明に対して、反射的にこう答えてた。


「じゃあ、これは当たりだね!」


そしたら、おばあちゃんが笑い出して、おじさんも笑い出して、弁護士さんまで笑い出して、そして、母さんも笑った。一瞬で重苦しかった雰囲気が吹き飛び、いつもの和やかな食卓に戻った。あたしが「当たりをいただきま~す!」って言ってうどんをパクリと口に入れたら、母さんが親子丼を丼のフタに2口ぶんくらい取り分けて、「これが当たりの賞品で~す!」って言ってあたしに差し出した。それを見たおじさんは、自分も何か‥‥って思ったのか、少し困った顔でほとんど食べ終わってたかつ丼の丼を見てから、かつ丼に付いてた小皿のタクワンを1枚、「これがおじさんからの賞品で~す!」って言って、あたしの前に差し出した。ここで、またみんながドッと笑った。


‥‥そんなワケで、たった5センチのうどんだけど、あたしにとっては、ホントの意味での「当たり」だった。大好きな母さんを笑顔に戻してくれたからだ。だけど、こんな経験をしたあたしなのに、それから長い年月が経って大人になったら、ある日本そば屋さんで食べてたきつねそばに短いうどんが混じってた時、思わず「ムカッ!」としちゃった。「プロならちゃんと作れよ!」って思っちゃった。だけど、すぐに子どもの時のことを思い出して、こんなことで腹を立てた自分を恥じ、子どものころの純粋な気持ちを忘れてたことを反省した。そして、「久しぶりに当たりが出たから何かいいことでも起きるかな?」って思って、短いうどんをパクリと口に入れた今日この頃なのだ♪


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