642光年の時間旅行
あたしの3冊目の本、「きっこの日記R」を読んでくれた人なら知ってると思うけど、あたしは、星座の中でオリオン座が一番好きだ。東京生まれで東京育ちのあたしにとって、スモッグだらけの東京でもハッキリと見えるオリオン座は、物心ついたころから大好きだった。左上の赤いベテルギウス、右下の白いリゲル、2つも1等星があるし、真ん中にはトレードマークの三ツ星が並んでて、子どもでも簡単に見つけることができる。その上、オリオン座のベテルギウスと、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンを結べば、「冬の大三角」ができる。
そんなオリオン座だけど、あたしたちがオリオン座として認識してる、腰のくびれた砂時計みたいな形をしてる星座は、巨人オリオンの胴体の部分で、ホントはあの上に頭があって、周囲には手足も生えてるのだ。巨人オリオンは海の神様ポセイドンの息子だから、陸の上だけじゃなくて、海の上も歩くことができた。そして、ものすごい怪力だったので、大きな棍棒をブンブンと振り回して、どんな猛獣でも一撃で倒しちゃう狩りの名人だった。
だけど、自分の怪力や狩りの腕前を自慢ばかりしてるオリオンにムカついた女神ヘラが、オリオンをギャフンと言わせてやろうと企み、オリオンが寝てる時に猛毒を持った巨大サソリに襲わせちゃう。さすがのオリオンも巨大サソリの猛毒には勝てず、とうとう死んでしまう‥‥って、これじゃあギャフンどころか殺人じゃん!
ま、この理不尽さが「ギリシャ神話」のテイストなんだからシカタナイザーなんだけど、こんなことがあったので、西の地平線からサソリ座が上ってくると、オリオン座はスゴスゴと東へと沈んで行くようになった。つーか、先にオリオン座やサソリ座があって、それを見てギリシャ時代の人が考えついたのがこのお話なんだけど、それを言っちゃあ大島麻衣だ(笑)
でも、この「巨大サソリの猛毒で殺された説」は、まだマシなほうだ。「ギリシャ神話」は複数あるので、この巨人オリオンの最期にしても、他にもっと気の毒なお話がある。狩りの名人だったオリオンは、月と狩りの女神アルテミスと恋仲になり、ラブラブな毎日を送ってた。そんなある日、2人のことを良く思ってなかったアルテミスのお兄さんのアポロンが、オリオンをギャフンと言わせてやろうと企み、アルテミスを罠にはめちゃう。
オリオンはものすごい巨人だったから、海底を歩いても頭が海の上に出る。遠くから見ると、オリオンの頭は海上に突き出した巨大な岩のように見える。そこで、オリオンが海の散歩を楽しんでた時に、アポロンはオリオンの頭を金色の岩に見えるように魔術を使い、妹のアルテミスを連れて浜辺へ行き、沖に見えるオリオンの頭を指差して、「あの金色に輝く岩を弓で射ることができるか?」と持ちかけた。月と狩りの女神アルテミスは、弓の腕前には自信があったから、それがまさか自分の愛する恋人の頭だとは知らずに、弓で射抜いてしまった。
オリオンは、愛する恋人に殺されてしまったのだ。だけど、オリオンよりも気の毒なのが、アポロンの罠にはまって自分の恋人を殺してしまったアルテミスだ。自分が射抜いた金色の岩がオリオンだったことを知り、悲しみに明け暮れたアルテミスは、大王ゼウスにお願いして、オリオンを星座にしてもらった。だから、冬になると、オリオン座のすぐ近くをアルテミスの化身である月が通り過ぎていくようになった。
もちろん、これも、「冬になるとオリオン座の近くを月が通過する」っていう事実が先にあって、これを見たギリシャ時代の人が考えついたのがこのお話なんだけど、それを言っちゃあ獅子舞な今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?(笑)
‥‥そんなワケで、ここからは現実的なことを書いてくけど、オリオン座の左上の赤い星、ベテルギウスって、ものすごーーーーーーく大きいって知ってた?どのくらい大きいのかって言うと、地球の直径が約1万2700kmで、太陽の直径が約140万kmで、ベテルギウスの直径が約16億4000万kmなのだ。つまり、太陽の直径は地球の約109倍なんだけど、ベテルギウスの直径は、その太陽の1000倍以上もあるってワケだ。さらに正確に言うと、ベテルギウスは収縮と膨張を繰り返してるので、小さい時の直径は太陽の約700倍、大きい時が約1000倍だ。
パチンコ玉の直径は1.1cmなので、地球をパチンコ玉だとすると、太陽は直径が120cmの大きなボールになるけど、ベテルギウスは直径が1km以上もあるスーパーウルトラマグナムサイズの巨大なボールになる。地球が1cmほどなのに、ベテルギウスは1km以上、こうして想像すると、ベテルギウスがどれほど巨大な星なのかが分かると思う。で、そんなベテルギウスなんだけど、ここで皆さんに残念なお知らせがある。それは、ベテルギウスがそろそろ無くなっちゃうかもしれないのだ。
話を分かりやすくするために、まずはちょっと難しいことを説明しとく。太陽みたいに自分で光を放ってる星のことを「恒星」って言うんだけど、オリオン座の2つの1等星、ベテルギウスもリゲルも自分で光を放ってる恒星だ。で、この恒星には、誕生してから消滅するまでの「一生」がある。星雲の中で誕生したばかりの恒星は、赤ちゃんの段階の「原始星」の時期を過ごし、水素の核融合反応が安定して「主系列星」の段階に入る。ここからが恒星としての本領発揮ってワケで、それぞれの恒星の質量やエネルギーや燃費によって、どのくらいの寿命になるかが決まる。そして、エネルギーを使い果たした晩年には、一気に膨張して「赤色巨星」になって生涯を閉じる。
だから、恒星の場合、ザックリと言っちゃえば、白い星が若者で、赤い星が後期高齢者ってことになる。もっと正確に言うと、核融合が始まる前の「原始星」は温度が低いから赤く見えるし、質量の小さな恒星は核融合が始まっても温度が上がらないから若くても赤く見えるものもある。ようするに、恒星の年齢だけじゃなくて、温度が低いと赤く見えて、温度が高いと白く見えるってワケだ。
‥‥そんなワケで、オリオン座に話をクルリンパと戻すけど、オリオン座の右下の1等星、リゲルは、誕生してからまだ数百万年しか経ってない若い星だから、白く見える。表面温度は約1万2000度もあって、光量は太陽の約3万倍もある。だけど、左上の1等星、ベテルギウスのほうは、肉眼でハッキリと赤く見える。表面温度は約3000度で、恒星としての晩年、「赤色巨星」の段階に入ってる。
日本では、昔、源氏と平家の旗の色になぞらえて、白いリゲルを「源氏星」、赤いベテルギウスを「平家星」と呼んでいた‥‥って一般的には知られてるんだけど、野尻抱影の『日本星名辞典』(東京堂出版)には、白いリゲルが「平家星」、赤いベテルギウスが「源氏星」と、実際の旗の色とは逆に書かれてて、これは、自分たちが平家だと知られたくないために、わざと逆の色を伝承したものだと解説されてる。
で、また話をクルリンパと戻すけど、肉眼でもハッキリと赤く見えるベテルギウスは、恒星としての生涯が晩年に入った後期高齢者ってワケだけど、意外なことに、ベテルギウスが核融合を始めて主系列星の段階に入ったのは、わずか1000万年ほど前なのだ。我らが太陽が46億歳だってことと比較すると、1000万歳なんてのは、まだヨチヨチ歩きの赤ちゃんみたいな年齢なのに、もう一生を終えようとしてる。太陽が46億歳になっても現役バリバリで働いてるんだから、太陽の1000倍以上も大きいベテルギウスなら、太陽の1000倍くらい長生きしたって良さそうなのに‥‥。
だけど、これは、その大きさが問題だったのだ。さっきナニゲに「燃費」って書いたけど、それぞれの恒星の寿命は、この燃費で決まる。一般的に、恒星は、質量が大きければ大きいほど燃料も多いんだけど、そのぶん核融合がモーレツな勢いで進むので、燃費が悪くて寿命が短くなっちゃうのだ。ベテルギウスの質量は、太陽の約20倍もある。つまり、太陽の20倍もガソリンを積んでるんだけど、燃費は太陽の何千倍も悪い。だから、46億歳の太陽がまだまだ何十億年も走れるのに対して、ベテルギウスはわずか1000万年でガス欠になっちゃったのだ。
‥‥そんなワケで、いよいよ本題に入るけど、寿命を迎えたベテルギウスがどうなっちゃうのかと言うと、大爆発しちゃうのだ。正確には「超新星爆発」と言って、テンヤワンヤの大騒ぎになっちゃう。何しろ、太陽の1000倍も大きな恒星が大爆発しちゃうんだから、この地球だって大変なことになる。ベテルギウスの爆発とともに、それこそ天文学的な量のガンマ線が放射され、地球を守ってるオゾン層の大半が消滅し、地球上の生命体に有害な宇宙線が豪雨のように降り注ぎ、人類も他の動物も植物もすべて死滅してしまうのだ。
もはや、核戦争だの原発事故だののレベルじゃない。国同士、人間同士で戦争なんかしてる場合じゃない。今すぐに全人類が協力して、いつベテルギウスが爆発しても大丈夫なように、地球全体を覆うバリアみたいなものを開発しなきゃ間に合わない。何しろ、ベテルギウスの超新星爆発は、明日起こるかもしれないからだ。
でも、100万年後かもしれない。そう、ベテルギウスが超新星爆発を起こすのは、明日かもしれないし100万年後かもしれないのだ。あたしたち人間は寿命が80年前後だから、たとえば60歳の還暦を迎えた時に、「あと20年くらいは生きられる」とか「あと40年生きて100歳までがんばるぞ」とかは思うことができるけど、「あと80年生きるぞ」とは思わないし思えない。140歳まで生きるなんて絶対に無理だと分かってるからだ。だけど、寿命が1000万年以上もあるベテルギウスの場合は、この「あと何年くらい生きられるか」が100万年単位なのだ。だから、ベテルギウスが超新星爆発を起こして一生を終えるのは、明日かもしれないし100万年後かもしれないってワケだ。
で、ここからは安心するためのことを書いてくけど、まず、ベテルギウスが超新星爆発を起こすかどうかも、まだハッキリとは分かっていない。NASAの観測やハワイの天文台の観測によると、ここ十数年、ベテルギウスは異常な収縮や膨張が繰り返されてて、もはや球形を保てなくなってて、超新星爆発を起こすのも時間の問題だ‥‥っていう主張をしてる天文学者がいる一方で、ベテルギウスの質量では超新星爆発は起こらない‥‥っていう主張をしてる専門家もいる。だから、この最初の段階で、「ベテルギウスは超新星爆発を起こさずに静かに一生を終える」っていう可能性もあるワケだ。
そして、第二段階として、仮に超新星爆発が起こったとしても、放出された大量のガンマ線は四方八方に飛ぶワケじゃなくて、一定の方向だけに飛ぶから、それが地球に当たる確率は極めて低い‥‥っていう見解もある。もちろん、これも机上の論なので、実際に地球にガンマ線が降り注いでから「話が違うじゃん!」なんて言っても遅いんだけど、この説が正しければ、仮に超新星爆発が起こったとしても、ガンマ線が地球に当たる確率は、あたしが競馬でWIN5を的中させるくらい低いから安心だ(笑)
さらには、第三段階として、決定的に安心なことがある。ベテルギウスが超新星爆発を起こし、四方八方に飛ぶとしても一定の方向だけに飛ぶとしても、地球に向かって大量のガンマ線が飛んできたとする。でも、ベテルギウスから地球までは約642光年もある。これは、光の速度で642年もかかる距離ってことで、ガンマ線の速度も光の速度とほぼ同じだから、明日、超新星爆発が起こったとしても、ガンマ線が地球に到達するのは600年以上も先なのだ。ね?これで安心できたでしょ?
‥‥そんなワケで、ここで気づいたと思うけど、あたしたちが今見てるオリオン座のベテルギウスは、642年前のベテルギウスなんだよね。642年前の1371年、日本が南北朝時代だった時にベテルギウスを出発した光が、長い長い年月をかけて、ようやく地球に到達したものを、今、あたしたちが見てるってワケだ。ちなみに、もう1つの1等星のリゲルまでの距離は、ベテルギウスよりも遠い700~800光年と言われてるので、あたしたちが同時に見てる赤と白の2つの星なのに、その光には100年前後の差があることになる。あたしが生まれる遥か昔に星を出発した光が、何百年間も宇宙を飛び続けて、やっと地球に到達してあたしに美しい輝きを見せてくれるだなんて、こんなに不思議でロマンチックなことがあるだろうか?あたしが星や星座を見ることが大好きなのは、こうしてそれぞれの星までの距離を考えながら観察してると、ステキな時間旅行を体験できるからだ。だから、これから冬の夜空にオリオン座を見つけたら、赤いベテルギウスは600年以上も前の光、白いリゲルは700年以上も前の光だってことを、ちょっぴり思い浮かべてみてほしいと思う今日この頃なのだ♪
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