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2014.01.29

そうだ、選挙、行こう。

2月9日の「東京都知事選挙」のポスターを作りました!


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あたしは、2月9日の「東京都知事選」の投票率を少しでも上げたいと思い、JR東海の「そうだ、京都、行こう。」のパロディーのポスターを作ったら面白いかも?と思いつきました。

そして、東京と言えば「東京タワー」と思ったのですが、ネット上の東京タワーの画像を無断で使うことはできません。

かと言って、画像の所有者を調べて、事情を伝えて、画像の使用許可をいただくのも骨が折れます。

それで、このアイデアだけをツイッターでつぶやいたところ、すぐに1人の人が「自分で撮影した東京タワーの画像があるので使ってください」と申し出てくださったのです!

そして、完成したのがこのポスターです♪


どなたでもご自由に、この画像をご利用ください。

この画像をコピーして、ご自分のブログやサイトなどに貼ってもいいですし、ツイッターやフェイスブックで拡散してもいいですし、プリントアウトしてもいいですし、このブログのエントリーのURLを拡散してくださってもいいですし、使い方は自由です。

1人でも多くの東京の有権者が都知事選に興味を持ち、投票所へ足を運んでくれるように、東京以外の皆さんも、どうかご協力をお願いします!


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2014.01.26

妄想連鎖とツイッター

昨日、母さんが朝から短歌仲間のお家へ行ってたので、あたしは念のためにデニムパンツの右のポケットにケータイを入れて持ち歩いてた。いつ母さんから緊急の電話があっても、すぐに電話に出られるようにだ。で、午前中、洗濯物を干そうと玄関を出た時、デニムパンツのポケットから垂れてたケータイのストラップが玄関脇のフックに引っかかって壊れちゃった。九州の小倉競馬場で買ったお気に入りのストラップ、先端に2センチくらいの可愛いレーヴディソールが付いてるんだけど、それが取れちゃった。

接続してるリングが伸びて外れただけなので、あとからペンチで直すことができて「事なきを得た」んだけど、この時、地面に落ちた小さなレーヴディソールを拾って顔を見たら、何となく悲しそうな顔をしてるように感じた。中央競馬ファンの皆さん、芦毛マニアの皆さんにはお馴染みだけど、レーヴディソールはとっても不運な馬だ。2010年9月のデビュー戦を勝利で飾り、10月のGⅡ「デイリー杯2歳ステークス」も勝利で飾り、12月のGⅠ「阪神ジュベナイルフィリーズ」も勝利で飾り、明けて3月のGⅢ「チューリップ賞」も勝利で飾り、デビューから4戦全勝でGⅠのタイトルまで獲って将来を期待されてたのに、「桜花賞」を目指して調教中に右前脚の骨折が判明、半年間の治療、休養を余儀なくされた。

そして、半年後の11月にGⅠ「エリザベス女王杯」で復帰を果たすも、11着と惨敗。12月のGⅢ「愛知杯」も4着と振るわず、明けて1月の「金杯」に向けて調整中に、また右前足の骨折が判明して、デビューからわずか1年5ヶ月、たった6戦で引退することになった。今は北海道のノーザンファームで繁殖牝馬として元気に過ごしてるけど、もっともっと走る姿を見たかったファンも多いだろう。

何よりも思い出に残ってるのは、もちろんGⅠ「阪神ジュベナイルフィリーズ」だ。この時は、レーヴディソールが1着になっただけじゃなくて、2着にホエールキャプチャ、3着にライステラスという「芦毛ワンツースリー」が炸裂したから、多くのファンが覚えてると思う。あたしは「芦毛ワンツースリー」の3連複を買ってたから、馬券的にも忘れられない。

ただし、正直なことを言っちゃうと、この時はみんなまだデビューしたばかりの2歳馬なので、レーヴディソールは薄い灰色で、ホエールキャプチャは白に近い灰色だったけど、ライステラスは遠目には黒鹿毛じゃないかと思うくらい黒っぽくて、あんまり「芦毛ワンツースリー」って感じはしなかった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、ノッケから話をクルリンパと戻すけど、地面に落ちた小さなレーヴディソールを拾って顔を見たら、何となく悲しそうな顔をしてて、あたしに「今日の競馬はやめといたほうがいい」って囁いてるように感じたのだ。そう、昨日はJRAが開催される土曜日だったので、あたしは、洗濯物を干して、軽くお昼ごはんを食べたら、メインレースを中心に5~6レースほど買ってみるつもりだったのだ。で、しばらく悩んだんだけど、あたしはギャンブルに関してはこういう直感を大事にしてるので、この日は競馬をお休みすることにした。

で、いつもなら、たとえ馬券は買わなくてもラジオの中継だけは聴くんだけど、昨日は中継も聴かなかった。小さなレーヴディソールの「今日の競馬はやめといたほうがいい」っていう囁きが、「馬券を買わないほうがいい」って意味だけじゃなくて、「競馬そのものから離れたほうがいい」ってふうに感じられたからだ。それで、あたしは、radikoを文化放送にして、午後1時からは「みのもんたのウイークエンドをつかまえろ」、午後3時からは「伊東四朗・吉田照美 親父・熱愛」を聴きながら原稿打ちの内職をしてた。そして、ツイッターでこんなことをつぶやいた。


「きっこさんのつぶやき」
「親父熱愛」で、マー君がどのチームに決まっても里田まいが「どこにでも付いて行く」と言ったというニュースについて、吉田照美長老が「そりゃそうだろ。俺が奥さんでもどこにでも付いてくよ、マー君に」と言ったのを聞いて、女装した照美長老がマー君に付いて行く画を想像してしまった!(笑)
2014.01.25 15:42


それで、原稿打ちをしながら聴いてたので、どんな脈略なのかは聴き逃しちゃったけど、伊東四朗さんか吉田照美さんのどちらかが「橋爪功さん」の名前を出した。そしたら、これがヒキガネになって、あたしの妄想連鎖のスイッチが入っちゃったのだ。「橋爪功」さんと言えば、あたしが何よりも衝撃だったのは、吉本ばななさんの小説『キッチン』が映画化された時に、ニューハーフのえり子さんの役をやったことだ。ちなみに、吉本ばななさんの現在のペンネームは「よしもとばなな」とぜんぶひらがなで表記するけど、ここでは『キッチン』を発表した時の表記で書かせてもらう。

で、吉本ばななさんの『キッチン』はベストセラーだから読んだ人も多いと思うけど、この作品に登場する「えり子さん」は、とっても美人だ。主人公のみかげが初めてえり子さんと会った時には、あまりにも美人で驚いたほどで、えり子さんの息子の雄一君から教えられなければ、ずっと女性だと思ってたはずだ。続編の「キッチン2」では、えり子さんはすでに殺された後だけど、これにしても、街でえり子さんを見かけて一目惚れした男に後を着けられて、えり子さんがゲイバーで働いてることを知り、つまり、えり子さんがニューハーフだったということを知り、その男に殺されてしまう。だから、えり子さんは完全に女性に見えるワケだし、それも相当の美人てことになる。

だから、あたしは、この小説が映画化されると知った時、どの役よりも、えり子さんの役を誰が演じるかが気になった。誰が見ても女性だと思う上に美人なんだから、美人の女優さんが演じるのか、それとも、誰が見ても女性に見えるようなニューハーフさんを抜擢するのか、とっても気になった。そしたら、ナナナナナント!橋爪功さんだった!しばらくして公開された写真を見たら、どう見ても男性なのに女性の着物を着てお化粧をしてるコントみたいな変なおじさんがいた。あたしはガッカリした‥‥ってことを思い出したので、こんなふうにツイッターでつぶやいた。


「きっこさんのつぶやき」
吉本ばななさんの「キッチン」のえり子さんは息子の雄一君から教えてもらわなければ元男性だと分からないほどの美人、「キッチン2」でも街でえり子さんに一目惚れした男性に後をつけられてゲイバーに勤めていたことが分かり殺されてしまうほどの美人、でも映画化されたらえり子役は橋爪功さん(笑)
2014.01.25 16:04


そして、このつぶやきをしながら、あたしは原作の『キッチン』の内容を思い出してたんだけど、あたしが好きなのは、『キッチン2』で、みかげがえり子さんの遺言を読むシーンと、みかげが雄一に美味しいカツ丼をタクシーで届けるシーンだ。で、ここまで来て、あたしは、2~3日前に「沖縄のカツ丼は変わってる」というレポートを読んだことを思い出した。沖縄のカツ丼は、カツを玉子でとじてる普通のもあるんだけど、食堂によっては、カツの上に玉子入りの野菜炒めが乗ってたり、玉子入りの野菜炒めの上にカツが乗ってたりするものもあるそうだ。それで、あたしは、そのレポートを探し出して、ツイッターで紹介した。


「きっこさんのつぶやき」
【今日のカルチャーショック】「沖縄のカツ丼はカツの上にタマゴ入りの野菜炒めが乗っている!」→ http://portal.nifty.com/kiji/140114162978_1.htm
2014.01.25 17:02


‥‥そんなワケで、このつぶやきをした時、あたしは、ふと思った。「フォロワーの中には1人くらい、あたしの妄想連鎖をお見通しの人がいるかもしれない」と。つまり、あたしの最初に紹介したつぶやきを読み、「きっこは今、文化放送の『親父・熱愛』を聴いてるのか」と思った人たちの中には、あたしと同じ番組を聴いてる人もいるだろうから、その中の何人かは、あたしの次の「えり子さん」のつぶやきを読み、「もしかしたら今ラジオで『橋爪功』の名前が出たから、きっこはこのツイートをしたのかもしれない」と思っただろう‥‥ってことだ。そして、その中に『キッチン』を読んだことのある人がいて、その人が勘のいい人なら、次の「沖縄のカツ丼」のつぶやきを読み、「もしかしたらきっこは『キッチン』に出てくるカツ丼から連想して、この沖縄のカツ丼のツイートをしたのかもしれない」と思っただろう‥‥ってことだ。

あたしの現在のフォロワー数は、ありがたいことに、11万人以上もいる。もちろん、11万人全員がリアルタイムでツイッターを見てるワケはないけど、それでも、土曜日の午後ってことを考えれば、平日よりは見てる人は多いと思うし、この謎解きをパーフェクトに成し遂げたマニアが1人くらいいても良さそうだと思った。別に「これからのツイートには何らかの関連性がありますよ」なんて事前に振ったワケでもないけど、突然、今から25年も前に出版された小説や公開された映画の話題がツイートされたら、「あれ?」って思う人が何人かいても良さそうだからだ。

もしも、あたしがフォロワーの側なら、この一連の流れだけじゃなくて、その前に「今日は競馬をお休みします」とツイートされてるとこから関連づける。つまり、「土曜日なのに競馬をお休みしたから文化放送を聴いてるんだな」ってのがスタート地点になり、そこから、「橋爪功」→「えり子さん」→「キッチン」→「カツ丼」→「沖縄のカツ丼」と推測してくことになる。これが100点満点の上を行く120点の正解だ。

だけど実際には、120点どころか、何の反応もない。それぞれのつぶやきに対しての単発のレスはいくつか返ってきたけど、これらのつぶやきを関連づけて謎解きしたレスは1件もなかった。ま、あたしみたくナナメ方向から他人のツイートを見てる人なんて少ないと思うし、あたしをフォローしてる人の大半は情報源の1つとしてフォローしてるだけだろうから、そんなとこまで考えてないだろう。

それに、あたしをフォローしたる人たちのTL(タイムライン)には、あたしのツイートとツイートの間に他の人たちのツイートがたくさん挟まってるんだから、その中からあたしのツイートだけをピックアップして、その関連性を考える人なんていそうもない。だけど、1人くらいはいるんじゃないかと思っちゃったから、あまりの無反応にリトル寂しくなっちゃって、誰からも何も聞かれてないのに、あたしはこんなことをつぶやいちゃった。


「きっこさんのつぶやき」
「親父熱愛」の中で橋爪功さんの名前が出た→橋爪さんと言えば映画「キッチン」でえり子役をしたのでそのことをツイートした→吉本ばななさんの「キッチン」と言えばみかげがカツ丼を届けるシーンが有名で「そう言えば沖縄の変わったカツ丼の記事を見たな」と思い出してツイートした、という流れ。
2014.01.25 17:48


‥‥そんなワケで、この一方的な「正解発表」も誰からも相手にされず、あたしは「寂び」だけじゃなく「侘び」の世界にまで到達しちゃって、もはや松尾芭蕉の心境なんだけど、そう言えばバナナは芭蕉の一種で、日本語だとバナナは「実芭蕉(みばしょう)」と呼ばれてる。ここでようやく最初の「吉本ばなな」さんに戻り、あたしの妄想連鎖はめでたく輪になったってワケだ。そして、さらに一番最初にクルリンパと戻り、小さなレーヴディソールの囁きを思い出したあたしは、JRAのHPにアクセスして素晴らしい事実を知り、次のつぶやきをした今日この頃なのだ♪


「きっこさんのつぶやき」
今日は競馬中継を聴いてないから、あたしはレース結果を知らない。それで、もしも競馬をやってたら買うつもりだった5レースをぜんぶ予想してから結果を見てみたら、みごとにすべてハズレてた!「今日の競馬はお休みしろ」というサインは本物だった!あたしってばGJ!(笑)
2014.01.25 21:03


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2014.01.23

世界の果までイッテTUBE!

あたしは、YOU TUBEをよく利用する。あえて「利用する」という表現を使ったのは、映画や音楽を楽しんでるだけじゃなくて、便利なツールとして役に立ってるからだ。たとえば、いろいろなメイクの仕方、ヘアアレンジ、着付け、お花の活け方、お料理、公式の場でのマナー、何でも調べて映像で見ることができる。もちろん、普通のサイトでも調べられるけど、動画で見たほうが分かりやすいものは、取りあえずYOU TUBEで検索する。

たとえば、ドラクエとかのRPGをやってて、どこかで行き詰まった時、普通の「攻略サイト」を見てもいいんだけど、YOU TUBEで攻略法を検索すれば、実際のゲーム画面で教えてくれるから、一発で解決しちゃう。PCのことで分からないことがあれば、普通のサイトで調べてもいいんだけど、YOU TUBEなら自分のOAと同じ画面で実演してるから、とっても分かりやすい。だから、何でも調べることができるグーグルの検索機能のことをチマタでは「グーグル先生」なんて呼んでるけど、あたしにとってはYOU TUBEも「YOU TUBE先生」、略して「チューブ先生」なのだ。

「チューブ先生」を使えば、他にも、ギターの弾き方、刺繍の仕方、梅干しの漬け方、折り紙の折り方、魚の釣り方、凍った道路の安全な歩き方、馬の乗り方、手品のタネ明かし、小鳥の巣箱の作り方、原チャリのブレーキの交換の仕方、たいていのことは映像で見ることができる。もしも日本語で検索してもヒットしなければ、英語で検索する。英語で検索してもヒットしなければ、他の国の言葉で検索する。

で、そんな時に頼りになるのが、グーグル先生の「翻訳」だ。別に、どこの検索システムでもいいんだけど、グーグル先生の優れてる点は、とにかくヤタラと言語の種類が多いことだ。グーグル先生の「翻訳」のページの、テキストを貼るとこの上の「言語を検出する」ってのをクリックすると、アイスランド語、アイルランド語、アルゼバイジャン語、アフリカーンス語、アラビア語、アルバニア語、アルメニア語‥‥って、「ア」で始まる言語だけでもこんなにあって、日本語も入れるとぜんぶで80もの言語がある今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしがYOU TUBEをよく利用するようになったのは、数年前に、動画の登録時間が無制限になってからだ。以前もそれなりには利用してたけど、以前は登録時間が15分ほどだったから、30分の動画なら2分割、1時間の動画なら4分割になってて、ちょっとメンドクサイヤ人だった。でも今は無制限になったから、2時間以上もある映画や音楽ライブも1本の動画で通して観ることができるようになったし、ずっと波打ち際とか川のせせらぎとかが映ってる「環境ビデオ」なんて、6時間とかのものもある。夏の暑い日には、川のせせらぎを流しながらお昼寝‥‥なんて使い方もできる。

それから、これはすべての動画には対応してないんだけど、海外の人が投稿した海外ドラマや映画を観る時に、画面の下の歯車みたいなマークとかが並んでる中に「CC」っていうコマンドが付いてるものは、それをクリックすると、日本語の字幕を表示させられるものもある。中には、英語の字幕しか表示させられないものもあるけど、たとえば、スペイン語の映画なんてチンプンカンプンだから、英語の字幕でも大いに助かる。

で、あたしが最近ハマッてるのが、この便利なグーグル先生の「翻訳」とYOU TUBEを使って楽しむ新たな遊び、あたしが編み出した「世界の果までイッテTUBE!」だ。YOU TUBEには、世界各国の人たちが投稿した動画が数えきれないほど登録されてて、それは毎日のように増え続けてるけど、あたしたち日本語圏の人は、やっぱり、日本語の動画を観ることが多いと思う。日本語の他には英語くらいだろう。だけど、日本語と英語だけで検索して、日本語と英語の動画ばかり観てるのは宝の持ち腐れだ。

そこで、あたしの編み出した「世界の果までイッテTUBE!」の出番てワケだ。まず、グーグル先生の「翻訳」のページを開き、「言語を検出する」をクリックする。そして、80の言語の一覧を眺めながら「今日はどこの国へ行こうかな?」って考える。「よし!今日はポーランドに行ってみよう!」ってことに決めたら、左の枠を「日本語」、右の枠を「ポーランド語」にセットして、左の枠に自分の好きな日本語の単語を打ち込み、ポーランド語に自動変換する。

あたしの場合は、基本が「バ・ビ・ジ」だ。「バ」は「バカ」、「ビ」は「美女」、「ジ」は「事故」、どの国の言語でも、あたしは、まずこの3つの単語を自動変換する。ポーランド語では、日本語の「バカ」は「oszukać」に変換されたけど、もちろん、あたしは読めない。でも、そんなの関係ない。この「oszukać」という単語をコピーして、YOU TUBEの検索窓にペーストしてクリック!これで、ポーランド語の動画で「バカ」なものがズラ~ッと表示されるから、面白そうなものをカタッパシから観ていくだけだ。

どこの国にもバカなことをやって面白がってる人たちがいるから、この方式で検索すると、思わぬ大爆笑動画を掘り当てることができる。滑って転んで池に落ちたりしてるおバカな映像だから、言葉なんか分からなくても十分に楽しめる。そして、次に、「美女」が大好物なあたしは、グーグル先生に教わったポーランド語の「美女」を意味する「Piękna kobieta」って言葉をコピー&ペーストしてYOU TUBE内を検索して、ポーランドの美女たちを堪能しちゃう。

そして最後に、ポーランド語の「事故」を意味する「Wypadek」って言葉を使って、ポーランドの交通事故を始めとしたいろんな事故の動画をチェキする。事故の動画を観るなんて「趣味が悪い」とか「不謹慎」とか思われるかもしれないけど、ネット上に公開されてて誰でも自由に閲覧できる状態になってる上に、管理してるYOU TUBEが削除してないってことは、何の問題もない。最近は、車載のドライブレコーダーの映像をアップしてる人も多いから、交通事故の場合は、事故を起こす手前からの一部始終を観ることができる。どこからどんなふうに車が飛び出してきたのか、何が原因で事故が起こったのか、多くの事故の映像を観ておくと、自分が運転する時にとても役に立つ。

他にも、「驚き」を変換してポーランドの人たちのビックリ映像を観たり、「釣り」を変換してポーランドの魚釣りの様子を観たり、「電車」を変換してポーランドの電車を観たり、「観光」を変換してポーランドの観光地を観たり、「結婚式」を変換してポーランドのカップルの結婚式の様子を観たり、「食事」や「酒」を変換してポーランド人の食生活を観たり、興味はどんどん広がっていく。気がつくとずいぶん時間が経ってて、ポーランドまで行ってきた気分になってる。


‥‥そんなワケで、これがあたしの編み出した「世界の果までイッテTUBE!」っていう遊びなんだけど、深夜にお酒を飲みながら遊んでると、ついつい時間を忘れちゃうほど楽しい。あたしは、1つの国のことをいろいろと知りたいから、ポーランドならポーランドだけを徹底的に攻めるけど、逆に、「バカ」なら「バカ」、「美女」なら「美女」と、1つのテーマだけで複数の国を巡ってみるのも面白い。たとえば、鉄道が好きな鉄っちゃんなら、「電車」や「鉄道」という単語をいろんな国の言語に変換して、それをYOU TUBEの検索窓にコピー&ペーストすれば、自宅に居ながらにして世界中の鉄道を楽しむことができる。

他にも、皆さんご存知のように、あたしは稲垣早希ちゃんの大ファンだから、早希ちゃんが「ヨーロッパ横断ブログ旅」で旅をした国で立ち寄った名所やお店、通過ポイントなんかも、必ずYOU TUBEで検索してチェキするようにしてる。有名な観光地とかは日本語や英語で検索してもヒットするけど、ドイツならドイツ語、イタリアならイタリア語で検索したほうが、その国の人たちが投稿した動画に出会うことができる。

こういう映像って、何て言うか、うまく説明できないけど、「生きた映像」って感じがする。たとえば、日本の富士山を紹介してる映像でも、初めて日本に旅行にきた外国人が富士山を撮影して紹介した映像と、日本で生まれ育って子どものころから富士山を見てる日本人が富士山を撮影して紹介した映像の違い‥‥って言えば伝わるかな?だから、YOU TUBEを利用して、行ったことのない外国の観光地とかを観てみたい時には、最初は日本語や英語で検索してヒットした映像を観るだけでもいいけど、できれば、グーグル先生の「翻訳」の力を借りて、その国の言語で検索してみることをオススメする。


‥‥そんなワケで、映画やドラマやアニメや音楽には「著作権」てものがあるから、テレビで放送された作品やDVDに収められてる作品を個人が無断でYOU TUBEにアップすることはご法度だ。だけど今は、多くの公式チャンネルがある。たとえば、あたしがいつも楽しんでる公式チャンネルの中から1つだけ紹介すると、東映の特撮モノを無料で公開してる「東映特撮チャンネル」が面白い。このチャンネルでは、あたしの大好きな戦隊ヒーロー物や仮面ライダーのシリーズの昔のものが全話公開されてるし、「遊星王子」「海底大戦争」「恐竜・怪鳥の伝説」などを始めとした昔の劇場版の作品もたくさん観られる。音楽なら「avex」の公式チャンネルのようにレコード会社が運営してるチャンネルもあれば、アーティストやバンドが個別に運営してるチャンネルもあって、他では観られない特別の映像を配信してる場合もある。YOU TUBEは無限の可能性を秘めたツールだから、アイデアさえあれば、こんなにもいろんなふうに楽しむことができる今日この頃なのだ♪


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2014.01.22

あたしの感動した歌

数日前のこと、たまたま聴いていたFMから流れて来た歌を聴いて、あたしは涙が止まらなくなってしまいました。

今まで、子どもたちに夢や希望を与えるような内容を歌った歌はたくさんあったし、そんなことを口にする大人もたくさんいたけれど、あたしは、いつも違和感を覚えていました。

だって、これほど大変な原発事故が起こっても、それでも原発を推進し続けるのも大人たち、美しい沖縄の海を埋め立てて、人殺しのための米軍基地を造ろうとしているのも大人たちだからです。

もちろん、原発を止めるために必死に闘っている大人たちもいるし、米軍基地を造らせないために長年闘っている大人たちもいます。

だけど、この国で一番偉いはずの総理大臣が、この国の舵取りをしているはずの政府が、原発を推進して米軍基地を造ろうとしているのです。

あたしたち大人が「子どもたちに夢を」と言うのなら、膨大な量の使用済み核燃料や戦争のための基地などではなく、原発のない未来や美しい海を子どもたちへ手渡すべきなのではないでしょうか。

あたしが感動して涙が止まらなくなった歌、USAGI(うさぎ)という2人組が歌う「イマジン」という曲です。

どうしても1人でも多くの大人たちに聴いてもらいたくて、ユニバーサル・ミュージック・ジャパンさんに連絡をとり、このブログで公式映像を紹介させていただく許可をいただきました。

以下のリンクからアクセスしてください。

そして、歌詞をしっかりと聴いてみてください。


■USAGI 「イマジン」■
http://www.youtube.com/watch?v=HmyghPqNyX8


■USAGI 「イマジン」は1月29日発売予定です■


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2014.01.20

母さんのどんどん焼き

こないだのお昼、冷蔵庫を覗きながら母さんが「久しぶりにどんどん焼きでも作ろうか?」って言ったので、あたしは「わ~い♪」って反射的に子どもみたいな返事をしちゃった。「どんど焼き」は1月15日の「小正月」に、河原とかの広い場所にお正月の門松とか注連縄とか書初めとかを持ち寄って高く積み上げて焼く行事だけど、「どんどん焼き」は食べ物だ。思いっきりザックリと言うと「貧乏なお好み焼き」って感じで、あたしが子どものころに母さんが作ってくれたのは、小麦粉をお水で溶いて、そこに刻んだ長ネギと紅ショウガを入れてフライパンで焼くだけ。これにソースをかけて、オカカをふりかけて食べる。

まだお金に少し余裕がある時は、これに魚肉ソーセージやキャベツが入る。そして、魚肉ソーセージが無くなり、キャベツが無くなり、長ネギと紅ショウガだけの「どんどん焼き」になると、あたしは子どもながらに「そろそろお金が無いんだな」って思ってた。母さんは、晩ご飯に「どんどん焼き」が続くと、3日目くらいには「ごめんね、もう飽きちゃったよね?」って聞くんだけど、あたしは、別に母さんに気を使ってたワケじゃなくて、母さんの作ってくれる「どんどん焼き」が大好きだったから「ずっとどんどん焼きでもいいよ♪」って答えてた。

ようするに、月末にお金の余裕がなくなり、お米の残りも心細くなってきた時に、お米よりも安い小麦粉を主食にしてたワケだけど、この「どんどん焼き」の晩ご飯が続くのは、最長でも3日か4日くらいだった。そして、「どんどん焼き」を食べながら、母さんが「明日の夜は何が食べたい? 何でも作ってあげるよ」って言うと、それが、その月の「どんどん焼き最後の日」の合図だった。次の日には、ハンバーグでも、オムライスでも、鶏の唐揚げでも、焼き魚でも、何でも作ってくれた遠い記憶の中の今日この頃、皆さん、粉モノはお好きですか?


‥‥そんなワケで、あたしは「小麦粉」って書いたけど、子どものころは「うどん粉」って呼んでた。そして、あたしの母さんが子どものころは「メリケン粉」って呼んでた。これは「メリケン波止場」や「メリケンサック」と同じで「アメリカン」が訛ったものだ。でも、ちょっと調べてみたら、これは同じものの呼び名じゃなくて、正確に言うと、日本産の小麦を製粉したものが「うどん粉」で、アメリカから輸入した小麦を製粉したものが「メリケン粉」なんだそうだ。

で、今は多くの人が「小麦粉」って言うけど、これは「薄力粉」と「強力粉」のうち「薄力粉」のほうを指して使われてる。「薄力粉」と「強力粉」も「小麦粉」だけど、単に「小麦粉」って言った時は「薄力粉」を指し、「強力粉」の場合はそのまま「強力粉」と言う。ちなみに、今の日本で消費されてる小麦は年間約650万トンなんだけど、このうち約85%は輸入に頼ってる。そして、輸入小麦の約60%がアメリカから、約20%がカナダから、約10%がオーストラリアから、残りの10%がその他の国々からのものだ‥‥ってなワケで、小麦に関する基本的なお勉強はこれくらいにして、話をクルリンパと「どんどん焼き」に戻す。

マクラの部分で、あたしは「どんどん焼き」のこと「貧乏なお好み焼き」って説明したけど、これはあたしがそう思ってただけで、ゴージャスなものも存在してたらしい。「らしい」ってのは、あたしは食べたことがないからだ。食通としても知られた池波正太郎さんの『食卓の情景』(新潮文庫)によると、昭和初期の東京の下町には、たくさんの「どんどん焼き」の屋台が出ていて、牛肉や豚肉から乾エビや鶏卵まで、いろんな具材を入れたメニューがあったそうだ。

東京の下町と言えば「もんじゃ焼き」が有名だ。あたしは下町のお店で普通に食べてたけど、母さんが子どものころには駄菓子屋さんで食べるものだったそうだ。下町の駄菓子屋さんには「もんじゃ焼き」を作るコーナーがあって、そこで子どもたちがお小遣いで食べてたそうだ。だけど「もんじゃ焼き」は、とっても美味しいのに1つだけ欠点がある。それは、柔らかすぎるから鉄板の上じゃないと食べられないという点だ。

そこで考え出されたのが、小麦粉をもっと固めに溶いて、焼いてから持ち運びできて、手で持って食べることができる「どんどん焼き」だった。これなら、駄菓子屋さんのようにお店を構えてなくても、屋台でも売ることができる。屋台の鉄板は焼く時に使うだけで、焼き上がった「どんどん焼き」は、お客さんにどんどん渡していくことができる。どんどん売れて、どんどん儲かる。

だから、当時の東京の下町では、「もんじゃ焼き」は駄菓子屋さんに行って食べるもので、「どんどん焼き」は屋台で買って食べるものだったそうだ。池波正太郎さんの『食卓の情景』によると、昭和初期の「どんどん焼き」の屋台では、最初に水溶きした小麦粉だけを鉄板の上に丸く広げて、それからお客が注文した具材を乗せていき、その上にまた水溶き小麦粉をかけて、コテでクルリンパと返して焼く‥‥という方式だったそうだ。池波正太郎さん曰く、「いまのお好み焼きのごとく、何でも彼(か)でもメリケン粉の中へまぜこんで焼きあげる、というような雑把(ざっぱ)なものではない。」とのこと。

鉄板の上に丸く広げた水溶き小麦粉の上に、牛肉や豚肉を乗せ、その上にまた水溶き小麦粉を回しかけ、その上にパン粉を振りかけて焼き上げたものが「カツレツ」、水溶き小麦粉に生タマゴを割り入れて焼き、四角く畳んでソースをかけたものが「オムレツ」、丸く広げた水溶き小麦粉の上に豆餅と漉し餡を並べて、くるくると巻いてから食べやすく切ったものが「お汁粉」という名前で呼ばれてたそうだ。つまり、本物のカツレツの代わりの「どんどん焼きのカツレツ」、本物のオムレツの代わりの「どんどん焼きのオムレツ」ってワケだ。

「カツレツ」は10銭、「お汁粉」は5銭だったそうだけど、当時の池波正太郎少年のお小遣いは「1日5銭」だったので、豆餅だけが入った「豆てん」を3銭で買って食べてたそうだ。他には、キャベツと揚げ玉が入った「キャベツボール」が1銭だったそうだ。こうして見ると、代用品とは言え、「カツレツ」は子どもたちには高嶺の花だったということが分かる。

それでも、池波正太郎少年たちだけでなく、大人たちにも大人気だった「町田」という屋号の屋台は、洋食屋のコックさんがやっていたプロの味の「どんどん焼き」だったから、この屋台の「カツレツ」を食べるために、お小遣いを貯めて食べに行ったと書かれてる。この屋台の「どんどん焼き」は信じられないほど美味しくて、池波正太郎少年は、この屋台のおじさんに弟子入りして、将来は「どんどん焼き屋」になろうとして、お母さんに叱られたそうだ。他にも、仲良くなった別の屋台のおじさんが、ある日、ヤクザに連れていかれて、二度と商売ができないように指を詰められた話とか、いろんな思い出話が綴られている。いろんな食べ物ごとに、思い出話や「うんちく」が満載のこの『食卓の情景』は、ホントに何度読んでも楽しめる。

で、あたしの母さんは、刻んだ長ネギも紅ショウガも、輪切りにした魚肉ソーセージも刻んだキャベツも、ぜんぶ水溶きした小麦粉の中に混ぜてから焼いてたから、池波正太郎さんに見られたら「そんな雑把なものはどんどん焼きじゃない!」って怒られちゃうかもしれない。だけど、チープさで言えば、「お好み焼き」と言うよりも、3銭の「豆てん」や1銭の「キャベツボール」に近いと思う。それに、月末のお金の無い時に、お米の代用として食べてたっていう我が家の背景は、本物のカツレツやオムレツがなかなか食べられない人たちのために「カツレツもどき」や「オムレツもどき」を作ってたという「どんどん焼き」の庶民性に通じてると思う。


‥‥そんなワケで、昭和初期に東京の下町で生まれた「どんどん焼き」は、山形や富山や宮城や岩手に伝わっていき、それぞれに独自の進化を遂げた。山形では立ち食いしやすいように割り箸に巻きつけてあるスタイル。富山では丸く焼いたものを半分に折って半月型にしてお箸でいただくスタイル。宮城(仙台)では富山と同じに半月型に折ったものをクレープのように紙などで包んで手に持って食べるスタイル。岩手では焼き海苔を乗せてソースの代わりにお醤油を使って磯辺焼きみたいにするスタイル。でも、呼び名はどこでも「どんどん焼き」だ。

だけど、発祥の地である東京では、「どんどん焼き」は完全に廃れちゃった。「どんどん焼き」のルーツである「もんじゃ焼き」は、駄菓子屋さんから「もんじゃ焼き専門店」へと出世したり、「お好み焼き&もんじゃ焼き」のお店として生き残ってきたけど、東京で「どんどん焼き」を食べられるお店は、たぶんもう無いと思う。あたしが中学生くらいの時までは、お祭りの屋台の中にタマに「どんどん焼き」を見かけたけど、今は「お好み焼き」ばかりになっちゃった。

それでも、お祭りの屋台の場合は、看板が「どんどん焼き」でも「お好み焼き」でも同じものが出てくる。唯一の違いは、「どんどん焼き」がソースだけなのに対して、「お好み焼き」にはソースとマヨネーズがかけてあるってことくらいだ。だから、東京のお祭りの「お好み焼き」の屋台で「マヨ抜き」を注文すれば、限りなく「どんどん焼き」に近いものが食べられる‥‥って、「それなら、お好み焼きのお店でお好み焼きを注文してマヨ抜きにしてもらえばいいじゃん」て思うかも知れないけど、お店で食べる「お好み焼き」はゴージャス過ぎて、あの「どんどん焼き」の持つ郷愁を帯びたチープさとは正反対なのだ。


‥‥そんなワケで、ここまで書いてきて、ようやく気づいたんだけど、水溶きした小麦粉に、刻んだ長ネギと紅ショウガだけを入れて焼いたものに、ソースとオカカをかけて食べる‥‥なんていう貧乏くさい食べ物なのに、あたしは、どうしてこんなに大好きなのか?どうして母さんが「久しぶりにどんどん焼きでも作ろうか?」って言ったら「わ~い♪」ってなっちゃうのか?それは、「どんどん焼き」のチープな味が、子どものころの郷愁を呼び起こしてくれるからなんだと気づいた。今回、久しぶりに母さんが作ってくれた「どんどん焼き」は、長ネギと紅ショウガだけじゃなくて、チクワの輪切りとキャベツも入ってて、ちょっぴりゴージャスだったけど、味は昔はおんなじで、あたしを子どものころにタイムスリップさせてくれた今日この頃なのだ♪


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2014.01.18

寅さんとサン=テグジュペリ

福島第一原発の大事故で、生まれ育った故郷の東京から西日本へ疎開した母さんとあたしは、今回で3回目の「東京以外でのお正月」で迎えた。住む場所も仕事も失ったあたしは、一昨年も去年も母さんと2人で生き抜くことだけで精一杯で、とてもお正月どころじゃないってのが正直なとこだったけど、今回は何とか自力で生活できる拠点に馴染んできたので、母さんとお正月を満喫することにした。

年末年始と言えば、やっぱりNHKの「紅白歌合戦」だ。「紅白歌合戦」なんて、中学生くらいまでチラチラと観てただけで、くだらないアイドル歌手や名前も知らない演歌歌手のつまらない歌、観てるほうが恥ずかしくなってくるような過剰な応援合戦なんて、とてもじゃないけど直視してられなかった。だから、あたしは、高校生くらいから「紅白歌合戦」を観なくなったんだけど、3年間も東京を離れてジプシーみたいな生活を続けてきたら、大晦日にバカバカしい「紅白歌合戦」を観ることが、「多くの人たちと同じ時間に同じことをしてる」という安心感を得られる手段だと思えてきた。

だけど、あたしはテレビのない生活を続けてるから、「紅白歌合戦」を観ることはできない。ラジオもないから、パソコンの「radiko」で配信してるラジオ局の放送しか聴くことができない。そして、「radoko」ではNHKは配信してない。で、「久しぶりに母さんと紅白を聴きながら大晦日を過ごそうと思ったら、radikoではNHKが聴けないことが判明」とツイートしたら、たくさんの人たちが「NHKの「らじる★らじる」という無料アプリで聴けますよ」と教えてくれた。

そのお陰で、母さんとあたしは、20年以上ぶりに、NHKの「紅白歌合戦」を聴きながら、のんびりと大晦日を過ごすことができた。噛みまくりのドシロートのような司会、名前を聞いたこともないアイドルグループの騒がしいだけの歌、時代錯誤のド演歌、酔っ払いが騒いでいるような応援合戦、日本語なのか英語なのかも判別できない今どきの歌謡曲、ぜんぜん意味が分からない「あまちゃん」の出演者による小芝居、音程を外しまくって歌う小泉今日子や松田聖子、まるで小学校の学芸会のような内容の、そのどれもが新鮮で、「ああ、このバカバカしさこそが日本の大晦日の風物詩なんだな」と感じることができた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、「紅白歌合戦なんてダサいもの観てられるかよ!」なんて鼻息を荒くしてたのは、あたしが若かったからで、あたしももう40歳を超え、母さんが70歳に手が届くようになった今は、母子2人でコタツで「紅白歌合戦」を聴きながら大晦日を過ごすのも「それなりな感じ」になってきた。これって、子どもの時に大嫌いだった「ミョウガ」を大人になってから美味しく感じられるようになったのと同じようなもんで、いつまでも意地を張ってるよりも、自然の変化を素直に受け入れたほうが遥かにラクチンに生きられる‥‥っていう法則の1つだ。

で、年も明けたお元日は、あたしは母さんと「男はつらいよ」を観ることにした‥‥って言っても、あたしが持ってるのは、あたしの大好きな「リリー三部作+2」の5作だけだから、お元日に11作目の「寅次郎忘れな草」(1973年)を観て、2日に15作目の「寅次郎相合い傘」(1975年)を観て、3日に25作目の「寅次郎ハイビスカスの花」(1980年)を観て、4日に48作目の「寅次郎紅の花」(1995年)を観て、5日に寅さん亡きあとに作られた49作目の「寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」(1997年)を観た。

もう、何十回観たか分からないほど観てる大好きな作品だけど、やっぱり、お正月に母さんと一緒に観ると、いろんな意味で感じ方が違ってくる。それに、昔の「男はつらいよ」は、毎年、お正月と夏休みに公開してたんだけど、「リリー三部作」は、ぜんぶ夏休みに公開してた夏の物語なのだ。だから、こうしてお正月に観ると、ちょっとイメージが違ってくる。

母さんは寅さんのことが好きで好きで大好きだから、たぶん自分がマドンナになった視点で映画を楽しんでるんだと思う。あたしも同じだけど、ことリリーに関しては、あたしは死ぬほどリリーのことが好きだから、自分がマドンナになった視点だけじゃなくて、大好きなリリーをもっと幸せにしてあげたいという気持ちから、あたしが寅さんの立場なら、ここでこんな言葉を掛けるのに、とか、ここでこんな態度を取るのに、とか、そんなことまで考えながら観ちゃう。


‥‥そんなワケで、すごく久しぶりに「リリー三部作+2」を観たあたしだけど、今回、またまた新しい発見があった。それは、寅さんとリリーが初めて出会うシーンだ。11作目の「寅次郎忘れな草」の中で、北海道の網走神社の前でドーナツ盤のレコードを二束三文で叩き売りしてる寅さんに、リリーが声を掛けるのが最初の出会いのシーンなんだけど、その前に、北海道へ向かう夜汽車の中で、悲しそうな顔をして涙を流しながら窓の外を見ていたリリーのことを、少し離れた席から寅さんは見ていた。

レコードが売れなかった寅さんが橋にもたれてションボリしてると、通りかかったリリーが「さっぱり売れないじゃないか」って声をかけて来る。これが、これから何十年も続いてく2人の運命の出会いのシーンだ。で、寅さんは「不景気だからな、お互い様じゃねえか?」なんて言いつつ、「何の商売してんだい?」って聞くと、リリーは「私?歌うたってんの」って答える。リリーは地方のキャバレーとかをドサ回りしてる売れない三流歌手で、網走にもドサ回りでやって来てたのだ。そして2人は、河口の船の見える場所に腰を下ろす。


寅さん 「どうしたい、ゆんべは泣いてたじゃないか?」

リリー 「あらいやだ、見てたの?」

寅さん 「うん、何かつらいことでもあるのかい?」

リリー 「ううん別に‥‥ただ、何となく泣いちゃったの‥‥」

寅さん 「何となく?」


包みからタバコを出すリリー。


リリー 「うん、兄さん、なんかそんなことないかな?夜汽車に乗ってさ、外見てるだろ、そうすっと、何もない真っ暗な畑なんかにひとつポツンと灯りがついてて、ああ、こういうとこにも人が住んでるんだろうなって、そう思ったら、何だか急に悲しくなっちゃって、涙が出そうになる時ってないかい?」

寅さん 「うん」


マッチを擦る寅さん。


寅さん 「こんなちっちゃな灯りが、こう、遠くの方へス~ッと遠ざかって行ってなあ‥‥あの灯りの下は茶の間かな、もう遅いから子供たちは寝ちまって、父ちゃんと母ちゃんが2人で、しけった煎餅でも食いながら、紡績工場に働きに行った娘のことを話してるんだ、心配して‥‥暗い外見てそんなこと考えてると、汽笛がボ~ッと聞こえてよ、何だかふっと涙が出ちまうなんて、そんなこともあるなあ‥‥分かるよ‥‥」


これが、あたしの大好きなシーンで、もう何十回も観てるからセリフも完全に覚えちゃったけど、何十回も観てるのに今までぜんぜん気づかなかったことを、今回、初めて気づいちゃったのだ。それは、この寅さんやリリーの感覚が、『星の王子さま』を書いたサン=テグジュペリの感覚と同じだったと言うことだ。

あたしは、小学1年生の時の学芸会で『星の王子さま』のキツネの役をやった。当時の写真は何枚か、子どものころのアルバムに残ってるけど、あたしが覚えてるのは、金髪のウイッグをかぶった王子さま役の男の子とお別れする最後の場面だけだ。あたしとの別れを悲しむ王子さまに向かって、「本当に大切なものは、目には見えないんだよ」って言う。先生から、「本当に大切なものは」と言ってから、ひと呼吸して、それから「目には見えないんだよ」って言うように教えられたので、その通りにやったんだけど、当時は、このセリフの意味なんてぜんぜん理解してなかった。

あたしが、このセリフの意味を理解したのは、小学校の高学年になってからだ。そして、初めて『星の王子さま』を大好きになり、サン=テグジュペリの他の作品、『夜間飛行』や『人間の土地』なんかも図書館で探して読んでみたんだけど、難しすぎて理解できなかった。昔の訳だから、日本語自体が子どものあたしには難しすぎたのだ。あたしが『夜間飛行』や『人間の土地』を理解できたのは、中学生になって再読した時だった。


‥‥そんなワケで、中学生の時に図書館で借りて読んで以来、25年以上も読んでなかったサン=テグジュペリの本だけど、去年の暮れに母さんとBOOK OFFに寄った時に、文庫本の100円コーナーで『人間の土地』を見つけたので、懐かしくて再読してみたくなり、他の本と一緒に買ってみた。そして、読みたかった他の本を何冊か先に読み、お正月も明けてから『人間の土地』を読み始めてみたら、最初の「前書き」の部分で「おおっ!」ってことになった。そこには、さっきの寅さんとリリーとの最初の出会いと、まったく同じ感覚の描写が書かれていたからだ。

サン=テグジュペリは、もともとはフランスの郵便飛行士で、この『人間の土地』や『夜間飛行』は自分の体験に基づいて書かれてるし、『星の王子さま』の中にも飛行士としての体験を踏まえたシーンが登場する。だけど、『星の王子さま』が創作なのに対して、この『人間の土地』は実体験を書き綴ったエッセイ集だから、リアリティーの高さは比較にならない。この本の中に書かれてる「感動」や「気づき」は、サン=テグジュペリ自身が実際に感じた「感動」や「気づき」なのだ。そして、そんな『人間の土地』の冒頭で、サン=テグジュペリは、自分が初めて夜間飛行をした時のことをこんなふうに書き綴ってる。


「ぼくは、アルゼンチンにおける自分の最初の夜間飛行の晩の景観を、いま目(ま)のあたりに見る心地がする。それは、星かげのように、平野のそこここに、ともしびばかりが輝く暗夜だった。あのともしびの一つ一つは、見わたすかぎり一面の闇の大海原の中にも、なお人間の心という奇跡が存在することを示していた。あの一軒では、読書したり、思索したり、打明け話をしたり、この一軒では、空間の計測を試みたり、アンドロメダの星雲に関する計算に没頭したりしているかもしれなかった。またかしこの家で、人は愛しているかもしれなかった。それぞれの糧を求めて、それらのともしびは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っていた。中には、詩人の、教師の、大工さんのともしびと思(おぼ)しい、いともつつましやかなのも認められた。しかしまた他方、これらの生きた星々のあいだにまじって、閉ざされた窓々、消えた星々、眠る人々がなんとおびただしく存在することだろう‥‥。」
※『人間の土地』(新潮文庫)より引用


飛行士だったサン=テグジュペリが、初めて夜間飛行をした時に、地上に見える家々の灯りを「地上の星のようだ」と感じ、その1つ1つにそれぞれの人々の生活を感じ取ったのだ。そして、それだけじゃなく、灯りの消えている暗い場所にまで、静かに眠っている人々の生活を感じ取ったのだ。一生、顔を見ることもないかもしれないような人たちにまで、まるで隣人のような眼差しを向けたサン=テグジュペリ。この感覚、この感性、まさしく寅さんと同じだと思う。

この『人間の土地』は、1939年にフランスで出版された本で、1920年代から30年代の自分の体験が書き綴られている。サン=テグジュペリは1900年生まれなので、1920年には20歳、1930年には30歳、とっても計算しやすい。1931年の31歳の時に出版した『夜間飛行』がベストセラーになり、1939年の39歳の時に出版した『人間の土地』もベストセラーになり、1943年の43歳の時に出版した『星の王子さま』もベストセラーになり、1944年の44歳の時に第二次世界大戦で偵察機を操縦中に地中海で消息を絶ち、半世紀後の1998年に海底から遺品が発見された。だから、あたしの愛してやまない『星の王子さま』は、文字通りの「遺作」なのだ。

そして、事実しか書かれていないエッセイ集なのに、『人間の土地』が人間の生命の本質にまで触れている哲学的な一冊に感じられるのは、広大な砂漠の真ん中に不時着して、一滴の水もない状況で3日間も彷徨い続けたサン=テグジュペリならではの実体験によるものだと思う。ちなみに、宮崎駿監督はサン=テグジュペリの大ファンで、特にこの『人間の土地』に強く影響を受けたと語っている。宮崎駿監督は、現行版の『夜間飛行』と『人間の土地』にはカバー画を描いていて、『人間の土地』には解説も書いている。興味のある人は、ぜひ現行版を読んでみてほしい。


‥‥そんなワケで、夜空を飛びながら地上の家々の灯りを見たサン=テグジュペリも、そのサン=テグジュペリに強く影響を受けた宮崎駿監督も、その眼差しの奥にあるものは、夜汽車の窓から家々の灯りを見た寅さんと同じ、市井の人々のそれぞれの生活に思いを馳せる温かい想像力だろう。目に見えない数多くの人々の生活を感じ取る感性、それぞれの人々の生活に思いを馳せる温かい想像力、あたしは、これこそが、今の日本の政権政党の政治家たちに最も欠けている感覚だと思った今日この頃なのだ。


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2014.01.13

新成人の皆さんへ

今日、1月13日は「成人の日」なんだけど、あたしが物心ついた時には1月15日が「成人の日」だったし、あたしが成人になった時も1月15日が「成人の日」だったし、あたしが社会人になって「成人の日」のヘアメークを担当するようになった時も1月15日が「成人の日」だったから、この、去年は1月14日だったのに今年は1月13日になったりする落ち着きのない「成人の日」にはとっても違和感がある。

ま、これは「成人の日」に限ったことじゃなくて、「体育の日」なんかも同じだ。子どものころから、ずっと10月10日が「体育の日」だったのに、今はビミョ~に変化するようになったから、違和感が全開だ‥‥って、「体育の日」とかのことは前にも書いたから割愛するけど、そもそも、何で最初に「成人の日」を制定する時に1月15日にしたのかって言うと、この日が「小正月」だからだ。奈良時代以降、男子が成人になったことを示す「元服(げんぷく)の儀」が行なわれたのが「小正月」なので、それに倣ったワケだ。

ちなみに、「元服」というのは、「元」が「頭」を意味し、「服」が「着用」を意味するので、「頭に着用する」、つまり、「冠をかぶる」という意味になる。昔の男子が成人になったことを示すために、初めて冠をかぶる儀式、それが「元服の儀」だった。だから、もともとの「成人の日」の1月15日という日にちには大きな意味があるワケで、本来は変更すべきじゃない。だけど、日本の歴史や伝統を知らないバカな政治家が「ハッピーマンデー制度」とかで勝手に変更しちゃったので、2000年からは「1月の第2月曜日」だなんていう、まるで「母の日」や「父の日」みたいなアバウトな祝日になっちゃった今日この頃、122万人の新成人の皆さん、とにかくおめでとうございます♪


‥‥そんなワケで、「成人の日」が1月15日から「1月の第2月曜日」に変更になったことで、もうひとつ変更になったことがある。「成人の日」が1月15日だった時は、前年の「成人の日」の翌日から今年の「成人の日」の当日までに20歳のお誕生日を迎えた人が「新成人」としてお祝いされていた。つまり、100人が100人とも、1000人が1000人とも、全員が20歳ってワケで、19歳の人や21歳の人は1人も混じってなかった。

だけど、「成人の日」が「1月の第2月曜日」に変更になったため、1月15日の付近がお誕生日の人は困ることになった。たとえば、1月14日がお誕生日の人は、その年の「成人の日」が14日以降なら20歳になってるからいいんだけど、その年の「成人の日」が13日だったりすると、当日はまだ19歳だから1年待たなきゃならなくなる。そして、1年待った翌年の「成人の日」が14日以降だったら、今度は「成人の日」の当日には21歳になっちゃってる。去年の「成人の日」には19歳だったのに、今年の「成人の日」には21歳だなんて、これじゃあどっちに転んでも20歳でお祝いすることができない。

で、苦肉の策で考え出されたのが、前年の4月1日から今年の3月31日までにお誕生日を迎えて20歳になる人をその年の「新成人」とする「学齢制」だ。この方式なら困る人は出なくなるけど、その年の「成人の日」の翌日から3月31日までにお誕生日を迎える人は19歳で「成人の日」をお祝いすることになっちゃう。つまり、式のあとにお友達とお酒を飲みに行っても、自分だけはウーロン茶を飲まなきゃならないワケだ‥‥って言っても、普通は18歳ころから飲んでるだろうけど(笑)

ま、お酒はともかくとして、気分的な問題として、まだお誕生日を迎えてなくて20歳になってないのに、成人式に出席したり、お祝いを言われたりするのってどうなんだろう?あたしは11月の下旬に20歳になり、年が明けた1月15日に「成人の日」を迎えたから、お誕生日と「成人の日」が近かったこともあって、「ああ、大人の仲間入りをしたんだなあ」っていう実感が強かった。でも、もしもお誕生日の前に19歳で「成人の日」を迎えてたら、こんな実感は得られなかったと思う。


‥‥そんなワケで、日本の場合は20歳が成人だけど、20歳はキリもいいし、20歳には「はたち」という特別な呼び名もあるから、20歳が成人だということに違和感はない。だけど、世界の国々を見てみると、特に先進国では、18歳を成人としてる国が圧倒的に多い。18歳を成人としてる国をアイウエオ順に挙げていくと、アイスランド、アイルランド、イギリス、イタリア、オーストラリア、オーストリア、オランダ、ギリシャ、スイス、スウェーデン、スペイン、中国、チリ、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、フィンランド、ブラジル、フランス、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、香港、メキシコ、ロシアなどを始め、世界の160カ国以上が18歳を成人としてる。

また、アメリカやカナダの場合は、州によって違ってる。アメリカは50州のうち45州は18歳なんだけど、アラバマ州とネブラスカ州は19歳、コロラド州とミネソタ州とミシシッピー州は21歳だ。カナダは13州のうち6州が18歳で、その他の州は19歳だ。アメリカもカナダもすべての州が18歳ってワケじゃないけど、全体的に見れば日本よりは成人年齢が低いことが分かる。

一方、日本と同じに20歳を成人にしてるのは、タイ、台湾、チュニジア、ニュージーランド、パラグアイ、モロッコの6カ国だけ。サミットの参加国の中だと、20歳を成人にしてるのは日本だけだし、国連が採択した「子どもの権利条約」でも子どもの定義を「18歳未満」としてる。つまり、国連が「18歳以上は大人」だと定義してるワケだ。

これらの事実を知れば、日本では当たり前だと思われてる「20歳で成人」という考え方も、世界的に見ると激しくマイノリティーだったということが分かると思う。じゃあ、日本も世界の標準に合わせて成人年齢を18歳に下げたほうがいいの?‥‥ってことになりそうだけど、これにはいろんな問題点がある。

あたしは、18歳や19歳の男が強盗殺人や強姦殺人などの凶悪犯罪を犯しても、未成年ということで「少年法」によって守られて、わずか数年だけ鑑別所に行って済まされるような今の法律には大反対だから、日本も成人年齢を18歳に引き下げたほうがいいと思ってる。それに日本では、男性は18歳、女性は16歳になったら結婚できるのに、今のままだと「結婚して家庭を持って社会人としてちゃんと働いているのに、年齢が18歳だから選挙権がなく親の管理下に置かれてしまう」という、矛盾とまでは言わないけど、ちょっと納得できない状況が起こっちゃう。

結婚してなくたって、中学や高校を卒業して社会人として働いてる人たちは、未成年でもちゃんと納税してる。だけど、ちゃんと納税してるのに、未成年だから選挙権がない。納税という社会人としての義務は果たしてるのに、選挙権という社会人としての権利は与えられない。これって、やっぱりおかしいと思う。たとえば、アメリカの場合なら、さっき書いたように州によって成人年齢が19歳や21歳のとこもあるけど、選挙権は全州一律に18歳だ。さらに言えば、世界192カ国のうち約170カ国の選挙年齢が18歳だ。


‥‥そんなワケで、成人年齢は20歳のままで、選挙年齢だけを18歳に引き下げるって方式も考えられるワケで、実際、日本国憲法を改悪して日本を「戦争のできる国」にしようと目論んでる安倍政権も、憲法改正のための国民投票の年齢を18歳に引き下げようとしてる。これは、若い層に安倍信者のネットウヨクが多いからという単純な理由だけじゃなくて、ゆくゆくは成人年齢を18歳に引き下げようという狙いがあるのかもしれない。

欧米の多くの国は、かつては成人年齢が21歳だった。それが、ある時期に集中して18歳に引き下げられたのだ。アメリカでは、カリフォルニア州とミシガン州が1972年に、ニューヨーク州が1974年に、コロンビア州が1976年に、それぞれ21歳だった成人年齢を18歳に引き下げた。イギリスは1969年に、オーストラリアは1970年に、フランスやドイツやスウェーデンは1974年に、イタリアは1975年に、それぞれ21歳から18歳に引き下げられた。

何でだと思う?これはベトナム戦争が激化したからだ。アメリカの場合は、当時は21歳が成人だったのに、未成年である18歳以上の男子をすべて徴兵して戦地へ送り込んでいたため、状況に法律を合わせるような形で成人年齢を引き下げた。スウェーデンも、当時は21歳が成人だったのに、18歳で徴兵が義務づけられてたから、徴兵年齢に合せて成人年齢を引き下げた。

イギリスは、ベトナムから離れた島国なのでベトナム戦争には直接は参加しなかったけど、イギリス連邦のオーストラリア軍が代わりに参加した。オーストラリアは1965年からベトナム戦争に参加してたけど、当時は21歳が成人だったのに18歳で徴兵された多くの未成年者が戦地へ送り込まれて死んで行ったため、やっぱり他の国と同じく、徴兵年齢に合せて成人年齢を引き下げた。

もちろん、徴兵だけが成人年齢を引き下げた理由じゃないとは思うけど、多くの国の引き下げ時期がベトナム戦争の時期に集中してることは事実だし、複数の国の18歳以上の多くの若者が徴兵されて戦地へ送られて、その何割かが死んでいったことも事実だ。だから、こうした歴史的事実を踏まえると、さっきは「日本も成人年齢を18歳に引き下げたほうがいいと思ってる」って書いたけど、ちょっと雲行きが怪しくなってきた。だって、アメリカの子分になって世界各地で戦争しようとしてる安倍政権が「成人年齢の引き下げ」なんて言い出したら、誰がどう見たって、その後ろには「徴兵制」が控えてるに決まってるからだ。


‥‥そんなワケで、18歳以上の若者を徴兵して戦地へ送り、そのためにアトヅケで成人年齢を引き下げた欧米の国々って酷いと思った人もいるかもしれないけど、かつての日本は15歳や16歳の少年を戦争に駆り出してたワケだから、日本よりは欧米のほうがマシだったワケだ。そして、どうして日本が今日まで成人年齢を引き下げなかったのかと言えば、それは、二度と戦争をしないと誓った「平和憲法」があったからだ。戦争をしないのだから徴兵も必要ない。だから成人年齢を引き下げる必要もない‥‥ってワケで、もしも「平和憲法」がなかったら、自民党政権は何年も前に成人年齢を引き下げて、18歳からの徴兵を義務づけ、アメリカの子分として世界各地での戦争ビジネスに利用してたハズだ。だから、新成人の皆さん、将来、結婚して子どもが生まれ、その子どもが大きくなった時に、自分の子どもを国の戦争ビジネスの捨て駒として失いたくないのなら、選挙には必ず投票にいき、自民党と自民党に準ずる党以外に大切な一票を投じてほしいと思う今日この頃なのだ。


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2014.01.09

劣化から変化へ

一昨日、今年初めて原チャリのガソリンを入れにいったんだけど、またまた値上がりしてて、満タンで700円近くも掛かっちゃった。以前はカラカラの状態で満タンにしても500円前後だったのに、アベノミクスによる円安のせいでガソリンの値上がりが止まらない。資源エネルギー庁の調査によると、もう5週間も連続で値上がりし続けてるそうだ。

電車やバスがいくらでもある都会の人には関係ないだろうけど、最寄りのバス停まで何キロもある上に、そのバスが1日に3本しか来ない田舎で生活してるあたしにとって、ガソリンの高騰は死活問題だ。だから、遠くにしかないガソリンスタンドまでガソリンを入れにいって、そのまま真っ直ぐに帰ってくるようなもったいないことはしない。ガソリンを入れにいったら、スーパーに寄ったり、無料精米所に寄ったり、コンビニのATMに寄ったりして、なるべく買い物や用事を済ませるようにしてる。

ま、そんなこたーどうでもいいんだけど、一昨日は空気がすごく乾燥してたので、ガソリンスタンドまで走って、それからスーパーまで走ったら、ナニゲに顔が乾燥してパリパリしてる感じになっちゃった。ノーメイクなら、こないだ450円で買った目だけ出るプロレスのマスクみたいなのをかぶってからヘルメットをかぶるんだけど、一昨日は午前中に地元の人と会う約束があって、朝からちゃんとメイクをしてた。それで、メイクの上にプロレスのマスクみたいなのはかぶれないから、そのままヘルメットをかぶって出発した。そしたら、シールドを閉めててもそれなりにフルフェイスの中に風が入ってくるから、走ってるうちにお肌が乾燥しちゃったのだ。

で、あたしは、スーパーの駐車場でヘルメットを脱ぎ、バッグからいつも持ち歩いてるメイクの上から使える小型アトマイザーの化粧水を取り出して、目をつぶって自分の顔面に噴射した。そして目を開けたら、ナナナナナント!あたしの視界には別世界が飛び込んできた!目の前が万華鏡を覗いたみたいな景色になってるぞ!‥‥ってなワケで、ハッと気づいたら、あたしはサングラスを掛けたまま顔面に化粧水を噴射してた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?(笑)


‥‥そんなワケで、自分がサングラスを掛けてることを忘れて顔面に化粧水を噴射しちゃうなんて、オデコにメガネがある横山やすしさんが「メガネ!メガネ!」ってオロオロするのと同じくらいの大ボケなんだけど、横山やすしさんは笑いを取るためのネタとしてボケてたのに対して、あたしの場合はマジボケだから、これは最悪だ。それも、10代や20代なら笑い話で済むけど、とうとう40代になっちゃったあたし的には、こうしたウッカリミスやド忘れをするたびに「年齢的に衰えてきたのかも?」って思って心配になってくる。何でかって言うと、他にもいろいろと思い当たるフシがあるからだ。

まず、ケガが治りにくくなった。皆さん、ご存知のように、あたしはヤタラとケガをするんだけど、年齢とともにムチャはしなくなったから、以前のような大ケガはしなくなった。でも逆に、わざわざブログに書くほどでもない小さなケガをよくするようになった。それも、原因不明のケガなのだ。どこにもぶつけた覚えがないのに、いつの間にか足に青アザができてたり、朝、目が覚めて、ふと手を見ると、手の甲が5ミリくらい切れて血が出てたりする。

小さな傷だから、消毒してカットバンを貼って終わり‥‥ってのが普通なのに、何時間かして見るとカットバンが真っ赤になってて、剥がしてみるとまだ血が止まってない。ぜんぜん深くなくて、猫に引っかかれた程度の小さな傷なのに、次の日まで血が止まらなかったりする。そして、やっと血が止まって傷が治っても、傷跡がぜんぜん消えなくなった。若い頃は、よほど大きな傷じゃない限り、こんな小さな傷は何週間かで跡形もなく消えたのに、今は1年経っても薄っすらと残ってる。

もちろんこれは、40歳を過ぎてから急に始まったことじゃなくて、30代になったころから、ジョジョに奇妙に進行してきたことだ。急に血が止まらなくなったのなら、なんかヤバそうな病気とかを心配しちゃうけど、あたしはちゃんと定期的に検査を受けてて、今のとこ、血液にも内臓にもまったく異常はない。だから、ケガが治りにくくなったのも、傷跡が消えにくくなったのも、年齢によって新しい細胞を作る能力とか速度とかが衰えてきたんだと思う。

ま、赤瀬川原平さん的に言えば「やっと老人力が身についてきた」ってことになるワケだけど、サスガに40代になったばかりで老人力のお世話にはなりたくない。でも、思い当たるフシが多すぎて、やっぱり不安になる。たとえば、何かを調べようと思ってパソコンを立ち上げたのに、パソコンが立ち上がった時には、もう何を調べようとしてたのかを忘れちゃって、考えてもぜんぜん思い出せない。そして、仕方なくニュースサイトを見たりツイッターを覗いたりしてるうちに、今度は、何かを調べようとしてたこと自体も忘れちゃったりする。これってヤバイよね?(笑)

でも、あたしの場合、子どものころから、何かを取りに隣りの部屋に行ったのに、隣りの部屋に入ったとたんに何を取りに来たのか忘れちゃって、仕方なく元の部屋に戻るとハッ!と思い出す‥‥なんてことがよくあったから、これは年齢によるボケじゃなくて、世の中が進化したことによって、あたしのボケる対象がIT化されただけなんだと思う。だって、パソコンを閉じれば何を調べようとしてたのかをハッ!と思い出すから、あたしの脳みその基本的な回路は子どものころと変わってない。


‥‥そんなワケで、赤瀬川原平さんの『老人力』(筑摩書房)は、耳が遠くなるとか、近くのものが見えにくくなるとか、体力全般が低下してくるとか、物忘れがひどくなるとか、人間が歳を取って起こる老化現象のすべてをプラスに転換して、良いこととしてポジティブに受け入れる‥‥っていう考え方だけど、あたしも、今の年齢になって「若いころとは違う」と感じることを「劣化」じゃなくて「変化」だと思うことにした。赤瀬川原平さんほどはポジティブじゃないけど、無理やり感が少ないぶん、「変化」のほうが自然に受け入れられる。

で、これはホントに「劣化」じゃなくて純粋な「変化」なんだけど、最近あたしが気づいたのは、甘さの味覚が変わったということだ。子どものころは大嫌いだったミョウガなのに、大人になったら大好きになった、とか、中学生の時にお父さんのビールをひとくちだけもらって飲んだら、苦くて吐き出しそうになり、大人ってどうしてこんなに苦いものを美味しいと思うんだろう?って不思議に思ってたのに、自分が大人になったらビールの美味しさが分かるようになった、とか、こうした経験は誰にでもあると思う。

あたしの場合は、子どものころ、とにかくレーズンが大嫌いで、給食のパンがレーズンパンの時は、レーズンを1個1個ぜんぶほじくり出して、レーズンが大好きだという子に食べてもらってた。それなのに、大人になったら大好きになり、今や、レーズンパンにスライスチーズを乗せたのと、赤ワインの組み合わせなんて最高に美味しく感じる‥‥ってなワケで、レーズンについては前にも書いたことがあるからいいんだけど、最近、ふと気づいたのは、子どものころは和菓子よりも洋菓子のほうが好きだったのに、最近は和菓子のほうが好きになったということだ。

子どものころは、他の子どもたちと同様に、あたしも、ショートケーキ、シュークリーム、エクレア、チョコレートパフェなんかが大好きだった。何ヶ月かに一度、父さんか不二家レストランに連れてってくれた時に、食後に食べるチョコレートパフェやペコちゃんパフェやプリンアラモードが大好きだった。たまにお客さんが来た時に、駅前のケーキ屋さんで買ってきたお土産を持ってると、目をキラキラさせて箱を覗き込んで、どのケーキにするか迷ってた。

バームクーヘンは大好きだったけど、カステラはあたし的には洋菓子と和菓子の中間的な存在で、バームクーヘンほどの喜びはなかった。このころは、おばあちゃんが大福や羊羹をくれても、嬉しいことは嬉しいけど、洋菓子よりはずっと下だった。だけど、大人になったら、洋菓子も和菓子もほとんど食べなくなった。甘いものと言えば、たまにアイスやチョコレートを買って食べたり、チュッパチャプスを舐める程度になった。あれほど大好きだったケーキやチョコレートパフェは、1年に1~2回しか食べなくなり、甘いものを食べるよりも、お酒を飲むほうがダンゼン多くなった。

だけど、30代の半ばを過ぎたころから、本日2回目のジョジョに奇妙に、和菓子というか「あんこ」の甘さを欲するようになってきた。同じ甘いものでも、ケーキやチョコレートパフェは想像しただけで胸焼けしちゃって、とてもじゃないけどお金を払ってまで食べようとは思わなくなったんだけど、和菓子の「あんこ」の甘さ控えめのやつを欲するようになってきた。あたしは、日本茶よりもコーヒーと合わせるのが好みで、いつもは普通の濃さのブラックを飲んでるんだけど、和菓子がある時は、ちょっと濃い目のブラックにする。この組み合わせが、今は一番気に入ってる。

母さんは和菓子が好きだから、昔は、あたしは食べたくなくても、母さんのために買って帰ることはあった。だけど、30代の半ばくらいからは、あたしも和菓子が好きになってきて、桜餅とか、かしわ餅とか、夏には水羊羹とか、母さんのぶんだけじゃなくて自分のぶんも買って帰るようになった。一度食べるとしばらくはいいから、食べても月に2回くらいなんだけど、それでも、子どものころに大好きだった洋菓子は想像しただけでも胸焼けするようになったのに、子どものころにあんまり好きじゃなかった「あんこ」を能動的に食べたくなるなんて、同じ甘いものなのに完全に味覚が正反対になっちゃったみたいだ。

これは、どう考えても、「劣化」じゃなくて「変化」だろう。そして、この「変化」の原因が、もしも年齢的なことじゃないとすると、ここ10年で変わったあたしの食生活が原因かもしれない。あたしは7~8年前から、お肉を食べるのをやめて、できる限り外食をしなくなった。お肉そのものは完全に食べなくなったけど、インスタントラーメンのスープの粉の中に動物由来のものが入ってたりするとこまで拒絶しちゃうと生きていけないから、その辺はユルユルにやってるけど。

他には思い当たるフシがないから、もしかしたら、お肉を食べなくなり、できる限り外食をしなくなり、自分で選んだ食材を自分で調理して食べるって生活を何年も続けてきたことによって、なるべく身体にいい食べ物を自然と欲するようになった。その結果が、甘いものに対する味覚の「変化」なんじゃないだろうか?勘違いされると困るので言っとくけど、これは、ケーキやチョコレートパフェが有害だって言ってるワケじゃない。ただ、同じ甘いものを食べるのなら、いろんなものが入ってる洋菓子よりも、シンプルな「あんこ」のほうが身体にいいと、あたしの中の小さいきっこたちが判断したんじゃないのか?ってことだ。


‥‥そんなワケで、何年ぶりかで「小さいきっこたち」が登場しちゃったワケだけど、前回のブログからの流れを踏まえると、あたしの中の「小さいきっこたち」の正体は、もしかしたら母さんから受け継いだ「ミトコンドリアDNA」だったのかもしれない‥‥って思えてきた。その証拠に、母さんは和菓子を食べる時には、昔から日本茶よりもコーヒーを好んで飲んでたからだ。最初は、和菓子を食べずにコーヒーだけ飲んでたあたしに合せてくれてるのかと思ったんだけど、聞いてみたら「和菓子の甘さとブラックコーヒーのほろ苦さがよく合うのよね」なんて言ってた。この感覚、当時は分からなかったけど、今はとってもよく分かるようになった。母さんの味覚が、「小さいきっこたち」を通して、ちゃんとあたしに受け継がれてると確信した今日この頃なのだ♪


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2014.01.06

ミトコンドリア・イブ

今年は「午年」ってことで、競馬運が良さそうな気がしつつも、この「午」っていう字が「牛」っぽくて、イマイチ「馬」の雰囲気がしない。子どものころ、「瓜」と「爪」という漢字を覚えるのに、「瓜にツメ有り、爪にツメ無し」ってふうに教わった。これは天才バカボンの「西からのぼったお日様が~東へ沈む~♪」みたいに、あえて反対に覚えたワケだけど、「午」の場合は、「牛にツノ有り、午にツノ無し」って普通に覚えるしかない。

でも、ここでひとつ問題がある。それは、十二支だと「牛」は「丑」になるってことだ。つまり、「牛」に対応してるのは「馬」であって、今年の「午年」の「午」に対応させるなら「丑」じゃなきゃダメだってことだ。あ゛~~~~ややこしいしメンドクサイヤ人だ!‥‥ってなワケで、もう「牛」のことはほっといて、ここは「午後の紅茶はウマい!」ってふうに覚えりゃいいか!

ま、そんなこたーどうでもいいんだけど、12年に一度の「午年」の最初の競馬、「金杯」は、東の「中山金杯」も西の「京都金杯」も完敗だった。「中山金杯」のほうは、そろそろオーシャンブルーが来そうな気がしたので、5番人気のオーシャンブルーから、2番人気、3番人気、4番人気の3頭への馬単3点で勝負した。そしたら、あたしの予想通りにオーシャンブルーが差し切ったのに、残念ながら2着が8番人気のカルドブレッサだった。「京都金杯」のほうは、応援してるガルボと仕上がりのいいエキストラエンドから3連複を3点買った。そしたら、1着がエキストラエンド、3着がガルボだったのに、2着に1番人気のオースミナインが来たから、配当を考えて1番人気を外してたあたしはダメだった。

カスリもしなかったのならサクッと諦められるんだけど、こういうハズレって怪物くんのフランケンみたく「フンガー!」ってなっちゃう。でも、中山8Rの馬単と京都10Rの馬連が的中したので、トータルでは「ちょい浮き」になり、「午年」の最初の競馬は、なんとかプラスで終えることができた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、今年は「午年」なので、まずは競馬の話題からスタートしてみたんだけど、今、日本の競馬で活躍してる馬は、みんな「サラブレッド」だ。昔は「アラブ」って種類の馬も走ってたけど、今は「サラブレッド」だけになった。で、よく、エリート家系の人のことを「サラブレッド」と表現するように、この種族は血統がハッキリしてる。日本のみならず、今、世界中にいるサラブレッドは、そのルーツを辿ると、すべての馬が3頭の祖先に行きつく。

1680年生まれのバイアリーターク、1700年生まれのダーレーアラビアン、推定1724年生まれのゴドルフィンアラビアン(別名ゴドルフィンバルブ)、この3頭が現在のサラブレッドのルーツで、「三大始祖」って呼ばれてる。世界中のサラブレッドは、すべてこの3頭のどれかの子孫ってワケで、現在の競馬は、言うなれば、親戚同士で争ってることになる。サラブレッドは、毛色ひとつを見ても、あたしの好きな芦毛、可愛らしい栗毛、強そうな黒鹿毛、美しい青毛など、何種類もの毛色があるし、おでこから流れてる「流星」と呼ばれる白斑も様々だけど、その多くは、同じ祖先から枝分かれしてきた「親戚」なのだ。

じゃあ、どうしていろんな毛色が生まれたのかと言うと、それは「突然変異」だ。お父さんも、その両親も、そのまた両親も、ずっと栗毛だったのに、お母さんも、その両親も、そのまた両親も、ずっと栗毛だったのに、このお父さんとお母さんから生まれたのは、誰も見たことのない灰色の子馬だった‥‥ってふうに、世界で最初の芦毛が誕生したんだと思う。そして、その芦毛の馬からは栗毛の子しか生まれなかったけど、その栗毛の子の中の1頭から芦毛の子が生まれ‥‥ってふうに、ジョジョに奇妙に芦毛が増えてきたんだと思う。


‥‥そんなワケで、あたしたち人間も、サラブレッドと同じように、髪の色が違う。あたしたち日本人は黒い髪だけど、欧米の人たちは金髪もいれば茶色い髪の人もいるし、もっと細かく分けると、日本人の黒髪でも「緑系の黒髪」や「赤系の黒髪」など何種類かに分けられるし、髪質も様々だ。さらに言えば、髪の色だけじゃなくて、人種によって肌の色や目の色も違うし、顔立ちや体型も違う。サラブレッドの場合は、毛色が違っても「同じ種類の馬」って感じが強いけど、日本人と欧米人とアフリカ人を並べてみると、とても「同じ種類の人間」て感じはしない。

だけど、これまたサラブレッドと同じように、日本人も欧米人もアフリカ人も、そのルーツを辿ってみると、同じ祖先に行きつく。日本人や欧米人やアフリカ人だけじゃなく、今、世界中にいる70億人ものすべての人類が、同じ祖先に行きつくのだ。あたしのお母さんのお母さんのお母さんの‥‥って果てしなく辿っていった先の最初の「お母さん」も、今、このブログを読んでるあなたのお母さんのお母さんのお母さんの‥‥って果てしなく辿っていった先の最初の「お母さん」も、同じ「お母さん」なのだ。シリアの政府軍の空爆を逃れてヨルダンの難民キャンプで生活してる少年のお母さんのお母さんのお母さんの‥‥って果てしなく辿っていった先の最初の「お母さん」も、地球の反対側のアマゾンの奥地にいるナントカ族の少女のお母さんのお母さんのお母さんの‥‥って果てしなく辿っていった先の最初の「お母さん」も、全世界の人たちのお母さんのお母さんのお母さんの‥‥って果てしなく辿っていった先の最初の「お母さん」も、すべて同じ「お母さん」なのだ。

その「お母さん」の名前は、「ミトコンドリア・イブ」と言う。今から16万年前に、アフリカにいた1人の女性だ。正確に言うと「16万年(±4万年)前」ってことで、「12万年~20万年前」ってことになる。これは、「ミトコンドリア・イブ」の化石とかが発掘されたワケじゃなくて、あくまでも計算による理論上の推測なので、時間的に大きな幅があるワケだ。だけど、全世界の人類のルーツが、大昔のアフリカの女性だったっていう説自体は、とても有力なものだ。

人類の起源については、世界各地で複数の祖先が並行して進化していったという「多地域並行進化説」と、すべての人類の祖先はアフリカに誕生した人類だとする「アフリカ単一起源説」とがあって、かつては「多地域並行進化説」のほうが有力だった。だって、世界中の人たちをザッと見まわせば、肌のの色や体型などで明らかに何パターンかの人種に分類できるから、アフリカはアフリカ、欧米は欧米、アジアはアジア、それぞれの地域でそれぞれの祖先から進化していったと考えるほうが自然だからだ。

だけど、1987年に、カリフォルニア大学のレベッカ・キャン氏、アラン・ウィルソン氏、マーク・ストーキング氏らの研究グループが発表した「ミトコンドリア・イブ」の学説によって、一気に「アフリカ単一起源説」が有力になった。「ミトコンドリア」ってのは、動物や植物などの細胞の中にある細胞小器官のひとつで、独自の遺伝子「ミトコンドリアDNA」を持ってるんだけど、これはお母さんから子どもに受け継がれるもので、お父さんからは受け継がれない。あたしは父さんと母さんの子だけど、あたしの体内の「ミトコンドリアDNA」は母さんから受け継いだもので、その母さんの体内の「ミトコンドリアDNA」は母さんの母さんから受け継いだものってことになる。だから、これをずっと遡っていけば、最初の「お母さん」に辿りつく。

で、レベッカ・キャン氏らの研究グループは、世界のいろんな人種の「ミトコンドリアDNA」を解析したんだけど、そしたら、世界中のどの種族のどの人も、最初の「お母さん」は古代のアフリカにいた1人の女性に行きつくことが分かったのだ。そして、レベッカ・キャン氏らは、「ミトコンドリアDNA」を遡って辿りついた1人の女性に、キリスト教で最初の人類とされている「アダムとイブ」から、「ミトコンドリア・イブ」と名づけたってワケだ。


‥‥そんなワケで、さっきあたしは「すべての人類のお母さんは同じお母さん」て書いたし、レベッカ・キャン氏らの研究でも「すべての人類のミトコンドリアDNAが1人の女性に辿りついた」って言われてるけど、この学説には穴がある。確かに、あたしの母さんの母さんの母さんの‥‥って遡っていけば、古代のアフリカにいた「ミトコンドリア・イブ」に辿りつくんだけど、あたしの父さんのほうのお母さんを遡っていくと、別の最初の「お母さん」に辿りついちゃう可能性もあるそうなのだ。それでも、「ミトコンドリア・イブ」と同じころに同じアフリカにいた女性ってことらしいので、世界中のサラブレッドの祖先が1頭じゃなくて3頭っていうのと似たようなもんだろう。

だから、最初に書いた「すべての人類のお母さんは同じお母さん」てのは便宜上の言い回しってことになっちゃうけど、どちらにしても、全人類の共通の祖先の1人が古代のアフリカの女性だったってことに変わりはない。つまり、全人類の最初の「お母さん」は肌の色が黒かったワケで、それが何千年も何万年もかけて子孫が増えていく中で、突然変異で白い子どもや黄色い子どもが生まれたのかもしれないし、気候や生活形態に合せて少しずつ変化してったのかもしれないけど、とにかく、今みたいに複数の種族に枝分かれしたんだろう。だから、10万年以上もの長い歴史の中には、滅びちゃった種族もあったと思うし、今、地球上に残ってるのは、様々な苦難に勝ち抜いてきた種族なんだと思う。

それにしても、人類最初の「お母さん」がアフリカに誕生してから現在までが12万年~20万年だとすると、最低でも10万年は管理が必要な使用済み核燃料を増やし続ける原発って、いったいどれほど危険で無責任な存在なんだろう?‥‥なんてのも織り込みつつ、今、世界中にいる全人類の最初の「お母さん」が便宜上でも同じ女性だったと知れば、故・笹川良一の「世界は一家、人類は皆兄弟」って言葉も、LAZYのラストアルバム「宇宙船地球号」ってタイトルも、一気に現実味を帯びてくる。そして、同じ人間同士が憎しみ合ったり、戦争で殺し合ったりすることの愚かさが浮き彫りにされてくる。


‥‥そんなワケで、同じ祖先を持つサラブレッドの場合は、白い馬と黒い馬と茶色い馬とが競走をして、どの馬が一番かを競ったって、楽しいから問題はない。お正月に親戚一同が集まって、みんなでカルタ大会をやってるようなものだからだ。だけど、同じ「お母さん」から生まれた人間が、白い人と黒い人と黄色い人とで差別し合うなんて、これほど愚かなことはない。さらには、黄色い人と黄色い人とが敵対し合うほど悲しいことはない。もしも、人類の起源が「アフリカ単一起源説」じゃなくて「多地域並行進化説」だったとしても、日本人と中国人と韓国人のルーツが同じだということ、同じ「お母さん」から生まれたってことは、誰の目にも明らかだからだ。だから、あたしは、どんなに酷い政権になろうとも、民間レベルではすべての国の人たちと仲良くしていくべきだと思った今日この頃なのだ。


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2014.01.01

明けましておめでとうございます♪

皆さま、明けましておめでとうございます♪


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今年も「歳旦三つ物」を詠みました。


  歳旦三つ物

 初東風へ芦毛の耳の向きにけり

 屠蘇の溢るる金の杯

 若草の土手踏みきつてジャンプして

  きっこ


俳句は本来、自分の句を自分で解説することは野暮なのでNGなのですが、今年の「歳旦三つ物」は馬や競馬に関するネタを詠み込んでありますので、その部分だけを解説させていただきます。

まず、最初の発句は、李白の詩から発生した「馬耳東風」という四字熟語を元にしています。「馬耳東風」とは「馬は暖かい東風が吹いてきて耳をなでても何も感じない」ということから「人の意見や忠告に耳を貸さない人」という意味です。これを踏まえて詠んだあたしの句では、「芦毛の馬が初東風(はつごち)に耳を向けた」となっています。つまり、「それまでは人の意見や忠告に耳を貸さなかった人が、年も改まったことから耳を貸すようになった」ということなのです。

続いての「脇」は、「お正月のお屠蘇(とそ)をおめでたい金の杯に注いだ」という意味の句ですが、これは1月5日に開催されるJRAの最初の重賞競走「金杯」にカケてあります。「金杯」は東の中山競馬場と西の京都競馬場でそれぞれ開催されますが、競馬ファンにとっては一年のツキを占う上でも重要なレースとなります。あたしが脇の句で金の杯を溢れさせたのは、予想が的中して配当が溢れるようにという願いからです。

最後の「第三」は、若草の萌える土手を競馬場のターフに見立てました。そして、ラジオNIKKEIの障害レースの中継で、馬たちが障害を飛越する時の山本直也アナの名ゼリフ、「踏み切ってぇ~~ジャンプぅ~~!」でまとめました。景としては、子どもたちが元気に土手で遊んでいる様子などを思い浮かべていただければ良いのですが、その奥に競馬ファンだけが分かるネタが忍ばせてある、ということなのです。

こうして、裏に忍ばせてあるネタの意味が分かると、堅苦しく感じてしまう俳句も、少しは面白く感じることができたかと思います‥‥ってなワケで、皆さま、今年もよろしくお願いいたします♪


きっこ

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