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2014.01.09

劣化から変化へ

一昨日、今年初めて原チャリのガソリンを入れにいったんだけど、またまた値上がりしてて、満タンで700円近くも掛かっちゃった。以前はカラカラの状態で満タンにしても500円前後だったのに、アベノミクスによる円安のせいでガソリンの値上がりが止まらない。資源エネルギー庁の調査によると、もう5週間も連続で値上がりし続けてるそうだ。

電車やバスがいくらでもある都会の人には関係ないだろうけど、最寄りのバス停まで何キロもある上に、そのバスが1日に3本しか来ない田舎で生活してるあたしにとって、ガソリンの高騰は死活問題だ。だから、遠くにしかないガソリンスタンドまでガソリンを入れにいって、そのまま真っ直ぐに帰ってくるようなもったいないことはしない。ガソリンを入れにいったら、スーパーに寄ったり、無料精米所に寄ったり、コンビニのATMに寄ったりして、なるべく買い物や用事を済ませるようにしてる。

ま、そんなこたーどうでもいいんだけど、一昨日は空気がすごく乾燥してたので、ガソリンスタンドまで走って、それからスーパーまで走ったら、ナニゲに顔が乾燥してパリパリしてる感じになっちゃった。ノーメイクなら、こないだ450円で買った目だけ出るプロレスのマスクみたいなのをかぶってからヘルメットをかぶるんだけど、一昨日は午前中に地元の人と会う約束があって、朝からちゃんとメイクをしてた。それで、メイクの上にプロレスのマスクみたいなのはかぶれないから、そのままヘルメットをかぶって出発した。そしたら、シールドを閉めててもそれなりにフルフェイスの中に風が入ってくるから、走ってるうちにお肌が乾燥しちゃったのだ。

で、あたしは、スーパーの駐車場でヘルメットを脱ぎ、バッグからいつも持ち歩いてるメイクの上から使える小型アトマイザーの化粧水を取り出して、目をつぶって自分の顔面に噴射した。そして目を開けたら、ナナナナナント!あたしの視界には別世界が飛び込んできた!目の前が万華鏡を覗いたみたいな景色になってるぞ!‥‥ってなワケで、ハッと気づいたら、あたしはサングラスを掛けたまま顔面に化粧水を噴射してた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?(笑)


‥‥そんなワケで、自分がサングラスを掛けてることを忘れて顔面に化粧水を噴射しちゃうなんて、オデコにメガネがある横山やすしさんが「メガネ!メガネ!」ってオロオロするのと同じくらいの大ボケなんだけど、横山やすしさんは笑いを取るためのネタとしてボケてたのに対して、あたしの場合はマジボケだから、これは最悪だ。それも、10代や20代なら笑い話で済むけど、とうとう40代になっちゃったあたし的には、こうしたウッカリミスやド忘れをするたびに「年齢的に衰えてきたのかも?」って思って心配になってくる。何でかって言うと、他にもいろいろと思い当たるフシがあるからだ。

まず、ケガが治りにくくなった。皆さん、ご存知のように、あたしはヤタラとケガをするんだけど、年齢とともにムチャはしなくなったから、以前のような大ケガはしなくなった。でも逆に、わざわざブログに書くほどでもない小さなケガをよくするようになった。それも、原因不明のケガなのだ。どこにもぶつけた覚えがないのに、いつの間にか足に青アザができてたり、朝、目が覚めて、ふと手を見ると、手の甲が5ミリくらい切れて血が出てたりする。

小さな傷だから、消毒してカットバンを貼って終わり‥‥ってのが普通なのに、何時間かして見るとカットバンが真っ赤になってて、剥がしてみるとまだ血が止まってない。ぜんぜん深くなくて、猫に引っかかれた程度の小さな傷なのに、次の日まで血が止まらなかったりする。そして、やっと血が止まって傷が治っても、傷跡がぜんぜん消えなくなった。若い頃は、よほど大きな傷じゃない限り、こんな小さな傷は何週間かで跡形もなく消えたのに、今は1年経っても薄っすらと残ってる。

もちろんこれは、40歳を過ぎてから急に始まったことじゃなくて、30代になったころから、ジョジョに奇妙に進行してきたことだ。急に血が止まらなくなったのなら、なんかヤバそうな病気とかを心配しちゃうけど、あたしはちゃんと定期的に検査を受けてて、今のとこ、血液にも内臓にもまったく異常はない。だから、ケガが治りにくくなったのも、傷跡が消えにくくなったのも、年齢によって新しい細胞を作る能力とか速度とかが衰えてきたんだと思う。

ま、赤瀬川原平さん的に言えば「やっと老人力が身についてきた」ってことになるワケだけど、サスガに40代になったばかりで老人力のお世話にはなりたくない。でも、思い当たるフシが多すぎて、やっぱり不安になる。たとえば、何かを調べようと思ってパソコンを立ち上げたのに、パソコンが立ち上がった時には、もう何を調べようとしてたのかを忘れちゃって、考えてもぜんぜん思い出せない。そして、仕方なくニュースサイトを見たりツイッターを覗いたりしてるうちに、今度は、何かを調べようとしてたこと自体も忘れちゃったりする。これってヤバイよね?(笑)

でも、あたしの場合、子どものころから、何かを取りに隣りの部屋に行ったのに、隣りの部屋に入ったとたんに何を取りに来たのか忘れちゃって、仕方なく元の部屋に戻るとハッ!と思い出す‥‥なんてことがよくあったから、これは年齢によるボケじゃなくて、世の中が進化したことによって、あたしのボケる対象がIT化されただけなんだと思う。だって、パソコンを閉じれば何を調べようとしてたのかをハッ!と思い出すから、あたしの脳みその基本的な回路は子どものころと変わってない。


‥‥そんなワケで、赤瀬川原平さんの『老人力』(筑摩書房)は、耳が遠くなるとか、近くのものが見えにくくなるとか、体力全般が低下してくるとか、物忘れがひどくなるとか、人間が歳を取って起こる老化現象のすべてをプラスに転換して、良いこととしてポジティブに受け入れる‥‥っていう考え方だけど、あたしも、今の年齢になって「若いころとは違う」と感じることを「劣化」じゃなくて「変化」だと思うことにした。赤瀬川原平さんほどはポジティブじゃないけど、無理やり感が少ないぶん、「変化」のほうが自然に受け入れられる。

で、これはホントに「劣化」じゃなくて純粋な「変化」なんだけど、最近あたしが気づいたのは、甘さの味覚が変わったということだ。子どものころは大嫌いだったミョウガなのに、大人になったら大好きになった、とか、中学生の時にお父さんのビールをひとくちだけもらって飲んだら、苦くて吐き出しそうになり、大人ってどうしてこんなに苦いものを美味しいと思うんだろう?って不思議に思ってたのに、自分が大人になったらビールの美味しさが分かるようになった、とか、こうした経験は誰にでもあると思う。

あたしの場合は、子どものころ、とにかくレーズンが大嫌いで、給食のパンがレーズンパンの時は、レーズンを1個1個ぜんぶほじくり出して、レーズンが大好きだという子に食べてもらってた。それなのに、大人になったら大好きになり、今や、レーズンパンにスライスチーズを乗せたのと、赤ワインの組み合わせなんて最高に美味しく感じる‥‥ってなワケで、レーズンについては前にも書いたことがあるからいいんだけど、最近、ふと気づいたのは、子どものころは和菓子よりも洋菓子のほうが好きだったのに、最近は和菓子のほうが好きになったということだ。

子どものころは、他の子どもたちと同様に、あたしも、ショートケーキ、シュークリーム、エクレア、チョコレートパフェなんかが大好きだった。何ヶ月かに一度、父さんか不二家レストランに連れてってくれた時に、食後に食べるチョコレートパフェやペコちゃんパフェやプリンアラモードが大好きだった。たまにお客さんが来た時に、駅前のケーキ屋さんで買ってきたお土産を持ってると、目をキラキラさせて箱を覗き込んで、どのケーキにするか迷ってた。

バームクーヘンは大好きだったけど、カステラはあたし的には洋菓子と和菓子の中間的な存在で、バームクーヘンほどの喜びはなかった。このころは、おばあちゃんが大福や羊羹をくれても、嬉しいことは嬉しいけど、洋菓子よりはずっと下だった。だけど、大人になったら、洋菓子も和菓子もほとんど食べなくなった。甘いものと言えば、たまにアイスやチョコレートを買って食べたり、チュッパチャプスを舐める程度になった。あれほど大好きだったケーキやチョコレートパフェは、1年に1~2回しか食べなくなり、甘いものを食べるよりも、お酒を飲むほうがダンゼン多くなった。

だけど、30代の半ばを過ぎたころから、本日2回目のジョジョに奇妙に、和菓子というか「あんこ」の甘さを欲するようになってきた。同じ甘いものでも、ケーキやチョコレートパフェは想像しただけで胸焼けしちゃって、とてもじゃないけどお金を払ってまで食べようとは思わなくなったんだけど、和菓子の「あんこ」の甘さ控えめのやつを欲するようになってきた。あたしは、日本茶よりもコーヒーと合わせるのが好みで、いつもは普通の濃さのブラックを飲んでるんだけど、和菓子がある時は、ちょっと濃い目のブラックにする。この組み合わせが、今は一番気に入ってる。

母さんは和菓子が好きだから、昔は、あたしは食べたくなくても、母さんのために買って帰ることはあった。だけど、30代の半ばくらいからは、あたしも和菓子が好きになってきて、桜餅とか、かしわ餅とか、夏には水羊羹とか、母さんのぶんだけじゃなくて自分のぶんも買って帰るようになった。一度食べるとしばらくはいいから、食べても月に2回くらいなんだけど、それでも、子どものころに大好きだった洋菓子は想像しただけでも胸焼けするようになったのに、子どものころにあんまり好きじゃなかった「あんこ」を能動的に食べたくなるなんて、同じ甘いものなのに完全に味覚が正反対になっちゃったみたいだ。

これは、どう考えても、「劣化」じゃなくて「変化」だろう。そして、この「変化」の原因が、もしも年齢的なことじゃないとすると、ここ10年で変わったあたしの食生活が原因かもしれない。あたしは7~8年前から、お肉を食べるのをやめて、できる限り外食をしなくなった。お肉そのものは完全に食べなくなったけど、インスタントラーメンのスープの粉の中に動物由来のものが入ってたりするとこまで拒絶しちゃうと生きていけないから、その辺はユルユルにやってるけど。

他には思い当たるフシがないから、もしかしたら、お肉を食べなくなり、できる限り外食をしなくなり、自分で選んだ食材を自分で調理して食べるって生活を何年も続けてきたことによって、なるべく身体にいい食べ物を自然と欲するようになった。その結果が、甘いものに対する味覚の「変化」なんじゃないだろうか?勘違いされると困るので言っとくけど、これは、ケーキやチョコレートパフェが有害だって言ってるワケじゃない。ただ、同じ甘いものを食べるのなら、いろんなものが入ってる洋菓子よりも、シンプルな「あんこ」のほうが身体にいいと、あたしの中の小さいきっこたちが判断したんじゃないのか?ってことだ。


‥‥そんなワケで、何年ぶりかで「小さいきっこたち」が登場しちゃったワケだけど、前回のブログからの流れを踏まえると、あたしの中の「小さいきっこたち」の正体は、もしかしたら母さんから受け継いだ「ミトコンドリアDNA」だったのかもしれない‥‥って思えてきた。その証拠に、母さんは和菓子を食べる時には、昔から日本茶よりもコーヒーを好んで飲んでたからだ。最初は、和菓子を食べずにコーヒーだけ飲んでたあたしに合せてくれてるのかと思ったんだけど、聞いてみたら「和菓子の甘さとブラックコーヒーのほろ苦さがよく合うのよね」なんて言ってた。この感覚、当時は分からなかったけど、今はとってもよく分かるようになった。母さんの味覚が、「小さいきっこたち」を通して、ちゃんとあたしに受け継がれてると確信した今日この頃なのだ♪


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