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2014.05.28

きっこのカラオケデビュー秘話

あたしが幼稚園の時に流行ってた音楽って、特によく覚えてるのが、ピンクレディーの各曲、志村けんの「東村山音頭」、子門真人の「およげ!たいやきくん」だ。他にもいろいろあったけど、この3つは、幼稚園の園児たちだけじゃなくて、子どもから大人まで、それこそ全国的に流行して、社会現象にもなった‥‥ってなワケで、今日はたくさんの芸能人の名前が登場するので、最初にお断りしとくけど、とりあえず「敬称略」で行かせてもらいます。

で、あたしは、ピンクレディーの新曲が出るたびにテレビの前でダンスをマネして覚えて、幼稚園のお友達と一緒に踊ってたことが強く印象に残ってるので、この3つだと、まずピンクレディーがあって、その後に「東村山音頭」や「およげ!たいやきくん」があったように記憶してたんだけど、このエントリーを書くために調べてみたら、「およげ!たいやきくん」が1975年12月、ピンクレディーのデビュー曲の「ペッパー警部」が1976年8月、そして、「東村山音頭」が1976年9月に発売されてたことが分かった。

だけど、ピンクレディーの人気が本格的になって、あたしもマネをするようになったのは2曲目の「S・O・S」からなので、これは1976年11月の発売で、世の中の流行の順番としては、「およげ!たいやきくん」→「東村山音頭」→ピンクレディーってことになる。あたしのボンヤリした記憶だと、まず、ピンクレディーの大流行があって、その上で、「ひらけ!ポンキッキ」から「およげ!たいやきくん」が大流行したり、「8時だョ!全員集合」から「東村山音頭」が大流行したと思い込んでたけど、実際には順番が逆だった。

ま、幼稚園のころの記憶なんてそんなもんで、「およげ!たいやきくん」にしても、あたしが覚えてるのは、折り紙でお魚を折って、サインペンでウロコやヒレや顔を描いて、裏に輪ゴムをセロテープで付けて、それを2つ作って両手の手首にはめて、「およげ!たいやきくん」に合わせてみんなでお遊戯をしたようなことしか覚えていない。でも、この記憶にしても、お魚は手首じゃなくて頭に付けたのかも知れないし、「およげ!たいやきくん」じゃなくて別の歌だったのかも知れないし、もしかしたら、すべては幻だったのかも知れない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?(笑)


‥‥そんなワケで、さすがにこの歳になると、幼稚園の時のことなんてダイジェスト版みたいにしか覚えてなくて、大好きだった先生の顔もイメージでしか思い出せないし、お友達の名前も特に仲の良かった数人しか覚えていない。それも、下の名前やニックネームだけで、名字も名前もちゃんと覚えてるのは1人しかいない‥‥ってなワケで、話をクルリンパと戻すけど、あたしが幼稚園から小学校にかけてって、歌謡曲の全盛時代だったから、ものすごくたくさんの歌番組があって、ものすごくたくさんのアイドルや歌手が毎日テレビで活躍してた。

人気の歌手は3ヶ月ごとに新曲を出してたから、ぜんぶ書くことはできないけど、ザックリとした時代背景を分かってもらうためにホンの一部だけを書くと、あたしが幼稚園の時にヒットしてたのは、キャンディーズの「年下の男の子」や「春一番」、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」や「赤いハイヒール」、桜田淳子の「十七の夏」や「夏にご用心」、山口百恵の「横須賀ストーリー」や「イミテーション・ゴールド」、岩崎宏美の「ロマンス」や「センチメンタル」、沢田研二の「勝手にしやがれ」や「憎み切れないろくでなし」、荒井由実の「あの日にかえりたい」、イルカの「なごり雪」、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」、布施明の「シクラメンのかほり」、さくらと一郎の「昭和枯れすゝき」、都はるみの「北の宿から」、松崎しげるの「愛のメモリー」、あと、ダニエル・ブーンが原曲、田中星児が日本語で歌った「ビューティフル・サンデー」も大ヒットした。

他にもたくさんのヒット曲がマウンテンの時代だったけど、あたしはそんなにキチンとは覚えてない。小学校に上がって、松田聖子ちゃんがデビューして夢中になり、中森明菜ちゃんがデビューしてもっと夢中になってからはキチンと覚えてるけど、さすが幼稚園の時に流行した歌謡曲に関しては、最初に書いたように、ピンクレディーの歌の他は、志村けんの「東村山音頭」と子門真人の「およげ!たいやきくん」が強く印象に残ってるくらいだ。

もちろん、テレビでキャンディーズを観た記憶もあるし、太田裕美や桜田淳子や山口百恵や他のいろんな歌手が歌ってる姿を観た記憶もあるけど、どれもボンヤリとしてて、小学校に上がってからの記憶とゴッチャになってて、何ていうタイトルの曲を歌ってたのかまではハッキリとは覚えていない。さっき書いた曲名は、ぜんぶ調べてから書いたものだ。

その上、あたしが幼稚園時代にピンクレディーのダンスを一生懸命に覚えてたのは、ピンクレディーのことが大好きだったからじゃなくて、好きなことは好きだったけど、基本的には「幼稚園で流行ってたから」だ。だから、最初に覚えたのが「S・O・S」だったってことだけは覚えてるけど、その次が何だったか、とか、「UFO」と「渚のシンドバッド」はどっちが先だったか、とかは、あんまり覚えてない。正確な曲順は、ちゃんと調べて確認しないと分からない。

だけど、そんなボンヤリした幼稚園時代の記憶の中で、あたしは、ピンクレディーと「東村山音頭」と「およげ!たいやきくん」の他に、一曲だけ、当時の記憶が鮮明に残ってる歌がある。それは、八代亜紀さんの「もう一度逢いたい」だ。今、調べてみたら、1976年9月の発売だったので、「東村山音頭」と同じ月に発売されてるんだけど、当時のあたしは、この歌をよく歌ってたのだ。


‥‥そんなワケで、今はテレビは「一人に一台」の時代だけど、あたしが子どものころは「一家に一台」だった。だから、テレビは「家族で観るもの」で、そこには、お茶の間を戦場に変えてしまう「チャンネル争い」という熾烈な戦いがあった。でも、あたしの場合は、一人っ子だったから、アニメでも歌番組でも何でも、ほとんど好きな番組を観ることができた。で、あたしが小学校の低学年くらいまでは、まだ、父さんは、月に何日かは家に帰って来てたので、幼稚園のころは、夜、父さんと一緒にテレビを観ることもタマにあった。

それで、ある日のこと、父さんと母さんとおばあちゃんとあたし、珍しく家族全員で晩ごはんのあとにお茶を飲みながら歌番組を観てたら、何番目かに八代亜紀さんが登場して、新曲の「もう一度逢いたい」を歌い出した。さっきまで、聖子ちゃんと明菜ちゃん以外は「敬称略」で書いて来たけど、ここからは八代亜紀さんの名前を何度も書くから、やっぱり「さん付け」で書かせてもらう。

で、今でこそ、八代亜紀さんはこの歌をそれほどオーバーなアクションをせずに歌ってるけど、当時は、歌い出しからずっと左手をグーにして上下に力強く振り続けてて、最後の「もう一度~逢いたい~♪」のところでは、体をハスに構えて左手を前に出して、そりゃあもうカッコ良かった。八代亜紀さんは「美人のお姉さん」て感じで、他の「可愛いアイドル」たちとは違ってたから、あたしはいつもステキだなあって思って観てた。

あたしは、ピンクレディーに限らず、女性歌手の歌マネや振りマネは何でも面白がってやってたから、この時も、1番を観てザックリと覚えた振りマネで、2番と3番をマネしてみた。そしたら、何が良かったのか分からないけど、父さんにも母さんにもおばあちゃんにも大ウケしちゃった。今、考えてみると、たぶん、幼いあたしが意味も分からずに大人の歌をマネして歌ったことがウケた理由だと思うんだけど、その時のあたしは、歌や振りのマネが上手にできたから父さんや母さんやおばあちゃんが喜んでくれたんだと思って、とっても嬉しくなった。


‥‥そんなワケで、あたしは、タマにしか会えない父さんにウケたことが何よりも嬉しくて、それからは、歌番組に八代亜紀さんが登場して「もう一度逢いたい」を歌うたびに、振りや歌を一生懸命に覚えた。次に父さんの前で歌うチャンスがあったら、その時に喜んでもらいたかったからだ。当時の歌番組も今と同じで、長い歌は2番までの、俗に言う「テレビサイズ」だったけど、この「もう一度逢いたい」は3番までぜんぶ歌っても3分ほどの短めの歌だったから、たいていの歌番組では最後までぜんぶ歌ってた。

あたしは、二度目に観た時に、3番だけ振りが違うということに気づいた。それは、「ブイの宿命(さだめ)か~浮いては沈んで~流されて~♪」の「浮いては沈んで~流されて~♪」の部分で、それまで縦に振ってた左手を左右に揺らして「波」を表現してたのだ。この歌は、ピンクレディーやキャンディーズのように、ちゃんとしたダンスや振りがあるワケじゃなくて、左手を振るだけの簡単なアクションで、「もう一度~♪」のとこで人差し指を立てるくらいしか、コレといったポイントがなかった。だから、あたしは、2番までは歌を覚えるほうに力を注いでたんだけど、3番に、この歌に唯一の「振りらしい振り」があったことに気づいたので、ガゼン、やる気が出ちゃった。

あたしは、覚えた部分をふだんも口ずさんでたから、5~6回くらい観るころには、3番までだいたい歌えるようになってた。公園のブランコを漕ぎながら、「あんな~おとこと~いいながら~~きょうもきました~みなあとおまち~~♪」なんて歌ってた。もちろん、詞の意味なんてほとんど分からなかったし、「情なし」や「移り気」や「後影」を始め、知らない言葉も多かったから、耳で覚えたまま、「じょおなし~のうつりぎ~のうしいろおかげ~♪」って歌ってた。

特に分からなかったのが「ブイの宿命(さだめ)」だった。この部分を歌うたびに、あたしは「ぶいのさだめ」って何だろう?‥‥って思ってた。左手を波のように動かしながら「浮いては沈んで流されて~♪」って歌ってるんだから、何かが海に浮かんでるんだとは思ったけど、「ブイ」も分からなければ「宿命(さだめ)」も分からない。分からないけど八代亜紀さんのマネをして歌ってた。


‥‥そんなワケで、みんなが「およげ!たいやきくん」や「ビューティフルサンデー」や「山口さんちのツトム君」を歌ってる時に、あたしは一人でブランコを漕ぎながら「ぶいの~さだめか~ういてはしずんで~ながされて~♪」なんて歌ってたんだから、すでに「ちびまる子ちゃん」的な素質が開花し始めてたのかも知れない(笑)

で、しばらくして、父さんはいなかったけど、母さんとおばあちゃんと3人で夕食後に歌番組を観てたら、八代亜紀さんが登場したので、あたしは一緒に「もう一度逢いたい」を歌い始めた。そしたら、母さんもおばあちゃんも、テレビよりもあたしのほうを観てくれて、目を丸くして拍手をしてくれた。それまでの誰のどの歌を歌った時よりも大ウケしてくれた。特に、左手を波のように動かしながらの「ういてはしずんで~ながされて~♪」のとこでは拍手喝采で、あたしはとっても嬉しくなった。だけど、父さんがいなかったことだけが残念だった。

そんなこんなで、あたしは「もう一度逢いたい」の歌も振りもちゃんとできるようになったのに、父さんの前では一度も披露するチャンスがないまま、何ヶ月かが過ぎてしまった。父さんが帰ってきて、たまたま一緒に歌番組を観てる時に八代亜紀さんが登場しても、八代亜紀さんは、もう別の歌を歌ってた。母さんは、あたしの様子を見て気持ちを察してくれたのか、「せっかく『もう一度逢いたい』が上手に歌えるようになったのにね~」なんて言ってくれたけど、父さんは興味なさそうに「ふ~ん」と言うだけだった。


‥‥そんなワケで、また、何週間後か、何ヶ月後かは覚えてないんだけど、ずいぶん経った、ある日曜日の午後、父さんが渋谷の場外馬券売り場に行くというので、あたしも連れてってもらった。いつものように、父さんが馬券を買ったり結果を見たりしてるのをチョコチョコと着いてまわり、いつものように、前の売店みたいなお店でジュースを飲み、いつものように、また父さんが馬券を買ったり結果を見たりしてるのを着いてまわった。そしたら、この日はずっとハズレてた父さんが、小さくガッツポーズをした。最終レースで大穴を当てたみたいで、急に機嫌が良くなった。

父さんと手をつないで渋谷駅の近くまで戻ってきたら、父さんは「ちょっと寄ってくか」と言って、ビルの中に入り、エレベーターに乗った。前にも一度、父さんが馬券を当てた時に連れてきてもらったことがある、お酒を飲むお店だった。カウンターの中でバーテンさんが一人、女の人が二人か三人の小さなお店で、まだお店を開けたばかりの早い時間なので、お客さんは誰もいなかった。

あたしは父さんと並んでカウンターに座った。クルクルと回るイスはすごく高くて、あたしの両足はブラブラした。大人になってから、こうしたカウンターのイスのことを「止まり木」と呼ぶことを知ったけど、当時のあたしは、ホントに止まり木にとまってるみたいだったと思う。きれいな女の人が、たぶんママさんだと思うけど、あたしのことを覚えていてくれたみたいで、父さんに挨拶をして、おしぼりを出してから、あたしに「何ちゃんだっけ?」と名前を聞いてきた。あたしは「きみちゃん」と答えた。

父さんはビールを何本も飲んで、ずいぶんご機嫌で、父さんがご機嫌だから、あたしも嬉しかった。すると、ママさんが「そうそう、うちの店もカラオケを始めたのよ。歌ってみない?」と言って、父さんに歌の本を持って来た。そう言えば、店の奥の一角に小さなステージが出来てて、譜面台やマイクが置いてあった。父さんが歌の本をパラパラとめくり始めると、ママさんが「私が口切りで歌うわ」と言って、その小さなステージに乗り、本棚みたいな棚に並んでるテープの中から一本を選び、機械にセットしてマイクを持った。

イントロが流れ始めると、ステージの周りの電気が薄暗くなって、ママさんにスポットライトが当たった。ホントの歌手の人みたいで、あたしは驚いた。ママさんは、あたしの知らない大人の歌を歌い始めた。とっても素敵で、あたしは夢中で拍手をした。そして、歌い終わったママさんは父さんのとこに戻ってきて、父さんにも何か歌うように勧めた。

父さんは困ったような顔をして歌の本をパラパラとめくってたんだけど、「おっ」と言って指を止めた。そして、「きみこ、この歌があるぞ」と言って、八代亜紀さんの「もう一度逢いたい」を指差した。父さんとあたしのやりとりを見ていたママさんは、「きみちゃん、八代亜紀さんの歌が歌えるの?」と驚いた顔をした。あたしがコックリとうなずくと、「うわあ、歌って!歌って!」と言い出した。

ここで、今のカラオケしか知らない若い人たちのために説明しとくと、当時のカラオケは、今みたいに画面なんかないから、歌詞カードを見て歌うシステムになってた。ページが透明のポケットになったルーズリーフ型の歌の本に、1ページに上下2曲ずつの歌詞カードが入ってた。これを譜面台に乗せて歌うようになってた。そして、カンジンのカラオケテープは「8トラック」って言って、最初のゲームボーイくらいの大きさで、1本に4曲しか入ってない。8トラックのテープだから、モノラルなら8曲入るけど、ステレオだと4曲しか入らないのだ。

ま、これは、あたしが大きくなってから知ったことで、この時は、テレビの歌手と同じに歌える夢のシステムだと思った。そして、あたしは、生まれて初めて、カラオケで歌を歌うことになった。初めて手にした本格的なマイクは、重たくて、太いコードが付いてて、ピカピカ光ってて、お家でマイク代わりにしてたサランラップの芯とは雲泥の差だった。

ママさんは、譜面台の髙さを調節して、あたしの身長でも見えるようにしてくれたけど、あたしは歌詞をぜんぶ覚えてたし、歌詞カードを見たところで読めない字ばっかりだったので、あたしには不要だった。ママさんがテープをセットすると、「チャラララ~チャラララ~チャラララ~♪」と、何ヶ月ぶりかで聴く、懐かしい「もう一度逢いたい」のイントロが流れ始めた。だけど、あたしはすぐに歌い出せた。


「あんな~おとこと~いいながら~~きょうもきました~みなあとおまち~~♪」


マイクを通したあたしの声は、エコーが効いてて、自分でも驚くほど上手に聴こえた。ホントの歌手になったみたいで、あたしはドキドキして興奮した。


「じょおなし~のうつりぎ~のうしいろおかげ~~もういちいどお~あいたい~~♪」


体をハスに構えて左手を前に出すと、ものすごい拍手が起こった。あれから何人かのお客さんが来てて、お店の人たちだけじゃなくて、他のお客さんたちも、みんな拍手をしてくれてるみたいなんだけど、スポットライトが眩しくて、こっちからは良く見えない。でも、拍手と声援がものすごくて、お店中の人たちがあたしのことを見てくれてることが分かった。


「なけば~かもめも~まねをして~~あなた~よんでえる~わかあれえまち~~♪」


2番を歌い出すと、またまた大拍手!あたしは調子に乗って、テレビの八代亜紀さんみたいに、狭いステージの上を右に行ったり左に行ったりしながら歌い続けた。そして、3番が始まり、いよいよこの歌の最大のポイントがやってきた。


「ぶいの~さだめか~ういてはしずんで~ながされて~♪」


あたしが左手で「波」を表現すると、またまた拍手喝采が巻き起こり、拍手は手拍子になり、最後まで歌い切ると、また拍手に変わった。あたしは、八代亜紀さんのマネをして、ゆっくりとお辞儀をした。なんか、ホントに自分が八代亜紀さんになったみたいで、夢を見てるような数分間だった。ママさんやお店の人たちも、他のお客さんも、みんな口々に褒めてくれる中、カウンターの父さんの隣りの席まで戻ってくると、父さんが誰よりも一番喜んでいてくれた。あたしは、生まれて初めてカラオケで歌を歌った興奮よりも、父さんが喜んでくれたことが嬉しくて、すごく幸せだった。

ママさんは、「きみちゃん、こんなに難しい歌をとっても上手に歌えるのね!」と褒めてくれて、「振りも八代亜紀さんとソックリで上手だったわよ」と言ってくれた。そして、「特に、3番の波のところの振りが上手だったけど、きみちゃん、『ブイの宿命』なんて難しい言葉、よく知ってるわね」と言われたので、あたしは正直に、「『ぶいのさだめ』って、どういう意味?」って聞いた。そしたら、ママさんも父さんも「ププッ!」と噴き出して、父さんは「きみこは意味も知らずに歌ってたのか」と言って、「ブイ」が何か、「宿命」が何かを説明してくれた。でも、あたしは半分くらいしか分からなかった。


‥‥そんなワケで、あたしは、父さんを喜ばせたくて、父さんに聴いてほしくて、それで一生懸命に練習したのが「もう一度逢いたい」だったから、父さんの前で一度も歌うチャンスがないままに月日が流れ、父さんと一緒にテレビの歌番組を観てる時に八代亜紀さんが登場しても、別の歌を歌うようになった時には、ホントに悲しかった。だから、こんなに最高の形で、父さんに「もう一度逢いたい」を聴いてもらうことができるなんて、思ってもみなかった。全体的にボンヤリとした幼稚園時代の記憶の中でも、この日のことは鮮明に覚えてるし、さらに言えば、ママさんや他のお客さんからのアンコールで、あたしは「もう一度逢いたい」をあと2回も歌っちゃったことまで覚えてる今日この頃なのだ♪(笑)


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