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2014.10.04

古富士山から新富士山へ/前編

日本で一番高い山と言えば富士山、日本で一番大きな湖と言えば琵琶湖、日本に住んでれば誰でも知ってることだけど、この琵琶湖って世界的にも珍しい古代湖だ。一般的に湖の寿命は数千年から数万年と言われてて、今、世界中に数えきれないほどある湖の大半は、過去10万年以内に誕生したものだ。

そして、それより古くから存在してるものを古代湖って呼ぶんだけど、世界に20くらいしかない。そのうちの1つ、カザフスタンとウズベキスタンにまたがってるアラル海は、数日前、NASAの衛星写真で、全体の9割以上が干上がって砂漠化してることが分かったと報じられた。わずか14年で9割以上が干上がったそうなので、あと数年で寿命を迎えるだろう。

で、古代湖だけど、世界で最も古いのが、約3000万年前に海から孤立して、長い年月をかけて淡水化していったロシアのバイカル湖だ。2番目に古いのが、約2000万年前に形成されたタンガニーカ湖、アフリカのタンザニアとコンゴとザンビアとブルンジにまたがった湖だ。そして、我らが琵琶湖は、この2つに次いで世界3位、約400万年~600万年前に誕生したと言われてる。世界で3番目に古い湖が日本にあるなんて、ちょっとスゴイよね。

琵琶湖と言えば滋賀県だけど、琵琶湖が誕生したのは、今の三重県の伊賀市だ。大きな地殻変動によって、現在の三重県伊賀市の場所に誕生した琵琶湖は、長い年月をかけて北へと移動し続け、今から100万年~40万年前に、比良山系にぶつかって今の位置に落ち着いた‥‥ってなワケで、日本で一番大きな湖が誕生した時、日本で一番高い山、富士山はどうだったのか?

琵琶湖が誕生した約500万年前、日本は、今とはずいぶん違った形をしてた。九州と四国は本州と一体化してたし、東北や北海道は複数の島だった。これが、長い年月をかけて変化して行き、北海道と九州がいったんユーラシア大陸と地続きになり、それから分離して今の形になって行くワケだけど、当然、富士山は、まだなかった。今の富士山は、当時はまだ海の底だったのだ。ついでに言うと、伊豆半島もなかった。

日本は、北米プレート、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートという4つのプレートの境界に位置してて、このうち太平洋プレートとフィリピン海プレートは日本に向かって移動し続けてる。で、伊豆半島は、もともとは、今の位置よりずっと南にあった島だったんだけど、それがフィリピン海プレートの移動で、ジョジョに奇妙に日本に近づいてきて、約200万年前、ドカーン!‥‥ってぶつかって伊豆半島ができた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


Pt1


‥‥そんなワケで、上の図を見てもらえば分かるように、日本列島は、東日本が北米プレートの上に、西日本がユーラシアプレートの上に乗ってるけど、よく見ると、本州の中で伊豆半島だけがフィリピン海プレートの上に乗ってるのが分かると思う。これは、伊豆半島が本州にぶつかって止まったワケじゃなくて、太平洋プレートとフィリピン海プレートは今も日本に向かって移動し続けてるから、伊豆半島は本州を「押し続けてる」ってワケだ。

そうそう、ずっと前に、ハワイは太平洋プレートの上に乗ってるから、毎年数センチずつ日本に近づいてて、ずっと未来には日本にぶつかる‥‥って書いたけど、さっきの図を見れば分かるように、正確に言えば、太平洋プレートは日本の沖で北米プレートの下へ沈み続けてるから、ハワイは「日本まであとちょっと」のところで、残念ながら海中へと消えていくのだ。

で、伊豆半島に戻るけど、伊豆半島が本州にぶつかる前に、一足先にぶつかってたものがあった。それが、今の丹沢山地だ。丹沢山地も、もともとはずっと南にあった火山島で、これがフィリピン海プレートの移動で北上して、琵琶湖が生まれたのと同じくらいの約500万年前に、本州にぶつかった。でも、これは小さな島だったから、それほど隆起はしなかった。

ところが、これを追うように北上して来た伊豆半島が、約200万年前に本州の同じ場所にぶつかり、この丹沢をぐいぐいと隆起させたのだ。こうして誕生したのが丹沢山地で、当然、今もフィリピン海プレートは動き続けてるから、伊豆半島は本州を押し続けてて、丹沢山地も成長し続けてる。伊豆半島がぶつかった場所は、神縄(かんなわ)断層、静岡県小山町などで露頭が見られるので、興味のある人は以下のリンクの露頭マップを参考にしてほしい。

(PDF資料)
http://www.onken.odawara.kanagawa.jp/files/PDF/tayori/58/onkendayori58-7.pdf


‥‥ん?伊豆半島は本州にくっついてないと「半島」じゃないから、「伊豆半島が本州にぶつかって」っていう表現はおかしいな?‥‥って、ま、いっか!(笑)‥‥ってなワケで、伊豆半島が本州にぶつかって隆起したのが丹沢山地だけど、これのスケールをさらに壮大にしたのが、インドだ。インドは、もともとは南半球の大陸の一部だったんだけど、それが、約1億3500万年前のジュラ紀に大陸から分裂して、プレートの移動で少しずつ北へと移動して、今から約4000万年前に、ユーラシア大陸にぶつかった。伊豆半島と同じ方式だ。

で、この衝突によって隆起したのが、「世界の屋根」と呼ばれてるヒマラヤ山脈だ。だから、ヒマラヤの標高8000mくらいの頂上付近にみられる「イエローバンド」と呼ばれてる化石の層からは、アンモナイトや三葉虫など、当時の海の生物の化石が見つかってる。インドとユーラシア大陸にはさまれた海の生物たちが、標高8000mまで押し上げられたのだ。

日本もこれと同じで、丹沢山地からはオウムガイやサンゴなどの化石が見つかってるし、伊豆半島がぶつかった場所の神縄断層でも、貝やサンゴの化石を見ることができる。逆に言えば、丹沢山地から見つかった化石や、神縄断層から見つかった化石によって、これらの火山島が本州にぶつかった時期を推察することができる。

ここでポイントなのは、インドが乗ってるインド・オーストラリアプレートも、伊豆半島が乗ってるフィリピン海プレートも、今も動き続けてて、インドはユーラシア大陸を、伊豆半島は本州を、それぞれ押し続けてるってことだ。これらのプレートは、年に5cm前後しか移動してないので、ヒマラヤ山脈の成長も年に5mm程度だけど、これは「人間の時間」の感覚の話で、何百万年、何千万年という「地球の時間」で考えたら、ものすごい速度で隆起を続けてることになる。また、このプレートの移動による隆起だけでなく、火山の噴火や地殻変動による突然の隆起もある。1923年に関東大震災をもたらしたマグニチュード7.9の「大正関東地震」と、この余震のマグニチュード7.3の「丹沢地震」によって、丹沢の山々は1mも隆起したり沈降したりした。


‥‥そんなワケで、話はクルリンパと戻るけど、約200万年前に伊豆半島が本州にぶつかると同時に、プレートの境界に位置してた古箱根山(古代の箱根山)や小御岳(こみたけ)山や愛鷹(あしたか)山が噴火を始めた。3つの火山は大量のマグマを噴出し続けて、ようやく噴火が収まると、今度は古箱根山が崩落し、火口だった部分に水が溜まり、現在の芦ノ湖ができた。そう、箱根の芦ノ湖って、もともとは火山の火口だったのだ。

この時点では、まだ富士山はないんだけど、またまた長い年月が経ち、今から約10万年前、小御岳山と愛鷹山の間から新たな噴火が始まった。これが爆発的な噴火を繰り返して、これまた長い年月をかけて、3000m近い巨大な山に成長した。これが現在の富士山の前身の古富士山だ‥‥ってなワケで、あたしはなるべく同じ表現を繰り返さないように気をつけて文章を書いてるんだけど、今日はどうしても「長い年月をかけて」を何度も使っちゃう。たぶん、あと何回かは使うと思う(笑)

で、今から1万1000年前くらいに、それまでの「爆発的な噴火」から「大量の溶岩を噴出する噴火」に変わった。「爆発的な噴火」だと、噴石や火山灰が大量に噴出するので、火山灰は風に乗って広範囲に降り積もる。でも、「大量の溶岩を噴出する噴火」になると、影響は火山の周囲に限定されるようになる。でも、富士山の溶岩は玄武岩質なので、溶岩の中でも柔らかくて、遠くまで広範囲に流れて行く。この時期の噴火では、最長で40キロも先まで流れたので、南側に流れたものは駿河湾にまで達したほどだ。

この「大量の溶岩を噴出する噴火」は、今から約1万1000年前から約9000年前まで、だいたい2000年くらい断続的に続いた。このころは、まだ富士山の周囲に富士五湖はなくて、富士山の北のふもとに「石花湖(せのうみ)」という大きな湖があった。そして、東のふもとに「宇津湖」という半分くらいの大きさの湖があった。だから「富士二湖」だったのだ。そして、この2000年の間に、大量の溶岩流が湖へも流れ込んで行った。

大きかった「石花湖」は大量の溶岩流で2つに分断されて、2つのうち大きなほうは、まだ「石花湖」だけど、小さなほうが今の「河口湖」になった。そして、「宇津湖」のほうは大量の溶岩流で3分の1くらいの大きさになっちゃって、これが今の「山中湖」になった。だから、この2000年の間に、「富士二湖」が「富士三湖」になったってワケだ。


‥‥そんなワケで、約2000年も続いた噴火は、ここでいったんコマーシャル‥‥じゃなくて、ここでいったん収まって、約9000年前から、今度は約4000年間も沈黙を続ける。そして、今から約5000年前になって、突如として目覚める。これまでの古富士山を形成してた「古富士火山」という活動期に対して、ここから現在までが「新富士火山」という活動期になるんだけど、今回のブログはいつもの2倍くらいの長さになっちゃうので、今日はここまでにして、この後の「新富士火山」については「To Be Continued」って感じの今日この頃なのだ♪


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