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2015.02.11

お気に召すまま

東京生まれで東京育ちのあたしは、2月3日の「節分」と言えば、やっぱり「豆まき」だった。小さなころは、商店街の乾物屋さんの前に、炒った大豆と木の升と紙でできた赤鬼のお面がセットになってるのが並んで、みんなそれを買う。家では、父さんが鬼になって、あたしと母さんが豆をぶつけて、おばあちゃんはニコニコして見てた。あとは「自分の歳の数に1つ足した数の豆を食べる」っていう、ただそれだけのイベントだった。

だけど、何年か前から、東京にも「恵方巻きを食べる」っていう関西の風習が広まり始めた。詳しく言えば、平成10年(1998)年に、コンビニの「セブンイレブン」が全国発売したのがキッカケだ。さらに言えば、この「恵方巻き」という名称も「セブンイレブン」が広めたもので、それまで関西では「節分の巻き寿司」とか「丸かぶり寿司」とか呼ばれてたらしい。

で、この「恵方巻き」の起源には複数の説があるんだけど、その中の1つに、「元は大阪の芸者遊びだった」という説があるそうだ。本来、こうした巻き寿司は、食べやすい大きさに切って食べるものだけど、それを旦那衆たちが切らずに芸者に丸かぶりさせて、その姿を「男性の股間のアレをくわえてる姿」に見立てて喜んだ‥‥っていう、今どきなら完全にセクハラで「松本~!遠藤~!アウト~!」になっちゃうような遊びだ。あたしは、こんな説があったなんて、去年の「節分」まではまったく知らなかったから、今年の「節分」の前日にラジオで聴いてビックル一気飲みしちゃった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あまりにも久しぶりに「ビックル一気飲み」を使ったので、ナニゲに懐かしい気分に浸りつつ、この「恵方巻き」の起源の「芸者遊び説」をラジオで聴いたあたしは、すぐにシェイクスピアの喜劇、『As You Like It』、邦題は『お気に召すまま』のあるシーンを連想しちゃった。あたしは、シェイクスピアが大好きで、有名な作品はほとんど英語版と和訳の両方を読んでる。シェイクスピアの四大悲劇と言われてる『ハムレット』、『オセロ―』、『リア王』、『マクベス』、悲劇なんだけど毛色が違うので「五大悲劇」とはならなかった『ロミオとジュリエット』、喜劇なら、この『お気に召すまま』、『ヴェニスの商人』、『夏の夜の夢』、『じゃじゃ馬ならし』、『終わりよければ全てよし』、史劇なら、『リチャード三世』、『ヘンリー四世』、『ジュリアス・シーザー』‥‥くらいかな?あとの作品は和訳でしか読んでない。

で、『お気に召すまま』だけど、これは何度も映画や演劇になってるから、原作を読んでなくても内容を知ってる人も多いと思うけど、まだフランスが複数の公国に分かれてた時代のお話だ。それぞれの公国を治めてるのが公爵で、このお話の舞台になってる公国の公爵は、悪い弟によって追放されてしまい、数人の忠臣たちとアーデンの森の中で静かに暮してた。そして、自分の兄を追放して、まんまと公爵の座を奪い取った弟のフレドリックは、やりたい放題の安倍晋三状態だった。

追放されたホントの公爵には、ロザリンドという美しい娘がいたんだけど、この娘は追放されずに、フレドリック公爵の娘のシーリアの遊び相手として、宮廷に留まることが許されてた。お互いの父親同士は憎み合ってても、ロザリンドとシーリアは固い友情で結ばれてた。

そんなある日のこと、フレドリック公爵の前で、レスリングの試合が行なわれた。レスリングと言っても、現在のスポーツやショーのようなものじゃなくて、相手が死ぬまで戦う殺し合いだ。そして、このレスリングに勝利したオーランドーという若者に、ロザリンドは恋をしてしまった。オーランドーのほうもロザリンドの美しさに我が目を疑い、2人は恋に落ちる‥‥ってとこで、フレドリック公爵はロザリンドのことも追放処分にしてしまう。

フレドリック公爵の娘のシーリアは、親友のロザリンドを追放しないようにと父親に懇願したけど、フレドリック公爵は安倍晋三のように聞く耳を持たなかった。それで、シーリアは、自分もロザリンドについて行こうと決心した。その日の夜、2人は宮廷を抜け出して、ロザリンドの父親のホントの公爵を探すために、アーデンの森へ行ってみることにした。

でも、若い娘が2人で、立派なドレスを着て旅をするのは危険だと考えて、変装をすることにした。最初は2人とも「田舎娘」に変装しようと思ったんだけど、ここで少しイタズラ心が出て、背の高いロザリオのほうは「男装」することにした。2人は「田舎の兄と妹」に成りすまし、ロザリンドは「ゲニミード」、シーリアは「エリーナ」という偽名を使うことにした。そして、道化のタッチストーンも仲間に加え、3人で旅をすることにした。

「道化」と言うのは、日本の「太鼓持ち」みたいな役割で、貴族を楽しませたり、話し相手になったり、時には貴族の欲求不満のハケグチとして罵倒されたりもする。このタッチストーンも、ロザリンドから「Peace, you dull fool.(静かに、お前は鈍感な馬鹿か)」なんて言われちゃう。これは昔の表現なので、現代のニュアンスにすると「Quiet, you stupid fool.(黙れ、この薄ら馬鹿)」って感じだ。

で、ようやく遠いアーデンの森まで辿り着いた3人は、広い森の中のどこに公爵がいるのか分からない。その上、宿屋もないし食べ物もない。困り果てた3人は、偶然に通りかかった羊飼いの下男に事情を話し、助けてもらうことになった。シーリアは宮殿から持ち出して来た宝石を持っていたので、それで小屋を買い取り、ここを拠点にして公爵を探すことにした。

一方、オーランドーは、彼を妬んだ兄オリヴァ―から命を狙われ、これまた宮廷から出て行かなきゃならなくなった。オーランドーは、父親の忠実な召使いだった老人アダムと2人で、あてのない旅に出て、やがてアーデンの森へと辿り着いた。だけど、オーランドーたちも、宿も食べ物もなくて困り果ててしまった。老人は空腹で動けなくなったので、オーランドーが1人で森の中に食べ物を探しに行った。そしたら、ナナナナナント!何人もの人たちが草の上で食事をしていたのだ!そう、フレドリック公爵に追放されたホントの公爵であるロザリンドの父親と、その家臣たちだったのだ!

だけど、その人がホントの公爵だとは夢にも思わなかったオーランドーは、あまりの空腹に、刀を抜いて食べ物を奪い取ろうとした。でも、公爵から優しい言葉をかけられて、自分の野蛮な行為を恥じ、謝罪をする。公爵が食事に招いてくれたので、オーランドーはアダムを連れてきて2人でご馳走になり、そのまま公爵の元で一緒に暮らすことになった。

一方、ロザリンドとシーリアは、羊飼いから買い取った小屋を拠点にして、アーデンの森の中を2人で手分けして公爵を探していた。そんな中、ロザリンドは、1本の木に自分の名前がナイフで彫ってあることに気づく。そして、その木の枝に結んであった紙を開いてみると、ロザリンドの美しさを褒め称える詩が書かれてた。森の中を進むと、あっちの木にも、こっちの木にも、同じようにロザリンドの名前が彫られていて、詩を書いた紙が枝に結んである。

シーリアも同じように「ロザリンド」と彫ってある木を見つけ、その枝から詩を持ち帰って来た。小屋に戻った2人は、その詩から森にオーランドーがいることを知り、喜び合う‥‥ってなワケで、ここまでが導入部分で、ここから先に面白い山場がいくつも登場するので、興味がある人は実際に読んでみてほしい。一番いいのは英語の現代文なんだけど、それが無理なら、いろいろある翻訳の中で、「ちくま文庫」の松岡和子さんの新訳が素晴らしい。


‥‥そんなワケで、変装したロザリンドとシーリアは、2人で手分けして森の中を探してたんだけど、先にシーリアのほうがオーランドーと出会ってしまう。そして、小屋に戻って来たシーリアは、そのことをもったいぶって、なかなかロザリンドに教えない。「今日、森の中で人に会ったの」「えっ?」「男の人だったわ」「どんな男の人?」「首にロザリンドがプレゼントしたチェーンを掛けていたわ」‥‥なんて感じの「小出し作戦」で、ロザリンドのことをじらして楽しむシーリア。そして、とうとうキレちゃったロザリンドは、こんなことを言う。


“Good my complexion, dost thou think though I am caparisoned like a man, I have a doublet and hose in my disposition? One inch of delay more is a South Sea of discovery.”


これだと分かりずらいので、現代の表現にすると次のようになる。


“Good grief, do you think that just because I’m dressed like a man, I have a man’s patience? Every second you delay is as long and dull as a journey to South Seas.”


シーリアにじらされたロザリンドのこのセリフが、どんなふうに日本語に訳されてるのか。約100年前に、原題の『As You Like It』を日本で最初に『お気に召すまゝ』と訳した坪内逍遥(しょうよう)さんは、次のように訳してる。


「まァ、私の顔色が! あなたは、私が男のなりをしてゐる以上、心の中までズボン仕立てになってゐると思って? もう一寸とぐずついていらっしゃると、南洋発見航海以上の大事件よ」


続いては、約40年前の小田島雄志さんの訳。


「私はかわいそうにこれでも女よ! 男の上着と長靴下を身につけているからといって心の中まで男になり切っているなどと思わないで! これ以上ちょっとでもじらすと、南洋の海みたいにヒステリーの嵐をよぶわよ」


そして、松岡和子さんの新訳。


「いやだ、私、赤くなってる。こんな男の格好してるからって心までズボンはいてると思うの? あとちょっとでもじらしたら、女の本性丸出しにして南太平洋みたいに荒れ狂うからね」


同じ英語のセリフでも、時代と翻訳家が違うと、こんなにも表現が変わってくる。だから、複数の翻訳がある場合は、必ず図書館や本屋さんでページをめくって少しだけ読んでみて、それから読む本を決めたほうがいい‥‥ってなワケで、このロザリンドのセリフには続きがあって、それに対してシーリアも応えてる。


“I prithee, tell me who is it quickly, and speak apace. I would thou couldst stammer, that thou might’st pour this concealed man out of thy mouth as wine comes out of a narrow-mouthed bottle—either too much at once, or none at all. I prithee take the cork out of thy mouth, that I may drink thy tidings.”

“So you may put a man in your belly.”


これも分かりずらいので、現代の表現にすると次のようになる。


“I’m begging you, tell me who it is quickly, and speak fast. I wish you could just stammer this hidden man out of your mouth like wine out of a narrow-necked bottle: either too much at once or none at all. I’m begging you, take the cork out of your mouth so I can drink the news.”

“So you want to put a man in your belly.”


そう、「節分」の話から「恵方巻き」の話へと進み、「恵方巻き」の起源の中に「男性の股間のアレをくわえてる姿」に見立てた「芸者遊び説」があると言ってから、ここまで長々と書いて来たけど、あたしがこの説を聴いて連想しちゃったのは、このロザリンドとシーリアのセリフなのだ。この部分は「きっこ訳」で行くけど、こんな感じになる。


「早くその男の人の名を教えてちょうだい!私は喉がカラカラなの!首の細いワインのボトルからその人の名がドックンドックンと脈打ちながら流れ出て来るように、お願いだから、あなたの口のコルクの栓を抜いて、早く私に嬉しい報せを飲ませてちょうだい!」

「まあ!あなたってば、男の人をお腹に入れちゃうつもりなの?」


‥‥そんなワケで、「恵方巻き」の起源の1つの「男性の股間のアレをくわえてる姿」みたいにダイレクトじゃないけど、この、愛する男性の名前をワインに喩えて、早く飲ませて欲しいとせがみ、それに対して「男の人をお腹に入れちゃうつもりなの?」と返すやり取りにも、シェイクスピアお得意のエッチな暗喩が炸裂してる。同じ「お腹」という意味でも、「stomach(ストマック)」だと「胃袋」という意味が強くなって「飲み込む」というニュアンスになるけど、ここでは「belly」、ベリーダンスのベリーを使ってる。だから「飲み込む」じゃなくて「自分の体内に受け入れる」というニュアンスになり、それがエッチな暗喩へとつながってる今日この頃、どうせならロザリンドにも、その年の恵方を向いて、無言でワインをラッパ飲みしてほしいと思った今日この頃なのだ(笑)


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