2015年、焼売の旅
昭和40年代後半に生まれたあたしは、生まれた時にはPCも携帯電話もなかったから、何か調べたいことがあると、学校や地域の図書館に行き、いろんな本を調べたり、親や先生などの「人生の先輩」に聞くしかなかった。たとえば、分からない漢字が1文字、分からない英単語が1つあるだけでも、いちいち辞書を引いて調べるしかなかった。
でも、今の平成生まれの若い人たちは、生まれた時から身の周りにPCがあるし、インターネットに接続できる携帯電話があったから、たいていのことならワンタッチで調べることができた。漢字なんか書けなくても、ひらがなで入力すれば自動的に漢字に変換できる。英語どころか、フランス語だってアラビア語だって、グーグル先生が一瞬で自動翻訳してくれる。あたしの時代とは雲泥の差だ。
だけど、こういうのって、ホントに利点だけなんだろうか。「便利」を手に入れたことによって、何かを失ってるんじゃないだろうか。たとえば、いつでもポケットやバッグからスマホを取り出してピピピッと指でなぞるだけで、何でも出てくると思ってる安心感から、自然と「暗記する」という努力をおこたることになり、結果、暗記力が低下してるんじゃないだろうか。
あたしの若いころは、自分の自宅の電話番号はもちろんのこと、仲のいいお友達や頻繁に連絡する仕事先などの電話番号は、すべて暗記していた。いつも肌身離さずに持ち歩いていた電話帳にもシッカリと書いていたけど、たいていの電話番号は暗記していた。でも、今の若い人たちの中には、仲のいいお友達や自分の職場の電話番号だけでなく、自分のスマホの電話番号すら暗記していない人もいる。
ようするに、自分のスマホに登録さえしていれば、誰にでもワンタッチで電話することができるから、相手の電話番号を暗記する必要がないワケだ。つーか、あたしだって暗記したくてしてたワケじゃない。あたしの時代にはワンタッチで電話できる機能なんてなかったから、毎回、数字のボタンを1つずつ押して電話を掛けるしか方法がなくて、そんなことを何度も繰り返してるうちに、自然と覚えちゃっただけだ。
だけど、今の若い人たちの中には、誰かに電話番号を聞かれると、「ちょっと待って」と言って、自分のスマホの「所有者情報」をひらき、そこに表示された11ケタの番号を読み上げる人がいる。自分のスマホが水没してデータがパーになると、真っ青になってオロオロする人もいる。信じられないことだけど、今はこんな人がたくさんいるのだ。今どきの若い人たちにしてみれば当たり前のことなのかもしれないけど、PCも携帯電話もなかった時代に生まれたあたしにしてみれば、何で自分の電話番号や自分の職場の電話番号も覚えていないのか理解できない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしは別に、便利になった今の世の中を否定してるワケじゃないし、それどころか、今の若い人たちとは違って「不便だった時代」を体験して来たぶん、今の若い人たちよりも今の便利な世の中に感謝している。ただし、頭から「便利」を受け入れているワケじゃなくて、常に一抹の不安を抱きながら、その上で、「便利」を受け入れているのだ。
何日か前のこと、あたしは、ふと思った。「シューマイ」って、蒸して作るのに、何で「焼売」って書くんだろうって。「チャーシュー」の場合なら、最初から最後まで茹でるだけの作り方もあるけど、最初にタコ糸で縛った豚肉のカタマリをフライパンとかで焼き、それから煮るっていう作り方もあるから、漢字で「叉焼」って書くのは不思議じゃないし、日本語で「焼き豚」って言うのも納得できる。でも、「シューマイ」の場合は、「焼く」なんて過程はいっさいない。生のシューマイを油で揚げる「揚げシューマイ」はあるけど、フライパンや網で焼くシューマイなんて聞いたことがない。
それなのに、ああそれなのに、それなのに‥‥って、久しぶりに五七五の俳句調で嘆いちゃうけど、何で蒸して作ってるのに「焼売」なんだ!‥‥ってなワケで、せっかく世の中が便利になったんだから、あたしはすぐにPCを起動させてインターネットで調べてみた。そしたら、すぐにこんな文章がヒットした。
「中国語の『焼』という漢字は『強く加熱する』という意味なので、日本語とは意味が違って『煮る』や『蒸す』なども『焼』という漢字で表記することがあります」
ほほう、つまり、日本では「手紙」と言えば「レター」のことだけど、中国で「手紙」と言うと「トイレットペーパー」のことになる‥‥ってのと同じで、日本と中国とで、同じ漢字でも意味が違うってことなのね。あ~スッキリした!‥‥って、たいていの人は、ここで納得しちゃうだろう。中には、次の日に学校や職場へ行った時、お友達や同僚に向かって「シューマイって蒸して作るのに、何で『焼売』って書くか知ってる?」なんて、ドヤ顔で話し始める人もいるハズだ。
だけど、あたしは、インターネットの恐さを知っている。大学生の多くがレポートや卒論を書く時に参考にしたり丸写ししているという、あのウィキペディアだって、事実誤認や悪意のあるデマが数多く書き込まれていて、数年前の調査によると「ウィキペディアの内容の信頼度は約60%」と言われているのだ。事実、あたし自身も、これまでにウィキペディアに書き込まれていた嘘やデマを数えきれないほど見つけている。
‥‥そんなワケで、あたしは、「焼売」について、さらにインターネットで調べてみた。そしたら、今度はこんな記述が見つかった。
「中国から日本に伝来した『シューマイ』は、中国南部では日本と同じく『焼売』と表記しているが、中国北部では『焼麦』と表記している」
それで、あたしは、次に「焼麦」という表記で検索してみた。そしたら、佐賀県のJR九州の「鳥栖駅」を発祥とする中央軒の「焼麦弁当」という駅弁がヒットした。あたしは東京生まれ東京育ちなので、シューマイと言えば横浜の崎陽軒だけど、西日本では中央軒こそがシューマイの代表で、駅弁業界では「東の崎陽軒、西の中央軒」と呼ばれているそうだ。そして、中央軒の「焼麦弁当」は、現在も売られている人気の駅弁で、製造元のサイトを見てみたら、「焼麦」についてのウンチクがたくさん紹介されていた。その一部を引用して紹介させてもらう。
「中国では、焼(shao)は火が燃えることを意味し、麦(mai)は文字どおり麦で、小麦粉の意に通じます。つまり焼麦(shaomai)とは麦の粉で包んで加熱したものという意味です。日本でもすっかり定着したシウマイは、中国でもほぼ全国的に食される人気のメニューのひとつです。特に広東地方では、飲茶にかかせない点心の代表格として親しまれ、ひと□で食べられる小ぶりで薄い皮のものが良いとされています。中央軒の焼麦は、長崎在住の中国人に教えを乞い、この東風のあっさりとした味を基本に中央軒独自のものに仕上げました。中央軒は、明治25年鳥栖駅開設とともに駅売り弁当で創業。それ以後、鉄道の発展とともに歩み今日に至っています。」
http://www.tosucci.or.jp/kigyou/chuohken/syaomai-pac.htm
‥‥そんなワケで、ここまでに分かったことを整理してみると、「シューマイ」はもともと「小麦粉の皮で包んだものを加熱した」という意味から「焼麦」と表記されていて、それが地域によっては「焼売」と表記されるようになり、日本には両方の表記が伝わって来た‥‥ってことになる。でも、これで納得するのは、まだ早い。せっかくここまで調べたんだから、もっと徹底的に調べなきゃ気が済まない。30年前だったら、こんなことのために何度も図書館に通うのなんてマッピラゴメンだけど、今は自宅に居ながらにして、PCのエンターキーをポンと叩くだけで調べられるのだ。
で、さらにディープに調べてみたら、ナナナナナント!ここまでの流れが怪しくなってくるような資料が見つかってしまった!それは、1998年に刊行された『中国料理辞典(下)技術・文化篇』 (同朋舎)によるもので、そこには、こう書かれていたのだ!
【シュウマイ/焼売/乾蒸/焼賣】
シュウマイは地方によっては「焼麦(シャオマイ)」とも書き、病害を受けてまっ黒になった麦の穂を伝染を防ぐために焼いた、その形に似ているところからついた名称。
オーマイガー!タイトルのとこに「焼売」と書いてあって、本文のほうに「地方によっては焼麦とも書き」って書いてあるってことは、あたしの導き出した「もともと焼麦と表記していたものが地域によっては焼売と表記されるようになった」っていう仮説が根底からくつがえっちゃったじゃん!つーか、ちゃんと「蒸」という漢字を使った「乾蒸」なんていう第三の表記まで登場しちゃったし、それどころか、「つまり焼麦(shaomai)とは麦の粉で包んで加熱したものという意味です」っていう、日本の老舗である中央軒さんの説まで否定されちゃったじゃん!
この『中国料理辞典(下)技術・文化篇』の記述がホントであれば、「シューマイ」を「焼売」とか「焼麦」とか表記する時の「焼」という漢字は、「強く加熱する」という調理方法から生まれたものではなく、病害の麦の穂を実際に火で「焼いた」という事実から生まれたものだということになる。そして、それを裏付けているのが、「乾蒸」という新たな表記なのだ。最初に書いたように、「煮る」ことも「蒸す」こともすべて「焼」という漢字で表記するのなら、この「蒸」という漢字を使った表記は存在理由を失ってしまうからだ。
‥‥そんなワケで、ここまで来たら、もはや後戻りはできない。さらにディープに調べ尽くして、真実を見つけるしかない。あたしは、意地になって調べ続けた。もちろん、こんなアホなことができるのも、インターネットという現代の便利な道具があるからで、調べる手段が図書館しかなかったら、あたしはとっくに放り出して、「これでおシューマイ!」なんてオヤジギャグでお茶を濁していただろう。
で、意地になったあたしは、これまでのように信頼度の高いソースだけでなく、個人のブログや掲示板などまでクマなくチェキしてみた。そしたら、10年以上前に運営を休止した「おしえてねドットコム!」という個人サイトのログの中に、シューマイの発祥についての質問と、それに対する回答が見つかった。その回答者は、シューマイの起源を調べるために、実際に横浜の崎陽軒に電話をして質問してみたらしい。
「シューマイの事はやっぱり「崎陽軒」に聞いてみました。その回答です。 ご質問の件ですが、以前当社の中国料理人曽総料理長にこのような事を聞いたことがあります。『昔、中国では料理をした後の材料の残りを(例えば野菜の切れ端とか、肉の残りとか、とにかく何でも)棄ててしまうのはもったいないので、細かくして丸めて焼いたのがシューマイの起源なんだよ。』その後、料理をいっぺんに大量に調理するには、大きな蒸し鍋で蒸し上げるのが一番早いので、現在のようになったようです。これが正解という確信はないですが、私は「なるほど、だから焼売と書いてシューマイか」となっとくさせる説明だと思いました。 ご参考程度に、、、。
http://homepage2.nifty.com/osiete/s544.htm
またまた新説が登場しちゃった。この説によれば、シューマイの「焼」という漢字は、実際に焼いて調理していたことが起源で、それが時代とともに量産するようになり、調理方法が「焼く」から「蒸す」に変わった‥‥ってことになる。そしたら、「中国では『煮る』にしても『蒸す』にしても強く加熱することを『焼』と表記する」という説も消えちゃうし、「病害の麦の穂を焼いた形に似ているから」という説も消えちゃう。
ここまでの複数の説のうち、あたし的に最も信憑性が高いと感じているのは、「病害の麦の穂を焼いた形に似ているから」という説だ。何故なら、その原典が中国料理について解説している専門書であり、「乾蒸」という第三の表記の存在とも合致するからだ。だけど、60年も前の昭和31年から「焼麦」を作って販売してきた中央軒の説も間違いだとは思えないし、さらには、実際に横浜の崎陽軒で調理を担当していた中国人の総料理長の説明にも重みとバックボーンを感じる。
‥‥そんなワケで、あたしは、他にも山のようなソースに当たってみたんだけど、残念ながら「これが真実だ」という結論を探し出すことはできなかった。鼻息を荒くして「意地になった」なんて言った手前、この結果は自分でも情けないんだけど、こうしたものには、たいてい複数の説があり、その中に「有力な説」と「怪しい説」はあっても、なかなか「これが真実だ」という結論には至らないことがほとんどだ。だけど、せっかく手に入れたインターネットという便利な道具を使って、ここまで徹底的に調べてみれば、最初にヒットした情報だけを鵜呑みにして翌日に誰かにドヤ顔で話すことが、どれほど危険で恥ずかしいことなのか、それだけは分かってもらえたと思う今日この頃なのだ。
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