母さんの定期券
先日、母さんのお誕生日だったので、何か欲しいものはないか事前に聞いたんだけど、特に欲しいものはないと言うので、春物のお洋服でもプレゼントしようと思って、お誕生日の当日、午後から一緒にお買い物に出かけた。前もって借りておいた車に乗って、ドライブ気分で街まで行き、百貨店‥‥って言うか、百貨店みたいな駅ビルに入って、中のお店を見て回った。
駅ビルとは言っても、そこそこ広くて、たぶん100店舗くらいは入ってると思うけど、1階は食べ物関係とかで、衣料品のレディースは2階、メンズは3階にまとまってる。エスカレーターで2階に上がると、通路の両側に若い子向けのブティックが並んでて、奥の5~6店ほどが年配向けのブティックだった。
わざわざお店の中に入らなくても、ショーウインドウを見ただけで、そのお店の扱ってるお洋服の雰囲気と、だいたいの金額が分かるから、母さんとあたしは、ショーウインドウに並ぶ春物を見ながら、「こんな感じのはどう?」なんて言いつつ、それらのお店を回った。母さんと2人でブティックのショーウインドウを見て歩くのなんてホントに久しぶりだったから、とっても楽しかった。
それも、今回は、母さんへのお誕生日プレゼントを買いに来てるんだから、自然とウキウキしてくる‥‥って、この調子で書いてると、マクラだけで終わっちゃうので、ここからは駆け足でサクサクと行くけど、結局、母さんが一番気に入ったという、春物の若草色のツインニットに決めて、それをプレゼントした。半袖のセーターと長袖のカーデのセットで、襟元の細かいビーズが上品で、母さんにとってもよく似合う。
母さんは、ふだんの足が電動アシスト自転車なので、ボトムスはパンツスタイルが多いんだけど、このツインニットなら、ボトムスがパンツでもスカートでもどちらでも似合う。それから、別のお店で1000円均一のワゴンセールをやってたので、そこで掘り出したオーストラリアのサーフブランドのTシャツを1枚、自分用に買った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、久しぶりに母さんとショッピングを楽しんだあたしは、1階の酒屋さんで母さんの好きな日本酒のハーフサイズのボトルを買い、テイクアウト専門のお寿司屋さんでお寿司を買って帰って来た。母さんにお茶を淹れてから、ビワの葉で作った入浴剤をお風呂に沈めて「ビワの葉湯」の準備をして、それから、お寿司と日本酒でお祝いをした。あたしは、用意してたカードを渡して、「母さん、ありがとう!」と言って、ギュッとハグした。
お寿司も食べ終わったので、母さんには先に「ビワの葉湯」で温まってもらい、その間に母さんのお布団を敷き、お風呂上り用の冷たいお茶の準備をして、母さんが湯舟から出たころを見計らって、あたしもお風呂に入り、母さんの背中を流した。そして、お風呂上りに、母さんにお布団に横になってもらって、日課のマッサージを始めたら、母さんが「ちょっと待って」と言って、ムクッと起き上った。
おトイレにでも行くのかな?‥‥って思ってたら、母さんは自分のバッグからお財布を出して、お財布の中から小さなカードのようなものを取り出して、「これ覚えてる?」と言いながら、あたしに差し出した。受け取って見てみると、タバコくらいの大きさのカードで、1文字ずつ違う色の色えんぴつで「かたたたき」と書いてあり、その下に「ていきけん」と書いてあって、お花の絵やウサギのシールが貼ってあった。これって、もしかして、あたしが小学1年生か2年生の時に、「母の日」に母さんにプレゼントした「肩たたき券」なの?
「きみこ、覚えてる?きみこは小学1年生の時、母の日に『肩たたき券だと使える回数が決まってるから、何回でもずっと使える肩たたき定期券をプレゼントするね』と言って、このカードとカーネーションをプレゼントしてくれたのよ」
そうだった。何となくボンヤリと思い出した。
「母さんね、ホントに嬉しかったから、きみこがプレゼントしてくれた他のカードと一緒にずっと大切にしてたんだけど、これ、画用紙だから傷んだり色褪せたりしちゃうので、何年か前に文具店でパウチ加工してもらって、それからはお守りの代わりにずっとお財布に入れてたのよ」
そう言われてみれば、このカード、パウチしてあって、その上、四隅が丁寧に丸くカットされてる。
「でも、この定期券を見せなくても、きみこは毎日こうしてマッサージしてくれるよね。ホントにありがとうね」
あたしは照れくさくなって、母さんの顔から眼をそらして、手にしてた「肩たたき定期券」に、また視線を落とした。そして、ふとカードの裏を見てみた。そしたら、そこには、赤い色えんぴつで、こう書いてあった。
「お母さん、ありがとう」
自分が書いた言葉なのに、あたしは、何故だか涙がこぼれた。35年間も母さんがこのカードを大切に持っていてくれたことに感激したのか、何十年ぶりかで見た小学1年生の時の自分の幼い文字がいじらしく見えたのか、それとも、35年経った今も大好きな母さんをマッサージできることが嬉しいからなのか、いろんな感情が入り混じって、あたしは自分の涙の意味が分からなかった。でも、気づいた時には、泣きながら「母さん、ありがとう!」と言っていた。そしたら、今度は母さんのほうから、あたしのことをギュッとハグしてくれた。
‥‥そんなワケで、あたしは、PCを立ち上げて、ラジコで文化放送の「ライオンズナイター」をつけて、母さんのマッサージを再開した。さっき、母さんがお風呂に入った時にチョコっと聴いたら、西武が1点を先制したとこだったのに、知らないうちに日ハムが6点も取って大逆転してた。そして、あと8回と9回を押さえれば日ハムは7連勝だ!あたしは、思わず、母さんをマッサージする指に力が入った!(笑)
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