3つの欲
あたしの本職は「競馬」‥‥じゃなくて、「ネットの内職」‥‥じゃなくて、一応は「ヘアメーク」なんだけど、東日本大震災以降は、あたしがメインにしてた「商業広告」のお仕事なんてぜんぜんできないし、「成人式のヘアメーク」すらできない状況が続いてて、タマに知り合いの紹介とかで美容師のバイトをする程度だった。でも、去年の秋ごろから生活も落ち着いて来たので、単発で本来のお仕事を受けるようにし始め、ジョジョに奇妙に本職の本数が増えて来た。
とは言っても、メインは「ブライダル」で、ようするに結婚式の新婦さんのヘアメークなんだけど、「ブライダル」に関しては、それなりに実績もあるし、かれこれ20年もやって来てるので、オリジナルのパターンもたくさん持ってる。もちろん、東日本大震災より前に契約してた東京のホテルの式場などと比べたらギャラは雲泥の差だけど、それでも本職で収入が得られることは何よりも嬉しい。
で、かれこれ20年も「ブライダル」の現場に関わって来たあたしは、一般の人よりは結婚式の場数を踏んでる。「ブライダル」のヘアメークは、新婦さんのヘアメークを作ったら終わりってワケじゃなくて、お色直しや化粧直しなどのために、式が終わるまで常に控えてなきゃならないから、結局、あたしとは無関係の男女の結婚式の様子を、陰からすべて見守ってることになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、これまでに一度も誰かの結婚式に出席したことがない人って少ないと思うけど、逆に、あたしみたいにブライダル関係のお仕事をしてないのに、50回も100回も結婚式に出席したことがある人もメッタにいないと思う。年齢にもよるけど、あたしと同じアラフォーなら、友人や同僚などの結婚式に出席した回数は、平均で約20回と言われてる。
あたしも、自分の友人や同僚の結婚式なら、それくらいの回数だけど、お仕事として結婚式の現場に居合わせた回数になると、数百回になる。もちろん、出席者じゃないから、テーブル席についてお式の一部始終を観てるワケじゃないけど、隣りの控室でスタンバッてるから、お式の音声や音楽はすべて筒抜けだ。
だから、あたしは、新郎や新婦の友人や関係者のスピーチの時間になり、新郎の会社の上司とかが「3つの袋」の話を始めると、「ああ~」って気分になる。「3つの坂」の話も、「50×50」の話も、耳にタコができるほど聞かされてるので、新婦の同僚の女子たちによる「てんとう虫のサンバ」と同じくらいウンザリする。
ちなみに、この「3つの袋」の話というのは、あたしが生まれる前から結婚式のスピーチの定番なので、今ではいろんなバージョンがある。もともとは「給料袋」「堪忍袋」「お袋」の3つで、結婚したらダンナさんは一生懸命に働いて「給料袋」を持って帰って来ることが大切だけど、時には自分が悪くないと思っても怒らずに我慢する「堪忍袋」も大切で‥‥と続き、最後に「お袋」を挙げて親孝行の大切さをアピールすると、その場に出席している新郎と新婦のお母さんが涙ぐむ‥‥っていうお約束のアレだ。
そして、この半世紀の間に、この定番のスピーチは形を変え、「胃袋」なんてのがプラスされるようになった。ようするに、奥さんは美味しい手料理でダンナさんの「胃袋」を掴むことが大切だって流れで、もともとの3つの袋を1つ減らして「胃袋」と入れ替えるパターンもあるし、もともとの3つの袋を説明したあとで、「もう1つ、4つめの大切な袋があるのです」なんて言って「胃袋」を持ち出すパターンもある。
さらには、「金玉袋」を織り込むパターンもある。もちろん、これは、気心の知れた仲間内だけのお式に限られるけど、3つの袋の3番目に織り込むにしても、3つの袋を説明したあとに4つめとして登場させるにしても、ようするに「オチ」ってワケだ。仮にも結婚式としいうおめでたい席で、スピーチをしていた男性の口から、突然、「金玉袋」などという単語が飛び出すワケだから、初めて聞いた人たちはみんなギョッとする。
でも、そのすぐあとに、「新郎の何々君、新婦の何々さん、この大切な4つめの袋を使って、ぜひ子宝に恵まれますように!」なんてふうにシメれば、会場は拍手喝采になる。特に下ネタが好きなオジサンたちは、自分が呼ばれた次の結婚式で、このフレーズを使うようになる。そして、この悪しき日本の伝統芸は、どんどん広がって行ったのだ。
‥‥そんなワケで、「3つの坂」というのは、小泉純一郎の国会答弁でもお馴染みだけど、「人生には3つの坂がある。上り坂、下り坂、そして、まさかだ」というもの。でも、「上り坂」って上から見たら「下り坂」なんだから、「上り坂」と「下り坂」は同じ坂なんだよね。ま、別にいいけど。
それから、「50×50」の話というのは、これもあたしはウンザリしちゃうんだけど、人生の教訓めいた理屈をドヤ顔で語りたいオッサンが多用するスピーチだ。ザックリ言うと、「50×50は2500になる。これを夫婦に喩えると、ダンナさんと奥さんが50ずつ努力して、2500の愛情を生み出している状態だ。でも、これが49×51になると2499になり、48×52になると2496になってしまう。つまり、2人の合計は同じ100でも、その努力がどちらかに一方に偏り始めると、2人の生み出す愛情はどんどん小さくなってしまうのだ」っていうもの。
この話を初めて聞いた人は「ほほう」って思うだろうけど、あたしみたいに何十回も聞かされてると、一代で土建屋を築いたワンマン社長が、カラオケのシメで自己陶酔しながら必ず歌う「マイウェイ」を聴かされてるのと同じくらいウンザリしちゃう。
‥‥そんなワケで、これらの「3つの袋」や「3つの坂」のスピーチは、もはや「定番」と言うよりも「ウンザリ」の代名詞であって、結婚式の出席者のみならず、新郎新婦にとっても苦痛でしかない。そこで、普通の人よりは遥かに結婚式の場数を踏んでるあたしが、最近、聞いたスピーチの中で、ちょっと面白かったものをご紹介しちゃおう。
せっかくなので、ここでは「バナナマン」の日村勇紀さんと、元NHKの女子アナでセントフォース所属の神田愛花さんの結婚式を想定して、その結婚式に出席したあたしが、愛花さんの友人代表としてスピーチをする‥‥っていうタテマエでやらせていただきます。
「勇紀さん、愛花さん、本日はおめでとうございます。ご両家の皆様にも心よりお祝いを申し上げます。ただいまご紹介に預かりました、新婦愛花さんの友人、きっこと申します。本日はスピーチをということでしたので、結婚式のスピーチの定番である「3つの袋」や「3つの坂」の話ではなく、本日はお2人が幸せな結婚生活を続けて行くために最も大切な「3つの欲」の話をさせていただきます。結婚生活で何よりも大切な「欲」、それは「食欲」です。「食」はすべての基本ですから、味だけでなく、栄養のバランスも考えた食事を続けて行くことが重要ですが、愛花さんはお料理がとっても上手で栄養士の資格も持っていますので、この点はバッチリですね。それから、次に大切な「欲」は、「睡眠欲」です。新婚だからと言って、毎晩遅くまでラブラブしていると、寝不足でお仕事に支障が出てしまいます。そして、最後になりましたが、結婚生活において大切な3つめの「欲」は‥‥‥女性である私の口からは言いにくいのですが‥‥‥ええと‥‥‥それは‥‥‥、「海水浴」です!夏が来るたびに2人仲良く海水浴を楽しめるような、いくつになっても恋人時代の気持ちを忘れない、笑顔あふれるステキな家庭を築いてくださいね!勇紀さん、愛花さん、お幸せに!」
‥‥そんなワケで、これも「3つの袋」の「金玉袋バージョン」的ではあるけど、「性欲」を思わせるだけで実際には言ってないので、女性でも使えるパターンだ。オヤジギャグと言えばオヤジギャグだけど、結婚式のスピーチというもの自体が「多少はオヤジギャグ風味でも許される」という前提なので、けっこう使えると思う。特に、「3つの袋」の話にウンザリしてる人たちには、そこそこウケると思う‥‥なんて思ってたら、ゆうべのNACK5「松山三四六 NUTS5」で、三四六さんがこのネタを紹介してた。
この番組は、某結婚式場がスポンサーなので、結婚式に絡めた話題もタマに取り上げられるんだけど、ゆうべはリスナーからの「友人の結婚式でスピーチを頼まれて困っている」というメールに対して、三四六さんがスピーチの例として「3つの欲」の話を紹介した。三四六さんの話は、あたしが知ってたものよりも完成度が高くて、最初の「食欲」のとこでは「『食』という字は『人が良い』と書きますから」なんていう金八先生みたいな小ネタも散りばめてあった。
あたしが初めてこのスピーチを聞いたのは、たしか2年くらい前だったので、もしかしたら、今日までの間に少しずつ尾ヒレが付きながら進化して来たのかもしれない。それどころか、あたしの知らない別のバージョンが存在するかもしれない。元祖の「3つの袋」の話だって、いろんなバージョンが生まれちゃって、今やオリジナルがどれなのか分からないほどなんだから。
‥‥そんなワケで、受験生に対して「落ちる」とか「滑る」とか言うのがタブーなのと同じで、結婚式のスピーチでは、「別れる」「切れる」「離れる」「壊れる」などの「忌み言葉」がタブーだ。これは誰でも知ってると思うけど、意外と知られてなかったり、知っててもウッカリと使っちゃうのが「重ね言葉」だ。たとえば、「再び」「再三」「次々」「重ねて」「重ね重ね」「ますます」「くれぐれ」「いよいよ」「しばしば」などだ。
これは、「再婚」をイメージさせるためにタブーになってるんだけど、「ますますのご発展を」とか「いよいよ門出ですね」なんて、ついウッカリと使っちゃう人もいる。だから、スピーチの原稿を書いたら、「忌み言葉」だけでなく、この「重ね言葉」も念入りにチェキしなきゃならない。さっきのあたしのスピーチの例文には、1カ所だけ「ラブラブ」ってのを使ってるけど、これはセーフだと思う。
他にも、結婚式のスピーチでは、「他人の悪口」、特に新郎や新婦の悪口は絶対にタブーだけど、学生時代からの悪友なんかがスピーチをすると、学生時代の新郎の失敗談を面白おかしく織り込んじゃう人もいる。また、「下ネタ」も基本的にはタブーだけど、ホントに内々だけのカジュアルなお式だったりすると、最初に挙げた「金玉袋」が登場しちゃったりすることもある。
ようするに、「程度の問題」ってワケで、その場にいる人たちが誰1人として不快にならずに、逆に喜んでくれるような内容であれば、多少はカジュアルな内容になっても問題ない。それよりも、1人でいつまでもダラダラと話し続けてるオジサン、それも新郎新婦と関係ない自分の自慢話を延々と話してるようなオジサンとかが一番迷惑がられる。
スピーチの時間は、3分から、長くても5分まで、これが基本で、5分を超えると、どんなにイイ話でも聞いてるほうは辛くなって来る。YOU TUBEに自作の動画をアップしてお小遣いを稼いでるユーチューバーたちも、特別の作品以外の通常の作品は、大半が5分前後に編集してある。これも、時間が長くなると観てくれる人の数がガクッと少なくなるからだ。
‥‥そんなワケで、結婚式の最中に、隣りの控室で待機してると、とんでもないスピーチに驚かされたり、酷い替え歌に呆れたりすることもあるけど、いつも最後には、新婦さんからご両親への手紙の朗読でウルウルしちゃう。さすがにあたしはプロだから、もう泣くことはメッタにないけど、それでも、過去には思わずもらい泣きしちゃったことも何度かある。そして、友人のスピーチは、やっぱり普通のものが何よりも好感が持てる。何百人ものスピーチを聞いて来たあたしの実感としては、ウケを狙ったものは大半が滑ってるから、ヘタにウケなど狙わずに、新郎や新婦との出会いや楽しかった思い出などを織り込んで、普通にお祝いの言葉を述べただけのシンプルで簡潔なスピーチが、一番喜ばれると感じてる今日この頃なのだ。
| 固定リンク