キッコ昆虫記
数日前の深夜のこと、節電のために部屋の電気を消して真っ黒にして、テーブルの上のノートPCだけをつけて内職の原稿打ちをしてたら、あたしの左の耳に「ブーン!」という力強い羽音が聞こえ、次の瞬間、キーボードの上に数センチの黒っぽい楕円形の虫が着地した!てっきりアレだと思ったあたしは、悲鳴を飲み込みつつ反射的に立ち上がり、部屋の電気をつけ、棚の上のアースジェットを手にして、忍び足でノートPCの前に戻った。
そしたら、まだ逃げずにキーボードの上をモソモソと歩いてたのは、艶やかに光ったカナブンだった。立ち上がって電気をつけてアースジェットを持って戻ってくるまでの数秒間、あたしの脳みそはフル回転して、キーボードにアースジェットを噴射した場合の後始末のことまで考えてたので、この予想外の結末にホッとしすぎたあたしは、その場にヘナヘナと座り込んだ。そして、しばらくカナブンを観察したあと、ティッシュで包んでおトイレの小窓から外へ逃がした。
田舎での生活は虫との戦いだ。お風呂場の湿ったコンクリートの部分には高確率で大きなナメクジがいるし、外側の壁には頭が矢印みたいになった黒くて長いヤツがいる。ネットで調べたらクロコウガイビルと言うそうだ。そして、外に洗濯物を干してるとスズメバチやアシナガバチが襲ってくる。夜は網戸にモスラのような巨大な蛾がとまってたりする。ネットで調べたらヤママユガと言うそうだ。もちろん、お家の中にも出る。脚を広げると手のひらくらいある巨大なクモだ。他にも数えきれないほどの数と種類の虫たちが次々と襲ってくる今日この頃、ユパ様、ここは腐海なのですか?
‥‥そんなワケで、あたしは虫が全般的に苦手なんだけど、苦手な中でも特に気をつけてるのが「実害のある虫たち」だ。まず、何よりもスズメバチ、これは一度でも刺されたら大変なことになるし、一度でも刺されたら約10%の人はハチ毒に対する抗体ができてしまうので、二度目に刺されるとアナフィラキシーショックが起こり、最悪の場合は死んでしまう。
そして、次がムカデだ。これはタマにしか見かけないけど、どこから入り込んでくるのが、お家の中に出ることが多いし、刺されたら地獄の痛みだそうだし、これもスズメバチと同じで、二度目にはアナフィラキシーショックが起こるそうだ。だから我が家には、ムカデ専用の殺虫剤と薬だけでなく、スズメバチやムカデに刺された時に毒を吸い出すための「ポイズン・リムーバー」も常備してる。アマゾンの通販で買ったんだけど、1000円くらいだった。
スズメバチやムカデなど、刺されたら大変なことになる危険な虫と比べたら、ただ痒くなるだけの蚊や、見た目が気持ち悪いだけのナメクジなんて大したことないし、お家の中に出る巨大なクモは、ネットで調べたらアシダカグモと言って、ゴキブリを捕まえて食べてくれる益虫だということが分かったので、それからは見つけても外に逃がしたりせず、「ご苦労さん!」と声を掛けるだけにしてる。
‥‥そんなワケで、どんな種類の虫が出ても大騒ぎしてた以前のあたしと比べたら、最近はずいぶん鍛えられたと思うけど、それでも、ゴキブリには恐怖を感じるし、ナメクジやヒルや蛾は気持ち悪いし、スズメバチやムカデは恐くてたまらない。しばらく前のこと、夜中に部屋の隅で「カサカサ」と音がするから、思いっきりビビりながら電気をつけて見に行ったら、昼間のうちにどこからか侵入したのか、大きなスズメバチがひっくり返って、文字通り「虫の息」になってた。まだ完全には死んでなくて、時々、羽や脚を動かすので、それで「カサカサ」と音がしてたのだ。
それで、あたしは、台所に行って使用済みの割り箸を取ってきて、それでつまんで外に逃がそうと思った。スズメバチは恐いけど、死にかけててほとんど動かないなら話は別だ。あたしは、慎重に割り箸の先を近づけて、スズメバチの胴体の真ん中をシッカリとつまんだ、その瞬間!
「ビーーーーーッ!!」
スズメバチは、それまで「虫の息」だったとは思えないほどの全力で羽ばたき出した!あたしは卒倒しそうなほど驚き、焦り、ビビりまくり、絶対に離さないように割り箸にうんと力を入れて、一番近くの窓までダッシュして、窓を開けてスズメバチを割り箸ごと投げ捨てて窓を閉めた!もう、マジで死ぬかと思った!
よく、玄関の前とかでセミが裏返しになって死んでて、ホウキとチリトリで片づけようとした瞬間に「ビーーーーーッ!!」って暴れ出して、尻餅をつくほど驚かされることがあるけど、アレのスズメバチ・バージョンだ。セミの場合は驚かされるだけだけど、スズメバチの場合は刺されたら大変なことになるから、あたしはホントに生きた心地がしなかった。
スズメバチに関しては、1カ月くらい前に大変な目に遭ってるから、あたしは神経質すぎるくらい神経質になってるのだ。家の裏の木にヤブカラシが巻きついてて、タマに軍手をしてメリメリと引きちぎったりしてたんだけど、そのヤブカラシが、とうとう家の裏手の雨どいにまで蔓を伸ばしてきた。雨どいで集めた雨を下まで流すための縦のパイプに、ヤブカラシが巻きついてたのだ。
それで、あたしは、ハサミで根を切ってから、軍手をした両手で蔓を持ってメリメリと引き剥がしてたら、ものすごい羽音とともに、頭の真上からスズメバチが襲い掛かってきたのだ!どうやら、家の壁とパイプの間に巣を作ってたみたいで、あたしがヤブカラシを引っぱったことで、スズメバチの巣まで引き剥がしちゃったのだ!
ちゃんと数える余裕なんかなかったけど、少なくとも10匹以上のスズメバチに襲われたあたしは、悲鳴を上げながら両腕をブンブンと振り回して、全力疾走でお家に飛び込み、玄関のドアを閉めて、家中の窓を閉めてジッとしてた。そして翌日、ものすごく暑い日だったけど、あたしは長袖のブルゾンを着て、フルフェイスのヘルメットをかぶって、左手にアースジェット、右手に補虫網を持って、スズメバチの巣の様子を見に行った。そしたら、作り始めたばかりの小さな巣がヤブカラシと一緒に落ちてたので、取りあえずホッとした。
‥‥そんなワケで、スズメバチやムカデはマジで恐ろしい虫だけど、こうした直接的な被害がなくても、とっても迷惑な虫がいる。それが、家の中にまで入ってくる小さい蛾だ。ちゃんと網戸を閉めてるし、網戸に穴は開いてないし、網戸と戸の隙間も開いてないのに、いったいどこから侵入してるのか?居間のテーブルの真上の輪っかの形の蛍光灯を見上げると、そこに小さな蛾が飛んでる。飛んでない日もあるけど、2匹とか3匹とか飛んでる日もある。
蛾そのものは、人間を刺したりするワケじゃないから、スズメバチやムカデのように直接的な被害はないけど、毎日の食事をするテーブルの真上を飛び回ってると、ナニゲに鱗粉が降ってきて食べ物に入りそうで気分が悪い。それでも、母さんと夕食を食べる時には、前もって外に追い出してるからいいんだけど、問題なのはあたしが晩酌してる時だ。
夜、遅くなり、母さんが部屋へ行って寝床に入り、あたしが居間のテーブルで晩酌を始めると、また蛍光灯のまわりを蛾が飛んでるのだ。だけど、これからバタバタと動き回って蛾を外に出すのは大変だから、「ま、いっか」ってことで、そのまま晩酌を続けることになる。テーブルの上のノートPCからは、延長したナイター中継や観ようと思ってたアニメや映画が流れてる。
1本目の「のどごし生」を飲み終えたあたしは、空き缶とグラスを持ってお台所へ行き、グラスを洗って氷を入れ、冷蔵庫から宝酒造の缶チューハイ「焼酎ハイボール」のシークァーサーを取り出してテーブルへ戻り、大きなグラスになみなみと注ぐ。そして、ポーズで止めておいたアニメや映画の続きを観ようと思ったんだけど、佳境のシーンでおトイレに行きたくなると嫌だから、今のうちに済ませておこうと思い、急いでおトイレに行く。
そして、ポーズを解除して、「さあ、続きを観ながら飲むぞ!」と思った瞬間、口に近づけたグラスをナニゲに見ると、なみなみと注がれた缶チューハイの水面に、何か変なものが浮かんでる。よく見ると、さっきまで頭上の蛍光灯のまわりを飛んでた蛾だ!
百歩ゆずって、3分の2以上を飲んだあとならともかく、なみなみと注いで、まだひと口も飲んでないのに、もう最悪!!蚊とかなら、浮いてる蚊を取り出してから飲めるけど、蛾は鱗粉が広がってそうで気持ち悪くて飲めないじゃん!ぜんぶ捨てるしかないじゃん!つーか、グラスの面積はテーブルの面積の何百分の1とかなのに、なんでわざわざそこに落ちるんだよ!あ゛――――――――っ!!
あたしは、この夏、これと同じことを2回も経験した。そして、晩酌をする時は、必ず飲み物にフタをすることにした。テーブルを離れてお台所やおトイレに行く時だけでなく、アニメや映画に夢中になって画面に食い入ってる時にも、パッとフタをするクセがついた。これで、もう、蛾の被害は受けなくなったけど、あたしが不思議に思ったのは、蛾が飛び込んだのが2回とも「焼酎ハイボール」のシークァーサーだったということだ。毎晩、飲むお酒の種類は違うのに、どうして「焼酎ハイボール」のシークァーサーの時ばかり、蛾が飛び込むんだろう。
‥‥そんなワケで、せっかくだからネットで調べてみたら、面白いことが分かった。蛾の中には口がなくて、幼虫の時に蓄えた栄養だけで生涯を過ごす種類もいるけど、蛾でも種類によっては口があって、蝶のように花の蜜や樹液などを吸って生きてる種類もいるそうだ。だから、家に侵入してきた蛾がこの種類だったとしたら、蛍光灯に当たって落下した場所が偶然にグラスだったのではなく、シークァーサーの香りに誘われて飛び込んでしまったということも考えられる。もちろん、たった2例だけで判断することはできないけど、他の種類のお酒には一度も飛び込んだことがないのに、「焼酎ハイボール」のシークァーサーにだけ2回も飛び込むなんて、柑橘系の香りに誘われてしまったか、もしくは蛾の世界で「集団的自衛権」が発令されたのか、どちらにしても1つしかない大切な命を無駄にしてしまったのだと思った今日この頃なのだ。
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