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2016.04.10

きっこの納豆物語

あたしは納豆が大好きなんだけど、ずいぶん前から世の中は「小つぶ納豆」が主流になってて、あたしの好きな「古き佳き大つぶ納豆」は選択肢が少ない。あたしがよく行くスーパーの納豆コーナーには、いつも10種類くらいの納豆が並んでるんだけど、そのうち7種類は「小つぶ納豆」、1種類は「ひき割り納豆」で、あたしの好きな「大つぶ納豆」は2種類しかない。

それも、1つは高級品で150円以上もするから、あたしが買うのはもう1つの北海道産大豆の「大つぶ納豆」だ。これにしても、2パックで100円なので、ちょっと高い。だって、「小つぶ納豆」なら通常でも3パック100円だし、タマの安売りの時は68円とかになるけど、「大つぶ納豆」は需要が少ないからなのか、安売りした試しがない。

だけど、あまり売れないことが幸いして、たいていは手前の1個か2個に「3割引き」のシールが貼ってある。これは、賞味期限が翌日とかのやつだ。そして、賞味期限がその日までになると、一気に「5割引き」のシールが貼られる。あたしの狙いはコレで、北海道産の「大つぶ納豆」が半額になってるのを見つけたら、あるだけ買う。とは言っても、多くて4個くらいだけど、2パックで100円のものが50円になってるのだから、1食ぶんは25円、そうとうお得だ。

そして、半額の納豆をあるだけ買ってきたら、そのまま冷凍庫に入れておく。こうすれば、賞味期限なんてほとんど気にする必要がないからだ。もちろん、半額の納豆を買ってきた時に、まだ以前に買った納豆が冷凍庫に残っていれば、今日買ってきたほうを奥に入れて、前に買ったものを手前にして、古いものから食べるようにしてる。

で、翌朝に納豆を食べようと思ったら、食べるぶんだけ冷凍庫から冷蔵庫へ移動しておく。こうすると、翌朝には解凍されてて、そのまま混ぜて食べることができる。だからあたしは、毎日、晩ご飯の時に母さんに「明日の朝、納豆食べる?」と聞き、母さんが「食べる」と言ったら自分のぶんと2パック、「食べない」と言ったら自分のぶんだけ1パック、冷凍庫から冷蔵庫に移動することにしてる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、納豆の利点と言えば、「おいしい」とか「リーズナブル」とか「栄養価が高い」とかいろいろあるけど、賞味期限ギリギリのものでも、こんなふうにパックのまま冷凍しておけるということが挙げられる。そして、もう1つの利点は、火を使わないで、そのまま混ぜるだけで食べられるということだ。

最近は、いろんな納豆レシピがあって、玉子焼きに混ぜてみたり、チャーハンに混ぜてみたり、パスタに使ってみたりと、火を使う料理も多いけど、基本的には、温かいご飯さえあれば、火を使わずに1品のおかずになる。これは、ものすごいエコだと思う。

あたしは、納豆は大好きだけど、納豆に火を通したものは、あまり好きじゃない。玉子焼きやチャーハンに入れるのも、お味噌汁に納豆を入れた納豆汁とかも、あんまり好きじゃない。それよりも、やっぱり普通に炊き立てのご飯に乗せて食べるのが好きだ。だから、ベースは付属のタレとからしと刻んだ長ネギだけど、付属のからしだけだと足りないから、チューブの和がらしを少し足したり、時にはラー油を使ってみたり、長ネギの代わりにザーサイのミジン切りを混ぜてからゴマ油を垂らしてみたりと、いろいろと楽しんでる。

だけど、もともと納豆は、今みたいにご飯に乗せて食べるよりも、納豆汁にして食べる、つまり、お汁の具材として使われるほうがポピュラーだったみたいだ。たとえば、戦国時代から安土桃山時代にかけての1500年代に活躍した千利休は、門弟たちが記録し続けた茶会記を見ると、茶会の料理として「鯛のお刺身、ご飯、納豆汁」とか「鮭の焼きもの、ご飯、納豆汁」とか、何度も「納豆汁」を献立に加えてるけど、納豆そのものをご飯に乗せて食べるような献立は一度も登場しない。

そして、江戸時代の俳諧でも、「納豆汁」はよく登場するけど、ご飯に乗せる納豆はほとんど目にしない。たとえば、こんな句がある。


 朝霜や室の揚屋の納豆汁 与謝蕪村

この句は、蕪村が瀬戸内の室津の遊郭で遊女と一晩遊んだ翌朝、朝霜が降るほど寒い中、供された納豆汁を遊女と飲んで温まってる様子を詠んだものだ。ちなみに、納豆は「室」で寝かせて発酵されるので、この句の「室」は、「室津」という場所と納豆の「室」とにカケてあるワケだ。


 入道のよゝとまいりぬ納豆汁 与謝蕪村

この句は、身分の高い入道様が、身を乗り出して納豆汁を飲みほした様子を、いかにも美味しそうに詠んでいる。


 砧尽きて又の寝覚や納豆汁 榎本其角

砧(きぬた)というのは、今で言うアイロンのようなもの。夜なべしてアイロンがけがようやく終わり、少し寝たら、もう朝ご飯の時間なので、さっそく納豆汁を用意した、という意味。


 膳の時はづす遊女や納豆汁 炭太祇

これも最初の蕪村の句と似ているけど、こちらは遊興の翌朝、納豆汁を供した遊女が気を利かせて席を外した様子を詠んでいる。


 納豆切る音しばし待て鉢叩 松尾芭蕉

 納豆するとぎれやみねの雪起 内藤丈草

この2句は、「納豆汁」とは言っていないけど、芭蕉はまな板で納豆を切っているし、丈草は擂鉢で納豆を擂っているから、「納豆汁」を作っている様子ということになる。そして、芭蕉の句は年末に各家を回ってくる托鉢のお坊さんの「鉢叩(はちたたき)」、丈草の句は大雪が降る前に鳴り響く雷の「雪起(ゆきおこし)」が季語だ。

つまり、これらの句は、「納豆汁を作っている時に外で何かの音がした」ということになる。俳句の場合、「納豆汁」と言えば身体を温める意味から冬の季語とされているけど、「納豆」だけじゃ季語にならない。そのため、芭蕉や丈草の句には「鉢叩」や「雪起」などの季語が必要になったというワケだ。でも、「納豆汁」は通年食べるものだから、季語としては季感が弱い。だから、季語が「納豆汁」だけでも俳句としては成り立つんだけど、蕪村の1句目の「朝霜」、其角の句の「砧」のように、季感の強い季語と重ねるケースも多い。

だから、こうして「納豆汁」の句が多いのは、江戸時代の人たちが「納豆汁」を食べることが多かったというだけでなく、最短詩形である俳句の特性として、「納豆」を詠み込んだ上に別の季語まで取り合わせて音数をたくさん使ってしまうよりも、「納豆汁」の一語で季語としての意味合いも持たせてしまったほうが、音数としての自由度が増す、という事情もあったと思う。

ちなみに、江戸時代には、夜明けとともに納豆売りがやってきたんだけど、当時は、普通の納豆だけじゃなくて、細かく叩いた納豆と豆腐と青菜のセットとかも売り歩いていた。これは、お湯を注ぐだけで「納豆汁」ができる、今で言うインスタント味噌汁のようなものだった。だから、このセットを買えばそのまま「納豆汁」ができるし、普通の納豆を買った場合には、芭蕉や丈草の句のように、自分で包丁で叩いたり擂鉢で擂ったりして、「納豆汁」を作っていた。


‥‥そんなワケで、こんなにも歴史がある、と言うか、まさに納豆の食べ方の王道だったのが「納豆汁」だったワケだけど、それでも、あたしはあんまり好きじゃない。もちろん、出されれば喜んでいただくけど、自分で作ろうとは思わない。やっぱりあたしは、明治時代に入ってから本流になった食べ方、よく混ぜて、長ネギとからしをたっぷり入れて、炊き立てのご飯に乗せて食べるほうが好きだし、お味噌汁はお味噌汁で大根とかワカメとかのほうが好きだからだ。

だけど、そんなあたしでも、ご飯以外のものに納豆を使うことがある。それが、お蕎麦とお素麺だ。お蕎麦は、冷やしきつねや冷やしたぬきみたいに冷たいお蕎麦をお皿に盛って、よく冷やしたお汁を張って、そこにたっぷりの大根おろしを乗せて、その上によく混ぜた納豆を乗せて、大葉の千切りや焼き海苔を散らす「冷やし納豆おろし蕎麦」だ。

お素麺も、お蕎麦と同じように冷たいお汁を張って、こっちはよく混ぜた納豆とオクラの輪切りを散らす。あとは、おろし生姜、ミョウガ、大葉の千切り、白ゴマなど、その時にあった薬味を散らせば出来上がり。どちらも我が家の夏の定番メニューで、山芋や自然薯を使う「とろろ蕎麦」や「とろろ素麺」と同じくらい、よく作って食べてる。


‥‥そんなワケで、納豆と言えば、今から30年くらい前、日本人ドライバーとして初めてF1にフル参戦した中嶋悟さんの粘り強い走りのことを、実況の古舘伊知郎さんが「納豆走法」と呼んでいたことを思い出す。ま、これは有名な話だけど、ここからはちょっとマニアックな話で、そのうち古舘さんは、1台ずつ小刻みにパスして順位を上げて行く中嶋悟さんのことを「刻み納豆走法」と言い出したのだ。つまり、「納豆」の進化系が「刻み納豆」ということになる。だから、あたしも、今はご飯に乗せて食べる普通の納豆が好きだけど、もしかしたら、いつかは納豆を刻んで「納豆汁」にして食べるように進化するかもしれないと思った今日この頃なのだ♪(笑)


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