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2016.04.01

加納有沙アナ、文化放送を卒業

ラジオを聴かない人でも、あたしのこのブログを読んでる人なら、あたしが文化放送の加納有沙アナの大ファンだということを知ってると思う。あたしは彼女のことが大好きだし、あたしよりひとまわり以上も年下なので、馴れ馴れしく「有沙ちゃん」なんて呼んだり書いたりしちゃってるけど、あたしは、聴くたびに元気になれる有沙ちゃんの声が、トークが、キャラクターが、そして、千差万別のツッコミに対する絶妙な「返し」が大好きで、どんなに悲しいことや辛いことがあった日でも、有沙ちゃんの声を聴けば元気になれる。

有沙ちゃんは、3月現在で、月曜日の朝から昼の「くにまるジャパン」、月曜日の夜の「グッチ裕三 今夜はうまいぞぉ!」、火曜日の夜の「近藤真彦 くるくるマッチ箱」、土曜日の夜の「ビビる大木のBrat!Brat!」、日曜日の朝の「林家たい平 咲いて!まごころ 夢ごころ」、日曜日の夜の「キニナル」、レギュラーだけでもこんなにある。そして、この他にも、ニュースやスポットなどのアナウンサーとしての仕事もありつつ、「咲いて!まごころ 夢ごころ」や「キニナル」の取材であちこちを飛び回ってるんだから、常にフル回転の大活躍だ。

あたしは、有沙ちゃんの番組を1つとして聴き逃したくないから、ラジコ音源を週単位で録音できるソフトを使って、全番組を録音してる。自宅にいる時や、外にいてもラジオが聴ける状況の時には、もちろんリアルタイムでも聴いてるけど、どうしても聴けない時には、ゆっくりできる日の夜に晩酌しながら、溜まってる番組をマトメて聴く、なんてこともある。

ちなみに、あたしは土曜日と日曜日がお仕事で、明けての月曜日がお休みってパターンが多いので、こないだの3月28日の月曜日もお休みで、リアルタイムで朝9時からの「くにまるジャパン」を聴くことができた。でも、いつもならワクワクしながら始まるのを待ってる月曜日の「くにまるジャパン」なのに、この日は、不安を抱えながら9時を待ってた。何でかって言うと、3月いっぱいで有沙ちゃんが文化放送をやめてしまうかもしれないと感じてた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、去年の12月、有沙ちゃんは個人的なブログを開設した。有沙ちゃんのファンとしては、これは嬉しい出来事だ。つまり、文化放送の公式ブログがあるのに、それとは別にプライベートのブログを開設するということは、公式では言えない裏話的なこととかを発信すると思ったからだ。だけど、そのプライベートなブログに書き込まれるエントリーは、文化放送の公式ブログとあまり変わらない内容で、ある意味、本家のブログが削除された時にログを残すためのミラーサイトのような雰囲気だった。それで、あたしは、急に不安になった。「もしかして有沙ちゃん、文化放送をやめる気なのかな?」と、ふと感じてしまったからだ。

でも、毎日のラジオから聴こえてくる有沙ちゃんの声は、いつもと変わらずに元気で明るいし、あたしは、自分の感じた不安のシッポを単なる思い過ごしだと思って、もう気にしないことにした。それなのに、この3月の下旬になると、月曜日の夜の「今夜はうまいぞぉ!」、火曜日の夜の「くるくるマッチ箱」と、連続して番組内で有沙ちゃんの降板が発表された。プロ野球のシーズンオフの番組だった「Brat!Brat!」のように、プロ野球が開幕したので番組自体が終わるというのなら特に心配はしないけど、4月以降も番組が継続するのに有沙ちゃんが降板するなんて、これは異常事態だ。

あたしの不安に、また火がついてしまった。でも、こんなこと有沙ちゃん本人に聞くワケにも行かないし、あたしは、「きっと4月から有沙ちゃんがメインの新番組がスタートするから、そのためにいくつかの番組を降板したんだ」と思うことにした。少々強引でもポジティブに考えて、自分の不安を消し去るという、あたしの得意の作戦だ。

それなのに、嗚呼それなのに、それなのに‥‥3月27日の日曜日の「咲いて!まごころ 夢ごころ」では、パーソナリティーの林家たい平さんが、あんなこともあった、こんなこともあったと、有沙ちゃんとの3年間を細かく振り返り、有沙ちゃんのことを何度も絶賛して、まるでこれが今生の別れのように最終回を惜しんでた。そして、それに対する有沙ちゃんも、「私はラジオが大好きなので、これからもラジオを中心にやって行きたいと思います!」って、ええっ!?

ラジオ局のアナウンサーなのに、「これからもラジオを中心にやって行きたい」って、これ、完全に「文化放送やめます宣言」じゃん!「フリー宣言」じゃん!あたしは、ラジコを聴いてた小型スピーカーの前でフリーズしちゃった。だけど、有沙ちゃんの口からハッキリと聞くまでは、こんなこと絶対に信じたくないあたしは、これを「幻聴」だと思い込むことにした。そして、この日の夜の「キニナル」を待った。

そしたら、「キニナル」でも、パーソナリティーの岡田眞善さんが、これまた有沙ちゃんに対して、たい平さんと同じように、これまでの有沙ちゃんとの思い出を語り出して、有沙ちゃんも明るく振る舞いつつも感慨深い感じで話してる。はぁ?何でみんなこんなに、まるで有沙ちゃんが番組だけじゃなくて文化放送までやめちゃうようなフレーバーなワケ?

もう分かったよ‥‥もういいよ‥‥。あたしは、「キニナル」を聴きながら、涙が止まらなくなった‥‥。

文化放送のベビーリスナーたちの間では、すでに「有沙ちゃんは28日の「くにまるジャパン」で発表するだろう」という噂が駆け巡ってたし、あたしもウスウスそう感じてた。だけど、大好きな有沙ちゃんのラジオが聴けなくなるなんて絶対に信じたくないから、あたしは、こんだけ布石を打たれまくっても、頑なに信じないようにしてた。でも、「キニナル」を聴きながら涙が止まらなくなったあたしは、もう自分の感覚に素直になることにして、覚悟を決めて、翌朝の「くにまるジャパン」を待つことにした。不安で胸をいっぱいにしながら‥‥。


‥‥そんなワケで、すでに皆さんご存知のように、有沙ちゃん、いや、加納有沙アナは、3月28日の「くにまるジャパン」で、3年間つとめた文化放送を退社することを発表した。あたしの不安は的中したワケで、この時ほど、「いつもの競馬予想のように外れてほしい!」と思ったことはなかった。でも、2つだけ、あたしの予想が外れたことがあった。

あたしは、有沙ちゃんほど多くの番組で活躍してて、こんなにも多くのリスナーから愛されてるアナウンサーは局の宝だと思ってたから、局側が手放すなんてことなんて考えられなくて、あくまでも有沙ちゃんのほうがフリーになりたいと望んでの卒業だと思ってたのだ。だけど、実際には、有沙ちゃんはまだまだ文化放送で働きたかったのに、契約社員としての期間が3月末で終わり、契約更新されなかったための退社だと言う。

それから、もう1つは嬉しいことだけど、月曜日の「くにまるジャパン」には、とりあえず残れることになったそうだ。月曜日から金曜日までの「くにまるジャパン」の野村邦丸さんのパートナーは、基本的には文化放送の女子アナが曜日別につとめることになってるけど、以前の久保純子さんのように特例もあるから、今回も、文化放送の女子アナじゃなくなった有沙ちゃんを、「天才タレント」(笑)という肩書きで、このまま継続してくれるそうだ。


‥‥そんなワケで、このまま書き続けると、どうしても局に対する愚痴とか批判ぽくなっちゃいそうなので、ここからは、有沙ちゃんへの感謝を込めて、これまで3年間の有沙ちゃんが担当した番組の中で、特にあたしの思い出に残ってるものを書いてみたいと思う。

番組単位で言えば、やっぱり何と言っても日曜日の朝の「林家たい平 咲いて!まごころ 夢ごころ」だろう。朝7時からの30分番組だったけど、あまりにも面白くて、あたしにとっての最高の楽しみだった。あたしは、日曜日は、だいたい5時には起きて、PCを立ち上げてラジコをつけて、お布団の中で「朝の小鳥」を聴き、半分寝ながらキリスト教とか仏教とかの宗教番組を聴き、そのうちに志の輔師匠の「落語でデート」が始まるので、これを聴きながらお布団の上にムックリと起き上がり、「落語でデート」が終わるころに電気ポットでコーヒーを淹れて、次の「咲いて!まごころ 夢ごころ」に備える‥‥というのが日曜日の朝のパターンだった。

そしたら、日曜日の朝7時から、あたしがあんまりゲラゲラと笑ってるもんだから、そのうち母さんも起きてきて一緒に聴くようになり、母さんも有沙ちゃんの大ファンになった。この番組では、有沙ちゃんが1人で伊豆大島へ取材に行ったんだけど、その時、「島島(しましま)弁当」を紹介した。船の形の可愛い箱に入った「べっこう寿司」で、メダイの身を唐辛子醤油にヅケにしたもので握ってある。

これが、めっちゃ美味しかったそうで、スタジオのたい平さんも食べたがってた。そんな「べっこう寿司」が、その後、伊豆大島へ渡る東海汽船の竹芝桟橋のターミナル内でも食べられるようになった。「鼈甲鮨(べっこうずし)」というお店がオープンしたのだ。で、このお店は有沙ちゃんが取材したんだけど、スタジオには東海汽船の人が「べっこう寿司」の入った「島島弁当」をお土産に持ってきてくれて、ようやく、たい平さんも食べることができた。たい平さんは、「べっこう寿司」の美味しさに、悶絶するほど感激してた。

で、こんな壮大な前フリがあったあとの去年12月6日、たい平のさんの51回目のお誕生日に、スタジオで有沙ちゃんがプレゼントしたのが、手作りの「べっこう寿司」だったのだ。有沙ちゃんは、ブリのお刺身の切り身を唐辛子醤油に一晩ヅケにして、酢飯を作り、可愛らしい握り寿司を作ってタッパーに詰めて、それぞれのお寿司の上に、ゴマや柚子や海苔で「祝 51」というデザインまでした手作りの「べっこう寿司」をプレゼントしたのだ。

フタを開けて見ただけで大感激のたい平さん、1つ食べてさらに大感激のたい平さん、そして、そんなたい平さんを見て、もっと喜んでる有沙ちゃん。この時のスタジオの様子は、こちらの「番組ブログ」で見られるので、有沙ちゃんの作った「べっこう寿司」、感激するたい平さん、それを見て「やった~!」って感じの有沙ちゃんの笑顔を、ぜひ見てほしい。

この時の放送を聴きながら、あたしは感動して泣いちゃったんだけど、母さんも一緒に泣いてて、「有沙ちゃんてホントにいい子だねえ‥‥」なんて言ってた。そして、あとからこの番組ブログを一緒に見て、また母さんは泣いてた。他にも、有沙ちゃんは、たい平さんの秩父の実家まで何度も足を運び、たい平さんのお母さまとも仲良くなって、こっちでも笑いと涙をたくさんプレゼントしてくれた。いつもは朝から爆笑させてくれる番組なのに、こうやって随所随所で泣かせてくれるのが、まさに落語みたいな番組だったと思う。

もちろん、たい平さんという素晴らしいパーソナリティーがいてこその番組だったけど、誤解を恐れずに言わせてもらえば、有沙ちゃんを超えられるパートナーは二度と現われないと思う‥‥なんて言ったあとに紹介するのもアレだけど、4月からは「林家たい平 たいあん吉日!おかしら付き♪」というタイトルに変わり、パートナーは文化放送の新人3人娘の中の1人、八木菜緒アナがつとめるそうだ。八木ちゃんには、最大の武器である「天然」と「噛み」を駆使して、新たなワールドを広げてほしいと思う。

ま、先のことはともかくとして、この3年間に有沙ちゃんが担当した番組の中で、特に思い出に残ってるものと言えば、これも最近だから印象に残ってる部分もあるけど、土曜日の夜の「ビビる大木のBrat!Brat!」の、去年12月15日の放送だ。この日は千葉県の「船橋」がテーマで、いつもなら有沙ちゃんは中継隊として現場を自転車で走り回ってるんだけど、いつもとは逆で、スタジオのビビる大木さんのパートナーの足立梨花ちゃんが現場に行ってて、その代わりに有沙ちゃんがスタジオのパートナーをつとめたのだ。

この時、前回の放送で、中継隊のやしろ優ちゃんが取材した「へびや黒田救命堂」で入手した強壮剤の「マカ・コブラ粒」を3つも飲んだ有沙ちゃんは、身体がカッカと熱くなってきて、放送開始から10分で「私のコブラが~!」と言いながら発情開始!ビビる大木さんによる四方八方からのツッコミを、まるでスペインのマタドールのように華麗にかわしながら、発情を加速させていく。わずか2週間前には、たい平さんへの手作りの「べっこう寿司」のプレゼントで、あたしだけじゃなく母さんまで感動で泣かせてくれた有沙ちゃんが、今はスタジオで「股間のコブラ」をいきり立たせて下ネタ解禁モードに突入!あたしは、お腹が痛くなるほど笑わせてもらった(笑)

この日、あたしは、番組が始まる午後6時には帰ってこられなかったから、留守録しておいてあとから聴いたんだけど、てっきり、いつものように有沙ちゃんは中継隊で、2時間のうちホンのわずかな出演時間しかないと思ってた。だから、それほど期待しないで聴き始めたので、有沙ちゃんがスタジオ担当と分かり、すごく嬉しかった。最初から最後まで丸々2時間も有沙ちゃんを堪能することができて、あたしにとっては「コブラ祭り」と言うよりも「有沙祭り」だった。

特に最高だったのが、有沙ちゃんのリクエストで掛けた中島美嘉さんの「雪の華」が、いつの間にか有沙ちゃんのボーカルに変わっているという流れ、これはホントに録音してて良かったと思った。文化放送の番組での有沙ちゃんの歌と言えば、「今夜はうまいぞぉ!」でのグッチ裕三さんとのデュエットも素晴らしかったけど、この時の「雪の華」は、その後のビビる大木さんとのやり取りも含めて、最高だと思った。

こんなふうに、これまで3年間の文化放送での有沙ちゃんの思い出を1つ1つあげていったらキリがない。この3月まで続けてた番組の他にも、「飛べ!サルバドール」の子ザルでは吉田照美さんの無理難題を柔軟にこなし、「ゴールデンラジオ」では大竹まことさんの痒いところに手が届く対応をし、「毎日がパラダイス」では高田純次さんと五分五分に渡り合い、「おしゃべり あいランド」では西田あいちゃんと楽しい女子会ノリを披露し、「就職戦士ブンナビ!」では真面目に就活をサポートし、その上、お正月の「箱根駅伝」のコース紹介までこなし、まさに八面六臂の大活躍だった。そして、これからも月曜日を担当していく「くにまるジャパン」では、邦丸さんから付けられた「尻毛の親分」や「ミス関東平野」を始めとしたアダ名の数々までサラリとネタにして、アッと言う間に「女くにまる」と呼ばれるまでになってしまった。


‥‥そんなワケで、昨日までの3年間に、数々の番組を担当し、様々なパーソナリティーと絶妙のコンビネーションを見せてくれた有沙ちゃん。プロ野球で言えば、どんなタイプのピッチャーがマウンドに立っても、そのピッチャーの力を最大に引き出すための最高のリードができるキャッチャー、それが有沙ちゃんだと思う。だから、あたしは、これからも有沙ちゃんのことを応援していくのは当然として、これからはラジオを聴くだけじゃなくて、4月からも有沙ちゃんが出演する月曜日の「くにまるジャパン」と水曜日の「飛べ!サルバドール」の突撃レディ(仮)のあとには、「今日の加納有沙ちゃんの放送は最高に楽しかったです!これからも加納有沙ちゃんを応援します!」というメールとハガキを文化放送にジャンジャン送り続け、リスナーの思いを局に伝えようと思った今日この頃なのだ!


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