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2016.04.12

ファンタスティック・プラネット

あたしは子どものころから読書が好きだったので、今でこそ長年の読書歴による経験値によって、作家名やタイトルや書評などで「あたしにとっての当たり外れ」が分かるようになり、自分の好きなタイプの作品を高確率で読めるようになったけど、まだまだ経験値も低く、それに反して好奇心が旺盛だった中学時代には、「恐いもの見たさ」的な意味もあり、あえて自分が苦手とするジャンルの作品も読みまくってた。

そんな中で、あたしが激しく衝撃を受けたのが、夢野久作の『ドグラマグラ』と、沼正三の『家畜人ヤプー』だった。どちらもすごく有名な作品だし、すでに多くの専門家やファンが書評や分析などを書き尽くしてるから、今さらあたしなんかが書いても意味はないと思うけど、便宜上、ザックリと紹介しておく。

まず、『ドグラマグラ』は、精神病院の独居室に閉じ込められている精神病患者の、妄想とも現実とも判別できない独り語りが、時空を超えて広がって行く不思議な作品だ。一度読んだだけじゃ意味の分からない部分も多いけど、長編なのでそうそう読み返すこともできず、中学時代のあたしにとっては、なかなか難易度の高い小説だった。でも、読んでいるうちに、100人のうち1人か2人が精神病だから「精神病患者は異常で、そうでない人たちは正常」という一般的な認識が生まれたのではないか?もしも100人のうち98人が精神病だったとしたら、今の認識で「正常」と判断される2人のほうが「異常」になってしまい、精神病院の独居に閉じ込められてしまうのではいか?‥‥という感覚になった。

そして、『家畜人ヤプー』は、SM小説、スカトロ小説にジャンル分けされる場合が多いけど、ストーリーだけを純粋に見れば、これはSF小説だ。で、今回は、この『家畜人ヤプー』について書きたいと思うんだけど、あたしが中学生の時に初めて読んで衝撃を受けたのは、沼正三の『家畜人ヤプー』じゃなくて、これを原作とした漫画、石ノ森章太郎の『家畜人ヤプー』だった。夏休みに母さんと2人で親戚の叔父さんの家に泊りに行った時に、叔父さんの書斎の本棚にあった漫画の『家畜人ヤプー』をたまたま手に取り、ちょっと読み始めたら、あまりの衝撃で全身に鳥肌が立ち、その日の夜、夢中で読んだことを覚えている。

それで、その後、あたしは図書館に行って、原作の沼正三の『家畜人ヤプー』を借りて来て、その夏休みに読んだんだけど、もう、死にそうなほどの衝撃を受けた。あたしが最初に読んだ石ノ森章太郎の漫画も、ものすごい衝撃だったけど、原作と比べたら、ずいぶん抑えて描かれていたことが分かった。原作には、漫画には登場しない「もっとグロいシーン」も多かったし、何よりも「活字によるリアリティー」と「異様な挿絵の数々」が漫画の比じゃなかった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、こんな有名な小説の説明をするのも気が引けるけど、これは、もともとは結婚を約束した恋人同士だった2人が、信じられないような事件に巻き込まれてしまい、ご主人様と奴隷という究極の主従関係になってしまうというSF小説でありSM小説だ。主人公の麟一郎には、ドイツ人のクララという婚約者がいる。その麟一郎がクララは、ドイツの山の中で未来から来たUFOと遭遇し、2人はそのUFOに乗せられて未来の地球へと連れて行かれる。ま、ここまではよくある話だけど、未来の地球では、アングロサクソン系の白人だけが「人間」であり、黒人は「奴隷」、そして、黄色人種である日本人(ヤプー)は「家畜」だったのだ。

「家畜」と言っても、現代の牛や豚のような「家畜」ではなく、あくまでも白人のご主人様たちを満足させるためのペットであり、そのためには、気軽に肉体改造手術をされてしまう。たとえば、現代のペットの犬のように、白人が連れて歩くペットにする場合には、日本人は両手両足を肘と膝で切断してしまう。そうすれば、四つ足で歩くしかないからだ。その上、文句を言われたらうるさいので、しゃべれないように舌も根元から切断してしまう。そして、首輪にリードを付けて連れて歩き、疲れたらイスの代わりに背中に座るのだ。

他にも、白人の女性を喜ばせるための性奴隷に改造されてしまった日本人や、ハンモックのようなベッドに改造されてしまった日本人など、いろいろな家畜人が登場する。ここまでの話を聞けば、多くの日本人は「とんでもない!」と思うだろうけど、現実世界では、あたしたち日本人を含んだ人類は、家畜を支配する側に立っている。牛や豚や鶏などを少しでも美味しい肉になるように品種改良したり、種類の違う犬を掛け合せて新種を作ったり、あたしの好きな競馬のサラブレッドだって、少しでも速く走る競走馬を作るために、日夜、いろいろな血統の掛け合せが行なわれている。それと同じことだ。

一度「家畜」の烙印を押されてしまったら、もう自分には何の選択肢もない。ご主人様の空腹や味覚を満たすために皮を剥がれてミンチにされても、四肢を切断されて犬のように連れ歩かれても、「家畜」には拒否権などない。だけど、いくら理屈では分かっていても、何よりもあたしが衝撃を受けたのは、肉便器「せっちん」だ。これは、日本人を改造して白人のための便器にするもので、まず、口の両端を切り開いて拡大して、両肩を癌化させて拡大して座りやすい便座型にして、舌を手術で伸ばす。つまり、日本人の顔の上に白人が座り、日本人の口の中に排便し、日本人はそれを飲み込み、その上、手術で伸ばされた舌で白人の肛門を舐めてキレイにするワケだ。


‥‥そんなワケで、この時点ですでに最悪なんだけど、ここで思い出してほしいのが、主人公は日本人の男性で、その婚約者はドイツ人の女性だということだ。ようするに、未来の地球に連れて行かれた2人は、男性のほうは日本人だったために改造手術をされて「家畜」にされてしまい、一方の女性のほうは白人だったために「その家畜を飼う側」になってしまうのだ。今まで、将来の幸せな結婚生活を夢見ていたカップルが、突然に巻き込まれた信じられない事件によって、人間と飼い犬のような主従関係になってしまうのだ。

大多数の人にとっては「おいおい!」の世界だけど、「女性に支配されて奴隷のように扱われたい」という願望を持っている男性にとっては、これほど興奮するシチュエーションはないだろう。残念ながら、あたしはSM系は苦手なので、こういうシチュエーションは自分がS側でもM側でも絶対に嫌だけど、純粋に「ちょっと風変わりな設定のSF小説」として読めば、残酷なシーン、屈辱的なシーン、グロいシーンなども、恐いもの見たさ的な感じ、両目を覆った手のひらの指と指の隙間から覗き見る的な感じで、それなりに楽しむことができる。


‥‥そんなワケで、SでもMでもないあたしにも、Sの人たちの精神的メカニズムは理解できる。人を虐めたり侮辱したりすることで、自分が優位に立って悦に入る人たちなんて、世の中にもたくさんいるし、ネット上にも溢れてるからだ。だけど、あたしにはまったく理解できないのが、Mの人たちの精神的メカニズムだ。人から虐められたり侮辱されたりすることが歓びだなんて、ぜんぜん理解できない。

でも、理解はできなくても推測することはできる。そして、あたしが推測したのは、「支配される快感」というものだ。あたしたち人類は、地球上の生態系の頂上に君臨している事実上の支配者だから、人類に天敵はいない。あえて言えば、自分たちと対立している民族や国が敵ということになるけど、それにしたって絶対的な主従関係ではないし、とにかく、人類を絶対的に支配している他の生命体は、地球上には存在しない。

そんな状況だからこそ、中には「絶対的な力を持つ者に支配されてみたい」という潜在意識を持った人たちが一定の割合で生まれ、その中でも、その潜在意識が自覚のレベルにまで達するほど強い一部の人たちが、SMプレイとかに性的興奮を感じるようになったんじゃないのか。だから、地球上に現実に人類よりも絶対的に強い力を持った生命体がいて、人類を家畜やペットのように扱っていたとしたら、あたしは、Sの人間は生まれても、Mの人間は生まれないように思う。

ま、これはあくまでもあたしの推測だから、実際はどうなのか分からないけど、人類が地球上の支配者であることに変わりはないから、小説や映画などのSF作品を創作する人たちが、こうしたSM願望を持っていても持っていなくても、「もしも人類よりも力を持った支配者が現われたら」という設定で作られたSF作品はたくさんある。人類より遥かに高い科学力を持った宇宙人が地球に攻めてくるというお馴染みのものを筆頭に、『猿の惑星』みたいに地球の中だけで人類と猿の立場が変わってしまうものもあるし、そのパターンは無限だ。

最近だと、漫画やアニメがヒットした『進撃の巨人』が記憶に新しい。この作品では、巨人たちが人間を支配してるワケじゃないけど、巨人たちは人間の天敵に位置づけられている。巨人たちは人間よりも知能が低いので、街の周囲に高い壁を造るという原始的かつ物理的な方法で、とりあえず人間は巨人たちの攻撃を防いでいる。巨人たちにとって、人間は単なるエサであって、それ以上でも以下でもない。だから、巨人たちは、人間を見つけたら捕まえて食べるだけで、人間を支配しようともペットにしようとも思わないし、それ以前に、そんなことを考えるほどの知能があるとは思えない。

でも、もしも、この『進撃の巨人』の巨人たちが、身体の大きさだけでなく、人間より高い知能や科学力まで手に入れたとしたら、どうなってしまうだろうか。人間が造った高い壁など簡単に攻略してしまうだろうし、捕まえた人間たちを片っ端から食べてしまうのではなく、牧場を造って人間を繁殖させるかもしれない。そして、人間を食料にするだけでなく、一部の人間をペットにするかもしれない。今の人間が、豚を食べるだけでなく、ペットにしているように。


‥‥そんなワケで、今回、あたしが紹介したいのは、GyaOで無料配信しているアニメ映画『ファンタスティック・プラネット』だ。今から40年以上も前の1973年の作品で、フランスとチェコスロヴァキアの合作なんだけど、奇妙で不気味な植物や動物が織りなす「懐かしくも未知の世界観」は、まるでサルバドール・ダリの絵画のようだ。そして、ここに登場するのが、人間より遥かに大きいだけでなく、人間より高い知能と科学力も持った巨人族なのだ。天敵がいないことをいいことに、地球の支配者を自認して奢り昂ぶり、私利私欲のために地球を汚し続け、この世の春を謳歌している現代の人間たちに、「もしも人間にも天敵がいたら」という世界を見せて、警鐘を鳴らしている一面もある作品だ。その上、「敵対する相手は徹底的に攻撃して排除する」という現代の人間同士の愚かで野蛮な行為についても、本当に高い精神性を持った支配者はこのように解決するのだという見本を見せてくれる素晴らしいエンディングが待っている。このアニメ映画『ファンタスティック・プラネット』は、4月21日までの無料配信なので、まだ観たことがない人はもちろん、以前に観たことがあっても忘れてしまっている人など、1人でも多くの人に観てほしいと思った今日この頃なのだ。


アニメ映画『ファンタスティック・プラネット』(4月21日までの無料配信)
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00569/v08578/v0828500000000528050/


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