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2016.09.23

猫の皿

自宅で猫を飼ってる人も、野良猫にごはんをあげてる人も、大半の人たちは、猫用に開発されたキャットフードをあげてると思う。キャットフードと言っても今はピンキリで、中には人間用の缶詰より高いものまであるけど、基本的には缶詰とドライフードに大別される。ドライフードは、通称「カリカリ」と呼ばれてて、これもピンキリだ。だけど、缶詰でもカリカリでも、値段の高いものでも安いものでも、ほとんどのキャットフードに共通してるのが、「猫が食べやすい大きさ」という点だ。

猫を飼ったことがある人なら分かると思うけど、出汁を取ったあとにニボシを5~6匹、お皿に乗せて猫の前に置くと、どうなるか。もちろん、猫は飛びついてニボシを食べるけど、どんな食べ方をするか。ニボシじゃなくて他のものでもいい。ナナメに切った魚肉ソーセージやチクワでもいいし、お金持ちならマグロのお刺身でもいい。こうしたものをお皿に乗せて猫の前に置くと、猫は、お皿の上で食べずに、1つをくわえて、お皿の外に引っ張り出して、床の上で食べるのだ。

魚肉ソーセージでも、チクワでも、マグロのお刺身でも、こっちはキレイなまま食べられるようにと思ってお皿に乗せてあげたのに、わざわざお皿から引っ張り出して、床の上で食べる。室内なら、まだいいけど、これが外だったりすると、土の上で食べたりする。だから、室内なら床が汚れちゃうし、外なら食べ物が汚れちゃう。でも、ほとんどの猫は、そういう食べ方をする。つまり、お皿がお皿としての意味をなしてないのだ。

これは、周りに他の猫がいなくても、常に「誰かに取られたくない」という本能が働くための行動だと思うけど、猫用に開発されたキャットフードの場合は、缶詰でもカリカリでも、ほとんどの猫はちゃんとお皿から食べる。それは、缶詰はフレーク状になってるし、カリカリは1粒が小さく作られてるし、お皿から引っ張り出して食べるようなサイズじゃないからだ。

試しに、ニボシや魚肉ソーセージやチクワを細かく刻んでから、お皿に乗せて、猫の前に置いてみると分かる。ひとくちで食べられないサイズだった時には、お皿から引っ張り出して床の上で食べてたのに、細かく刻んだら、同じものでもお皿から食べるようになる。その結果、猫もキレイな食べ物を食べられるし、床も汚れないからお掃除の手間も掛からなくなり、猫的にも人間的にも双方がハッピーになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしの感覚だと、「お皿」というのは平べったい食器だ。中には「スープ皿」や「カレー皿」のように、若干の深さがあるものもあるけど、基本的には平べったい食器の総称だと思ってる。一方、たっぷりとした深さのある食器は、「鉢(はち)」とか「お椀(わん)」だと思ってる。だから、ペットショップとかで猫や犬用に売られてるプラスティックの容器は、どちらかと言えば「鉢」や「お椀」の部類に入ると思う。

猫は食べ物をお皿から引っ張り出して食べることが多いから、やっぱり猫用の食器はそれなりの深さがあって、食べ物を引っ張り出しにくいように、そして、猫が食べやすいように、いい感じのカーブを描いたデザインになってる。間違っても、平べったいお皿の形をした猫用の食器などはない。そして、こうした猫用の食器は、「深めのお皿」と言うよりは「浅めの鉢」と言った感じがする。

だけど、『猫の皿』という落語の演目がある。ワリとポピュラーな演目なので知ってる人も多いと思うけど、ザックリと説明すると、江戸時代の古物商である「旗師(はたし)」の男が、仕入れのために地方を回っていた時、とある茶店の前で、とても高価な陶器でごはんを食べている猫を見つけた。近寄って見ると、絵高麗(えこうらい)の梅鉢で三百両はくだらない代物だった。こんなに高価な陶器を猫用の皿にしているなんて、きっとこの茶店の主人は価値を知らないのだろうと思い、男は、これを安く手に入れてやろうと思い立つ。そして、その猫を抱き上げて、こう言った。


「いや~、可愛い猫ですねえ」

「お客さん、その猫は毛が抜け代わるころなので、抱くと着物に猫の毛がつきますよ」

「かまわないよ、猫の毛ぐらいは。それにしても可愛い猫だねえ。うちにもこれに良く似た猫がいてねえ。でも、かわいそうに、死んじまったんだ」

「そうですか」

「女房もすっかり気を落としてるんだ」

「それはお気の毒に」

「じいさん、人助けだと思って、この猫を譲ってくれないか?」

「それはちょっと‥‥」

「タダとは言わないよ。そうだ、三両払おう」

「え?こんな猫に三両ですか?」

「三両で女房が元気になると思えば安いもんだ」

「分かりました。それならお譲りしましょう」

「良かった、良かった。そしたら、この猫の皿も貰って行くぜ。猫は食べ慣れた皿でないと飯を食わないと言うからな」

「それはできません」

「何でだよ?」

「お客さんはご存知ないかもしれませんが、その皿は絵高麗の梅鉢と申しましてな、どう安く見積もっても三百両はする皿で、我が家の家宝なのでございます」

「おい、じいさん!そんなに大切な皿を、どうして猫の皿にしてるんだよ!」

「この皿で猫に飯をやっていると、時々、猫が三両で売れるんでございますよ」

ギャフン!


‥‥そんなワケで、この演目は『猫の皿』で、旗師と店主のやり取りの中にも「皿」という言葉が何度も出てくるけど、問題の「猫の皿」は絵高麗の梅鉢で、さらに正確に言うと「絵高麗の梅鉢の茶碗」と言う。ちなみに、高麗茶碗というのは、李朝時代に朝鮮半島で作られた茶碗のことで、日本では茶道で好まれて使われたんだけど、後の研究で、この「絵高麗の梅鉢の茶碗」だけは朝鮮半島ではなく中国で作られたことが判明した。でも、昔からの呼び方を重んじて、今でも「絵高麗」と呼んでいる。

で、あたしとしては、『猫の皿』と言うタイトルなのに、そこに登場するのが「梅鉢」と言う「鉢」であり、さらには「梅鉢の茶碗」とまで言われてしまうと、「お皿」と「鉢」と「お椀」の違いが、ますます分からなくなってしまった。だけど、この『猫の皿』という演目が大好きで、特に五代目の古今亭志ん生の『猫の皿』が大好きなあたしは、いろんな噺家さんのバージョンを聴いてるうちに、面白いことを発見した。それは、内容は同じ演目なのに、この『猫の皿』、上方落語では『猫の茶碗』と言われていたのだ。だから、上方落語では、旗師と店主のやり取りも、「皿」じゃなくて「茶碗」と言っている。

他にも、同じ演目なのに、江戸落語と上方落語とでモノの呼び名が変わったりするケースは多々あるけど、この『猫の皿』と『猫の茶碗』は、とっても面白いと思った。猫にごはんを食べさせる食器の呼び名として、江戸では「食器の総称」としての「皿」という言葉を使っていて、大阪や京都では「ご飯を食べる食器」としての「茶碗」という言葉を使っていたことになる。つまり、江戸よりも大阪や京都のほうが「猫を家族の一員」的に扱っていたのかもしれない、というフレーバーが感じられたからだ。


‥‥そんなワケで、茶店の店先で、高価な陶器で猫にごはんをあげていると、欲に目がくらんだ旗師が釣れちゃうのが落語の『猫の皿』だけど、マンションのベランダで、骨董屋で買ってきた皿で猫にごはんをあげていると、隣りの部屋のイイ男が釣れちゃったのが川上弘美さんの『ニシノユキヒコの恋と冒険』(新潮文庫)だ。この小説は、自然に女性を惹きつけてしまう不思議な魅力を持った男性、ニシノユキヒコについて、彼と関わった女性たちの視点で描かれた作品で、この中の「しんしん」という章が、現代版「猫の皿」とも言える内容なのだ。

マンションの1階のベランダに野良猫が遊びにきたので、この部屋に住む40歳ほどの独身女性は、骨董屋で買ってきたのに使っていなかった茶色の厚手の皿で、ごはんをあげるようになった。すると、5年ほど前から隣りの部屋に住んでいたけど、通路で顔を合わせると会釈をする程度で、ほとんど会話もしたことがなかった35歳のニシノユキヒコが、外からベランダを見上げて「いいお皿ですね」と声を掛けてきた。そして、ニシノユキヒコも、猫のようにスルリと部屋に入り込むようになる‥‥というお話だ。

こちらのお皿は、「厚手の皿」と言っているし、「鮒(ふな)だか鯉だかが二三匹、皿の端っこを泳いでいる柄である」と書かれているので、あたしが「お皿」と言われて想像する平べったいもので、「鉢」や「お椀」ではないと思う。そして、この猫にあげていたのは「煮付けた鯵(あじ)」と書かれているから、きっと、細かく身をほぐしていたんだと思う。そうしないと、絶対にお皿から引っ張り出して食べているからだ。


‥‥そんなワケで、あたしが使ってる「猫の皿」は、もちろん高価な陶器じゃないし、骨董屋で買った厚手の皿でもない。スーパーでお魚を買った時のパック皿とか、カップ焼きそばの四角い容器とか、そういうのを溜めといて、洗って使ってる。あたしとしては、大きな容器にカリカリをドバッと入れてポンと置けば、そこに猫たちが集まってきて、輪になって仲良く食べてくれたら助かるんだけど、野良猫の社会は結構複雑で、猫同士に微妙な上下関係があるので、1匹に1つずつお皿が必要だからだ。まずはボス的な猫の前にカリカリを置き、ずっと離れた場所に子猫たちのカリカリを置き、最後に、ボス的な猫から見えない場所に、あたしが特に仲良くしてる猫たちのカリカリを置く。こうしないと、みんなが安心して食べられないのだ。でも、使ってるのがスーパーのパック皿やカップ焼きそばの容器なので、いつまで経っても、三両で猫を売ってくれという旗師も現れなければ、ニシノユキヒコみたいなイイ男も現れない今日この頃なのだ(笑)


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