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2016.11.26

きっこの「おでん論」

だんだん寒くなってきて、お鍋が恋しい季節になってきたと思ったのもトコノマ、野菜の高騰でオイソレとはお鍋が楽しめない。スーパーに行くと、4分の1にカットした白菜が250円、長ネギが2本で250円、春菊が1袋250円、シイタケが6個入ったパックが250円‥‥って、お野菜だけで1000円じゃん!これじゃあメインの魚介類とかが買えないじゃん!‥‥なんて思ってる人も多いと思う。

でも、おでんなら例年通りの予算で楽しめる。大根だけは例年より高くて1本200円とか250円とかしてるけど、スーパーが、その日の目玉商品として、1人1本限りで「大根98円」とかをやってる日を狙えば、他のおでんの具材は例年通りの値段だ。それでも、おでんの具材って、ごぼう巻やゲソ巻の4本入りが250円だったり、揚げボールが1袋200円だったりと、そこそこの値段なので、好きな具材をカタッパシからカゴに入れてたら大変な金額になっちゃう。

そこで、今日は、おでんを安上がりに楽しめる「きっこ方式」をご紹介しようと思う。ふだんの食事を「1食100円」の予算に設定して節約生活を続けてるあたしにとって、おでんは特別の贅沢メニューだけど、少しでも安上がりに楽しむために、あたしはスーパーに行くたびに具材のコーナーをチェキするようにしてる。そして、賞味期限がギリギリで半額シールの貼ってある具材を見つけたら、それを買って来て冷凍庫で凍らせておく。買うたびに具材をケータイのメモ機能にメモしておけば、あと何が足りないのかがすぐに分かる。

そして、すべての具材が揃ったら、いよいよ「今夜はおでんだよ♪」と母さんに報告する。単純な方式だけど、これなら半額でおでんを楽しむことができるのだ。ちなみに、スーパーは開店時間から1時間以内に行くと、おでんの具材に限らず、半額シールの貼ってある商品が手に入りやすい。遅い時間に行くと、すでに売れちゃってるからだ。そのスーパーで作ってるお弁当やお惣菜なら、夜の決まった時間に割引シールを貼るけど、それ以外の商品は開店時から割引シールが貼られてる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、全国にはいろんなおでんがあるけど、あたしは東京生まれ東京育ちなので、おでんと言えば東京のおでんだ。子どものころは、「スジ、ちくわぶ、玉子、大根、昆布」が、大好きな聖域5品目だったけど、今は、お肉とともに玉子を食べるのもやめたので、「スジ、ちくわぶ、大根、昆布」の4種類だけは絶対に揃えるようにしてる。

とにかく、あたしは、スジとちくわぶが大好物で、東京のおでんの具材としては定番中の定番だから、専門学校時代に関西から来た友達から「スジって牛スジのこと?」とか「ちくわぶって何?」と聞かれた時は、ホントに驚いた。そして、関西のおでんにはスジやちくわぶが入ってなくて、代わりに牛スジが入ってることを知ったのだ。

東京のおでんのスジは、牛スジじゃなくて、サメの軟骨を細かく刻んだものが入ってる白身魚の練り物のことで、コリコリしたサメの軟骨の食感がたまらない。最近はボール状になってるものが多いけど、あたしは、直径5センチくらい、長さ12センチくらいの大きいのを買って来て、好きな厚さに切って煮込むのが好きだ。1本250円くらいなので、半額シールが貼ってあるのしか買ったことないけど(笑)

それから、ちくわぶは、漢字で「竹輪麩」、ふつうの竹輪は魚のすり身だけど、ちくわぶは小麦粉を練って茹でて作った「竹輪の形をした麩」だ。長いのが1本100円から120円くらいなので、具材の中では安いほうだ。あたしは、これを4つに切って、それぞれをナナメに切って、1本を8つにする。こうすると、母さんと4つずつ食べることができる。ちくわぶは何の味もしないから、煮込むとおでんのスープの味を純粋に楽しむことができる。ちょっと煮過ぎて周りがトロトロになったちくわぶは、まさに「東京のおでんの醍醐味」と言えるほど、最高の美味しさだ。


‥‥そんなワケで、あたしは子どものころから東京のおでんを食べて来たから、定番の具材であるスジやちくわぶが大好きだけど、関西など他の地域で生まれ育って、それぞれの地元のおでんを食べて来た人たちの中には、大人になってから初めて東京のおでんを食べると、ちくわぶを好きになれない人も多いらしい。スジは魚のすり身の練り物だから、他のおでんの具材とあまり変わらないため、どの地方の人にも受け入れられやすい。でも、ちくわぶに関しては、あたしの大好きなトロトロ加減が、どうも馴染まないようだ。

だけど、あたしは断固として言いたい!ちくわぶは、おでんにとって必要不可欠な存在なのだ!なのだったら、なのなのだ!‥‥ってなワケで、ここからは、あたしの「おでん論」に入るけど、まず、「おでんは果たしてお鍋料理なのか?」という問題だ。あたしは、おでんは鍋料理だとは思ってないけど、しばらく前に、ネットのランキングの「好きな鍋料理は?」で、寄せ鍋やキムチ鍋やすき焼きとともに、おでんもランクインしてたのだ。

鍋料理というのは、食卓の真ん中にコンロを置いて、土鍋や金属の鍋を乗せて、肉や魚介類や野菜を生のまま大皿に用意して、食卓で作りながら食べる料理の総称だ。一方、おでんは、台所で大きなお鍋で作るのだから、鍋料理とは呼べない。お店に食べに行った場合でも、すき焼きや寄せ鍋、ちゃんこ鍋やキムチ鍋はテーブルの上のコンロで調理するけど、おでんは違う。おでんは、おでん用の大きな四角い鍋に、縦横に仕切りがしてあって、それぞれの具材が煮込まれてる。そして、注文した具だけがお皿で出て来る。これのどこが鍋料理なのか?

だから、あたしは、おでんは鍋料理じゃないと思ってる。だけど、鍋料理との共通点もある。それは、「基本的には一緒にご飯を食べない」という点だ。もちろん、すき焼きをおかずにしてご飯を食べる人はたくさんいるだろうし、他のお鍋でも同様だろう。でも、あたし的には、お鍋はお酒を飲みながらお鍋だけを食べて、最後にご飯を入れて雑炊にしたり、最後にうどんを入れて煮込みうどんにしたり‥‥という流れこそが「お鍋道」の作法だと思ってる。

特に、てっちり(ふぐ鍋)の場合は、シメの雑炊のためにお鍋をやってるようなもので、ふぐの身をおかずにしてご飯を食べるなんて考えられない。カニ鍋だって、もちろんカニは美味しいけど、たっぷりとカニの出汁が出たスープで作った雑炊は最高だ。つまり、お鍋を食べながらご飯を食べるのは、あたし的には「邪道」ということになる。そして、あたしは、鍋料理と同じように、おでんを食べながらご飯を食べることもない。たまに、定食屋さんとかで、「おでん定食」というメニューを見かけるけど、これは、関西の「お好み焼き定食」と同じで、あたしには考えられない組み合わせだ。

だから、我が家でおでんを食べる日は、おでんだけを食べる。もちろん、お酒を飲みながらなので、正確には「液体のお米」は一緒に摂取してることになるけど、おでんをおかずにして白いご飯は食べない。そして、他の鍋料理と違って、シメもない。残ったおでんスープにご飯を入れて雑炊にしたり、うどんを入れて煮込むこともない。「じゃあ副食ばかりで主食がないじゃないか!」と思ったそこのアナタ、ここで、ついに、あたしの「おでん論」、「ちくわぶはおでんにとって必要不可欠な存在なのだ!」という自論が登場するのだ。

さっき説明したように、ちくわぶは小麦粉を練って茹でたものだから、大きく分類すれば、うどんのようなものなのだ。つまり、ちくわぶとは、おでんおける主食なのだ。おでんに入ってる練り物は、すべて魚のすり身がベースになってるから、純粋に主食と呼べる具材は、ちくわぶだけなのだ。ちくわぶが入ってる東京のおでんは、それだけで副食と主食を採ることができるパーフェクトなおでんと言える。秋田のお鍋には、お米で作った「きりたんぽ」が入ってるけど、ちくわぶも同じような位置づけだと考えられる。


‥‥そんなワケで、ちくわぶは、西日本のスーパーとかではメッタにお目に掛かれないけど、今は通販で普通に買えるし、冷凍して保存しておけるので、日本のどこに住んでても食べることができる。冷凍しておいたちくわぶは、凍ったまま包丁で切ってお鍋に入れ、20分ほど煮込むだけで、あの素晴らしいモチモチ感が目覚めてくれる。そして、さらに10分ほど煮込むと、ナナメに切ったエッジの部分からトロトロになって来て、これまた最高の食感を楽しませてくれる。だから、あたしは、スーパーに行くたびに、おでんの具材のコーナーをチェキして、半額シールの貼ってある具材とケータイのメモ欄とを見比べながら、好きな具材のコンプリートを目指してる今日この頃なのだ♪


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2016.11.22

11+22=44?

あたしは、今でも算数の計算が苦手だけど、あたしが算数の計算につまずいたのは、たしか小学2年生の時だ。小学1年生の時は、「3+5=8」や「7-3=4」という基本的な足し算や引き算だけでなく、「6+8=14」や「12-3=9」とかの繰り上がりや繰り下げのある計算も、何とかできた。そして、2年生になり、「14+27=41」という2桁同士の足し算や引き算で繰り上がりや繰り下げのある計算も、それなりにできるようになった。でも、そんなある日、算数の宿題の計算ドリルの中に、こんな足し算があったのだ。


「66+66=」


あたしは、ちゃんと足し算の繰り上がりができるようになってたから、この問題の答えが「132」だと分かった。だけど、どうしても納得が行かなかったのだ。だって、計算ドリルのもっと前のページにあった「11+11=」の答えは「22」だったし、「33+33=」の答えは「66」だったのに、何で「66+66=」は同じ数字が並ばないのか?何で「122」にならないのか?あたしは何でもきちんと揃ってるものが好きだったから、10の位が1繰り上がることで、せっかく揃ってた「122」が「132」になっちゃうことがガマンできなかったのだ。

たとえば、「11+11=」の答えが「23」とかで、「33+33=」の答えが「67」とかで、もともと同じ数字の並んだもの同士を足しても揃わないのなら、「66+66=132」でも納得できる。でも、「11+11=」は「22」で、その「22」を2つ足した「22+22=」は「44」で、その「44」を2つ足した「44+44=」は「88」なのに、その「88」を2つ足した「88+88=」は、「166」じゃなくて「176」になっちゃう。ずっときちんと揃ってたのに、ここで崩れちゃう。あたしは、これが嫌なのだ。それまで揃ってた数字が急に揃わなくなると、左右の足に違う靴下を履いてるみたいで、どうしても落ち着かない。

だから、あたしは、足し算そのものはできたんだけど、その正解に納得できなくて、算数の計算て不条理だと思ったのだ。もちろん、当時のあたしは「不条理」なんて言葉は知らなかったから、言葉にできないモヤモヤ感を抱えたまま、どんどん進む授業に少しずつ着いて行けなくなった。それでも、通信簿は何とか「3」だったけど、国語はいつでも「5」だったし、理科や社会は「4」か「5」だったから、一番苦手なのが算数だった今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、小学2年生の時に感じた算数の計算の不条理感をキッカケにして、中学でも高校でも数学が一番苦手なまま社会人になったあたしは、それからずっと計算が苦手で、ちょっとした計算でもケータイの電卓機能を使わないと分からない。とにかく、暗算ができないのだ。もちろん、簡単な足し算や引き算、掛け算や割り算くらいは暗算できるけど、「足して引いて掛ける」とか「掛けて割って引く」とかは苦手で、「273」とか「821」とかの最初から無理な数字じゃなくて、「100」とか「150」とか「350」とか「500」とかのキリのいい数字でも暗算できない。

たとえば、缶チューハイを買いにスーパーに行った時に、あたしの好きな銘柄の350mlが100円で、500mlが150円だったりすると、どっちを買ったほうがお得なのか、パッと暗算で導き出すことができない。だから、バッグからケータイを取り出して、電卓機能を使って、「150÷500×350=105」と計算して、「これなら350mlを何本か買ったほうがお得だな」と、ようやく分かる。こんなレベルだ。

だけど、小学2年生の時に算数の計算に納得できなくなったあたしは、それから35年も経った今、ついに、ちょっと納得できることを自力で発見したのだ。何日か前のこと、仕事の待ち時間にナニゲにケータイの電卓機能で遊んでて、子どものころに「66+66=132」や「88+88=176」が納得できなかったことを思い出して、試しに「666+666=」をやってみたら「1332」だった。それで、最初は「やっぱり同じ数字が並ばないと気持ちよくないなあ」と思ったんだけど、真ん中に「3」が2つ並んでるとこだけは気に入った。

そして、「左端の1と右端の2を足せば3になって、3が3つ並んで気持ちいいのになあ」と思いつつ、今度は「6666+6666=」をやってみたら「13332」だった。これも、「左端の1と右端の2を足せば、3が並んで気持いいのに‥‥」と思い、さらに「66666+66666=」をやってみたら「133332」だった。

ここで、あたしは「もしや?」と思って、今度は「888+888=」をやってみたら「1776」だった。これも左端の「1」と右端の「6」を足せば「7」が3つ並ぶ。念のために「8888+8888=」をやってみたら「17776」だったので、あたしの「もしや?」は確信に変わった。そして、「777+777=」をやってみたら「1554」だったし、「999+999=」をやってみたら「1998」だったし、どの数字の足し算でも、答えの数字の両端を足せば、同じ数字が並ぶことを発見したのだ。

こんなこと、計算が得意な人にとっては常識なんだろうけど、あたしは40年以上も生きて来て、数日前に初めて気づいたのだ。そして、小学2年生の時からずっと不条理だと思って来た「66+66=132」や「88+88=176」も、両端の数字を足せば同じ数字が並ぶということに「ハッ!」と気づいたのだ。これは、あたしにとって目からウロコだった。そして、山々を覆っていた濃霧がスーッと晴れて、青空と美しい峰々のパノラマが広がるように、35年間も感じてきた「繰り上がりのある足し算へのモヤモヤ感」が、一気に晴れ渡ったのだ。


‥‥そんなワケで、子どものころから同じ数字が揃った「ゾロ目」が好きだったあたしは、今日、11月22日で、とうとう44歳になった。ま、自分の誕生日が11月22日だから「ゾロ目」が好きになったんだけど、11年前に33歳になった時には、「11月22日で33歳」という、足し算としても成り立ってることを喜びつつ、「麻雀ならチートイツが成立するだけじゃなくて、ジュンチャンのイーペーコーとしても成立する」なんて思って喜び、何よりも「11、22、33」ときちんと並んだことが嬉しかった。それから、「今から11年後は44歳、22年後は55歳、33年後は66歳かあ」なんて思ったけど、あたし的には、この「11年後」とか「22年後」とかいう部分も「ゾロ目」で嬉しかった。そして、33歳の時のあたしは、「33歳+33年後=66歳」までは生きられそうだなと思った。でも、今日でとうとう44歳になっちゃったあたしは、「44歳+44年後=88歳」までは、さすがに生きていられるかどうか分からないから、まずは11年後の55歳を目指して、日々を大切に生きて行こうと思った今日この頃なのだ♪


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2016.11.20

安倍晋三とドナルド・トランプの共通点

安倍晋三首相がドナルド・トランプ氏と面会するために誰よりも早く駆け付け警護‥‥じゃなくて、駆け付けたことを受けて、米カリフォルニア州ネバダシティーに拠点を置くインターネット・ニュースサイト「ユーバ・ネット」は、11月18日付で、次の記事を掲載した。


「Naoki Sakai: Populism, sexism and nationalism pair Trump and Shinzō Abe (酒井直樹教授「人民主義、性差別主義、国粋主義によって、トランプと安倍晋三はペアになる」)」


読んでみたら、とても的を射た記事だったので、あたしは要点だけを訳して、以下のようにツイートした。


きっこ @kikko_no_blog
コーラル大学の酒井直樹教授(日本思想史・比較文学)「安倍晋三とドナルド・トランプは非常に類似している。国際的状況に対して単純すぎる両者は、人民主義者であり国粋主義者、そして性差別主義者だ。さらに両者とも強い反知性主義の傾向がある」→ http://yubanet.com/opinions/naoki-sakai-populism-sexism-and-nationalism-pair-trump-and-shinzo-abe/
2016.11.20 07:39


そしたら、何人もの人から「全文を読みたい」というリクエストがあったので、さっそく、「きっこ訳」で全文を紹介しようと思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、今日は余計なことをダラダラ書いたりせずに、トットと本題に入ることにする。以下が、全文の訳だ。


11月17日、アジア研究と比較文学、そして日本の国粋主義の研究を専門とするコーネル大学の酒井直樹教授は、今日、会談する予定の安倍とトランプが、人民主義と国粋主義という点で非常に類似していると述べ、トランプの公約の1つである「日本を含む東アジアからの米軍撤退」が、日本のリーダーにとっての大きな懸念材料になっていると説明した。

安倍とトランプは非常に類似している。国際的状況に対して単純すぎる両者は、人民主義者であり国粋主義者だ。彼らは両者ともに強い反知性主義の傾向もあり、日本はほとんど移民を受け入れていないのにも関わらず、安倍は、移民や少数派を排除しようとしているトランプと、この問題では立ち位置を隔てている。

性差別に関しては、両者それぞれが別の問題に直面した。第二次世界大戦の従軍慰安婦は「戦争犯罪」であると2007年に米国下院が決定した直後、安倍は従軍慰安婦を「戦争犯罪」として扱う動きに反対したため、結果、首相のポストを失うこととなった。

安倍は反共産主義者であり、日本帝国の栄光を夢見ながら、中国の軍事力の増強を懸念している。そのため、彼は戦後の憲法を改定して、東アジアにおける冷戦時代の米国軍事支配の枠組みの中で、日本の軍事力をさらに高めたいと考えている。彼は、実質的には「東アジアにおける米国のエージェント」なので、財政のために東アジアでの米軍支援を削減しようとしているトランプが、彼を激しく悩ませている。

安倍政権はTPPについて非常に積極的で、安倍の目標の1つは、TPPから手を引こうとしているトランプを説得して心変わりさせることだ。トランプは自国の企業の利益を最重要視しているため、長い目で見れば心変わりする可能性もあるが、現時点ではそのような余裕はないだろう。

東アジアにおける米国の覇権は明らかに減少しており、もはや米軍の単独支配だけでは平和を維持することができなくなる。東アジアでパクス・アメリカーナ(米国の覇権による平和)を維持するためには、TPPが最後のチャンスである。
http://yubanet.com/opinions/naoki-sakai-populism-sexism-and-nationalism-pair-trump-and-shinzo-abe/


‥‥そんなワケで、最後まで読むと、この酒井直樹教授はTPPに賛成のように感じるけど、よく読めば分かるように、東アジアでのパクス・アメリカーナを維持して行くためには、軍事力だけでなく、TPPによる「経済的なつながり」も必要だ、と言ってるワケだ。ま、これはあくまでも大局的な視点からの指摘であって、日本のことだけを考えれば、東アジアの平和が維持されることはアリガタイザーだけど、日本の一次産業や中小企業や医療などが大打撃を受けることは非常にアリガタクナイザーだ。だから、このTPPという「諸刃の剣」に関しては、ザックリと言えば、「農薬や添加物まみれの食品が日本に押し寄せ、安全な食品は高騰し、医療費や医薬品も高騰し、それでも東アジアの平和のほうが大切だ」と考える人は賛成すればいいし、「東アジアのことよりも自分の生活のほうが大切だ」と考える人は反対すればいい、ということになりそうな今日この頃なのだ。


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2016.11.18

今年の新語流行語大賞のノミネート30語

またまた今年も『ユーキャン新語流行語大賞』のノミネート30語が発表されたので、ザッと目を通してみたら、今年は30のうち25も知ってるものが並んでて、聞いたことがないものや意味が分からないものは5つだけだった。去年も一昨年も半分くらいは知らない言葉だったので、今年は選考基準が変わったのだろうか?‥‥なんて思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?

 

 

‥‥そんなワケで、今日はマクラは短くして、さっそくノミネート30語の紹介と、それぞれの言葉に対するあたしの理解度や感想を、以下、50音順で書いていきたいと思う。

 

 

「アスリートファースト」
これは、小池百合子都知事が、都政改革の一環として2020年東京五輪のカヌー・ボート競技の会場などを見直すために使った言葉だけど、後から出てくる「都民ファースト」という言葉が先にありきで、その流れから生まれたものだ。ようするに、「何よりも都民を優先」「何よりもアスリートを優先」と言っておけば、文句をつけられにくくなる、という姑息な手口だ。だって、ホントに「アスリートファースト」と思ってるのなら、アスファルトの温度が60度を超えるような真夏にフルマラソンなんかやらないだろう。ホントに「アスリートファースト」と思ってるのなら、会場の変更よりも日程の変更が先だろう。それに、涼しくなる10月後半に開催すれば、オリンピックなんかのせいでプロ野球の開催が潰されることもなくなるからだ。

 

 

「新しい判断」
これは、安倍晋三首相が、公約を撤回する時に使った詭弁だ。2014年11月、安倍首相が消費税10%への増税時期を1年半先送りすると発表した際、「再度の延期は絶対にない。それまでにアベノミクスの3本の矢をさらに前に進め、必ずや増税できる経済状況を作り出すとお約束する」と公言したのにも関わらず、今年6月には増税時期の「再度の延期」を発表した。その時の説明が、この「新しい判断」という噴飯モノのイイワケだった。何年経っても成果の出ないアベノミクスは「道なかば」、公約の撤回は「新しい判断」、この人のイイワケを聞いていると、政治家よりもマルチ商法の勧誘のほうが向いてるような気がしてくる(笑)

 

 

「歩きスマホ」
これは、読んで字のごとく、歩きながらスマホを操作する行為のことだけど、別に今年になって始まったことじゃない。でも、これまた後から出てくる「ポケモンGO」が流行したことで、この「歩きスマホ」の人口が大幅に増え、今年の流行語にノミネートされたんだと思う。

 

 

「EU離脱」
これは、今年の6月に行なわれた、イギリスの欧州連合離脱の是非を問う国民投票によって、大方の予想とは逆の「EU離脱」という結果が出てしまい、イギリスだけでなく、いろんな国がハラホロヒレハレしちゃったという今年最大の国際ニュースだ。ちなみに、テリーザ・メイ首相は、来年3月までにEU側とブレグジット(離脱)交渉を開始するための通知を行なうと宣言していたけど、11月、裁判所が「交渉開始の通知をする前に議会の承認が必要」という判断を下しちゃった。そして、その議会は大半の議員が「EU離脱」に反対する残留派だから、このまま行くと「国民投票によって決まった結果を司法がひっくり返した」ということにもなりかねない。

 

 

「AI」
これは、「Artificial Intelligence (アーティフィシャル・インテリジェンス)」、直訳すれば「人工的な知能」だけど、日本では「人工知能」と訳されてる。ケータイやスマホでメールを打つ時に、予測変換という「余計なお世話」的な機能がジャマくさいけど、あれの進化したみたいものが、この「AI」だ。その利用者の利用具合を学習して、蓄積したデータから予測して、最適な対応を行なう‥‥といった流れのシステムで、企業の商品管理から自動車の自動運転など、いろいろと活用され始めてるけど、あたしは、「人類を無能化させる旗手」という一面もある諸刃の剣だと思ってる。

 

 

「おそ松さん」
これは、赤塚不二夫の「おそ松くん」を下敷きにした今年の新作アニメで、一部に熱狂的なファンを生み出すほど大ヒットした。多くは女性のファンで、それぞれのファンに「推しメン」がいるそうだ。ちなみに、あたしは初回の冒頭を10分ほど観たけど、あの今どきのノリに着いて行けなかったので、観るのをやめた。

 

 

「神ってる」
これは、広島カープの鈴木誠也選手が2試合連続でサヨナラホームランを打った時に、緒方孝市監督が言った言葉だ。正確には、「今どきの言葉で言えば『神ってる』だな」と言ったと報じられてる。妻でタレントのかな子さんによると、子どもたちが使っていた言葉を聞いて、緒方監督が使ったらしい。

 

 

「君の名は。」
これは、後から出てくる「シン・ゴジラ」と並んで、今年ヒットした邦画アニメのタイトルだ。あたしは「君の名は。」も「シン・ゴジラ」も観てないから、内容に関しては何も言えることはないけど、さっきの「おそ松さん」にしても、この「君の名は。」や「シン・ゴジラ」にしても、どれも「今年ヒットした作品のタイトル」というだけで、これらのタイトルが流行語としてノミネートされたことに疑問を感じる。たとえば、「倍返しだ!」という主人公の決め台詞は流行語だけど、「半沢直樹」というドラマのタイトルは流行語じゃない。だから、これらの作品も、主人公や登場人物の台詞がノミネートされたなら分かるんだけど‥‥。

 

 

「くまモン頑張れ絵」
これは、今回のノミネート30語の中で、あたしの分からなかった5つのうちの1つだ。もちろん「くまモン」は知ってるけど、「頑張れ絵」が分からない。もしかすると「頑張れ絵」と書いて「がんばれえ」と読むのだろうか?今年は熊本地震が起こったので、たぶん、被災した人たちを励ますためのものだと思うけど、この言葉は初めて目にした。

 

 

「ゲス不倫」
これは、もともとは、タレントのベッキーが、「ゲスの極み乙女」のボーカルの川谷絵音という妻帯者と不倫して、その対応ぶりの酷さから「ゲス不倫」と呼ばれ始めたものだけど、その後もいろんなタレントの不倫が続いたため、今では有名人の不倫全般を「ゲス不倫」と呼ぶようになった、と認識してる。だけど、「ゲス不倫」などという言葉が生まれてしまうと、まるで「美しい不倫」や「正しい不倫」も存在するような勘違いが起こりそうな気がする。不倫は「倫理に反すること」なのだから、すべての不倫が「ゲス」なのだ。

 

 

「斎藤さんだぞ」
これは、まったく分からないし、言葉から推測することもできない。ネットで検索すれば分かると思うけど、このエントリーは「ノミネート30語を見た時点でのあたしの認識」について書いてるので、書き終ってから検索してみる。

 

 

「ジカ熱」
これは、蚊によって感染する感染症で、別名「ジカウイルス感染症」と呼ばれるものだ。妊婦が感染すると胎児が小頭症になる危険性があり、男性が感染すると精巣の委縮や精子の減少など生殖機能にダメージを受ける可能性があると言われている。確かに、「ジカ熱」そのものは世界的に流行したけど、「ジカ熱」という言葉が流行したとは、あたしには思えない。

 

 

「シン・ゴジラ」
これは、もちろん今年ヒットした邦画のタイトルだ。さっきの「君の名は。」の項にも書いたけど、どれほど大ヒットした映画でも、そのタイトルを流行語にノミネートすることには違和感を覚える。でも、一応は何か書かなきゃならないから、観てないあたしの知ってることとして、「エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督が総監督をつとめていて、エヴァ的な要素が含まれている、ということくらいか。

 

 

「SMAP解散」
これは、スッタモンダの挙句に今年いっぱいでSMAPが解散するということだけど、これにも疑問がある。「SMAPが解散する」という芸能ニュースは、確かに一部のファンの間では大ニュースとして駆け巡ったとは思うけど、「SMAP解散」という言葉が流行したの?たとえば、「今年の十大芸能ニュース」の上位にランキングされるのなら分かるけど、この言葉を流行語としてノミネートする感覚が、あたしは理解できない。

 

 

「聖地巡礼」
これは、主にアニメ作品のファンが、そのアニメの舞台となってる場所を巡ることで、特に新しいムーブメントじゃない。新撰組のファンが高知や京都に行ったりするのも「聖地巡礼」だし、松尾芭蕉が大好きなあたしが「おくのほそ道」の一部を旅行したのだって「聖地巡礼」だ。ただ、アニメファンの場合は、好きな声優の誕生日を「生誕祭」と言ったり、好きなアニメの舞台を「聖地」と言ったりするのが好きだから、そういう感覚から生まれた表現だと思う。

 

 

「センテンススプリング」
これは、先ほどの「ゲス不倫」のベッキーと川谷絵音の2人が、自分たちの不倫を報じた週刊文春のことを揶揄したメールの中で、「文春」を指して使った言葉だ。だけど、そのメールまでもが報じられてしまい、この不倫騒動が泥沼化していくキッカケになってしまった。これは確かに「今年の流行語」と呼べるだろう。

 

 

「タカマツペア」
これは、申し訳ないけど分からない。たぶん、リオ五輪での何かの競技のダブルスのことで、タカなんとかさんとマツなんとかさんなんじゃないか?‥‥ということまでは推測できるけど、オリンピックはいっさい観てないので分からない。唯一、文化放送の現地レポートだけは聴いてたけど、太田英明アナの「食べ物がなくて困ってる」という悲痛な訴えや、吉田涙子記者のリオから浜松町のスタジオへのツッコミくらいしか記憶にない。

 

 

「都民ファースト」
これは、最初にあげた「アスリートファースト」と同じく、小池百合子都知事がB層の有権者を騙して票集めに利用した言葉だ。小泉純一郎元首相が郵政解散をした時、「自民党をぶっ壊す!」と連呼して総選挙に大勝したけど、その時に某広告代理店に作成させた戦略書には、「自分の考えを持たず、周囲に流されやすいB層をターゲットにして、単純で分かりやすい言葉を連呼して支持を拡大する」と明記されてるので、今年の都知事選で「都議会をぶっ壊す!」と叫んだ小池百合子を見て、あたしは「小泉と同じ戦略だな」と思った。

 

 

「トランプ現象」
これは、アメリカ大統領選に共和党候補として出馬したドナルド・トランプ氏が、排外的な過激発言を繰り返したことによって、それまでは排外的なことを「思っていても口には出さなかった人たち」が、次々と同調して過激発言をするようになり、国家全体が極右化していく現象のことだ。トランプ氏のような極端なナショナリスト(国粋主義者)が国のリーダーに選ばれるという背景には、それまでのグローバリズム一辺倒だった国の政策に取り残されてきた多くの人たちの不満の鬱積がある。

 

 

「パナマ文書」
これは、タックスヘイブン(租税回避地)の1つであるパナマの法律事務所が作成した租税回避な関する一連の機密文書のことで、ドイツの地方紙が流出したデータを入手して公開された。海外では名前の出た首相や閣僚が辞任に追い込まれるほどの大騒ぎになったけど、日本では政府と企業とマスコミがスクラムを組んで「法的には何も問題ない」という姿勢を貫き続け、未だに誰1人として立件されていない。

 

 

「びっくりぽん」
これは、まったく分からない。もしかしたら、今年ヒットしたアニメの主人公の台詞なのかも知れないけど、「魔法つかいプリキュア」と「ジョジョの奇妙な冒険」と「夏目友人帳 伍」しか観てないあたしとしては、「キュアップ・ラパパ♪」や「ドラララララララーーー!!」なら分かるんだけど、あとは分からない。

 

 

「文春砲」
これは、週刊文春のスクープの破壊力を評した言葉で、この「文春砲」をお見舞いされると、タレントから政治家まで大ダメージを受けることになる。それなりに流行したとは思うけど、今年だけの流行ではなく、来年以降も使われると思うので、流行語というよりも新語として捉えたいと思う。

 

 

「PPAP」
これは、ピコ太郎という芸人のパイナップル何とかという歌のことで、YOU TUBEにアップされていた動画をジャスティン・ビーバーが紹介したことから世界的に知られるようになった、ということくらいは知ってるけど、あとはよく分からない。あたしは、ピコ太郎の実際の動画は観たことがないけど、大好きな日ハムのレアード選手と奥さんをお寿司屋さんに招待するという動画の中で、レアード選手に「PPAP」をお寿司でやってもらうというミニコーナーがあって、それは観た。

 

 

「保育園落ちた日本死ね」
これは、子どもが保育園に入れなかったことをお母さんが綴ったブログのタイトルで、現在の日本の待機児童問題の深刻さを浮き彫りにするきっかけとなったものだ。国会で、野党がこのブログを例にあげて待機児童問題への対策を質疑したところ、安倍晋三首相が「(ブログは)匿名なので、実際に起こったことなのか確認できない」などと答弁したものだから、待機児童を持つお母さんたちが怒って国会前に集まって抗議する事態にまで発展した。

 

 

「(僕の)アモーレ」
これは、まったく分からない。ヒントは(僕の)だけど、いったい何なのだろうか?あたし的には、中森明菜ちゃんの「ミ・アモーレ」くらいしか思い浮かばないけど、30年も前の歌だから関係ないと思うし、推測することができない。まったく分からない上に、気の利いたコメントもできないので、この項はサラッと流したいと思う。

 

 

「ポケモンGO」
これは、今年、爆発的にヒットしたスマホ用のアプリゲームだ。スマホのGPS機能を利用したゲームで、実際に自分が特定の場所に行かないとポケモンをゲットできないため、いつもはシーンとしている深夜の公園に何十人もの人が集まるなど、異様な光景が見られるようになった。また、このゲームをやりながら車を運転して人身事故を起こすという事例まで起こり、社会問題化した。でも、スマホが大嫌いで、未だにガラケーを使ってるあたしには、まったく関係ない。

 

 

「マイナス金利」
これは、往生際の悪い日銀の黒田東彦総裁が今年の1月下旬に発表した金融緩和政策で、日本では初めての導入だった。ザックリと説明すれば、金融機関が日銀に預けてる当座預金のうち、任意で預けているぶんに「マイナス金利」をつけるというもの。日銀に預けると「マイナス金利」で元金が減っちゃうから、金融機関は日銀に預けてた任意の預金を引き上げて、それを企業や個人への貸し出しに回すようになり、経済の活性化に繋がる‥‥という、まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな、限りなく現実性のない政策だ。

 

 

「民泊」
これは、旅行者などが一般の民家に宿泊することで、無料でも有料でも「民泊」と呼ばれる。でも、今年の流行語としてなら、海外からの訪日旅行客を増やすために進められた政策のことなので、有料のものだけに限られる。よく勘違いする人がいるけど、全国どこの民家に宿泊しても「民泊」になるワケじゃない。国家戦略特区における特例としての「民泊」と、農業や漁業の体験をするための「農家民泊」と、大きなイベントが開催される時に臨時的に行なわれる「イベント民泊」だけが「民泊」だということ。これら以外は、一般の民家であっても、「民宿」と同じに旅館業法上の簡易宿所営業として申請しなきゃ有料で人を宿泊させることはできないので、正確には「民泊」とは呼ばない。だから、今年の流行語としてなら、こちらの「訪日客を受け入れるために簡易宿所営業として申請した民家」をノミネートすべきであり、「民泊」をノミネートするのは間違ってる。

 

 

「盛り土」
これは、築地市場の移転先の豊洲新市場の問題だけど、多くの人と同じに、あたしも「もりつち」じゃなくて「もりど」という読み方を知って意外だった。そして、少し社会問題的なことを言わせてもらうと、環境省は今年の6月に、福島第1原発事故の除染にともなう大量の放射性廃棄物について、「放射性セシウム濃度が1キロ当たり8000ベクレル以下であれば、公共事業の盛り土などに限定して再利用する」という方針を発表した。豊洲新市場の盛り土は、土壌汚染から市場を守るために敷かれたものだけど、もしも、その盛り土自体が放射性廃棄物だったら、まったく意味がないよね。

 

 

「レガシー」
これは、「遺産」という意味で、スバルの自動車のことじゃなくて、2020年東京五輪の会場の見直しを提言した東京都と、計画通りの新会場建設を要求する競技団体や選手など利権側の人たちの双方が頻繁に口にした言葉だ。だけど、今になって突然、「レガシー」「レガシー」と連呼されても、正直、「はぁ?」って感じしかしない。本当の意味で東京五輪の会場に遺産性を求めるのなら、何よりも貴重な国立競技場をトットと解体しちゃったのは何故なのか?あの競技場を残しておいて、設備だけを最新のものにすれば、それこそレガシーな会場で歴史的な東京五輪を開催することができたのに、欲に目がくらんだシロアリどもが、今さら何言ってんの?

 

 

‥‥そんなワケで、これが今年のノミネート30語と、あたしの感想だ。分からなかった言葉は、これからネットで検索して調べてみるとして、今年の30語を見てあたしが感じたのは、とにかく政治がらみの言葉、特に安倍政権を批判する言葉が極端に少なくなったということだ。去年は今年と違って50語がノミネートされたけど、その中から安倍政権がらみの言葉を抜き出してみると、「1億総活躍社会」「戦争法案」「白紙撤回」「存立危機事態」「駆けつけ警護」「粛々と」「切れ目のない対応」「国民の理解が深まっていない」「レッテル貼り」「早く質問しろよ」「テロに屈しない」「自民党、感じ悪いよね」「アベ政治を許さない」「I AM KENJI」「I am not ABE」「シールズ(SEALDs)」「とりま、廃案」「マイナンバー」「大阪都構想」「下流老人」など20語もあったのに、今年は「新しい判断」の1つだけだ。今年10月、国際NGOの「国境なき記者団」は、日本の報道の自由度を世界180カ国の中で72位に後退させ、「2012年に安倍晋三氏が再び首相になって以来、日本の報道の自由度は著しく低下している」と指摘し、「特に安倍政権に対する批判的な報道が抑圧されている」と厳しく批判したけど、とうとう、こうした「流行語大賞」の世界にまで、安倍独裁政権の魔の手が伸びてきたような気がする今日この頃なのだ。

 

 

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2016.11.14

黒猫チェルシーとニャン功序列

あたしの家には、いろんな猫が来る。もちろん、ごはんをもらいに来るワケだけど、最初は、たまたま家の塀の上にいた猫にごはんをあげただけで、あたしのほうからいろんな猫を呼んだワケじゃない。でも、「あの家に行けば、ごはんがもらえるぞ」という情報がクチコミで広まったみたいで、1匹が2匹、2匹が4匹、4匹が6匹と増えて来て、今では10匹前後の猫がごはんをもらいに来るようになった。

でも、ここがネズミとは違うとこで、限りなく増え続けるネズミ算とは違って、猫の場合は、猫同士の相性とか縄張りとかがあるから、10匹前後まで増えた猫は、それ以上は増えなくなった。たまに1匹がいなくなると、その代わりに別の新しい猫が来るけど、上限の数は決して増えない。きっと、「これ以上増えたら、ごはんがもらえなくなる」といった感じの空気感みたいなものを、猫たち自身が感じてるのかもしれない。

家に来る10匹前後の猫たちは、1匹を除いて、あたしに近寄らない。あたしが家から出ると、まずは真っ先に黒猫のチェルシーが走って来て、あたしの足にまとわりつき、頭をグイグイと摺り寄せて、あたしの顔を見上げて「ニャアニャア」と鳴き、あたしが抱き上げると、あたしの顔に頭を擦りつける。そして、玄関に戻ってカリカリ(猫用のドライフード)の袋を持って出て来ると、バンザイをするように立ち上がり、「早くちょうだい」とあたしを急かす。

すると、その様子を感じ取ったのか、庭の塀の上に1匹、裏庭への通路に1匹、隣りの私道に1匹‥‥と猫たちが現われ始めて、あたしとチェルシーとのやり取りを凝視しつつ、ジョジョに奇妙に近づいて来る。そして、家の裏のいつもの場所に行くと、少ない時でも5~6匹、多い時は10匹前後の猫たちが、あたしがいつもの大きな器にカリカリを山盛りにして、いつもの場所に置くのを、今か今かと見守ってる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、ものすごくメンドクサイヤ人なんだけど、猫たちには猫たちなりの上下関係があるから、大きな器にカリカリを山盛りにして置いても、それを真っ先に食べることができるのは、その時のメンバーの中で一番上の猫だけで、他の猫たちは待ってなきゃならない。寿司桶みたいな大きな器だから、物理的には5~6匹の猫が一緒に食べられるハズなのに、他の猫が器に近づくと、一番上の猫が威嚇して追い払おうとする。

あたしは、あたしに懐いてる黒猫のチェルシーが一番可愛いから、チェルシーにだけは離れた場所で、小さい器でカリカリをあげるんだけど、チェルシーがそのカリカリを食べてると、大きな器を一番上の猫に独占されて食べることができない他の猫たちが、今度はこっちにやって来る。忍び足で近づいて来て、自分よりも体の小さいチェルシーを追い払って、チェルシーの食べてるカリカリを食べようとする。

だから、あたしは、チェルシーが食べ終わるまで、すぐ前にしゃがんでないといけない。あたしが目の前にしゃがんでると、チェルシーも安心してカリカリを食べ続けることができるし、他の猫たちも近寄って来ないからだ。だけど、あたし的には、他の猫たちにもカリカリを平等に食べさせてあげたい。それで、もうひとつ別の小さな器にカリカリを入れて、チェルシーから2メートルくらい離れた場所に置いてみると、その器に3~4匹の猫が近づくんだけど、それを食べるのは、やっぱり、その中で一番上の猫なのだ。

そして、また何匹かの猫がアブレちゃう。だから、家に来た猫たちに平等にカリカリを食べさせるためには、猫の数だけ器を用意して、1メートル間隔くらいに並べないとならない。だけど、毎日のことだし、さすがにそこまではできないから、あたしは、大きな器にカリカリを山盛りにして置き、チェルシーにだけ特別に小さい器でカリカリを食べさせ、他の猫たちには申し訳ないけど、待ってもらってる。

大きな器を独占してた一番上の猫は、食べたいだけ食べてお腹がいっぱいになればどこかへ行っちゃうから、そしたら二番目の猫が食べに行く。二番目の猫がお腹いっぱいになれば、次は三番目の猫が食べに行く。量的には十分すぎるほど山盛りにしてるから、「自分の番が来るまで待つ」ということだけ納得してくれれば、家に来た猫たち全員がお腹いっぱいになれるのだ。そこで、あたしは、この「一番上の猫から順番にカリカリを食べる」というシステムを、人間の世界の「年功序列」に倣って、「ニャン功序列」と名づけてみた。


‥‥そんなワケで、あたしが家に来る猫たちにごはんをあげるのは、基本的に1日に1回で、当然、あたしの生活や仕事が優先されるから、朝だったり昼だったり夕方だったりする。ホントなら、毎日決まった時間にあげられればいいんだけど、そうもいかない。だから、猫たちは「いつ、ごはんをもらえるか」ということが分からなくて、あたしが玄関から出て来るのをずっと待ってるんだと思う。そして、その急先鋒が、黒猫のチェルシーなのだ。

だって、早朝だろうが深夜だろうが、あたしが玄関を開けて外に出ると、10回に9回は10秒以内にチェルシーが飛んで来るからだ。そして、あたしが玄関に戻ってカリカリの袋を持って来ると、チェルシーが「ニャアニャア」と甘え始めて、その声とか空気感とかで、他の猫たちも集まって来るのだ。

でも、たとえば、その日のお昼に猫たちにカリカリをあげて、その数時間後の夕方に玄関を開けて外に出たりすると、チェルシーだけは飛んで来るけど、他の猫たちはやって来ない。お腹がいっぱいになったから、みんなそれぞれ、思い思いの場所で、お昼寝したりお散歩したりしてるんだろう。だけど、お腹がいっぱいでも飛んで来るチェルシーは、あたしの足にまとわりついて甘えてくるから、可愛くて仕方がない。あたしが、抱きあげて首やシッポの付け根を搔いてあげるとゴロゴロと喜ぶし、顔を近づけるとあたしの顔に頭をグイグイと押しつけて来るし、もう可愛くて可愛くてたまらない。

それで、あたしは、一度家に戻って、「とっておきのおやつ」を持って来て、チェルシーに食べさせてあげる。「とっておきのおやつ」とは、前日の夜にあたしが食べたアジのひらきの皮とか、サバの味噌煮の皮とかなんだけど、いつもはあたしが食べちゃう魚の皮を、チェルシーにあげるために残しておいて、お水に浸けて塩分を抜いて、猫が食べても大丈夫にしておいたものだ。

チェルシーは、数時間前にカリカリを食べてても、この「とっておきのおやつ」には、飛びついて夢中で食べる。だから最近は、晩ごはんに焼き魚や煮魚を食べる時、あたしは、皮だけじゃなくて、身も少しだけ残すようになった。焼き魚や煮魚の皮がない時は、チクワや薩摩揚げや魚肉ソーセージを細かく刻んであげるんだけど、チェルシーは何でも喜んで食べる。そして、目をつぶって夢中で食べるチェルシーの顔を見てると、あたしは幸せな気分になる。


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‥‥そんなワケで、チェルシーは女の子なので、もう少し大きくなったら不妊手術をしないといけないんだけど、猫の場合、男の子を去勢手術をしたり女の子を不妊手術したりすると、性格が変わっちゃうことが多い。男の子は、大人しくなって甘えん坊になるパターンが多いから、特には困らないんだけど、女の子は、たまに冷たくなって人間を避けるようになるケースがある。だから、もしもチェルシーが冷たくなって、あたしに近寄らなくなったりしたら、あたしはとっても寂しくなっちゃう。だけど、殺処分されるかわいそうな野良猫を増やさないためと、何よりも猫エイズや猫白血病の感染リスクを最小限にするために、去勢手術や不妊手術はどうしても必要なのだ。だから、あたしは、チェルシーがあたしに懐いてる今、「ニャン功序列」の掟を破っても、チェルシーにだけ「とっておきのおやつ」をあげ続けてる今日この頃なのだ。


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2016.11.04

経済効果の嘘と合理化の落とし穴

政治家や経済評論家たちが好んで使う言葉に「経済効果」と「合理化」があり、この2つは、たいてい何かの大事業を推進する時の大義名分として利用される。「TPPに参加すれば12兆円の経済効果が見込め、競争の原理が働くために一次産業の現場にも合理化が進む」とか「2020年の東京オリンピック開催による経済効果は少なくとも3兆円で、開催にともなったインフラ整備で都市交通の合理化も進む」とかって感じだ。

だけど、こんなのがデタラメだということは、過去の例からも明らかだ。たとえば、1998年2月に開催された長野冬季オリンピックでも、誘致の段階から「経済効果」という言葉が何度も繰り返され、それをヨリドコロにして100億円から350億円の箱モノ会場が6つも造られたけど、現在、すべてが赤字運営で、18年経った今も長野市は借金を返済し続けている。スキージャンプ台などを建設した白馬村に至っては、借金が120億円近くまで膨らんでしまった。これらの借金を長野市の世帯数で割り算すると、1世帯あたり約350万円の借金になると言われている。

1972年に開催された札幌冬季オリンピックにしても、たった10日間の大会のために大規模な自然破壊と莫大な借金を背負うこととなり、その借金を返済するために札幌市の住民たちの市民税が引き上げられ、市民たちは30年間もかけて返済させられたのだ。そして、つい最近、ようやく返済が終わったと思ったのもトコノマ、またまた2026年の冬季オリンピック招致に名乗りをあげた札幌市長、バカ丸出しとはこのことだ。ようするに、巨大な公共事業で自分たちだけがカネ儲けをして、そのツケを市民たちに尻拭いさせるという「オリンピックならぬ利権ピック」といったところだろう。

もちろん、こうした愚行は日本だけじゃない。イタリアなんか1960年に開催されたローマオリンピックの借金を、半世紀以上も過ぎた現在もセッセと返済し続けているのだ。そして、市が作った借金を返済させられているのは、日本と同じく市民たちなのだ。56年も前のオリンピックなんだから、今、借金を返済させられている市民たちの多くは、自分が生まれる前のことだろう。自分が生まれる前のオリンピックの借金を払わされるなんて、これほどバカバカしい話はないと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、もともとある競技場や会場を使ってオリンピックを開催するのなら、それなりの「経済効果」が見込まれるかもしれない。だけど、オリンピック招致が、莫大な予算にたかるシロアリのようなゼネコンと癒着議員たちの利権の巣窟となっている今、「自分さえ儲かればいい」「後のことなどどうでもいい」と思ってる守銭奴たちの口から連呼される「経済効果」という言葉など、いったい誰が信じると言うのか?

TPPにしても、政権に返り咲いた安倍晋三首相が手のひらを返して「TPP交渉参加」を表明した2013年3月の時点では、安倍政権の御用経済学者は「経済効果は3兆円」と言っていたけど、その1年後には「経済効果は6兆円」に変わり、今では「経済効果は12兆円」になってしまった。ヤフオクじゃあるまいし、何だこれ?

だから、東京オリンピックにしても、今までは「経済効果は3兆円」と言われてたけど、利権に群がるゼネコンと癒着議員たちによって開催費用が「3兆円」にまで膨れ上がってしまった今、「3兆円かけて3兆円の経済効果じゃプラマイゼロじゃん!」とツッコミを入れられちゃうから、近いうちに「東京オリンピックの経済効果は6兆円」とか「東京オリンピックの経済効果は10兆円」とかいう「新しい試算」がシレッと発表されそうな予感がマンマンだ。


‥‥そんなワケで、長野オリンピックを招致した時に「大きな経済効果が見込まれる」と連呼した政治家や経済評論家たちが、これほどの借金地獄に陥った今、誰1人として責任を取っていない現状からも、これがまったく信用できない言葉だということは一目瞭然だろう。そして、もう1つの「合理化」という言葉も同様だ。小泉純一郎と竹中平蔵という売国奴コンビが「新自由主義」を推進して、日本を弱肉強食の格差拡大社会にした時、何かにつけて枕詞のように連呼したのが、この「合理化」だった。

小泉純一郎と竹中平蔵は、「合理化」の名のもとに規制緩和を乱発し、「合理化」の名のもとに人員削減のリストラを進め、「合理化」の名のもとに社会保障や福祉を縮小し、現在の安倍政権による「トリクルダウン」とかいう「大企業や富裕層が儲かれば、そのうちシモジモの庶民にもオコボレが滴り落ちる」という国民をバカにしまくったペテン政策の基盤を作ってしまったのだ。

もちろん、世の中に必要な「合理化」はたくさんある。たとえば企業コンサルタントとかは、ダラダラと長時間の会議を続けることの無駄を指摘して、短時間で合理的な会議をするように提唱する。あたしは、こうした「合理化」には、もちろん賛成だ。だけど、大事業を推進する時の大義名分としての「合理化」という言葉は、「経済効果」と同様に、あたしにはウサン臭くしか感じられない。

その最たるものが、「リニア中央新幹線」だ。現在の計画では、2027年に東京の品川から名古屋までが開業して、2045年には大阪市まで延びる予定だけど、こんなもん造ったって「百害あって一利なし」だ。推進派の人たちは、口をそろえて「移動時間の短縮」という「合理化」を大義名分にしてるけど、品川から名古屋までなら新幹線の「のぞみ」で1時間30分で行ける。そして、「リニア中央新幹線」なら約40分に短縮できると言われてるけど、これはあくまでも、どの駅にも停まらないで最高速度で直行した場合の試算であって、途中の駅に停まりながら走行したら1時間12分かかるのだ。

現行の新幹線より、たった18分だけ短縮するために、5兆円もの事業費を投入して、大規模に自然を破壊して、多くの沿線住民に迷惑をかけて、新幹線の3倍もの電力を使って、いったいこれのどこが「合理化」なのか?その上、「リニア中央新幹線」は全長の9割がトンネルだけど、これだけ地震が頻発してる国で、こんなものを走らせるなんて正気の沙汰じゃない。近い将来、起こる可能性が高いと言われてる「南海トラフ巨大地震」が発生したら、最も被害を受けるのが、この「リニア中央新幹線」が計画されている東京以西の太平洋側だ。長いトンネルの中で生き埋めになっても、誰にも助けることはできない。


‥‥そんなワケで、小泉純一郎と竹中平蔵が「新自由主義」を推進してから、何かと言えば「経済効果」と「合理化」という言葉が、まるで水戸黄門の印籠のように使われて来て、それがあたかも正論であるかのような風潮になっちゃったけど、果たしてホントにそうなのだろうか?これまで自民党政権がやって来たことを見てると、あたしにはどちらの言葉も、守銭奴たちが「何よりも俺たちのカネ儲けが最優先」と言ってるようにしか聞こえないからだ。

「経済効果」は重要だし、「合理化」も重要だけど、それがすべてじゃないし、ましてや、大事業を推進して新たな利権を生むための大義名分などに使われたら本末転倒だ。最近では、「コストパフォーマンス」を略した「コスパ」という言葉を連呼する人がいるけど、これも「経済効果」や「合理化」と同じで、それなりには重要だけど、最優先すべきことじゃない。「コストパフォーマンス」を最優先すれば、当然、製品やサービスの劣化が生じるからだ。

「経済効果」が見込めないから社会保障や福祉を縮小するのか?自立を促すという詭弁で障がい者への支援を打ち切ることや、要介護者への介護を縮小することが「合理化」なのか?こうした自公政権の方針が、あたしにはまったく理解できない。


‥‥そんなワケで、皆さんご存知のように、あたしは、日本のプロ野球、それもパリーグが大好きなんだけど、今年のレギュラーシーズンで、セパ両リーグの選手やファンをイライラさせたものに「コリジョンルール」があった。ようするに、ホームベース上でのクロスプレーによる選手のケガを回避するためのルールなんだけど、正直、理念が先にあってのルールだったために、選手や審判たちの実務での面で対応が追い付かず、シーズン中にルールを見直すという異例の事態に発展した。

そして、この「コリジョンルール」に続いて、またまたメジャーリーグの猿マネで導入されそうな大バカルールが「敬遠申告制度」だ。野球では、点差やアウトカウントや走者や相手の打順によって、強いバッターに「敬遠」と言って故意にフォアボールを投げることがある。タイムリーでも打たれて得点されるよりは、フォアボールで1塁に歩かせて、次のバッターでゲッツーを狙った方が良いという判断だ。

でも、メジャーリーグでは、この「敬遠」のフォアボールを「合理的ではない」と判断したのだ。今年5月にニューヨークの本部で行なわれたメジャーリーグ・オーナー会議で、少しでも試合を合理化して試合時間を短縮するために、そのバッテリーが「敬遠」を宣言すれば、いちいち4球もボールを投げなくても、宣言した時点でバッターは1塁へ出塁していいというルール変更が合意され、来シーズンから導入されるのだという。

このニュースを知って、あたしは「アホか?」と思った。だって、いくら「敬遠」のフォアボールだって、キャッチャーの捕れない大暴投をして、3塁ランナーがホームに滑り込んで1点を獲るケースだってあるし、さらには、新庄剛志のように敬遠のボール球を打ってヒットにしてしまう選手だっているからだ。こうした特例がある以上、宣言しただけで「敬遠」を成立させてしまっては、わずかな可能性の芽を摘むことになってしまう。

つーか、こんなバカバカしいルールを作ってまで、わずかな時間を短縮するほど「合理化」が大事だと思っているのがメジャーリーグのオーナーたちなら、そのうち、ホームランを打った選手の「ダイヤモンド一周」も割愛しろとか言い出しそうだ。ホームランは、打球がスタンドに飛び込んだ時点で決定するのだから、打ったバッターだけでなく、2塁や3塁にいた走者も、ベースを回らずにそのまま戻って来ればいいことにされてしまいそうだ。もしも、こんなことになったら、野球の醍醐味は大幅に消失してしまうし、選手たちのモチベーションだって下がってしまうだろう。だけど、何よりも「合理化」を優先する人たちには、こうしたファンや選手たちの気持ちなどカケラも分からないのだ。


‥‥そんなワケで、あたしは、「経済効果」も「合理化」も大切だとは思うけど、決してこれらが水戸黄門の印籠だとは思ってないし、ましてや開発のための大義名分になどなりえないと思ってる。「経済効果」が見込めなくても重要なことはたくさんあるし、「合理化」をはかることで大切なものが失われてしまう場合だってあるからだ。東京から名古屋までの移動時間をわずか18分短縮するために、かけがえのない自然を破壊し、膨大な電力を使い、いったい何がしたいのか、あたしにはまったく理解できない。こんな無駄なものを作るよりも、ソーラーシステムで東京から名古屋までを新幹線の3倍の時間をかけてのんびりと走り、車内で美味しいお弁当やお酒が楽しめて、足湯に浸かりながら車窓を流れる景色を眺めることもできる「のんびり足湯列車」でも作ったほうが、これから訪れる高齢化社会には遥かにマッチすると思った今日この頃なのだ。


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