黒猫チェルシーとニャン功序列
あたしの家には、いろんな猫が来る。もちろん、ごはんをもらいに来るワケだけど、最初は、たまたま家の塀の上にいた猫にごはんをあげただけで、あたしのほうからいろんな猫を呼んだワケじゃない。でも、「あの家に行けば、ごはんがもらえるぞ」という情報がクチコミで広まったみたいで、1匹が2匹、2匹が4匹、4匹が6匹と増えて来て、今では10匹前後の猫がごはんをもらいに来るようになった。
でも、ここがネズミとは違うとこで、限りなく増え続けるネズミ算とは違って、猫の場合は、猫同士の相性とか縄張りとかがあるから、10匹前後まで増えた猫は、それ以上は増えなくなった。たまに1匹がいなくなると、その代わりに別の新しい猫が来るけど、上限の数は決して増えない。きっと、「これ以上増えたら、ごはんがもらえなくなる」といった感じの空気感みたいなものを、猫たち自身が感じてるのかもしれない。
家に来る10匹前後の猫たちは、1匹を除いて、あたしに近寄らない。あたしが家から出ると、まずは真っ先に黒猫のチェルシーが走って来て、あたしの足にまとわりつき、頭をグイグイと摺り寄せて、あたしの顔を見上げて「ニャアニャア」と鳴き、あたしが抱き上げると、あたしの顔に頭を擦りつける。そして、玄関に戻ってカリカリ(猫用のドライフード)の袋を持って出て来ると、バンザイをするように立ち上がり、「早くちょうだい」とあたしを急かす。
すると、その様子を感じ取ったのか、庭の塀の上に1匹、裏庭への通路に1匹、隣りの私道に1匹‥‥と猫たちが現われ始めて、あたしとチェルシーとのやり取りを凝視しつつ、ジョジョに奇妙に近づいて来る。そして、家の裏のいつもの場所に行くと、少ない時でも5~6匹、多い時は10匹前後の猫たちが、あたしがいつもの大きな器にカリカリを山盛りにして、いつもの場所に置くのを、今か今かと見守ってる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、ものすごくメンドクサイヤ人なんだけど、猫たちには猫たちなりの上下関係があるから、大きな器にカリカリを山盛りにして置いても、それを真っ先に食べることができるのは、その時のメンバーの中で一番上の猫だけで、他の猫たちは待ってなきゃならない。寿司桶みたいな大きな器だから、物理的には5~6匹の猫が一緒に食べられるハズなのに、他の猫が器に近づくと、一番上の猫が威嚇して追い払おうとする。
あたしは、あたしに懐いてる黒猫のチェルシーが一番可愛いから、チェルシーにだけは離れた場所で、小さい器でカリカリをあげるんだけど、チェルシーがそのカリカリを食べてると、大きな器を一番上の猫に独占されて食べることができない他の猫たちが、今度はこっちにやって来る。忍び足で近づいて来て、自分よりも体の小さいチェルシーを追い払って、チェルシーの食べてるカリカリを食べようとする。
だから、あたしは、チェルシーが食べ終わるまで、すぐ前にしゃがんでないといけない。あたしが目の前にしゃがんでると、チェルシーも安心してカリカリを食べ続けることができるし、他の猫たちも近寄って来ないからだ。だけど、あたし的には、他の猫たちにもカリカリを平等に食べさせてあげたい。それで、もうひとつ別の小さな器にカリカリを入れて、チェルシーから2メートルくらい離れた場所に置いてみると、その器に3~4匹の猫が近づくんだけど、それを食べるのは、やっぱり、その中で一番上の猫なのだ。
そして、また何匹かの猫がアブレちゃう。だから、家に来た猫たちに平等にカリカリを食べさせるためには、猫の数だけ器を用意して、1メートル間隔くらいに並べないとならない。だけど、毎日のことだし、さすがにそこまではできないから、あたしは、大きな器にカリカリを山盛りにして置き、チェルシーにだけ特別に小さい器でカリカリを食べさせ、他の猫たちには申し訳ないけど、待ってもらってる。
大きな器を独占してた一番上の猫は、食べたいだけ食べてお腹がいっぱいになればどこかへ行っちゃうから、そしたら二番目の猫が食べに行く。二番目の猫がお腹いっぱいになれば、次は三番目の猫が食べに行く。量的には十分すぎるほど山盛りにしてるから、「自分の番が来るまで待つ」ということだけ納得してくれれば、家に来た猫たち全員がお腹いっぱいになれるのだ。そこで、あたしは、この「一番上の猫から順番にカリカリを食べる」というシステムを、人間の世界の「年功序列」に倣って、「ニャン功序列」と名づけてみた。
‥‥そんなワケで、あたしが家に来る猫たちにごはんをあげるのは、基本的に1日に1回で、当然、あたしの生活や仕事が優先されるから、朝だったり昼だったり夕方だったりする。ホントなら、毎日決まった時間にあげられればいいんだけど、そうもいかない。だから、猫たちは「いつ、ごはんをもらえるか」ということが分からなくて、あたしが玄関から出て来るのをずっと待ってるんだと思う。そして、その急先鋒が、黒猫のチェルシーなのだ。
だって、早朝だろうが深夜だろうが、あたしが玄関を開けて外に出ると、10回に9回は10秒以内にチェルシーが飛んで来るからだ。そして、あたしが玄関に戻ってカリカリの袋を持って来ると、チェルシーが「ニャアニャア」と甘え始めて、その声とか空気感とかで、他の猫たちも集まって来るのだ。
でも、たとえば、その日のお昼に猫たちにカリカリをあげて、その数時間後の夕方に玄関を開けて外に出たりすると、チェルシーだけは飛んで来るけど、他の猫たちはやって来ない。お腹がいっぱいになったから、みんなそれぞれ、思い思いの場所で、お昼寝したりお散歩したりしてるんだろう。だけど、お腹がいっぱいでも飛んで来るチェルシーは、あたしの足にまとわりついて甘えてくるから、可愛くて仕方がない。あたしが、抱きあげて首やシッポの付け根を搔いてあげるとゴロゴロと喜ぶし、顔を近づけるとあたしの顔に頭をグイグイと押しつけて来るし、もう可愛くて可愛くてたまらない。
それで、あたしは、一度家に戻って、「とっておきのおやつ」を持って来て、チェルシーに食べさせてあげる。「とっておきのおやつ」とは、前日の夜にあたしが食べたアジのひらきの皮とか、サバの味噌煮の皮とかなんだけど、いつもはあたしが食べちゃう魚の皮を、チェルシーにあげるために残しておいて、お水に浸けて塩分を抜いて、猫が食べても大丈夫にしておいたものだ。
チェルシーは、数時間前にカリカリを食べてても、この「とっておきのおやつ」には、飛びついて夢中で食べる。だから最近は、晩ごはんに焼き魚や煮魚を食べる時、あたしは、皮だけじゃなくて、身も少しだけ残すようになった。焼き魚や煮魚の皮がない時は、チクワや薩摩揚げや魚肉ソーセージを細かく刻んであげるんだけど、チェルシーは何でも喜んで食べる。そして、目をつぶって夢中で食べるチェルシーの顔を見てると、あたしは幸せな気分になる。
‥‥そんなワケで、チェルシーは女の子なので、もう少し大きくなったら不妊手術をしないといけないんだけど、猫の場合、男の子を去勢手術をしたり女の子を不妊手術したりすると、性格が変わっちゃうことが多い。男の子は、大人しくなって甘えん坊になるパターンが多いから、特には困らないんだけど、女の子は、たまに冷たくなって人間を避けるようになるケースがある。だから、もしもチェルシーが冷たくなって、あたしに近寄らなくなったりしたら、あたしはとっても寂しくなっちゃう。だけど、殺処分されるかわいそうな野良猫を増やさないためと、何よりも猫エイズや猫白血病の感染リスクを最小限にするために、去勢手術や不妊手術はどうしても必要なのだ。だから、あたしは、チェルシーがあたしに懐いてる今、「ニャン功序列」の掟を破っても、チェルシーにだけ「とっておきのおやつ」をあげ続けてる今日この頃なのだ。
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