« 回転ベッドで愛を叫んだ昭和のラブホ事情 | トップページ | 歳時記と注解の世界 »

2018.03.29

星の王子さまとキツネの言葉

あたしは『星の王子さま』が大好きで、「無人島に持って行く一冊」としても「人生の最後に読む一冊」としても『星の王子さま』を選ぶほど大好きだ。東京ディズニーランドにもUSJにも一度も行ったことがないあたしだけど、箱根にある「星の王子さまミュージアム」には何度も行ったことがある。それほど大好きな『星の王子さま』だけど、読んだことがない人でも、有名だから題名だけは知ってるだろう。それもそのはず、『星の王子さま』は、1943年に出版されて以来、現在までに200カ国以上で翻訳されて発売され、世界で1億5000万冊を超えるスーパーロングベストセラーだからだ。

原作者はフランス人のアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリで、フランス語の原題は『Le Petit Prince』、「Petit」は日本でも日常会話で使われる「プチ」のことで「小さい」という意味だ。つまり、原題は『小さい王子さま』ということになる。フランス語だけでなく、英語でも『The Little Prince』、中国語でも『小王子』、世界200カ国の大半が原題に忠実に『小さい王子さま』というタイトルで発売しているのに、日本では『星の王子さま』となってる。これは、日本で1953年に初めて岩波書店から出版された日本語版の翻訳を担当した内藤濯(ないとう あろう)さんの手柄で、もしも内藤さんが『小さい王子さま』と直訳していたら、日本ではこれほどまでに愛されていなかったかもしれないと思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、『星の王子さま』の原作者のサン=テグジュペリは、1900年に生まれた。兵役で陸軍飛行連隊のパイロットになり、退役後は民間の航空会社に入り、長距離の郵便パイロットとしてヨーロッパと南米を飛んだりした。でも、当時の飛行機は、よく飛行中にエンジンが止まるので、パイロットたちは飛行ルートの下の地面の状況を「ここは草原」とか「ここには小さい川がある」など詳しく地図に記していて、どのあたりでエンジンが止まったらどこに不時着するかを決めた上で飛行していた。今の在日米軍よりも、遥かに責任感があったというワケだ。

冗談みたいに聞こえるかもしれないけど、サン=テグジュペリが自分の郵便飛行のことを綴った『人間の土地』の中には、飛行中に実際に自分の飛行機のエンジンが止まってしまい、不時着するまでのスリリングな様子が詳細に記されている。『星の王子さま』でも、砂漠に不時着したパイロットが重要な役として登場するけど、これは自分の体験から生まれたキャラクターであり、自分自身を投影した分身なのだ。そんなサン=テグジュペリも、1939年に第二次世界大戦で召集され、1944年、出撃後に地中海上空で行方不明となり、後に海底から墜落した機体の残骸が発見された。飛行機を愛し、とりわけ夜間飛行を愛し、星空を愛し、人間を愛したサン=テグジュペリは、『星の王子さま』が発売された翌年に、44歳という若さで戦死してしまったのだ。


‥‥そんなワケで、あたしが『星の王子さま』と出会ったのは、前にも書いたことがあるけど、小学1年生の時だった。あたしは小学校に上がる前、病気で半年以上も入退院を繰り返していたため、1年遅れで小学校に上がった。初めての小学校、初めてのランドセル、初めての広い校庭、初めての大きな上級生たち、本当なら嬉しいことだらけのはずなのに、あたしはなかなかクラスに馴染めず、お友達もできなかった。あたしがみんなよりも1歳年上ということは、担任の先生くらいしか知らなくて、クラスのみんなは知らないことなのに、あたしは自分だけがみんなと違うということを気にしすぎてしまい、自分から積極的にみんなの輪に入っていくことができなかった。

そんなある日のこと、あたしたちのクラスは、初めての秋の学芸会でのお芝居が『星の王子さま』に決まり、配役を選ぶことになった。いろいろな役は、やりたい人が手を挙げたり、お友達が推薦したりしてクラスで決めたんだけど、主人公の王子さまと、それに次ぐ重要な役のキツネは、先生があらかじめ決めていた2人を最初に発表した。王子さまは、驚いたことに男の子じゃなくて、クラスで一番元気が良くて人気者だったショートカットの女の子だった。そして、キツネはあたしだった。この時は分からなかったけど、先生はきっと、なかなかクラスに馴染めなかったあたしのために、みんなの輪に入るチャンスを作ってくれたんだと思う。

お芝居は大成功で、あたしたちのクラスは校長先生から金賞をいただいた。あたしはたくさんのお友達ができて、朝はみんなが「おはよう」と言ってくれて、あたしもみんなに「おはよう」と言えるようになれた。体育のドッジボールでも、無視されずにちゃんとボールをぶつけてもらえるようになれた。それまでは、自分の席以外は自分の居場所とは思えなかった教室が、廊下が、校庭が、ぜんぶ自分の居場所になった。あたしは、とっても元気になって、そして、『星の王子さま』が大好きになった。

地球にやってきて、キツネと仲良しになった星の王子さまに、別れの時が訪れる。キツネとの別れを悲しむ王子さまは「こんなに悲しくなるのなら、仲良くなんかならなければ良かった」って言う。キツネは「黄色く色づく麦畑を見て、王子の美しい金髪を思い出せるのなら、仲良くなったことは決して無駄なことじゃなかったって思うよ」って答える。そして、別れ際にキツネは「大切なものはね、目には見えないんだよ」って王子さまに教える。


‥‥そんなワケで、小学1年生だったあたしは、この物語の深い意味など分からずに、先生が作ってくださった台本のセリフをそのまま暗記して、練習した通りの大きな身振り手振りで「大切なものはね、目には見えないんだよ」と言っただけなのに、右端の父兄席の一番前で観ていてくれた母さんは、ハンカチで涙を拭いていた。サン=テグジュペリは、この『星の王子さま』について、「子どものためだけじゃなく、大人にも向けて書いたんだ」と語っているけど、あたしがこの言葉の意味を理解できたのは、自分が大人になってからのことだった。そして、今では、もっともっと深く読めるようになった今日この頃なのだ。


★ 今日も最後まで読んでくれてありがとう!
★ よかったら応援のクリックをポチッとお願いします!
  ↓

|

« 回転ベッドで愛を叫んだ昭和のラブホ事情 | トップページ | 歳時記と注解の世界 »