« いざなぎ景気と三種の神器 | トップページ | ライ麦畑でつかまえたものは? »

2018.04.12

シュレーディンガーの猫

梅干しを見ただけで口の中が酸っぱい感じがして唾液が出てくる‥‥というのは、あたしたち日本人が梅干しの酸っぱさを知っているから起こる現象で、生まれて初めて日本にきて、生まれて初めて梅干しを見た外国人だったら、こういう現象は起こらない。これは、「梅干しは酸っぱいものだということを体験して知っている」という条件に当てはまる人にだけ起こる反射行動なので、一般的に「条件反射」と呼ばれている。そして、この条件反射は、長いこと人間やチンパンジーなどのような高等動物にだけ起こるものだと思われてきた。

でも、ロシア人初のノーベル賞受賞者となった生理学者、イワン・パブロフ(1849~1936年)による有名な実験「パブロフの犬」によって、高等動物以外にも起こるということが分かり、最近では、昆虫や扁形動物であるプラナリアなどにも条件反射が見られることが分かった。「パブロフの犬」の実験は、有名だから説明の必要もないと思うけど、念のためにザックリと書いておくと、犬にエサをあげる前にベルを鳴らすということを繰り返していたら、そのうち、ベルを鳴らしただけで犬が唾液を出すようになったという実験だ。

ただし、これはけっこう残酷な実験で、もともとは犬の唾液の分泌量を調べるための実験だったため、犬の頬に手術で穴を開けて管を通して行なっていたそうだ。そして、犬の唾液の分泌量を調べているうちに、副産物的に「条件反射」が発見されたという。唾液を調べるだけだから、犬の頬に開けた穴は、たぶんストローが通るくらいの小さな穴だったと思うので、犬が死ぬようなことはなかったと思うけど、基本的に「動物実験反対」のあたしとしては、こういう実験でも詳しい内容を知ると嫌な気分になる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、この「パブロフの犬」と比べると、遥かに残酷すぎる実験が、オーストリア出身の理論物理学者エルヴィン・シュレーディンガー(1887~1961年)による「シュレーディンガーの猫」だ。こちらは「パブロフの犬」ほどメジャーじゃないし、「知る人ぞ知る」って感じなので、ちょっと詳しく解説するけど、まず、フタを閉めると密閉される大きめの箱を用意して、その中に、1時間以内に崩壊する確率が50%の放射性物質ラジウムと、ラジウムの崩壊を検知すると青酸ガスを出す装置と、猫を1匹入れる。そして、1時間後にフタを開けて、猫が生きているか死んでいるかを確認する‥‥という実験だ。

簡単に言えば、ラジウムが1時間以内に崩壊する確率が50%だから、その崩壊を検知して青酸ガスが出る確率も50%なので、猫が死んでしまう確率も50%ということになる。だけど、これは、あたしたち人間が生きている普通の世界、マクロの世界での話であって、これは量子力学、つまり、ミクロの世界の実験なのだ‥‥って、この辺で「はぁ?」ってなっちゃった人もいると思うので、まずは安心してもらうために言っておくけど、これは実際に行なう実験じゃなくて、量子力学上の矛盾を説明するための例としてシュレーディンガーが挙げた想像上の思考実験なのだ。だから、これまでに猫は1匹も犠牲になっていない。

そもそも、あたしは、高校生の時の物理ですらチンプンカンプンだったし、日本人がノーベル物理学賞を受賞するたびに「すごいな~」とは思うけど、いったいぜんたい何の研究で受賞したのか、新聞を読んでも理解できないようなレベルの人間だ。だけど、数学の「トポロジー」とか、幾何学の「クラインの壺」とかには興味があったので、図書館で本を借りて読んだりしてきた。だから、苦手な物理学も、有名な「量子力学」くらいはザックリと理解しておこうと思い、何度か専門書にチャレンジしてみた。でも、やっぱり、「量子力学」の専門書は、物理学の基礎もできていないあたしにはハードルが高すぎて、ほとんど理解できなかった。そして、そんな中で、あたしにも何とか理解できたのが、この「シュレーディンガーの猫」の思考実験であり、この実験へとつながるミクロの世界の不思議な状況だった。


‥‥そんなワケで、まず、あたしたちの生活しているマクロの世界、巨視的な世界では、水は、水道の蛇口から出てくる液体で、コップに入れて飲んだりする。水を1個、2個、3個と数えることはできないから、500ミリリットルとか、2リットルとか、バケツ1杯分とか、容積で量るしかない。一方、量子力学のミクロの世界、微視的な世界では、水は、水分子という小さな粒の集合体なので、1個、2個、3個と数えることができる。そして、この水分子を始めとしたいろいろな分子は、電子や原子の集合体であり、そうした地球上の最小単位である電子や原子を調べるのが「量子」の世界だ。そして、夫の武豊が浮気相手との路上キスをフライデーされた時に、神対応を見せたのが「佐野量子」の世界だ(笑)

ミクロの世界では、佐野量子を始めとしたマクロの世界の住人の理解を超えた不思議なことが日常的に起こっている。それが顕著に分かるのが「二重スリット実験」だ。たとえば、ダンボールの真ん中に、横1センチ、縦20センチの細長い長方形のスリットをカッターで開けて、このダンボールを壁から10センチくらい離した場所に固定して、ラッカースプレーを吹き付ける。そうすると、細長いスリットの部分だけスプレーが通過するから、壁にはスリットの形に色が付く。壁から10センチほど離しているので、きちんとした長方形ではなく、周囲が少しぼやけた感じになるけど、スリットの形に近い1本の縦線ができる。そして、次に、同じスリットが横に2本並んだダンボールを使うと、今度は壁に2本の縦線ができる。これが、マクロの世界だ。

そして、これと同じことを、ミクロの世界でもやってみたのが「二重スリット実験」だ。すべてをミクロに対応するように準備して、ラッカースプレーの代わりに電子の粒を使い、壁にどのような形が残るかを調べたものだ。すると、最初のスリットが1本の場合は、ラッカースプレーと同じに、数えきれないほど発射された電子のうち、スリットを通過したものだけが壁に到達して、壁にはスリットと同じ形の縦線が1本できた。ここまでは、あたしたちマクロの世界の住人にも容易に想像できただろう。

でも、次にスリットが2本の実験を行なってみたら、壁には2本の縦線ができたのではなく、濃淡を持った縦線が何本も並んでいる波状の模様ができたのだ。これは、水を使って同じ実験をした時にできる波状模様と同じなので、最初の実験では、2本のスリットを通過した電子同士がぶつかり合い、それが左右に散らばることでこのような結果になったのでは?‥‥と推測された。そこで、今度は、とても時間が掛かるけど、電子を1個ずつ発射するという方式にしてみた。1個の電子を発射して、それがスリットを通過できずに板にぶつかっても、スリットを通過して壁まで到達しても、それが終わってから次の電子を発射する。こうすれば、スリットを通過した複数の電子同士がぶつかり合うことはないので、壁には2本の縦線ができるのではないか?‥‥という考えからの実験だ。

しかし、結果は違った。電子を1個ずつ発射したのに、壁には最初の実験と同じく、何本もの縦線が波状に並んでしまったのだ。これは、マクロの世界の科学では説明できないことだ。でも、こんなところで驚いていてはいけない。ここから先は、もはや科学とか物理とか言うよりも、完全にオカルトの世界のような不思議なことが起こってしまったのだ。

電子を1個ずつ発射しても壁に2本の縦線ができないということは、スリットを通過した電子が何らかの原因で予想外の動きをしている可能性があるため、スリットの部分をミクロで監視するカメラをセッティングして、通過する電子の動きを細かく記録してチェックしてみることにした。そして、また、電子を1個ずつ発射する実験を開始した。すると、一体どうしてしまったんだろう?今度は、マクロの世界のラッカースプレーと同じに、壁には2本の縦線ができたのだ。そして、監視用のカメラを外してから同じ実験をすると、今度は最初と同じに、壁には何本もの縦線が波状に並んだのだ。

これ、意味が分かる?まるで、電子の1個1個に人間のような知能や思考があって、誰にも見られていない時には好き勝手に自由に飛んでいたのに、カメラに監視されたとたん、お行儀よく真っ直ぐにしか飛ばなくなった‥‥ってことだよね?そして、これは、何度やっても、同じ結果になったのだ。気温や湿度や照明などの条件はすべて一定なのに、カメラに監視されている、つまり、誰かに見られているという条件が付加されると、電子はそれまでと違った動きを始めるのだ。


‥‥そんなワケで、こうしたマクロの世界ではありえないことが、理論上とかじゃなくて、ちゃんとした実験で証明されているのだから、信じるも信じないもあなたの自由‥‥ってわけには行かず、どんなに納得できなくても、あたしたちは信じるしか選択肢がない。そして、こうした理解を超えた量子力学の不思議なことを理論的に理解するために生まれたのが、デンマークの首都コペンハーゲンにあるボーア研究所から発信されたために「コペンハーゲン解釈」と呼ばれている「重なり合った状態」という把握だ。

マクロの世界では、コマを回すとしたら、右に回すか左に回すかのどちらしかない。1つのコマを右に回したら、右回りが100%で、左回りは0%だ。でも、ミクロの世界のコマは、右と左に同時に回すことができる。これは、右に回るコマと左に回るコマが50%ずつ重なり合った状態なんだけど、コマは2つあるわけじゃなくて、1つのコマが同時に右にも左にも回っているのだ。意味、分からないよね?あたしだって分からない。でも、そう仮定しないと説明できない不思議な実験結果があるのだから、意味が分からなくても、「そういうもんだ」と思って先へ進むしかない。

とりあえず、ここまでのポイントを整理しておくと、あたしたちのいるマクロの世界では、すべてのものの存在確率が「100%か0%」しかないけど、ミクロの世界では、存在確率が「50%」ということがある。そのため、同一の電子や原子が一度に相反する動きをすることが可能なのだ。そして、何よりの不思議ポイントが、ミクロの世界では、誰かに監視や観測をされることで、動きや状態が変化するという点だ。

マクロの世界のあたしだって、自宅に自分しかいなければ、暑い夏はお風呂上りに全裸のまま、冷蔵庫の前に仁王立ちしてキンキンに冷えた発泡酒を飲んだりするけど、もしも、誰が見ているか分からない監視カメラを自宅の中に設置されていたら、そんなことは絶対にしなくなる。だけど、これは、あたしたちが、知能や意思や羞恥心を持った人間だからであって、とても知能や意思があるとは思えない電子や分子が、監視や観測をされることで動きや状態を変化させることとは根本的に違う。第一、もしもあたしがミクロの世界の住人なら、あたしの家の冷蔵庫の中の発泡酒は「あたしが飲んだ状態」と「飲んでいない状態」が50%ずつ重なり合っているから、たとえ1本しかない発泡酒をあたしが飲んだとしても、次に冷蔵庫のドアを開けると、50%の確率で、まだ「飲んでいない状態」のものが冷えているかもしれないし(笑)


‥‥そんなワケで、ミクロの世界では当たり前の「重なり合った状態」を、あたしの発泡酒の話よりも分かりやすく、マクロの世界に置き換えて説明するために考えられたのが、今回のテーマである「シュレーディンガーの猫」という思考実験なのだ。実験の内容は最初に説明した通りなので、本当にこんな残酷な実験をしたら、1時間以内の青酸ガスの発生率が50%なのだから、猫の生存確率も50%で、1時間後に箱のフタを開けた時、猫は死んでいるか生きているかのどちらかだ。もしも実験を100回やれば、きちんと50対50にはならないかもしれないけど、45対55とか、53対47とか、ほぼ半々に近い確率で、猫の生き死にが分かれるだろう。

でも、この箱の中でも、ミクロの世界では「重なり合った状態」が起こっている。箱の中の放射性物質ラジウムは、1時間後までに、原子核が1つ以上崩壊した状態と、まったく崩壊していない状態が「重なり合った状態」で存在しているのだ。それなのに、そのミクロの世界での出来事が、マクロの世界の住人である猫の生死を決めてしまう。しかし、ミクロの世界での出来事を主軸にして考察すれば、箱の中のラジウムは崩壊した状態と崩壊していない状態が50%ずつ重なり合っているのだから、その流れとしての青酸ガスも、発生するか発生しないかという二択ではなく、発生した状態と発生しない状態が50%ずつ重なり合うことになり、その結果として、猫も死んでいるか生きているかの二択ではなく、死んでいる状態と生きている状態が50%ずつ重なり合った猫が箱の中にいることになる。そして、箱のフタを開けて人間が観測した瞬間に、猫は「誰かに観測された」ことが引き金になって、生きているか死んでいるかのどちらかの状態に収束するのだ。

もちろん、実際に実験をしたら、そんなことはありえないし、それ以前に、「死んでいる状態と生きている状態が50%ずつ重なり合った猫」というものが想像できない。中には、死にかけてグッタリした猫を思い浮かべた人がいるかもしれないけど、それはあくまでも「死にかけた猫」であり、正確に言えば、まだ「生きている猫」だ。ここで言う「重なり合った猫」とは、元気に走り回る猫と、完全に死んでしまってピクリとも動かない猫が、同時に1匹の猫として存在しているという状態だから、マクロの世界のあたし達には想像することもできない。でも、「二重スリット実験」などで分かっているミクロの世界での不思議な現象を基本にして、ミクロ側の視点から「シュレーディンガーの猫」という思考実験を行なえば、このような結論に達するのだ。

そして、もしも箱に窓を付けたり、ガラス張りの箱を使ったりして、中の猫を観察しながら実験を行なえば、ラジウムを構成する原子核は「誰かに見られている」と感じて、いつもとは違った動きをしてしまう恐れがあるから、あたしたちマクロの世界の住人は、どんなに理論的に正しくても、決して「死んでいる状態と生きている状態が50%ずつ重なり合った猫」を見ることはできない。結局、この「シュレーディンガーの猫」という思考実験は、ミクロの世界で日常的に起こっている不思議な現象を、マクロの世界に置き換えることで、「整合性があるので理論的には納得できるけど、現実的には理解できない」という量子力学のパラドックスを浮き彫りにするためのものなのだ。


‥‥そんなワケで、今回のエントリーは、あたしがもっとも苦手とする物理、それも難しい量子力学がテーマだったので、物理が得意な読者からはいろいろとツッコミを入れられそうな予感もするけど、あたしなりにがんばって自分の理解できた範囲のことを分かりやすく書いたつもりなので、あまりミクロの目で細かい粗探しはせずに、ここはひとつ、マクロの目で温かく見てほしい(笑)そして、今回のエントリーを読んで、量子力学の世界に少しでも興味を持った人は、とっても不思議な「二重スリット実験」を分かりやすくアニメで解説しているYOU TUBEの動画があるので、最後に紹介しておく。字幕の色が博士の服の色と重なって読みにくい部分もあるけど、すごく分かりやすい動画なので、見られる環境の人は、ぜひ見てみてほしい今日この頃なのだ♪


「2重スリットの実験」


★ 今日も最後まで読んでくれてありがとう!
★ よかったら応援のクリックをポチッとお願いします!
  ↓

|

« いざなぎ景気と三種の神器 | トップページ | ライ麦畑でつかまえたものは? »