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2018.05.18

盛りに盛った話

漢字で「盛る」と書くと、読み方は2つ、「さかる」と「もる」だ。前者は「盛り場」や「花の盛り」など、賑わっている様子を表わし、後者は「土を盛る」「茶碗にご飯を盛る」「入口に塩を盛る」など、物理的に何かを山型に置いたりすることを指す。そして、他の使い方としては、「共同宣言に平和への決意を盛り込む」「主人の夕食に毒を一服盛る」など、一定の物の中に何か別のものを入れるという意味でも使われる。

でも、現在、日常会話などで使われている「盛る」の多くは、「ものごとを誇張する」という意味での使われ方が多い。たとえば、話を大げさに言う人がいれば「話を盛ってますね~」などと言うし、若い人たちだけでなく、50代、60代、それ以上の年齢の人たちでも、こういう使い方をする人はいる。また、特に若い女性を中心として、自分を実際よりもきれいに見せるために、いろいろと趣向を凝らすことを「盛る」と表現することが一般的になった。

若い女性の場合、ここ数年は、つけまつ毛を2つ重ねて付けたりするなど、物理的に普段よりも濃いメイクをすることを「盛る」と言っていたけど、最近では、自分の写真をスマホ用アプリで修正して、目を大きくしたり、顔の輪郭を細くしたり、お肌の色を明るくしたりと、まるで別人のように加工してしまうことも「盛る」と言うようになってきた。これは、SNSの普及という背景によるもので、SNS「インスタグラム」に投稿すると見映えのいい風景や料理などを「インスタ映えがいい」などと言うようになったころから、こうした画像加工のアプリも一気に広まってきた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、こうした画像の加工は、プロの世界では30年くらい前から普通に行なわれてきた。男性向け雑誌の女性グラビアなどでは、水着の女性のウエストを細くしたり、胸を大きくしたり、脚をスラッとさせたりと、当たり前のように画像を加工してきた。こうした直接的な加工でなくても、たとえば、背景に無関係な人物や看板などが写り込んでしまった場合には、それを消して何もなかったように見せたり、逆に、何も写っていない背景にオシャレな店の画像を合成して、あたかも海外で撮影したかのように見せたり、こういう加工は日常的に行なわれてきた。

一般の人たちが利用する街の写真スタジオでも、七五三の記念写真からお見合いの写真、結婚する新郎と新婦の前撮り写真から選挙ポスターの顔写真に至るまで、撮影した写真を細かく加工している。基本的には、お肌の色を明るく調整したり、顔のシワを消したり、顔色の悪い人の場合は頬に赤みを入れたりと、主にお肌の調整が主流だけど、こうした美顔加工は普通に行なわれている。覚えている人もいると思うけど、猪瀬直樹さんが東京都知事選に立候補した時の選挙ポスターでは、この美顔加工をやり過ぎてしまい、まるでプチ整形したような写真になってしまったため、ネット上で爆笑ネタにされてしまったことも記憶に新しい。

こうした画像加工のソフトは、これまでも「フォトショップ」を始め、いろいろとリリースされていたけど、その大半はプロ向けの専門的なソフトだった。それが、スマホの普及や画像投稿SNSの普及に伴って、顔写真に特化した簡単なアプリとしてスマホ対応でリリースされ始めたため、一気に広まり、主に若い女性たちが自分の画像を「盛る」ために使うようになってきたというわけだ。

さて、話は元に戻るけど、若い女性たちを中心にして、自分を実際よりもきれいに見せるために趣向を凝らすことを「盛る」と表現するようになってから約10年、今では画像の加工までを「盛る」と言うようになったけど、そもそもは本来の意味の1つである「土を盛る」「茶碗にご飯を盛る」「入口に塩を盛る」などと同じように、物理的に「盛る」という意味で使われ始めたものだった。

あたしの記憶が正しければ‥‥なんて言うと、かつての『料理の鉄人』のオープニングみたいで、小鼻をふくらませてパプリカを丸ごと齧(かじ)らなきゃならなくなりそうだけど、今から約10年前の2008年にピークを迎えたギャル雑誌『小悪魔ageha』によって、女子高生から20歳前半くらいまでの女性たちの一部に「キャバ嬢ブーム」が巻き起こり、この雑誌に登場する現役キャバ嬢のモデルたちの「盛り上げたヘアスタイル」と派手なメイクやファッションに憧れたりマネしたりする女性が増え始めた。そして、この時、長い髪を巻き上げるだけでなく、部分ウイッグやエクステ(付け毛)で髪のボリュームをアップして盛り上げることを「盛る」と言うようになったのだ。

最初は、ギャル同士で、お互いのヘアスタイルを見て「今日も盛りに盛ってるね~」なんてふうに使い始めた言葉だったんだけど、そのうち「今日のメイクも盛ってるね」とか、次第にヘアスタイル以外にも使われるようになっていった。これが2005年くらいのことなんだけど、当時は、まだスマホはほとんど普及していなくて、多くのギャルたちは今で言うガラケーを使っていた。一部のギャルたちの間では、自分の愛用のガラケーに、ネイル用のスワロフスキーなどをボンドで貼りつけてゴージャスに飾ることが流行し、これも「盛る」と表現していた。

さらに遡(さかのぼる)ると、1970年代に大ヒットした映画『トラック野郎』で、主演の菅原文太さん演じる桃次郎を始めとしたトラック野郎たちの愛車、数々の電飾や派手なペイントで仕上げた自慢のトラックを「デコレーション・トラック」、略して「デコトラ」と呼んでいた。しかし、時代の流れとともに、この「デコトラ」は「アート・トラック」と呼ばれるようになり、飾り立てることを「デコ」と呼ぶ風潮は下火になっていった。しかし、その後、バブル期が訪れると、主に女性たちが自分の持ち物などを派手に飾り立てることを「デコる」と言うようになり、それが「盛る」に変化していったのだ。


‥‥そんなワケで、女子高生やギャルの間で流行している「ギャル語」の流行ランキングを見てみると、この「盛る」という言葉は、ギャル雑誌『小悪魔ageha』の人気がピークだった2008年には1位、翌2009年には5位、翌2010年には10位と推移して、2011年以降はトップ10から消えてしまった。でも、これは、この「盛る」という言葉が使われなくなったということではなく、新しいギャル語が次々と生み出されてきたため、自然とランキング外へ下がっていったものだと思われる。その証拠に、2017年の現在でも、「盛る」という言葉は普通に使われているからだ。

当時の他のギャル語を見てみると、「盛る」が5位に下がった2009年の1位は「アゲ・サゲ」で、これは、気分が良い時を「アゲ」、悪い時を「サゲ」と言っていたものだ。そして、「盛る」が10位に下がった翌2010年の1位は「アゲぽよ・サゲぽよ」だった。これも前年の「アゲ・サゲ」と同じ意味だけど、語尾に「ぽよ」を付けることで可愛らしく進化したものだ。また、このころからツイッターが普及し始めたため、「なう」が2位にランクインしている。そう言えば、当時は、ツイッターのツイートだけでなく、日常会話でも語尾に「なう」を付けて話す人をよく見かけた。

それから、今では普通に使われるようになったけど、現実生活が充実している人を指す「リアル充実」の略の「リア充」という言葉も、この年に生まれている。一方、今ではまったく使われなくなった「激おこぷんぷん丸」は、意外と最近で、2013年に2位にランクインしている。つまり、ギャル語の多くは一過性のもので、だいたい2~3年くらいで自然に消えていくけど、「リア充」のように、ギャル語から一般の流行語へと拡大し、今では日常的に使われる新語として定着したものもある、ということだ。

そうした中でも、今回テーマにした「盛る」のように、もともとあった言葉をギャルたちがそれまでとは別の意味で使うようになり、それが広まって一般でも使われるようになり、今では新しい使い方のほうが主流になってしまった、というケースは稀だと思う。そして、このままの流れでいくと、『広辞苑』や『大辞林』の「盛る」の項目に、新しい意味として「主に女性が、自分のヘアスタイルや化粧を派手にしたり、自分の写真を専用アプリで加工したりして、実際よりも良く見せようとする行為全般のこと」なんていう解説が書き込まれる日がくるかもしれない。


‥‥そんなワケで、たとえそうなったとしても、あたしはギャルじゃないから、お休みの日には最低限のメイクだけで近所のお蕎麦屋さんへ行き、日本盛の冷やを舛酒で注文して、舛のふちに盛った塩を舐めながらクイクイと飲み干して、シメに盛り蕎麦でもいただいて帰ってくるという生活なので、「盛る」という言葉の使い方としては、昔からある意味でしか使わないと思う。何しろ、あたしの場合は、ヘアスタイルやメイクを盛ったりしなくても、元から十分に美しすぎるからだ‥‥なんて、最後に思いっきり話を盛ってみた今日この頃なのだ(笑)


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