邦題やりたい放題
もう1年くらい前のことだけど、文化放送の早朝の『おはよう寺ちゃん活動中』を聴いていたら、パーソナリティーの寺ちゃん(寺島尚正アナ)が最新の映画を紹介して鑑賞券をリスナープレゼントするコーナー「シネマ寺ちゃん」で、『コンビニ・ウォーズ バイトJK VS ミニナチ軍団』という映画を紹介していた。寺ちゃんの解説によると、コンビニでバイトしている女子高生2人が、地下から出てきた小さなナチス軍団と戦うという、にわかには想像できないような内容で、タイトルからしても、この内容からしても、B級の匂いがプンプンする作品だった。そして、あたしは、この「コンビニ」や「JK」という名詞から、勝手に日本の映画だと思い込んでしまった。
あたしは、この映画が不思議と気になったので、一応、ネットで調べてみた。そしたら、一昨年2016年にアメリカで公開されたアメリカの作品で、日本では2017年に公開されたため、「シネマ寺ちゃん」で取り上げたということが分かった。それから、2014年にアメリカで公開されたホラーコメディー映画『Mr.タスク』のスピンオフ作品だということも分かった。あたしは『Mr.タスク』を観ていないのでピンと来なかったけど、この作品にはジョニー・デップの娘のリリー=ローズ・デップが映画初出演しているそうで、ハーレイ・クイン・スミスという女の子と2人で、コンビニでバイトする女子高生の役を演じているそうだ。
そして、そのコンビニを舞台にして、バイトの女子高生2人を主役にしたスピンオフ作品が、今回の『コンビニ・ウォーズ バイトJK VS ミニナチ軍団』なのだそうだ。この女子高生2人は、学校の勉強もコンビニのバイトも「やる気ゼロ」で、唯一、趣味のヨガにだけ熱中しているという設定で、コンビニの掃除用のモップなどを駆使して、地下から出てきた小さなナチス軍団と戦うらしい。だから、B級どころか、ちゃんとしたホラーコメディー映画みたいなんだけど、それにしては、このタイトル、あまりにもB級すぎる。それで、原題を見てみたら『Yoga Hosers』と書かれていた。
「Yoga」は「ヨガ」だけど、「Hoser(ホーザー)」はあまり目にしない単語だ。これはスラング(俗語)で、一般的には「ペテン師」とか「バカ野郎」といった意味で使われる言葉だけど、女性に対して使う場合は「誰とでも寝る女」「尻の軽い女」という意味になる。だから、この原題を直訳すると『ヨガ好きの尻軽女』という感じになる。だけど、さすがにこんなタイトルで公開するわけには行かないだろうから、日本の配給会社の担当者がいろいろと考えた結果、『コンビニ・ウォーズ』という直球の邦題を考え出し、その上で、タイトルを見ただけで内容がザックリと分かるように「バイトJK VS ミニナチ軍団」という副題をプラスしたんだと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、あたしは、ここまで原題とかけ離れた邦題というのも、最近では珍しいケースだと思った。昔は、洋画でも洋楽でも日本で売り出す時には、その多くに邦題が付けられ、その中には原題とかけ離れた邦題も散見されたけど、最近では英語の原題をそのままカタカナ表記にしただけのパターンが多くなってきたからだ。
あたしが小学生5年生か6年生の時、シンディ・ローパーの『ハイスクールはダンステリア』が大ヒットして、あたしもクラスのお友だちと一緒にシンディ・ローパーのダンスをマネして踊ったりしていた。だけど、この曲、原題は『Girls Just Want to Have Fun』、直訳すると「女の子は楽しみたいだけよ」という意味で、「ハイスクール」でもなければ「ダンステリア」でもなかったことを後から知った。そして、日本で原題とかけ離れたタイトルが付けられているということを知ったシンディ・ローパーはカンカンに怒り、日本のレコード会社に抗議をしてきた。そのため、日本では『ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン』という、原題をカタカナ表記にしただけのタイトルに変更されたのだ。今回の『コンビニ・ウォーズ バイトJK VS ミニナチ軍団』という邦題を見て、あたしは、何年ぶりかでシンディ・ローパーの件を思い出してしまった。
洋楽にまで手を広げてしまうと、あまりにも例が多くなってしまうので、今回は洋画だけに絞って取り上げるけど、こうした日本独自の邦題には、原題をそのまま日本語に直訳したものと、直訳した上に何かの言葉をプラスしたもの、そして、今回の『コンビニ・ウォーズ』のように原題とかけ離れたものがある。原題をそのまま日本語に直訳したと聞くと、何の芸もないように感じるかもしれないけど、原題を直訳した邦題の中にも、素晴らしい和訳だと感心するものがたくさんある。
たとえば、ヴィヴィアン・リーとクラーク・ゲーブルの『風とともに去りぬ』(1939年)だ。原題は『Gone with the wind』なので、意味はまったく同じだけど、センスのない人が訳したら「風と一緒に帰ります」とかになっていただろう。ま、この作品の場合は、映画より先にマーガレット・ミッチェルの原作小説が日本語に翻訳されて出版され、その時に『風とともに去りぬ』と訳されたため、映画はそれに倣っただけだけど、とっても素晴らしい訳だと思う。他にも、スティーブ・マックイーンの『大脱走』(1963年)、原題は『The Great Escape』なので、これも意味はまったく同じだけど、センスのない人が訳したら「立派な逃走」とかになっていたかも知れない。
チャールズ・チャップリンの『街の灯』(1931年)の原題は『City Lights』、オードリー・ヘプバーンの『ローマの休日』(1953年)の原題は『Roman Holiday』、こういう邦題は、直訳の中でもセンスを必要としないタイプなので、誰が訳しても同じような邦題になっていただろう。だけど、先ほどの『風とともに去りぬ』のようなタイプは、翻訳者のセンスが大きく左右する。たとえば、マリリン・モンローの『帰らざる河』(1954年)、原題は『River of No Return』なので「戻って来ない川」と訳されても間違いじゃない。でも、これを「帰らざる」と訳した上に、「川」ではなく「河」という表記を使って「大河」であることを感じさせた邦題は素晴らしいと思う。
マリリン・モンローの作品には、他にも翻訳者のセンスが光る邦題がいろいろある。『七年目の浮気』(1955年)の原題は『The Seven Year Itch』で、「Itch(イッチ)」は一般的には「痒み」という意味だけど、スラングでは「痒くてムズムズする」が転じて「○○をしたくて我慢できない」という意味として使われている。そのため、この原題を直訳すると「(結婚して)7年くらい経つと浮気の虫が騒ぎ出す」という感じの意味になる。それをサクッとコンパクトにまとめて『七年目の浮気』という邦題にしたのは、間違いなく担当者の手柄だと思う。
そして、何よりも素晴らしいのが、『お熱いのがお好き』(1959年)だ。原題は『Some Like It Hot』だけど、この「Some」は「Some people」の「people」を省略したもので、「It」はその人たちの「ライフスタイル」のこと。この場合は「ライフスタイル」の中でも「性生活」を指している。だから、直訳すれば「ある人たちは熱い性生活が好みです」ということになる。そのため、原題の本意に忠実に直訳するなら、この「Hot」は「熱い」ではなく「刺激的な」と訳したほうが、より原題のニュアンスに近くなる。だけど、いくら原題の本意に忠実に和訳したとはいえ、「刺激的な性生活が好きな人たち」などというセンスのかけらもない邦題で公開できるわけがない。その点、この『お熱いのがお好き』という邦題は、原題の本意をきちんと汲み取りつつも、エロすぎる直接表現は避けている。それでいて、セクシーなマリリン・モンローのポスターにこの邦題が書かれてあれば、誰もが本意を理解する。あたしは、本当に素晴らしい邦題だと思うし、何よりも品(ひん)がある点に好感が持てる。
あたしの一番好きな洋画、メリナ・メルクーリの『日曜はダメよ』(1960年)も、英語の題名は『Never on Sunday』で、ギリシャ語の原題も同様だ。「never on ~」は「not on ~」と同じで「決して~でない」という強い否定なので、原題のニュアンス通りに直訳すれば「決して日曜はダメ」とか「日曜は絶対にダメ」という感じになる。でも、この邦題では「決して」とか「絶対に」という強調を使わずに、さらには「ダメよ」という女性言葉を使い、原題よりも柔らかいニュアンスの『日曜はダメよ』という邦題が付けられた。ギリシャの港町ピレウスで暮らす船乗り相手の娼婦、メリナ・メルクーリ演じるイリヤは、月曜から土曜まではお客をとっているけど、日曜だけは仕事をお休みにして、ドアに「ギリシャ悲劇観劇のため休業」という札を吊るして、路面電車やバスで大好きな野外オペラを観に行く。だから、「私を抱きに来ても日曜はダメよ」というワケだ。「駄目」じゃなくて「ダメ」という表記も可愛くて最高だし、男勝りで竹を割ったような性格でありながらも、ギリシャの海のように広くて深い愛情を持ったイリヤのやさしさが表現された素晴らしい邦題だと思う。
‥‥そんなワケで、他にも、直訳された邦題の秀作はいろいろあるんだけど、他のパターンを紹介できなくなっちゃうから、次は、原題を直訳した上に何かの言葉をプラスしたパターンをいくつか紹介しようと思う。まずは、チャールズ・チャップリンの『黄金狂時代』(1925年)、原題は『The Gold Rush』なので、直訳すれば「金鉱に殺到する人たち」が転じて「黄金狂」だけでいいんだけど、これに「時代」をプラスすることで、アメリカの1800年代のゴールド・ラッシュの全体像をも感じさせる秀逸な邦題になった。そう言えば、さっきのマリリン・モンローの『帰らざる河』もゴールド・ラッシュが舞台だけど、やっぱり「川」よりも「河」のほうがイメージが合っている。
もっと分かりやすい例は、ジャック・レモンとシャーリー・マクレーンの『アパートの鍵貸します』(1960年)だ。原題は『The Apartment』だけど、このまま直訳して「アパート」などという邦題にしたら、映画の魅力がまったく伝わらない。そこで、ジャック・レモン演じるサラリーマンのバドが、自分のアパートの部屋を愛人との密会用に又貸しして小遣いを稼いでいるというストーリーから、原題の直訳の「アパート」に「鍵貸します」という表現をプラスしたのだ。これだけで、この邦題は一気に興味を惹きつけるものになった。
また、これも分かりやすい例だけど、SF映画の『遊星からの物体X』(1982年)、この作品の原題は『The Thing』なので、直訳したら単なる「物体」だ。これも、直訳を邦題にしたら「アパート」と同じように映画の魅力がまったく伝わらないため、作品の内容が少しだけ想像できるように、原題の直訳に言葉をプラスして『遊星からの物体X』にしたんだろう。今、見ると、ちょっとB級のフレーバーを感じる邦題だけど、SFやホラーの場合は許されると思う。
‥‥そんなワケで、最後に、お待ちかねの、原題とかけ離れた邦題をいくつか紹介するけど、まずは似たパターンを2つ、最初はウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイの『俺たちに明日はない』(1967年)だ。この作品の原題は『Bonnie and Clyde』、「ボニーとクライド」だ。そして、もう1つはポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの『明日に向って撃て!』(1969年)、こちらの原題は『Butch Cassidy and the Sundance Kid』、「ブッチ・キャシディとサンダンス・キッド」だ。どちらの作品も、原題は主役の2人の名前を並べたものだけど、邦題ではまったく違うイメージ重視のタイトルに変えられている。
他にも、ウーピー・ゴールドバーグを、一躍、大スターにした『天使にラブ・ソングを…』(1992年)は、原題が『Sister Act』なので、直訳すれば「修道女の行為」とか「修道女の行ない」とかになる。でも、もしも「修道女の行為」という邦題で公開していたら、とても日本ではヒットはしなかっただろう。その点、この『天使にラブ・ソングを…』という邦題は、ストーリーの内容を正確に下敷きにしているだけでなく、この作品の最大の見どころである感動シーンのイメージも表現しているので、原題とかけ離れた邦題だけど、とても優れたタイトルだと思う。
シルヴェスター・スタローンの『ロッキー』(1976年)は、原題も『Rocky』なので、これは直訳というよりも「そのまま」だけど、この前例があるせいで、同じくシルヴェスター・スタローンの代表作の1つである『ランボー』(1982年)も、原題はそのまま「Rambo」だと思っている人が多い。だけど、『ランボー』の原題は『First Blood』なのだ。直訳すれば「最初に流した血」という意味だけど、これは「最初に流した血」が転じて「先手」という言い回しだ。たぶん、日本の配給会社は、「最初の流血」や「先手」という邦題にしたらヒットしないと考えて、主人公の名前「ランボー」が日本語の「乱暴」に通じることもあって、この名前を邦題にしたんだと思う。
だけど、この『ランボー』という邦題で日本で大ヒットしちゃったもんだから、2作目からは原題のほうも日本にあやかって「Rambo」を付けるようになった。2作目の『ランボー/怒りの脱出』(1985年)の原題は『Rambo: First Blood Part II』で、「Rambo」は冠詞のように付いているだけだけど、3作目の『ランボー3/怒りのアフガン』(1988年)では、原題はシンプルに『Rambo III』になり、4作目の『ランボー/最後の戦場』(2008年)では、とうとう『Rambo』というシンプルな原題になってしまったのだ。つまり、映画で『ランボー』と言った場合、日本では1作目を指すけど、アメリカでは4作目を指すことになるのだ。
洋画に付けられる邦題は、高いお金を払って洋画の権利を買い付けた日本の配給会社が、1人でも多くの人に劇場へ来てもらい、1000円でも多く興行収入を挙げるために苦労して考えているものなので、その対象は、日本国内にいる日本語を使う人たちということになる。それなのに、その邦題が逆輸入の形でアメリカへ戻り、その作品の続編に邦題が使われるようになるなんて、この『ランボー』は極めて特殊なケースだと思う。だけど、最近は日本語の「旨味」をコンセプトにしたアメリカのハンバーガーチェーン「UMAMI BURGER」が日本にも上陸したように、アメリカなどで英語として使われている日本語は、「Sushi(寿司)」や「Kimono(着物)」や「Karaoke(カラオケ)」だけじゃなくなった。日本の漫画やアニメの世界的な人気もあり、今では「Manga(漫画)」や「Kawaii(可愛い)」や「Otaku(オタク)」や「cosplay(コスプレ)」なども英語として使われるようになった。
‥‥そんなワケで、もしも、今回のマクラで紹介した『コンビニ・ウォーズ バイトJK VS ミニナチ軍団』が日本で大ヒットしていたとしたら、そして、アメリカで続編が制作されることになっていたとしたら、もしかすると、この邦題に使われている日本のスラングが、『ランボー』のように逆輸入の形で原題に使われていた可能性もあったのだ。この邦題に使われている「コンビニ」や「バイト」や「JK」などの日本のスラングのうち、もしも「JK」が使われていたとしたら、原題『Yoga Hosers』の「Hosers」に当たるわけだから、一例として「Yoga JK Wars II」なんて感じの原題が生まれていたかもしれない。そして、この「JK」は、もともとは日本の女子高生たちの間から生まれた流行語だったものが、数年を経て日本の全国区のスラングになり、それが洋画の邦題にも使われるようになったものだから、いつの日か日本発の英語として、「Sushi」や「Kimono」や「Karaoke」のように、英和辞典に掲載される日が来るかもしれないと思った今日この頃なのだ。
★ 今日も最後まで読んでくれてありがとう!
★ よかったら応援のクリックをポチッとお願いします!
↓
| 固定リンク