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2018.07.09

明治時代のネットストーカー

昨日、7月8日(日)の夜、人気講談師の神田松之丞さんのラジオ番組、TBS『問わず語りの松之丞』を聴いていたら、松之丞さんがタチの悪いお客に絡まれた話をしていた。ザックリいうと、キャパが38人だけの「連雀亭」というところで、お昼に「ワンコイン寄席」と言って500円で3人の落語家や講談師が出演する寄席をやっているんだけど、ちょうど松之丞さんがダウンタウンのテレビ番組に出演した直後だったことで、いつもの何倍ものお客が押し寄せてしまい、多くのお客が入れなくなってしまった、という話だった。

消防法の関係で、ピッタリ38人までしか入れることができないため、松之丞さんは、列の先頭から38人までを数えて中に入れ、その後ろにいた若い女性と70代くらいの男性には十二分に謝って帰ってもらった。それなのに、しばらくして外を見ると、50人くらいの列ができていて、その中にさっきの男性もいて、文句を言い出した。その男性は、松之丞さんが出演したテレビ番組をいろいろと観ているようで、「ダウンタウンの番組に出たからって調子に乗っているのか」などとイチャモンをつけてくる。話にならないと思った松之丞さんがミネラルウォーターを買いに行くと、文句を言いながらどこまでも着いてくる。

あまりのしつこさに堪忍袋の緒が切れた松之丞さんが、その男性に向かって「私はあなたのような客が一番嫌いです。あなたはクレーマーですから、私はもう相手にしません」と言ったところ、その男性はカンカンになって怒り、またまた松之丞さんに対して文句を言い出した。それなのに、「一緒に写真を撮ってください」という女性ファンと一緒に松之丞さんが写真を撮っていると、その男性は「俺も一緒に写真を撮ってもらおうかな?」と言い出す始末。

結局、その日はそれだけで終わったそうだけど、数日後、松之丞さんが所属している「落語芸術協会」宛てに、「お前のところは、あの神田松之丞という若造に、いったいどういう教育をしているのか」というクレームのメールが送り付けられてきたという。松之丞さんいわく、「連雀亭と芸協(落語芸術協会)は関係ないのに‥‥」とのことだけど、この手の人は、自分の言動や行動が「普通じゃない」ということにまったく気づいていないから、いくら筋道を立てて説明しても絶対に理解してもらえない今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、現実の世界でもインターネットの世界でも、他人に迷惑行為や嫌がらせをしてくる人には、大きく分けて2つのタイプがある。1つは、最初からその相手のことが気に入らなくて、ただ単に「嫌いだから嫌がらせをする」という小学生のような単純な思考回路の人たちで、大半はこのタイプだ。こういうタイプは、いっさい相手にせず、ずっと無視していれば自然消滅するから、ワリと対応が楽チンだ。

そして、もう1つは、もともとはその相手のことが好きだったのに、その相手に自分の思いや気持ちが伝わらなかったり、その相手の何らかの言動や行動を被害妄想的に「自分を嫌っている」と思い込んでしまったことで、逆恨みのように嫌がらせを始めるタイプだ。これは少数派だけど、前者よりも遥かに病的なので、いつまでも粘着質に嫌がらせを続け、終いには刃傷沙汰や警察沙汰になるケースもある。自分のDVが原因で離婚に至ったのに、それでも執拗にストーカー行為を繰り返す異常な男なんかも、このタイプだ。そして、こういうタイプの人に限って、自分の異常さに気づいておらず、自分のほうが被害者だと思い込んでいるケースが多い。

2年前の2016年5月、アイドル活動をしていた20歳の女子大生が、27歳の男にライブ会場の前で待ち伏せされ、ナイフで顔面や首や胸など20カ所もメッタ刺しにされて重傷を負った事件があった。このアイドルも加害者の男もツイッター上でやりとりしていたというので、あたしは当時、2人の過去のツイートを見てみたんだけど、この男のツイートの異常さは尋常じゃなかった。もともとは「アイドルとファン」というだけの関係だったのに、このアイドルに対する思い込みが激しくなりすぎ、自分の送ったプレゼントを送り返されたことにキレてしまい、完全に「ネットストーカー」と化していたのだ。

このアイドルは、ツイッターでの男の異常なしつこさに身の危険を感じ、高額なプレゼントなど受け取ったら何をされるか分からないと思い、それで送り返したわけだけど、自分の行為が異常だということに気づかない男は、逆恨みをするようになった。このアイドルは警察にも相談していたけど、それでも警察は動いてくれず、結局、襲われてしまったのだ。

こういう話を聞くと、こういうタイプの異常な人たちって、現代ならではの病気のようにも思えてくるけど、実はそうじゃない。こういう人は昔からいたのだ。そして、インターネットなどなかった100年以上も前の明治時代にも、今の「ネットストーカー」と同じような人がいた。今はツイッターなどのSNSで、住所が分からない有名人にも気軽にコメントを送ることができるようになったけど、インターネットなどなかった時代、と言うか、1970年くらいまでは、少年ジャンプの巻末には漫画家の住所の一覧が掲載されていたし、文学誌の巻末には作家の住所の一覧が掲載されていたから、有名な漫画家や作家のファンは、現在のような出版社留めではなく、その作家の自宅に、直接、ファンレターを送ることができたし、訪ねて行くこともできたのだ。


‥‥そんなワケで、かの夏目漱石の自宅にも、全国のファンからファンレターが送られてきていたけど、中には何を考えているのか、大判の封筒に短冊や和紙などを入れて送り付け、「私はあなたのファンです。この短冊に一句書いて送り返してください」とか「この和紙に詩を書いて送り返してください」などという手紙を同封してくる失礼で迷惑な輩(やから)もいたのだ。それも、1人や2人ではなく、けっこうな頻度で届くんだけど、漱石は人が好かったので、ムカッとしながらも、できるだけ相手の希望に応えるようにしていたという。

そんなある日のこと、漱石の自宅に播州(現在の兵庫県)に住む岩崎という男から薄い小包が届いた。この男は、何年も前からハガキに俳句を書いて送り返してくれと言ってくる面倒くさい男で、これまでは希望通りに俳句を書いて送り返してやっていたが、この時は忙しかったので、小包を開けずに放っておいた。そして、何日かが過ぎるうち、自宅の下女が書斎の掃除をした時に片づけてしまい、その小包は見当たらなくなり、漱石も小包のことは忘れてしまった。

この小包と前後して、名古屋のお茶屋さんからお茶が届いたんだけど、送り主の名前がなかったので、漱石はファンの誰かが送ってくれたのだと思い、そのお茶を開けて飲んでしまった。それからしばらくすると、例の岩崎という男から「私の富士登山の絵を返してくれ」というハガキが届いた。何のことか分からない漱石は放っておいたんだけど、しばらくすると、また同じ内容のハガキが届いた。それでも放っておくと、同じ文面のハガキが何度も何度も毎週のように送られてくる。漱石は、この男の精神状態を疑い始め、「たぶんキ●ガイだろう」と思い、いっさい取り合わないことにした、と記している。

それから2~3カ月後のこと、漱石が書斎の書物を整理していると、書物と書物の間から、あの男からの薄い小包が出てきたのだ。急いで開封してみると、中にはあの男が描いたと思われる「富士登山の絵」が入っていて、同封の手紙に「この絵に合う俳句を書いて送り返してほしい。お礼にお茶を送った」と書かれてあった。これも普通に考えたらトンデモな話だけど、漱石は何度も何度も催促の手紙が来たことと、届いたお茶を飲んでしまったことで恐縮してしまい、丁寧なお詫びの手紙を添えて、お茶のお礼も書いて、この絵を送り返した。ただし、とても俳句など詠めるような状況ではなかったため、俳句は書かずに送り返したのだ。

漱石は、これですべてが丸く収まったと思っていた。しかし、相手はマトモじゃない。しばらくすると、また短冊を入れた封筒と「この短冊に一句書いて送り返してくれ」という封書が届き、放っておいたら催促のハガキが届き、それでも放っておいたら1週間に1通のペースで催促のハガキが届くようになった。そして、その文面も、だんだんおかしくなり始めた。最初のハガキには「お茶をあげたのだから俳句を書いてくれ」と書かれていたのに、次は「お茶を送り返せ」に変わり、その次は「お茶を返さないのなら代金として1円払え」に変わったのだ。明治時代の1円は、現代では約2万円にあたる。

ここまでの流れを見て、これって完全に「ネットストーカー」と同じだと思った人も多いだろう。もともとは好きだった相手、尊敬していた相手に対して、自分が失礼で迷惑な行為を繰り返していたことなどまったく自覚せず、相手の立場や状況などもいっさい考えず、自分こそが被害者だと思い込み、相手への要求をどんどんエスカレートさせて行く。インターネットと手紙という違いはあるけど、嫌がらせの質も、本人が嫌がらせをしていると自覚してない点も、病的なしつこさも、どちらも同じだと思う。それどころか、わざわざハガキや便箋に文章を書き、切手を貼ってポストに入れているのだから、ツイッターで「バカ」「死ね」などと送りつけるよりも何十倍も手間が掛かっている。

さすがの漱石も、勝手に送りつけてきたお茶の代金を払えというイチャモンには閉口してしまい、これまでに溜まっていた怒りが爆発し、「お茶は飲んでしまった。短冊は失くしてしまった。今後は二度と手紙を送ってくるな」と殴り書きした手紙を送りつけてやった。しかし、相手はマトモな人間じゃない。著名な作家に何年間にもわたって失礼で迷惑なことを繰り返してきて、とうとう相手を激怒させてしまったというのに、自分のほうが上に立ち、「お茶は飲んでしまい、短冊は失くしてしまうとは、あまりにも酷い話だ」などと、さらに文句のハガキを送りつけてきたのだ。

漱石は、もう二度とこの男からの手紙には取り合わないと決め、ハガキが届いても無視することにした。そして、何度か届いたハガキを無視していたら、今度は役所で使う大きな封筒に、わざと切手を貼らずに送りつけてくるようになり、漱石は二度も切手代を払わせられたのだ。頭にきた漱石は、三度目の封筒は受け取らずに、相手に送り返すように郵便配達夫に伝えた。すると、相手が切手代を払うことになり、その後は、この嫌がらせは収まったという。

しかし、それから2カ月が経ち、年が明けて新年を迎えると、たくさん届いた年賀状の中に、また、あの男からの年賀状が混じっていたのだ。でも、その年賀状は、これまでの催促のような不愉快な内容は書かれておらず、きちんとした文面の礼儀正しいものだった。それで、漱石は感心してしまい、これまでの自分の対応も少し大人気(おとなげ)なかったと反省し、その男の欲しがっていた俳句を短冊に書いて送ってやることにした‥‥って、「おいおいおいおいおーーーーい!漱石さん!そんなことしたら相手の思うツボですよ!」というあたしの声が、時空をさかのぼって100年前まで届くワケもなく、人の好い漱石は、あれほど嫌な思いをしたのにも関わらず、俳句を書いた短冊を、岩崎へ送ってしまったのだ。

そして、あたしが心配した通り、この漱石の軽率な行動が、鎮まりかけてた異常者の心に、また火をつけてしまった。この後、漱石の自宅には、この男から「送ってくれた短冊が折れていたから、新しく書き直して送ってくれ」だの「短冊が汚れていたから、新しく書き直して送ってくれ」だのという催促のハガキが、次の新年を迎えるまで、1年間、休みなく届き続けることになってしまったのだ。


‥‥そんなワケで、今から100年以上も前に起こった、この夏目漱石の実話を知って、あなたはどう思っただろうか?この岩崎という男が非常識な礼儀知らずだというだけでなく、完全に異常な人物だということは誰の目にも明らかだろうけど、それだけじゃなく、何よりも興味深いのが「漱石の対応が相手がどんどんエスカレートさせている」という点だ。それも、漱石が怒りにまかせて文句の手紙を送った時には、相手はそれほど異常な反応はしていないのに、漱石が「自分も少し大人気なかった」と反省して、相手の希望する直筆の短冊を送って好意を示したとたん、相手は「待ってました!」とばかりに異常さを増幅させたのだ。あたしは、昔からこの漱石の話を知っていたので、ツイッターなどのSNSで見ず知らずの相手から嫌がらせをされた時には、常に、この時の漱石の対応を「反面教師」として対応するようにしてきた。人として誰もが持っているハズの「常識」というものが完全に欠落してしまっている相手、自分のことしか見えていない相手に対して、いくらこちらが「常識」や「誠意」で対応してもまったくの無駄である上に、漱石のように逆効果になってしまうケースも多い。だから、あたしは、最初からいっさい取り合わず、ソッコーでブロックして無視することにしている今日この頃なのだ。


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