一昨日の朝、10時くらいのことだけど、駅でちょっと嬉しいことがあった。あたしがお仕事に行くために、ある駅の改札を入って通路を進んでいたら、階段の下のところに赤ちゃんをだっこしながらベビーカーを折り畳もうとしている若いママさんがいたのだ。ようするに、ベビーカーのままでは階段を上ってホームまで行けないので、一時的に赤ちゃんをだっこして、ベビーカーを折り畳んで、階段を上ろうとしていたのだ。
もう朝のラッシュ時間を過ぎていて、この時間の電車は空いているから、ベビーカーのまま電車に乗っても周りに迷惑は掛からない。だから、このママさんは、ここでベビーカーを折り畳んでいるけど、階段を上がってホームに着いたら、またベビーカーを広げて赤ちゃんを乗せようとしているんだと思った。ただ、そのママさんは、小柄なのに大きくて重たそうなバッグを肩に掛けていて、その状態でだっこ紐を取り出して赤ちゃんをだっこしてベビーカーを折り畳もうとしていたので、ずいぶん難儀しているように見えた。
いくらラッシュの時間帯を過ぎたとは言え、周りに歩いている人は何人もいるのに、誰もそのママさんには声を掛けず、手にしたスマホに目を落したまま次々と通り過ぎて行く。そこで、あたしがお手伝いしようと思って、少し早足で近づいて行った。あたし自身も、仕事道具の入った大きなバッグを肩に掛けている上、キャリーバッグも引いていたので、自分の荷物だけで精一杯の感もあったけど、取りあえず「お手伝いしましょうか?」と声を掛けた。
すると、あたしが声を掛けたのとほぼ同時に、その階段を降りて来た若いお兄さんが、「ホームへ上がるんですよね?お手伝いしましょう!」と言って、まだ折り畳んでいなかったベビーカーをひょいと持ち上げて、階段をスタスタと上り始めたのだ。オレンジ色のモヒカンで、エレキベースのソフトケースを肩に掛けた背の高いお兄さんは、たぶん20歳前後だろう。見た目はパンクみたいだったけど、黒地の「AC/DC」のTシャツを着ていたから、ハードロックをやっているのかもしれない。
若いママさんは、「すみません!すみません!」と繰り返しながら、赤ちゃんをだっこしてお兄さんのあとを着いて階段を上がって行った。そして、あたしも同じホームから電車に乗るため、そのあとを着いて行った。そのお兄さんは、ホームのベンチのとこまでベビーカーを運んでくれた。ベンチのところなら、そのママさんが大きなバッグをベンチに置いて、赤ちゃんをベビーカーに乗せられると思ったんだろう。
「ご親切に、本当にありがとうございました!助かりました!」とお礼を言うママさんに向かって、若いお兄さんは笑顔で「それじゃ、気を付けて!」と言うと、今、上って来た階段のほうへ向かって大マタでスタスタと歩いて行った。同じ階段を上って同じホームへ出る人たちが、誰も声を掛けずに素通りしていたのに、駅に着いてあとは改札を出るだけだったお兄さんが、今、降りて来た階段をわざわざ逆方向に上ってベビーカーを運んでくれたのだ。あたしは、日本も捨てたもんじゃないと思った今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?
‥‥そんなワケで、この若いママさんとは目的の駅が同じだったので、一緒に電車に乗った。1両に10人くらいしか乗っていないガラガラ状態だったので、すぐに座ることができたし、ママさんとあたしの間を2人ぶんほど開けて座り、その部分にベビーカーを横向きに置くという方法で、なるべく他の乗客の邪魔にならないようにすることができた。そして、最初は赤ちゃんの名前や年などを聞いていたんだけど、そんな中で、あたしが「駅の階段のたびにベビーカーを折り畳むのは大変でしょうね」と言うと、驚くべき答えが返って来た。
そのママさんが言うには、さっきの駅には近年のバリアフリー化にともなって、ママさんが妊娠中だった約1年前までに、車椅子の人やベビーカーの人のためのエレベーターが設置される予定だったそうだ。それで、さっきの駅を最寄り駅とするママさんは安心して出産したそうだけど、そのエレベーター設置の計画が、急遽、延期されたという。どんなことなのかと言うと、この路線の別の駅、さっきの駅よりも1日の乗降客数の少ない駅が、2020年東京五輪のどこかの国の何かの競技チームのキャンプ地に決まったとか内定したとかで、そちらの駅に優先的にエレベーターを設置することになったからだそうだ。
何だかな~って、あたしは思った。確かに、五輪はオリンピックだけでなくパラリンピックもあるし、こうした公共交通施設のバリアフリー化は、1日の乗降客数に関係なく、すべての駅に必要だろう。だけど、その駅の周辺で暮している人たちが、ずっと待ちに待っていた計画を延期してまで、東京五輪のために1日の乗降客数の少ない駅を優先するなんて、何か本末転倒な感じがした。
ちなみに、このママさんと一緒に暮しているお姑さんは、車椅子の生活をしているため、さっきの駅を使う時には、事前に駅に電話をして、複数の駅員さんの手が空く時間帯を指定してもらい、その時間に駅に着くように向かう。そして、階段の下からホームまで、3人の駅員さんに車椅子ごと運んでもらうのだと言う。結局、手間が掛かる上に駅員さんたちにも気を使ってしまうため、お姑さんは電車を使わなくなり、自宅に籠もるようになってしまったそうだ。だから、今回、東京五輪のために延期になってしまった駅のエレベーターの計画は、若いママさんだけでなく、車椅子のお姑さんにとっても「明日への希望」だったのだ。
‥‥そんなワケで、話はクルリンパと電車の中に戻るけど、いろいろとバタバタしていたからなのか、しばらくいい子にしていた赤ちゃんが、お約束通りにグズり始めてしまった。最初は「あう~、あう~」という、例の「これから泣いちゃうぞ」という「予告あう~」が始まったので、ママが慌てて抱き上げて、あやし始めたとたん、運悪く電車がブレーキを掛けたため、赤ちゃんとママのおでこが軽くゴッツンコしてしまった。一拍おいてから、車両中に響き渡る赤ちゃんのフルボリュームの泣き声。
こうなると、普通にあやしてもなかなか泣きやませることは難しい。ナニゲに車両の中を見渡すと、ほとんどの乗客は見て見ぬふりでスルーしてくれていたけど、片耳にだけイヤホンをしてハス向かいに座っていたおじさんだけが、聞こえよがしに舌打ちして隣りの車両へ行ってしまった。ま、これは仕方ない。
一方、ママは、何とか泣きやませようと、赤ちゃんの背中をさすったりオモチャを見せたりしてるけど、まったく効果なし。そこで、あたしは、「ついにあたしの出番だな!」と思い、ママに「赤ちゃんをこっちに向けて」と言った。実はあたし、泣いた赤ちゃんを泣きやませる天才なのだ。
あたしは、「いないいないばぁ~」と同じように自分の顔を両手で隠してから、泣きじゃくっている赤ちゃんに顔を近づけて、「ネズミさんが~」と言いながら両手を大ゲサに広げて「チュ~!」とやった。赤ちゃん一瞬だけ泣きやみ、あたしに興味を示したけど、またすぐに泣き始めたので、今度は「ネコさんが~」と言いながら両手を大ゲサに広げて「ニャ~!」とやった。赤ちゃんは、また一瞬だけキョトンとした顔であたしを見たけど、またすぐに泣き始めてしまった。
でも、これでいいのだ‥‥って、急にバカボンのパパみたいになっちゃったけど、ここまでは前フリで、トドメは3発目の「ワンちゃんが~」なのだ。ネズミさんの「チュ~!」も、ネコさんの「ニャ~!」も、声のトーンはほとんど変わらない。だけど、3発目の「ワンちゃんが~」は、誰もが「ワン!」と言うと思った状況で、すごく低い声で、顔を左右に振りながら「バウワウ!バウワウ!バウワウ!」とやるのだ。これで、たいていの赤ちゃんは笑顔になる。
だけど、今回、あたしの必殺技「バウワウ」で笑ったのは、赤ちゃんじゃなくて、赤ちゃんを抱いているママのほうだった。あたしがホッペをブルブルと振りながら「バウワウ!バウワウ!バウワウ!」とやったら、赤ちゃんもキョトンとして一瞬は泣きやんだけど、ネズミやネコの時と同じように、またすぐに泣き始めてしまった。でも、その赤ちゃんを両手で持ち上げていたママのほうは、咳込むほど大爆笑したのだ。
「あんたが笑ってもしょうがないだろ?」と思いつつ、あたしは、久しぶりの強敵を目(ま)の当たりにして、ガゼンとやる気が湧いて来た。あたしの必殺技「バウワウ」を繰り出しても笑わない赤ちゃんなら、ここはしばらく封印していた最後の大技を殺列させるしかない!
あたしは、これまでのネズミやネコと同じように、両手で顔を隠して「おサルさんが~」と言い、両手をグーにして顔の上と下に回すという「おサルさんポーズ」をしながら甲高い声で「ウッキッキ~!」とやった。そして、間髪入れずに、「ゾウさんが~」からの「パオ~ン!」を連発した。もちろん、右手はゾウの鼻のように左右に振りながらだ。
赤ちゃんは、おサルさんにもゾウさんにも反応してくれたけど、やっぱり泣きやんだのは一瞬だけで、またすぐに泣き出してしまった。でも、これも高度な前フリなのだ。「いないいないばぁ~」で分かるように、赤ちゃんは、急激な視覚の変化や音声の変化が面白くて仕方ないので、あたしの「動物シリーズ」も、両手で顔を隠している「ネズミさんが~」や「ネコさんが~」の時と、両手を広げて顔を出した時の表情や鳴き声には、できる限りの変化を与えている。
そして、ここまでの「動物シリーズ」でも泣きやまなかった赤ちゃんには、あたしの取って置きのリーサル・ウエポンが炸裂することになる。それは「おウマさん」だ!両手で顔を隠して「おウマさんが~」からの「ヒヒ~ン!ヒヒ~ン!」は誰でも容易に想像できると思うけど、あたしの場合、そのあとに顔を左右に高速で振りながらの「ブルルルル~!」がプラスされるのだ。これも「ワンちゃん」の「バウワウ!」に準ずる技なんだけど、その「バウワウ!」をも凌駕するイキオイの「ブルルルル~!」は、どんなに大泣きしていた赤ちゃんでも必ず大笑いしてくれるのだ!
‥‥そんなワケで、あたしの「おウマさんが~」からの「ヒヒ~ン!ヒヒ~ン!」を経由した渾身の「ブルルルル~!」で、やっと赤ちゃんは笑顔になってくれたけど、それだけでなく、ママさんまでが座席を転がるほど大爆笑してしまった。その上、まったく関係ないおばさんが笑いながら近づいて来て、「お姉さん、赤ちゃんをあやすの上手だね!感心しちゃったよ!」と褒められてしまったし、ハッと気づいて周囲を見回したら、その車両中の人たちが、みんな笑顔であたしを見ていたのだ!あたしは、赤ちゃんを泣きやませることだけに夢中になってたけど、いつの間にか、車両中の注目を集めていたのだ!
あまりにも恥ずかしくて、それこそ「穴があったら入りたい!」って感じになっちゃったけど、実はあたし、この数日前にも、たまたま乗り合わせたバスの中で、大泣きしている赤ちゃんに出くわしたのだ。若いママがいくらあやしても泣きやまない上に、近くにいたおじさんが「うるせえぞ!黙らせろ!」なんて怒鳴り散らすもんだから、離れた座席に座っていたあたしは見ていられなくなり、その若いママのところまで行って、この「動物シリーズ」で泣きやませていたのだ。
この時は、幸いにも第一段階の「バウワウ!」のところで泣きやんでくれたから、そんなに時間も掛からなかったし、ちょうど赤ちゃんが泣きやんだところであたしの降りる停留所に着いたので、ワリと短時間の出来事だった。だけど、今回の場合は、イントロから振り返ると電車に乗る前の駅の階段のとこからスタートしてる話だし、電車に乗っている30分以上、ずっとママさんと赤ちゃんと一緒だったし、知らないうちに登場人物も増えちゃったし、到着した駅でもベビーカーを折り畳んで階段を降りるのをお手伝いしたりしたから、ものすごく濃厚な出来事だった。
‥‥そんなワケで、こうした公共交通機関での赤ちゃんの泣き声に関して、よく問題になるのは、飛行機や新幹線などだ。普通の電車なら、今回のおじさんのように別の車両へ行くという選択肢もあるけど、座席の決まっている飛行機や新幹線の場合は、どんなに泣き声がうるさくてイライラしても、自分の座席を移動することができない。そのため、「飛行機に赤ちゃんを乗せる場合は睡眠薬を飲ませろ」なんていうトンデモ論まで出てくるんだろうけど、それ以前に、あたしは、赤ちゃんの泣き声くらいでイライラする人の感覚がイマイチ理解できないのだ。
確かに、クタクタに疲れていて、新幹線の中で眠ろうと思っていた時に、すぐ近くの座席の赤ちゃんが大泣きを始め、それなのに、そのママが赤ちゃんをあやしもしないでスマホでゲームでもやっていたら、サスガのあたしも後ろから電話帳でひっぱたきたくなる。だけど、少なくともママが必死にあやしていたら、遅かれ早かれ泣きやむだろうから、特にイライラすることはない。そして、思ったよりもママがてこずっていて、なかなか泣きやまなかったら、ここで真打の登場だ。あたしが満を持して「動物シリーズ」をお見舞いして、赤ちゃんもママも笑顔にしてやるだけだ(笑)
あたしは昔からこういう考え方だから、ここ最近、この公共交通機関での赤ちゃんの泣き声の問題で、「あなたはガマンできますか?ガマンできませんか?」とか「あなたはイライラしますか?イライラしませんか?」という二択の質問をされるたびに、「何で二択なの?」って不思議に思って来た。だって、ガマンしてもしなくても、イライラしてもしなくても、状況は変わらないんでしょ?それなら、あたしの場合は、「赤ちゃんをあやして泣きやませる」という選択肢を取るからだ。
ちなみに、いろいろな社会問題などを独自調査する「しらべぇ」というニュースサイトで、2年半ほど前のこと、「電車内での赤ちゃんの泣き声」についてのアンケート調査をしたところ、全体の25.4%、4人に1人が「イライラする」と回答していた。この時の調査は、全国の20代~60代の男女1353名を対象に行なったものなので、それなりの信憑性がある。
で、この調査で興味深かったのが、年収による意識の違いだった。この調査結果を年収別にマトメてみると、「電車内での赤ちゃんの泣き声」に「イライラする」と回答した人は、年収300万円までの人では24.9%、年収300~500万円までの人では26.2%、年収500~700万円までの人では24.8%と、ほぼ変化はなかったのに、年収700~1000万円までの人になると30.3%と増え始め、年収1000万円以上の人になると46.3%と一気に増加しているのだ。
もちろん、年収だけで人間性や性格までを決めつけることはできないけど、ネット上で公共交通機関での赤ちゃんの泣き声やそのママの対応に厳しい意見を言っている人たちって、たいていはあたしたち庶民の何倍も年収がある著名人とかで、逆に、擁護するような発言をしているのは、あたしたちと同じ環境の人たちなんだよね。だから、結局は「お金持ちはワガママ」とか「お金持ちは自分のことが最優先」ってことなのかな?‥‥って思ってしまった。
‥‥そんなワケで、映画館や寄席やコンサート会場にまで赤ちゃんを連れて来て大泣きさせているママがいたら、サスガのあたしも「迷惑なので外へ出てください」と言いたくなるけど、公共交通機関の場合は話が違う。そもそも、この「公共」という言葉の中には、赤ちゃんだって、赤ちゃんを連れたママだって、お年寄りだって、障がい者だって、性的マイノリティーの人たちだって、すべての人が含まれているのだから、基本は「排除」ではなく「共生」のハズだ。今の安倍政権になってから、日本中に「自分の気に入らない相手は排除しよう」という風潮が広まってしまったけど、あたしは、そうした風潮こそが、駅の階段の下で赤ちゃんをだっこして困っているママさんがいても、見向きもしないで素通りしてしまう人たちを生み出している温床なんじゃないかと感じている。そして、あたしは、ひと昔前なら当たり前のことをしただけのオレンジ色のモヒカンのお兄さんの行動に、思わず感動してしまった今日この頃なのだ。
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