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2018.09.22

安倍政権による名目GDP成長のカラクリ

最初から安倍晋三の3選が決まっていた今回の自民党総裁選だったけど、スクリーンに安倍晋三と石破茂の得票数が映し出されると、その数字を見た安倍晋三は苦虫を噛み潰したような顔になり、隣りにいた選対事務総長の甘利明は顔面蒼白になった。一方、負けた石破茂は満面の笑みで、自身の獲得票数を見ながら何度も「うん。うん」とうなずいていた。

自民党の総裁選は、405票の議員票と、405票の地方票(党員算定票)の計810票の奪い合いなので、最初から「人事と恫喝」という「飴と鞭」で議員票の大半を手中に収めていた安倍晋三が勝つことは決まっていて、あとは石破茂がどこまで善戦するかという点に注目が集まっていた。安倍晋三は、過去に地方票で石破茂に負けたことがあるため、今回は議員票だけでなく地方票でも石破茂に大差をつけて勝ち、これまでの独裁を継続することが目的だった。

しかし、結果は、安倍晋三が議員票329票と地方票224票の計553票、石破茂が議員票73票と地方票181票の計254票だった。トータルの得票数だけを見れば、安倍晋三がダブルスコアで勝ったのだから「大勝」と言えるが、石破茂は、安倍陣営が事前に「50票前後」と予想していた議員票を20票以上も上積みした上、安倍陣営が「最低でも6割以上、できれば7割」を目指していた地方票で、45%、約半数の票を集めた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、「人事と恫喝」でどうとでもなる議員票では、お得意の卑怯な手段を使って石破茂に圧勝した安倍晋三だが、地方票では「ほぼドロー」という結果になり、これが開票時の両者の表情、苦虫を噛み潰したような安倍晋三と満面の笑みの石破茂という対照的な画(え)を生み出したのだ。そして、この結果こそが、安倍晋三にくっついていればオコボレが頂戴できる中央の国会議員たちと、いつまで経っても景気など良くならない地方の議員や党員たちとの感覚の違いを表わしているのだと思う。

今回の総裁選では、両者による街頭演説やテレビ討論などがそこそこ行なわれたけど、暗黙のルールでもあったのか、石破茂はモリカケ問題や公文書偽造問題など、安倍晋三の不正に関する問題にはほとんど触れなかった。だけど、その一方で、この5年間のアベノミクスに関しては舌鋒鋭く切り込んでいた。そんな中で、あたしが特に印象深かったのが、次のようなツッコミだった。


安倍晋三 「この5年間の経済政策によって、景気の暖かい風がやっと地方に届き始めた」

石破茂 「嘘を言ってはいけない。中央と地方は違うメカニズムで経済が動いている。地方それぞれの地域の生産性、付加価値を最大限伸ばして行かなければ地方創生は実現しない」


事実、石破茂が言うように、特別な一部の地域を除いて、日本の多くの地方は、この5年間のアベノミクスによって経済が疲弊してしまった。それは、何でも中央に集めて大企業を優先し、その大企業が儲かれば地方や中小企業にも儲けが滴り落ちる「トリクルダウン」などという最初の説明が、完全に「絵に描いた餅」だったからだ。安倍晋三は何かにつけて「アベノミクスによって有効求人倍率は全国47都道府県すべてで1を上回った」などとドヤ顔でノタマッているけど、東京や大阪などの大都市はともかく、地方の大半は、労働力の中央集中によって人手不足が慢性化しただけで、間違っても景気が良くなって求人が増えたワケじゃないのだ。自分の大バカ政策によって地方を疲弊させておいて、それを自慢するなんて厚顔無恥にも程がある。

その上、大企業が利益を上げたのだって、実際に景気が良くなって製品がたくさん売れたからじゃない。日銀が湯水のようにカネをバラ撒いて円安を誘導して輸出製品の利益が増えるように仕組んだ上に、法人税を引き下げたからだ。ようするに、いかにもアベノミクスによって景気が回復したかのように、ヤラセの演出をしていただけだ。

そして、このヤラセの最たるものが「GDPの改竄」だ。安倍晋三と言えば森友学園との交渉を記録した公文書から「安倍昭恵」に関する記載部分を削除させるなど「改竄」が十八番だけど、安倍政権は、政府が公式に発表している日本の総生産、GDPの数字まで盛りまくり、あたかもGDPが順調に成長しているように演出して国民を騙していたのだ。


‥‥そんなワケで、今年のお正月、恒例の「年頭所感」の中で、安倍晋三はドヤ顔で次のように公言した。


「6年前、日本には、未来への悲観論ばかりがあふれていました。しかし、この5年間のアベノミクスによって、名目GDPは11%以上成長し過去最高を更新しました。生産年齢人口が390万人減る中でも、雇用は185万人増えました。いまや、女性の就業率は、25歳以上の全ての世代で、米国を上回っています。有効求人倍率は、47全ての都道府県で1倍を超え、景気回復の温かい風は地方にも広がりつつあります。あの高度成長期にも為しえなかったことが、実現しています。」


これが安倍晋三の得意技で、必ず毎年の「年頭所感」では前民主党政権のことを間接的にDisって来た。たとえば、昨年2017年には「私たちが政権を奪還する前、『日本はもはや成長できない』、『日本は黄昏を迎えている』といった、未来への不安を煽る悲観論すらありました。」などと述べている。ま、それはそれとして、何よりも問題なのは、目の前の現実を無視し、自分にとって都合のいいデータや捏造したデータだけを並べて、嘘の「景気回復」を連呼していることだ。

安倍晋三は「この5年間のアベノミクスによって、名目GDPは11%以上成長し過去最高を更新しました。」などど抜かしているが、そもそもこれがペテンなのだ。まず初めにザックリと説明しておくけど、GDPには、国民総生産の伸び率だけを数値化した実質GDPと、物価変動などを加味した名目GDPがある。つまり、実質GDPが伸びたとしても、製品を製造するのに必要な原材料や燃料などが高騰したら利益は伸びないので、実際の景気を判断する場合には、こちらの名目GDPを指針とする。

そして、安倍晋三は、この名目GDPがアベノミクスによって11%も成長したと述べたのだ。だけど、これは、ペテンと言うか、完全に詐欺レベルのイカサマなのだ。内閣府が発表している過去数年間の名目GDPの推移を見ると、民主党政権最後の年の2012年には約495兆円だった名目GDPが、昨年2017年には約544兆円になっているから、約10%ほど伸びているし、これを少し盛って「11%」だと言うくらいなら可愛げがある。でも、この「約544兆円」という内閣府が発表した数字自体が、そもそもイカサマなのだ‥‥ってなワケで、もうちょっと遡るけど、安倍晋三は2年前の2016年の「年頭所感」で、次のように述べている。


「そして、20年近く日本経済を低迷させる原因となってきたデフレとの闘い。この3年間、経済の再生に全力を挙げてきました。その結果、雇用は100万人以上増え、17年ぶりの高い賃上げ。昨年、青森、秋田、徳島、高知、福岡、熊本、沖縄の7県で、有効求人倍率が過去最高を記録するなど、地方創生も着実に進んでいます。もはやデフレではない。私たちは、3年間で、そういう状況を創ることができました。「戦後最大のGDP600兆円」、「希望出生率1.8」、「介護離職ゼロ」という3つの明確な「的」を掲げ、新しい「三本の矢」を放ちます。いよいよ「一億総活躍・元年」の幕開けです。」


新年早々「もはやデフレではない。」などと大見得を切ったのはいいとしても、問題なのはその先だ。安倍晋三は、この2016年の「年頭所感」で、何の具体策も根拠も示さずに、「戦後最大のGDP600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」という、できもしない大風呂敷を3枚も広げてしまった。どれも今の安倍政権では絶対に達成不可能な目標だけど、この1番目の「戦後最大のGDP600兆円」、これを何とかするために安倍晋三が真っ先に指示を出して内閣府に取り組ませたのが、「名目GDPの計算方法の変更」というイカサマだったのだ。

名目GDPとは、簡単に言えば「消費+投資+政府支出」なので、このうちどれかを増やせば数字が上がる。そこで内閣府は、これまでは「経費」と見なしていた各企業などの「研究開発費」を「投資」と見なして名目GDPに加えることにしたのだ。これだけで年間約20兆円の「研究開発費」が名目GDPに上乗せされた。他にも、これまでは加算しなかった「特許使用料」や「不動産仲介手数料」なども名目GDPに加算することにして、これが年間約5兆円の上乗せになった。

現在の安倍政権がスタートしてからの5年間、内閣府が発表した名目GDPを見てみると、2013年が約503兆円、2014年が約513兆円、2015年が約532兆円、2016年が約537兆円、2017年が約544兆円と、右肩上がりに成長しているし、安倍晋三が宣言した「戦後最大のGDP600兆円」という目標に向かって着実に近づいているように見える。だけど、これは、2015年から名目GDPの計算方法を「水増し方式」に変更したことによるペテンなのだ。

試しに、「水増し方式」を導入した最初の年、2015年の「約532兆円」という名目GDPを、2014年までと同じ従来の計算方法で算出してみたところ、なんと「約500兆円」だったのだ。つまり、安倍政権は、これまでは加算しなかったアレやコレやを次々と加算して、盛りに盛って、総額で約32兆円も水増しして、あたかも名目GDPが大きく成長したかのように演出していたのだ。もしも、従来通りの計算方法であれば、2015年は、前年2014年の約513兆円から13兆円も下落しているのだから、完全に「マイナス成長」だ。


‥‥そんなワケで、2014年4月に消費税増税を強行した時、安倍政権は「一時的に消費が落ち込んでも一期でV字回復する」と、何の根拠もない説明で国民を欺いた。だけど、フタを開けてみたら、一期どころか、年末を迎えても翌2015年になっても消費は冷え込んだままで、結局は2015年の年末になっても回復しなかった。2014年は4月の消費税増税までの「駆け込み消費」で自動車や高級家電などがそれなりに売れたため、年間を通してみれば前年2013年よりも10兆円ほど名目GDPが伸びている。

でも、2015年は年間を通して消費が冷え込んだままだった上に、輸出も振るわなかったので、それに連動して生産はガクッと落ちてしまった。それなのに名目GDPが20兆円近くも伸びるなど考えられない。だけど、水増しのイカサマ計算などせずに、従来通りの計算で出た「前年度から13兆円下落の約500兆円」という名目GDPであれば、当時の日本の景気状況とも合致する。

そして、当然、2016年の約537兆円も、2017年の約544兆円も、すべて「水増し方式」によるペテンであり、数字の盛り方も年々大きくなって行った。そうしないと、名目GDPが成長しているように演出できないし、自分の掲げた目標に近づいているようにもアピールできないからだ。2017年までの名目GDPを従来の計算方法で算出してみると、僅かに微増で推移しているが、ほとんど2013年と変わらない「横ばい」なので、とても「成長」などと呼べる状況じゃない。事実、世帯当たりの消費は前期割れが続いているし、輸出産業が利益を上げているのは円安のおかげで、輸出量はまったく増加していない。国内でも海外でも製品が売れていないのに、生産だけが順調に増加し続けることなどありえないだろう。

黒字なのは一部の大企業だけで、日本の全企業の99.7%を占める中小企業のうち約7割が赤字だと言うのに、こうしたイカサマの計算方法に変更しただけで、黙っていても数十兆円が名目GDPに上乗せされるのだから、あたかも景気が回復して経済が成長しているかのように演出できるのだ。その上、減税をエサにして大企業への政府支出を拡大し続けているため、実際の国民総生産は横ばいのままで、大半の国民は景気回復など実感などしていないのに、こうして机上の名目GDPだけが手品のように伸び続けているのだ。


‥‥そんなワケで、このイカサマには、安倍政権にとって、もう1つのメリットがある。それは、インフレを演出できるという点だ。インフレかデフレかを判断するには、名目GDPを実質GDPで割って100を掛けた「GDPデフレーター」の数字を使うんだけど、この数字が100を下回ればデフレ、100を上回ればインフレということになる。後は毎年の推移を見て判断するんだけど、この数字を見てみると、民主党政権時の2010年は「101.69」と若干のインフレで、東日本大震災が発生した2011年に「99.99」と100を下回り、翌2012年も「99.23」と僅かにデフレになった。

だけど、安倍政権に代わって安倍晋三がアベノミクスを提唱した2013年は、「98.90」と民主党政権時よりもデフレが進んでしまい、アベノミクス2年目の2014年も、何とか少しは持ち直したけど、それでも「100.63」と民主党政権時よりも低い数字だったのだ。鳴り物入りで「アベノミクスの三本の矢」を放ってもこのアリサマだったのだから、当時、欧米の経済紙などが軒並み「アベノミクスは失敗に終わった」と報じたのも当然だろう。

でも、安倍晋三の指示によって2015年から内閣府が名目GDPを大幅に水増しするというイカサマの計算方法を導入したことで、2015年は「102.71」、2016年は「102.99」、2017年は「102.79」と、机上の「GDPデフレーター」だけは若干のインフレが続くようになったのだ。分母である実質GDPは横ばいのままなのに、分子である名目GDPを大幅に水増ししたのだから、名目GDPを実質GDPで割って100を掛けた数字が100を超えるのは当たり前で、これなら安倍晋三も「年頭所感」で、堂々と「もはやデフレではない。」と言えるだろう。つまり、このイカサマによって、嘘の「経済成長」だけでなく、安倍晋三が九官鳥のように繰り返してきた「デフレからの脱却」も演出できたってワケだ。


‥‥そんなワケで、こうした安倍政権のイカサマを知らずに、内閣府が発表する毎年の名目GDPの数字と成長率だけを見て来た人たちの多くは、「こんなにGDPが成長しているのに、どうして私の給料は上がらないんだろう?」とか「数字ではこんなに景気が良くなっているのに、どうしてぜんぜん実感がないんだろう?」と不思議に思っていただろうけど、それもそのハズ、すべては安倍晋三によるヤラセであり、机上のイカサマ計算による演出だったからだ。だけど、今回の総裁選で3選を果たした安倍晋三は、今後も今まで通りの経済政策を続行して行くと明言した。つまり、「あと3年くらいならバカな国民を騙し通せる」とでも思ったのだろう。そして、この5年間のアベノミクスによって完全に疲弊してしまった地方だけでなく、あたしのような低所得家庭やひとり親家庭、要介護のお年寄りを抱える家庭や生活保護家庭などにとっては、これから「地獄の3年間」がスタートする今日この頃なのだ。


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2018.09.17

国内向けに大嘘を垂れ流す安倍晋三の二枚舌外交はガキの使い以下

今から70年以上前の第二次世界大戦の末期、前線から届く報告は日本軍の壊滅的な惨敗ばかりだったが、日本政府は「今日もまた日本軍が米国の戦艦を撃沈した」「今日もまた日本軍が勝った」と大嘘の大本営発表を繰り返して日本国民を騙し続けた挙句、とうとう広島と長崎に原子爆弾を投下させてしまった。そして、これと同じことをしているのが、現在の日本の総理大臣である安倍晋三という前代未聞の大嘘つきだ。

わずか1カ月の間に、西日本の豪雨災害、関西の台風災害、北海道の地震災害と、日本列島は南から北まで激甚災害に見舞われたのにも関わらず、災害対策など二の次で「カジノ法案」を強行採決し、「赤坂自民亭」で宴会に興じ、夏休みまで取ってゴルフ三昧を楽しんでいた安倍晋三は、ようやく夏休みが終わって自民党総裁選での石破茂との討論を行なうと思ったとたん、できる限り石破茂との討論の回数を減らしてボロが出ないようにするため、そして、「外交の安倍」をアピールするため、トットとロシアへの外遊へ旅立ってしまった。

しかし、この浅はかな行動が、より安倍晋三の無能ぶりを日本国民にアピールすることになってしまったのだ。安倍晋三がロシア訪問の大義名分に利用した極東ウラジオストクでの国際会議「東方経済フォーラム」で、9月10日、ロシアのプーチン大統領は、こともあろうに「前提条件なしの年内の平和条約締結」を提案してしまったのだ。「北方四島のうち二島を返還するから平和条約を締結しよう」と言うのなら分かるが、「前提条件なしの平和条約締結」と言うことは、北朝鮮に対して「拉致被害者を1人も返してもらっていないのに先に10兆円支払う」と言っているようなものだ。

そして、プーチン大統領が大衆の面前でここまで一方的なことを言い出したのにも関わらず、安倍晋三はまったく反論できず、溶けたローソクのようなバカヅラを下げてヘラヘラと笑い続けていたのだ。映像を観ると、安倍晋三が発言できるチャンスは少なくとも5回以上はあったのに、ここまで一方的なことを言われながら、安倍晋三はただの一度も反論できなかったのだ。この情けない安倍晋三の対応に対して、日本では野党だけでなく自民党内部からも疑問の声が相次ぎ、自民党総裁選を戦っている石破茂も厳しく批判した。

そして、こうした多くの批判を受けて、安倍晋三は、16日のNHKの番組で、プーチン大統領が「前提条件なしの年内の平和条約締結」を提案した後、映像に映っていない場所で2人でやりとりを交わし、きちんと「北方領土問題を解決した上で平和条約を締結するのが日本の原則」だと直接反論したと述べたのだ。しかし、その直後、ロシア政府のペスコフ大統領報道官が、ロシア国営テレビのインタビューで、「プーチン大統領が前提条件なしの年内の日本との平和条約締結を安倍晋三首相に提案した時、安倍首相本人からは何の反応もなかった」と証言した今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、今回の問題を分かりやすく時系列でマトメてみると、次のようになる。


9月10日 プーチン大統領がロシアが国際会議「東方経済フォーラム」で突然、「前提条件なしの年内の平和条約締結」を安倍晋三に対して提案したが、安倍晋三はヘラヘラと笑っているだけで反論のチャンスが何度もあったのにも関わらず、まったく反論しなかった。そして、それがそのまま日本でも報じられた。

9月11日、日本の野党から安倍晋三に対する厳しい批判の声が相次ぎ、与党内部からも疑問の声が出始める。

9月12日、菅義偉官房長官が記者会見で「両首脳間で、そのような発言があったということは承知していない」とお得意の知らぬ存ぜぬでゴマカシた上、「政府としては北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する基本方針に変わりはない」などと従来の世迷言を繰り返してお茶を濁した。

9月13日~15日、与野党だけでなく安倍政権を支持する保守層からも批判の声が広まり始めた。

9月16日、安倍晋三はNHKの番組で、プーチン大統領と2人でやりとりを交わし、きちんと「北方領土問題を解決した上で平和条約を締結するのが日本の原則」だと直接反論したと述べた。しかし、その直後、ロシア政府のペスコフ大統領報道官が「プーチン大統領が前提条件なしの年内の日本との平和条約締結を安倍晋三首相に提案した時、安倍首相本人からは何の反応もなかった」と証言したため、安倍晋三かロシア政府のどちらかが大嘘をついていることが確定した。(今ココ)


‥‥そんなワケで、皆さん、このパターンって、ナニゲにデジャヴー感を覚えない?そう、わずか3カ月前の今年6月、沖縄県の海上に米軍の戦闘機F15が墜落事故を起こした時のことだ。今年6月11日午前6時25分ごろ、沖縄県沖那覇市の南約80キロの海上で、飛行訓練中だった米空軍嘉手納基地所属のF15戦闘機1機が墜落し、パイロットは緊急脱出して無事だったが、すぐ近くには操業中の漁船があり、一歩間違えれば大事故になっていた。

沖縄県では、この事故の半年前の2017年12月にも普天間の小学校の校庭に米軍ヘリの窓が落下する事故が起こっていたため、沖縄県民からも野党からも厳しい批判が相次いだが、米軍は事故の3日後から飛行訓練を再開した。そのため、F15墜落事故から2週間後の6月25日の参院予算委員会で、野党が政府の姿勢を厳しく問い質すと、安倍晋三は今回の墜落事故を受けて「米軍司令部に飛行停止を申し入れた」と答弁したのだ。

しかし、その翌26日、在日米軍司令部は公式リリースとして「日本政府から飛行停止の申し入れは受けていない。日本政府から要請されたのは再発防止の申し入れだけだ」と発表した。つまり、安倍晋三か米軍のどちらかが大嘘をついていたことになる。そして、翌27日の党首討論で立憲民主党から「25日の首相答弁が米軍の公式リリースと食い違っている」ことを追及された安倍晋三は、恥も外聞もなく、こう言い放ったのだ。


「我々が再発防止の申し入れを行ない、その結果、点検のために2日間だが飛行が停止されたのだから、結果的に飛行停止を申し入れたことになる」‥‥って、おいおいおいおいおーーーーい!なんだこの屁理屈は?いくら国民から直敵的に選ばれた総理大臣でないとは言え、これが仮にも一国の総理大臣の答弁か?あたしには、百歩ゆずっても宿題を忘れた小学1年生のイイワケにしか聞こえなかった。


‥‥そんなワケで、「外交の安倍」という呼び名を正確に説明すると、「外交で何の成果も挙げられない無能ぶりをゴマカして支持率をキープするために、国内向けに大嘘の報道を繰り返しているペテン師の安倍」の略ということになる。その分かりやすい例が、アメリカが脱退して12カ国が11カ国になってしまった「TPP」だ。11カ国になってしまったために、安倍政権は「TPP-11」などというアホ丸出しなネーミングで目くらましをしているけど、そもそもがアルゼンチンのブエノスアイレスなどの国際舞台で「アメリカ抜きのTPPなど意味がない」と連呼して来たのは、安倍晋三その人なのだ。

そして、最大の参加国だったアメリカが脱退して何の意味もなくなってしまった「TPP」などに未だにしがみつき、自分の外交成果としてアピールしたい安倍晋三は、2017年11月上旬、「TPP」を担当する茂木敏充経済再生担当相を引き連れて参加したベトナムはダナンでの「アジア太平洋経済協力会議(APEC)」で、またまた国内向けに大嘘を炸裂させたのだ。この時の日程は、まず参加11カ国の担当大臣らが会議を行ない、ここで一定の合意を得られれば首脳会議へ進むという流れだった。

そして、最初の会議では、日本を含む10カ国の担当大臣が「TPP-11」の大筋合意に前向きな姿勢を見せたが、カナダから参加していたフランソワフィリップ・シャンパーニュ国際貿易相だけが「現時点では大筋合意はできない」と反対した。カナダはメキシコとともにアメリカとの「北米自由貿易協定(NAFTA)」を進めているところだったので、先に「TPP」に合意してしまうとアメリカとの交渉が不利になるめため、トルドー首相の指示で「現時点では大筋合意しない」ということが事前に決められていたのだ。

それなのに、安倍晋三は、日本から同行した記者団を集め、茂木担当相に「11カ国が大筋合意した」と大嘘の発表をさせたのだ。ベトナムとともに共同議長をつとめる安倍晋三にとって、この「APEC」で一定の成果を挙げることは日本国内向けに大きな意味を持ち、自身の支持率にも影響がある。そのため、安倍晋三は、「どうせベトナムでの会議の内容など日本人には分からないだろう」とタカをくくり、子分の茂木担当相に大嘘の発表をさせ、日本国内に大嘘のニュースを流させたのだ。

しかし、今は12年前の第1次安倍政権の時代とは違って、各国の首脳や閣僚が普通にツイッターなどのSNSをやっている時代だ。日本国内の全メディアがいっせいに流した「TPP-11に11カ国が大筋合意した」というフェイク・ニュースは、すぐに全世界へ配信されてしまい、カナダ政府は大激怒してしまった。そして、カナダのシャンパーニュ国際貿易相は、その日のうちに自身のツイッターで「11カ国がTPPに大筋合意したなどいう報道が一部で出ているが、TPPは大筋合意などに至っていない」とツイートし、トルドー首相もカンカンに怒ってしまったのだ。

あたしは、参加11カ国の主要メディアの報道をすべてチェキしたけど、「大筋合意に達した」などと大嘘を垂れ流していたのは日本のメディアだけで、日本以外の10カ国の主要メディアは、すべて「カナダが反対したため大筋合意には至らなかった」と正確に報じていた。それなのに、日本だけは安倍晋三の指示で、大嘘のフェイク・ニュースを国内向けに報じさせていたのだ。そして、各国のメディアが「今回の日本の報道は完全に勇み足だ」と批判する中、次に安倍晋三がやったことは、急遽、トルドー首相との二国間の首脳会談をブッキングさせ、その場で何とかトルドー首相を説得しようという悪あがきだった。ま、ここまではともかくとして、最悪だったのが、安倍晋三は、まだトルドー首相との首脳会談が行なわれていない段階で、これまた子分の茂木担当相を使って、同行の日本の記者団に「安倍首相がトルドー首相を説得してTPP-11の大筋合意に至った」という大嘘を日本国内向けに報じさせたのだ。もはや「振り込め詐欺」よりも悪質だろう。

しかし、あまりにもデタラメな安倍晋三のやり方に怒りが収まらなかったトルドー首相は、「とても日本と首脳会談など行なえる段階ではない!」と吐き捨ててカナダに帰ってしまった。すると、またまた茂木担当相が、同行の日本の記者団に対して、「首脳会談は中止になったが、閣僚同士の大筋合意は確認できたので、後は各国がそれぞれ持ち帰って進めていく」などと大嘘をついてゴマカシたのだ。


‥‥そんなワケで、どうせ日本人は海外の報道なんか見ていないとタカをくくり、日本国内向けにメディアを利用して大嘘を垂れ流して自分の支持率を守り続ける安倍晋三のこういうやり方って、皆さん、どう思う?たとえば、これは小さいネタだけど、今年の4月28日のこと、首相官邸の公式HPに「安倍首相は午後10時33分から約30分間、トランプ米大統領と電話会談し、北朝鮮の対策について緊密に連携した」などと大々的に発表し、新聞各紙の「首相動静」にも同様の内容を掲載させた。

でも、ツイッター狂いのトランプ大統領は、この日、日本時間の午後10時45分に「安倍と電話会談をした」と過去形でツイートしているのだ。普通に考えれば、同盟国の首相と電話会談中にツイッターに投稿などするワケがないし、もしも投稿するなら、過去形ではなく「安倍と電話会談中だ」と現在進行形でツイートするだろう。つまり、これは、安倍晋三との電話はわずか10分ほどで切り、それからツイートしたことになる。

だけど、首相官邸としては、いかに安倍晋三がトランプ大統領と緊密に連携して北朝鮮問題に適切に対応しているかということを国内向けにアピールすることこそが最優先課題なので、さすがに「12分の電話会談」などとは発表できない。そこで「約30分」などと盛りに盛った嘘を発表し、あたかも時間を掛けて重要な会話をしたかのように国民を騙したのだ。何というセコさだろう?


‥‥そんなワケで、森友学園疑惑や加計学園疑惑、公文書改竄疑惑から火炎瓶疑惑に至るまで、国内での数々の疑惑から国民の目をそらすために、「困った時の外交アピール」と言うワケで、安倍晋三は23日から5日間も訪米し、10月には中国を訪問して習近平国家主席との首脳会談までブッキングしている。20日が自民党総裁選の投開票日なのだから、その直後の訪米や訪中は「三選ありき」の余裕の表われだろう。でも、これまで22回もプーチン大統領と首脳会談を繰り返してきて、そのたびに何十億円、何百億円、何千億円という莫大な上納金を支払い続けて来たのに、その結果が「前提条件なしの平和条約締結」に「NO!」と言うこともできない無能外交なのだから、こんなの「ガキの使い」以下じゃねえか!‥‥なんて思った今日この頃なのだ。


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2018.09.12

終活リクエスト

ラジオが大好きなあたしが最もリスペクトしているラジオ・パーソナリティー、「金髪ロバ野郎」こと吉田照美さんは、現在67歳で、来年2019年1月23日のお誕生日を迎えると、ついに68歳、記念すべき「ロバ歳」になる。だから、来年の照美さんは、伊東四朗さんや石和温泉観光協会の保坂まゆみさんから「ロバ!」「ロバ!」といじられる前に、もはや自ら進んで「ロバ色」を強調した1年にしてほしいと思う‥‥なんて感じでスタートしてみたけど、67歳、68歳と言えば、世の中的には完全に「お年寄り」で、電車に乗れば40代や50代のおじさんおばさんから席を譲られてしまう年齢だ。

だけど、照美さんの場合は、180センチを超える長身だし、背筋もピンとしていてスタイルもいいし、髪もフサフサだし、派手なアロハシャツを着たりもするし、実際の年齢よりもずっと若く見える。サスガに髪は白髪が多くなって来たため、以前は白髪染めをしていたみたいだけど、それでもパッと見では実年齢よりひとまわり以上も若い「50代前半」に見えた。そして、今回の「人生初の金髪チャレンジ」によって、さらに若く見えるようになった。

分かる人にしか分からない喩えで申し訳ないけど、『じゃじゃ馬億万長者』のジェスロのような、「昭和のアメリカのホームドラマに登場する白人の若者」のような風貌になってしまったため、ブロンドのウイッグを着けた友近さんとコンビを組んでも違和感がないと思う。その上、照美さんは、高級住宅地に堂々と構える豪邸のゴージャスなバスルームの前の脱衣スペースに置いてあるのであろうタニタの体重計で、「体内年齢は50代前半」だと表示されたと文化放送『親父熱愛』の中で自慢しているので、見た目だけでなく体内年齢も若く、とても「お年寄り」とは呼べないと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、もともと文化放送の局アナだった吉田照美さんは、フリーになってからも文化放送で長年、数々の帯番組を担当し、もうすぐ第一子を出産するムロリン(室 照美さん)との「ダブル照美」というコンビで4年も続けて来た『飛べ!サルバドール』の最終回、昨年2017年3月31日を最後に、36年半も続いて来た文化放送の帯番組から卒業した。そして、現在は、AMとFMの枠も超え、文化放送『親父熱愛』、bayfm『TERUMI de SUNDAY!』、JFN『Please テルミー!』、MBS『ザ・ヒットスタジオ』、全国AM9局『吉田照美の森羅万SHOW』などを始め、北から南まで縦横無尽に数々のラジオ番組で八面六臂の活躍を続けている。

もちろんテレビに出ることもあるけど、やっぱり照美さんの土俵はラジオなので、死ぬ時はラジオの生放送中に、マイクの前で前のめりに倒れて絶命してほしい‥‥だなんて、神田松之丞さんの十八番の「褒めDisり」のような言い回しをしちゃったけど、あたしは、照美さんのラジオ番組は聴ける範囲で聴いているし、どうしても聴けなかったものは後からラジコのタイムフリーで聴くほどのコアなファンになんだけど、そんな照美さんが、おとといの9月10日(月)、ニッポン放送『土屋礼央 レオなるど』に出演した。それも、ゲストとかじゃなくて、メインパーソナリティーの土屋礼央さんが夏休みなので、その代わりとしてのピンチヒッターで、番組表にもハッキリと『吉田照美 レオなるど』と書いてあった。

あたしは、照美さんがメインパーソナリティーをつとめるのなら、『吉田照美 レオなるど』じゃなくて『吉田照美 ロバなるど』にしてほしかった‥‥などと思いつつ、この日の午後は自宅にいたので、リアルタイムでニッポン放送『吉田照美 レオなるど』を聴いて楽しんでいた。そして、番組の後半の最後に、「自分のお葬式でどんな曲を流したいか」という「終活リクエスト」のコーナーが始まった。

すると、照美さんは、マイケル・ジャクソンが来日した時に、デパートの中で偶然マイケルと遭遇し、まだ小さかったユウキ君(照美さんの息子さん)がマイケルに撫でてもらった、そして、マイケルの履いていた靴がボロボロだった‥‥という、あたしたち吉田照美ファンなら完全に暗記している「百回話」を披露し、自分のお葬式ではマイケルの『ビリージーン』を流して欲しいと話したのだ。

あたしは、「ええっ?」と思った。だって、この『ビリージーン』って、それこそ大ヒットしたマイケルの代表曲の1曲には違いないけど、歌詞の内容が、とてもじゃないけどお葬式には向いてないからだ。ザックリ訳すと、ディスコでセクシーなダンスをしていた魅力的な女性、ビリージーンにひと目惚れした青年にとって、ビリージーンは一方的に片思いしているだけの「高嶺の花」だった。それなのに、出会いからしばらくしたら、そのビリージーンは子どもを産み、その青年に「この子の父親は貴方だ」と言って来た‥‥というものだ。

この青年は、ビリージーンと付き合ってもいないし、ましてやセックスなど一度もしていない。ようするに、父親が誰だか分からない子どもを産んでしまい、生活に困ったビリージーンが、自分に好意を持っていた青年に濡れ衣を着せて養育費をせしめようとしたワケだ。そして、この青年は、自分の無実を晴らすために裁判を起こし、4カ月も掛けて自分が父親ではないということを証明する。この一連の出来事について、「俺は最悪の女を好きになってしまったようだ」と、自分の男友達に愚痴っているのが、この歌の内容だ。

で、あたしがこのことを簡単にマトメて、「(自分のお葬式で流す曲が)ホントにこんな歌でいいの?」とツイッターに投稿したら、吉田照美さんご本人から「いいですよ。人生は、本当に理不尽ですからねえ。」というリプライをいただいた。まあ、ご本人が「いい」と言っているのだから、これ以上は他人が横からなんやかんやと言うべきじゃないけど、こういうことって凄く多い。

たとえば、今は9月になったばかりなので、いろいろなラジオ局のいろいろな番組で、竹内まりやさんの『セプテンバー』とか太田裕美さんの『九月の雨』とか、「9月」がタイトルに付いた曲がよく流れるけど、そんな中、ダントツでよく流れるのが、アース・ウインド・アンド・ファイヤーの『セプテンバー』だ。だけど、この曲って、ちゃんと歌詞を読めば分かるけど、9月の歌じゃなくて12月の歌なんだよね。12月に「9月のあの出来事を覚えてる?」と歌っているんだよね。もちろん、ラジオ番組で9月に流したって何も問題はないけど、この12月の曲が、まるで「9月を代表する曲」のようにあちこちの番組で流れるもんだから、あたしは「何だかな~」と思ってしまうのだ。

他にも、毎年、クリスマスになると、山下達郎の『クリスマス・イヴ』に次いでよく流れるワム!の『ラスト・クリスマス』がある。メロディーだけを聴いていればアップテンポの明るい曲だけど、この曲は、ラスト・クリスマス、つまり「去年のクリスマス」のことを歌っているワケで、それも、去年のクリスマスに自分の恋人に裏切られて失恋したというネガティヴな愚痴をグダグダと垂れ流しているだけの情けない歌なのだ。こんなの、クリスマスに聴きたいか?


‥‥そんなワケで、あたしの現在のお仕事のメインはブライダルのヘアメイクなので、年間に数十回、披露宴の現場に入る。ようするに、披露宴が行なわれている会場の隣りの控室に待機していて、相棒のスタイリストと一緒に新婦さんの着替えやヘアメイクを直すのが仕事だ。だから、毎回、その披露宴でどんな楽曲が使われているか自動的に聴こえて来るワケだけど、いつも現場に出ていると、「おいおい!こんな曲を使っていいの?」って思うことがあまりにも多い。

たとえば、けっこう多いのが『アメイジング・グレイス』だ。日本では若くして亡くなられた本田美奈子さんのカヴァーが有名だけど、壮大で心にしみる美しいメロディーが好まれるのか、披露宴で使われることが多い。もともとは讃美歌だから、そんなに変なことは歌っていないと思うのかもしれないけど、この歌って、奴隷船の船乗りだった男が、後に牧師になり、過去の自分の悪行を悔いている懺悔の歌なんだよね。サスガに直接表現は避けているから、歌詞の表面をサラッと読むだけならそれほどエゲツナイ表現はないけど、奴隷商人の懺悔の歌だと知った上で歌詞を読むと、とてもじゃないけど結婚式には向いていないと分かるだろう。

他にも、ひとつひとつ挙げていたらキリがないけど、浮気をして自分を捨てた男に恨みつらみを言っている女性の歌とか、自分の親友と二股を掛けられていた挙句に捨てられた男性の後悔の歌とか、いくら歌詞が英語で分からないからって、こういう曲を自分の結婚式で流すカップルたちのあまりの多さに、あたしはけっこう驚いている。だって、たとえ英語が分からなかったとしても、一生に一度の自分たちの結婚式に使う曲なんだから、事前に歌詞の意味くらい調べるのが普通だと思うからだ。


‥‥そんなワケで、話はクルリンパと戻って、吉田照美さんがマイケル・ジャクソンの『ビリージーン』を選んだ「終活リクエスト」だけど、あたしならどんな曲がいいかな~って考えてみた。そして、いろいろと悩んだ結果、フェイ・ウォンの『夢中人』に決めた。あたしの大好きな曲のひとつなので、このブログでもツイッターでも何度も書いているけど、あたしの大好きな香港映画、ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』(1994年)の中で、この映画がデビュー作だった若き日のフェイ・ウォンが歌っているカヴァー曲だ。

この曲のオリジナルは、アイルランドのバンド、ザ・クランベリーズの『ドリームス』で、こちらは、トム・ハンクスとメグ・ライアンのラブコメ映画、ノーラ・エフロン監督の『ユー・ガット・メール』(1998年)の主題歌に使われている。つまり、フェイ・ウォンのカヴァー曲のほうが先に香港映画に使われて、その4年後に、オリジナル曲がアメリカのラブコメ映画に使われたってワケだ。

ま、そんなことはどうでもいいけど、あたしが自分のお葬式で流して欲しい曲に、オリジナル曲じゃなくてカヴァー曲のほうを選んだのは、この2曲、歌詞の内容がずいぶん違うからだ。そもそも、原曲を知らなかったあたしは、最初に映画『恋する惑星』を観て、フェイ・ウォンの歌う『夢中人』を大好きになり、どうしてもCDが欲しくていろいろと調べているうちに、ザ・クランベリーズの『ドリームス』のカヴァーだということを知り、後から原曲を聴いたのだ。

最初にフェイ・ウォンの歌うカヴァー曲のほうを聴いたあたしは、広東語なんてチンプンカンプンなので、歌詞の意味はぜんぜん分からなかった。だけど、メロディーの美しさと、この曲が使われている映画の場面から、ラブソングなのだということだけは感じ取っていた。そして、後からザ・クランベリーズの原曲を聴いたら、こっちは歌詞が英語だった上に、たいしたことは言っていない単純な内容だったので、すぐに大意が理解できた。ザックリ言えば、恋に落ちた女性が、自分の愛する男性を「自分の夢」だと歌っているオノロケの歌だ。そして、広東語がまったく分からないあたしは、フェイ・ウォンの歌う『夢中人』の歌詞も、原曲の歌詞を広東語に訳しただけのものだと思い込んでいた。

でも、ずいぶんしてから、『夢中人』の広東語の歌詞と日本語の対訳が手に入り、あたしは、ホントの意味を知ることができた。こちらの歌詞は、作詞家で香港のラジオ局のディレクターでもある周礼茂(シャオ・リマオ)さんが書いたもので、原曲の歌詞をベースにしながらも、相当なオリジナリティーが盛り込まれていたのだ。シャオさんは、この曲の訳詞を書く前にも、フェイ・ウォンに「退屈なコーヒー」「静かなクラリネット」「ロマンティック・ストーム」「幸せな涙」など、多くの詞を提供しているので、この訳詞では、歌い手であるフェイ・ウォンのことをよく知った上で、彼女の感性に沿うように書いたのだと思う。そして、この広東語の歌詞の意味を知ったあたしは、冒頭からシビレまくった。

フェイ・ウォンの透明感のある美しい歌声が、胸いっぱいに浸透して来るように感じられる歌い出しの歌詞、「夢中人 一分鍾抱緊 接十分鍾的吻」は、日本語の対訳には「夢の中の人よ、1分間だけ抱きしめて、10分間のキスをして」と書かれていたのだ。何という萌え萌え具合だろう。一方、原曲の歌い出しを直訳すると、「日々、変化し続けている私にはいろいろな可能性がある。だから私の夢はハッキリとは見えて来ない」と歌っている。

で、原曲のほうは、ここから「私は恋に落ちた」→「あなたが私の夢になった」という流れで進んで行き、その合間合間にオノロケの言葉が織り込まれている。でも、この歌詞をベースにして広東語の歌詞を書いたシャオさんは、冒頭から「夢の中の人よ、1分間だけ抱きしめて、10分間のキスをして」とカマしてくれたのだ。あまりにもワンダホーすぎる!

ちなみに、原曲の英語の歌詞の中には、「1分間の抱擁」や「10分間のキス」などという言葉はいっさい出て来ないので、この部分は完全にシャオさんのオリジナルであり、フェイ・ウォンの感性を踏まえて書かれたものだと思う。ホントは対訳をすべて紹介したいんだけど、こうしたブログでも一般にリリースされている楽曲の歌詞を勝手に書いたりすると面倒くさいことになるので、どうしても全文を読んでみたい人は、自力で何とかしてほしい。


‥‥そんなワケで、あたしの「終活リクエスト」は、取りあえずフェイ・ウォンの『夢中人』に決定したけど、歌詞の内容を考えると、これだって『ビリージーン』と同じでお葬式には向いていない。身も心も溶けちゃうようなラブソングなのだから、どちらかと言えば結婚式向きだ。でも、結婚もしていないし子どももいないあたしの場合、このまま普通に生きて行けば、どうしても先に母さんが亡くなり、あたしは「天涯孤独」になってしまう。そして、たった1人で死んで行くことになる。だから、せめて、最後にお葬式で流す曲くらい、夢の中で愛する人に抱きしめてもらい、キスしてもらい、文字通りにそのまま「昇天」したいと思った今日この頃なのだ(笑)


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2018.09.02

崖っぷちのきっこさん

しばらく前のブログに、あたしは、「袖すりあうも多生の縁」の「多生」のことを、多い少ないの「多少」だと思い込んでいた‥‥ということを書いたけど、こういうタイプの思い込みって、多くの人が経験してることだと思う。そして、その思い込みの内容も、ものすごく単純なものからハイレベルなものまで、それこそピンキリだと思う。

たとえば、所ジョージさんの場合、「常夏の島」のことをずっと「ココナツの島」だと思い込んでいたそうだけど、これなんて、子どものころに聞き間違えたとしたら、意外と長いこと間違ったまま思い込んでいるパターンだ。何故なら、「常夏の島」も「ココナツの島」も、意味としてはどちらも同じ「南国の島」という意味に取れるからだ。テレビの旅行番組か何かで、「この島は常夏の島なので、1年中いつでもビーチで泳ぐことができます」なんて感じのナレーションが流れたとしても、「ココナツの島」だと思い込んでいる人は、「ココナツの島」のままで文章が成り立ってしまうから、自分の間違いに気づきにくい。

でも、あたしが間違って覚えていた「袖すりあうも多生の縁」のように、意味も違っているケースだと、この言葉を正確に知っている人との会話から、自分の思い込みに気づくことがある。たとえば、「きっこはあの人のことをめっちゃ嫌ってるけど、『袖すりあうも多生の縁』て言葉があるように、前世では恋人同士だった可能性だってあるのよ」なんて言われたら、あたしは「えっ?多少の縁なのに何で恋人同士なのよ?」ということになり、ここから自分の間違いに気づくことになる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、こうした思い込みの中で、あたしが最も長いこと自分の間違いに気づかなかったのが、「絶望のふち」という言葉だ。この言葉自体を知ったのは、ハッキリとは覚えていないけど、たぶん小学生の時にテレビか何かで耳にしたんだと思うけど、その時には、すでに「崖っぷち」という言葉を知っていたので、あたしの中では、この2つの言葉がゴッチャになってしまったようだ。そして、あたしは、「絶望のふちに立つ」という言葉を、間違った意味で理解してしまったのだ。

だけど、そもそもが「絶望のふち」なんて言葉、日常会話で使うことなんてメッタにないし、大人になってから酔った勢いで女友達に「あたしは絶望のふちに立ってる気分だよ~」なんて言ったことがあるような気がするけど、文脈としてはおかしくないから、その時も間違って理解しているとは思われなかった。だから、あたしはずっと間違った認識のまま年齢を重ね、自分の思い込みに気づいたのは、ナナナナナント!恥ずかしながら30歳を過ぎてからだったのだ。

あたしは、川上弘美さんの小説が大好きで、今でこそほとんどの作品を読んでいるけど、最初に読んだのは、『センセイの鞄』が話題になり、『センセイの鞄』の文庫本(文春文庫)が書店に並んだ2004年、あたしが32歳の時だった。あたしは、この『センセイの鞄』を読んで川上弘美さんの大ファンになり、それから、その時点で書店に並んでいる文庫本を順番に読み始めた。そして、何冊目かに1997年に書き下ろされた『いとしい』(幻冬舎文庫)を読んだ。

『いとしい』は、主人公のマリエが、1歳年上の姉ユリエとの幼いころの不思議な原体験を回想するシーンから始まるんだけど、その中でマリエは、ユリエと遊んだ「お屋敷ごっこ」を思い出す。お屋敷に住んでいる位の高いお猿、大タマ様の息子の小タマ様を姉ユリエが演じ、その小タマ様に見初められた娘猿をマリエが演じるという遊びだ。ユリエ演じる小タマ様は熱心に娘猿のもとへ通って求婚するが、そのたびにマリエ演じる娘猿が首を横に振るので、小タマ様は絶望してしまう。それが、次のシーンだ。


<引用ここから>
「どうしても拙者の愛を受けいれてはくれぬか」という言葉が、お屋敷ごっこの次の段階への合図になる。
「なんとおっしゃられようと」私が答えると、姉はよよと泣き伏すのであった。
「拙者の胸は、はりさけたでござる」姉はひと声悲痛に叫び――悲痛という言葉は姉の好む言葉だった――、叫びながらしばしば「ひつうな」と姉はつぶやいたものだった。姉は悲痛に叫び、ほんとうの涙を流した。
数分の間、姉は涙を流す。それからさらに「ひつうな」声で、
「食べ物は喉を通らぬ、身はやせ細る」と息もたえだえに言うのであった。
絶望の淵にたった小タマ様である姉は、ふたたび回復することがない。
「ぜつぼうのふち」と発音する姉は、ひどく得意そうだった。
「ぜつぼうのふちって、なに」
最初にその言葉を聞いたときに訊ねると、姉はしばらく考えてから、
「ぜつぼうっていう大きな湖みたいなものがあってね、そこの岸はすごく切りたっているの。霧も出てるから、湖に迷いこんだ旅人は誰でも湖に落ちちゃうのね。落ちちゃうそのときって、こわいんだよ、こわいんだから」と激しい顔で説明した。のちに正しく絶望の淵の意味を理解してからも、長い間、絶望とは大きな澄んだ湖のようなものだとうっすら思っていたように思う。絶望の淵は、たしかに、こわい。
小タマ様は、結局絶望の淵に落ちて、姉がその意味を知らぬうちは水に溺れて、意味を知ってからは心痛のあまり食べ物が喉に通らずに餓えて、死ぬことになっていた。
<引用ここまで>
※川上弘美著『いとしい』(幻冬舎文庫)P16~P17より引用


‥‥そんなワケで、「崖っぷち」をすべて漢字で書くと「崖っ縁」、つまり「コップのふち」や「お風呂のふち」のような場所なので、あと一歩か二歩で崖から落ちてしまう危険な状況だけど、まだ崖からは落ちていない。だから、「崖っぷちに立たされる」という言葉は、「もう後がないギリギリの状況」という意味になる。そして、あたしは、「絶望のふち」もコレと同じ「絶望の縁」だと思い込み、あと一歩か二歩で「絶望」という場所に落ちてしまうギリギリの危険な状況という意味だと解釈していたのだ。

それなのに、「絶望の縁」じゃなくて「絶望の淵」だったとは!「淵」というのは、主に河川の流れが緩やかで深くなっているような場所のことで、山奥の絶壁に面したような場所に多い。『釣りキチ三平』の「夜泣谷の怪物」の巻で、三平が巨大な片目の「左膳岩魚(さぜんいわな)」を釣りに行った「鳴神淵(なるがみふち)」も、切り立った岩盤に面した水深の深い場所だった‥‥って、ついつい余計なことまで書いちゃったけど、「絶望のふち」とは、あと一歩か二歩で「絶望」という場所に落ちてしまう「縁」のことじゃなくて、三平の「鳴神淵」や有名な「千鳥ヶ淵」と同じように、「絶望という名の淵」のことだったのだ!

つまり、「絶望の淵に立つ」というのは、あたしが思い込んでいたギリギリの危険な状況なんかじゃなくて、もうすでに最悪の状況に立たされているという意味だったのだ。だから、マリエとユリエの「お屋敷ごっこ」の中で、失恋によって「絶望の淵」に立った小タマ様は、何も食べられなくなり、回復できずに死んでしまったのだ。ちなみに、国語辞典で「崖っぷち」と「絶望のふち」を引いてみると、次のように解説してある。


【崖っ縁(がけっぷち)】
1.崖のふち。
2.限界ぎりぎりにある状況・状態。
「生死の崖っ縁に立つ」

【絶望の淵(ぜつぼうのふち)】
その人にとって悪い出来事が起こったことにより陥った、極めて苦しい状況を意味する表現。
「絶望の淵に突き落とされる」
「絶望の淵から這い上がる」


‥‥そんなワケで、しばらく前に、コップのふちなどに座らせたり引っかけたりするOL風の女性、「コップのフチ子さん」という小さなフィギュアが流行ったけど、もしも漢字が書くとしたら「縁子さん」ということになる。「淵子さん」だったらコップの中に落ちちゃうからだ。同じ「ふち」という言葉でも、「崖っぷち」の「縁」は「危険だけどギリギリセーフ」で、「絶望のふち」の「淵」は「もう手遅れ」なんだから、意味が大きく違うのだ。

それなのに、嗚呼それなのに、それなのに‥‥って、久しぶりに五七五の俳句調で嘆いちゃうけど、1週間ほど前の8月25日(土)の夜、NHK総合テレビで、とんでもないタイトルの番組が放送されてしまった。その名も『崖っぷちの淵子!』だ。あたしは、テレビがないので放送は観ていないけど、NHKの公式サイトで番組の解説を見てみたら、「日々「崖っぷち」と戦う女性たちに送る応援歌!」というサブタイトルが付いていて、次のように説明してあった。


「全国の働く女性たちのアンケート結果を基に“崖っぷち”エピソードを描いたドラマをメインに、“崖っぷち”のピンチをチャンスに変えた女性の転機となる「食」を紹介するグルメコーナー、街角の女性たちに聞いた“崖っぷち”エピソード&それを乗り越える人生訓などなど、バラエティーに富んだ企画コーナーも交えてお送りする30分!」


まあ、観なくてもどんな番組なのか、これだけでザックリと分かったけど、問題なのはタイトルの漢字だ。これらのサブタイトルや説明を読む限り、決してネガティブではなくポジティブな内容のように思えるのに、カンジンのタイトルが『崖っぷちの淵子!』じゃあ、もうすでに「淵」に落ちちゃってるじゃん。ギリギリでがんばっている状況を表わしたいのなら、ここは「縁子」だろう。

たぶん、「縁子」だと「えんこ」と誤読されそうだし、「フチ子」とカタカナで書くと「コップのフチ子さん」とかぶっちゃう‥‥なんていう軽い理由で「淵子」にしたんだと思うけど、この漢字を使われると、あたし的には『崖っぷちの淵子!』というよりも『絶望の淵子!』というイメージになってしまう。こんなこと、いちいちツッコミを入れるような話じゃないとは思うけど、長年、「絶望の淵」を「絶望の縁」だと思い込んでいたあたしとしては、どうしても「淵」と「縁」との混同には神経質になってしまう。


‥‥そんなワケで、たぶん小学生の時に「絶望のふち」という言葉を初めて聞いたあたしは、その前に「崖っぷち」という言葉を知っていたために、この2つの言葉がゴッチャになってしまい、それ以来、32歳か33歳の時に川上弘美さんの『いとしい』を読むまで、20年以上も間違った意味で使って来た。そして、もしも『いとしい』を読んでいなければ、40代になった今でも間違ったままだったかもしれない。そう考えると、あたしは、長いこと「崖っぷち」には立たされていたけど、何とか「絶望のふち」には落ちずに済んだと思う今日この頃なのだ。


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