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2018.10.24

あたしの好きなお鍋料理

今年の夏は何かの罰ゲームのようにクソ暑かったけど、サスガに10月も下旬になると涼しい日も多くなり、日によっては朝晩に寒さを感じることも多くなって来た。で、朝晩に寒さを感じるようになると、真っ先に恋しくなるのが「鍋料理」だ。「1年365日×3食=1095食」のうち、少なくとも1000食以上を自炊しているあたし的には、これからの時期のメインになる「鍋料理」は、何よりもアリガタイザーだ。何故なら、調理の手間が大幅に省けるからだ。

 

通常のお料理は、和洋中などジャンルに関係なくお台所で作り、それをテーブルやちゃぶ台に運んで食べるワケで、どんなに簡単なお料理でも、それなりに手間が掛かる。でも、お好み焼きやもんじゃ焼きなど、テーブルにホットプレートを用意して、作りながら食べるお料理の場合は、お台所での準備が少しラクになる。そして、その最高峰なのが、切った具材をテーブルに並べるだけでいい「鍋料理」なのだ。

 

もちろん、お鍋の種類によっては、お台所である程度は仕込んでおかないと成立しないものもあるけど、大半のお鍋は、切った具材を大皿に並べてテーブルに置くだけで、あとは「作りながら食べる」のだから、調理を担当している者としては、切った肉を出すだけで客に焼かせる焼肉と同じくらいラクチンな料理だと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?

 

 

‥‥そんなワケで、みんな大好きなお鍋だけど、世の中の人たちの中には、何だか勘違いしている人もいるみたいだ。毎年、この時期になると、いろいろな媒体が「好きな鍋料理ランキング」というアンケート調査を行なって発表するけど、トップ5とかトップ10とかを見ると、必ず「しゃぶしゃぶ」や「おでん」がランクインしている。たとえば、これはちょっと古いけど、2年前の2016年の女性誌『CanCam (キャンキャン)』のアンケートで、こんな結果が出ている。

 

 

1位「寄せ鍋」

 

2位「すき焼き」

 

3位「しゃぶしゃぶ」

 

4位「水炊き」

 

5位「おでん」

 

 

「寄せ鍋」は完全に鍋料理だし、「すき焼き」や「水炊き」も鍋料理と言っても問題ないけど、「しゃぶしゃぶ」や「おでん」が鍋料理って、おいおいおいおい!そこは違うだろ?鍋料理とは「テーブルに用意した鍋の中に複数の具材を入れてコトコトと煮込みながら食べる料理」のことなのだから、熱湯にくぐらせるだけの「しゃぷしゃぶ」や、お台所で作ってからテーブルに運んで食べる「おでん」は、どう見たって「似て非なるもの」だろ?

 

そもそも、「しゃぶしゃぶ」が鍋料理だと言うなら、「チーズフォンデュ」だって鍋料理になっちゃうし、「おでん」が鍋料理だと言うのなら、大鍋で作ったカレーだってシチューだって煮物だって、みんな鍋料理になっちゃう。鍋料理というのは、あくまでもテーブルやちゃぶ台などの「食卓」にガスコンロを置き、そこで土鍋や鉄鍋に出汁を張り、食卓で具材を煮ながら食べる料理のことで、この「具材を煮ながら食べる」という過程にこそ意味があるのだ。

 

ま、その辺のことを言い出すとキリがなくなっちゃうので、今回はスルーして行くけど、あたしが一番好きな鍋料理は「湯豆腐」で、二番目に好きなのが「池波正太郎風の深川鍋」だ。で、「湯豆腐」は誰でも知ってるだろうし、あたしの好きな「湯豆腐」についても過去に何度か書いているので、今回は、あたしが二番目に好きな「池波正太郎風の深川鍋」について、詳しく紹介しようと思う。

 

まず、「深川鍋」だけど、これは東京の下町の深川で庶民が好んで食べていた簡単な鍋だ。土鍋に水を張り、10センチほどに切った乾燥昆布を1枚沈めて、しばらくしたら火に掛けて、沸騰しないように弱火で出汁を取る。用意する具材は、たった二種類、アサリの剥き身と斜めにスライスした長ネギだけだ。そして、いい感じに昆布の出汁が出たら、白味噌か合わせ味噌を溶いて味噌仕立てのスープにして、そこにアサリの剥き身をドバッと入れて、長ネギもドバッと入れて、煮えたら食べるだけだ。これが東京の庶民の味、「深川鍋」で、これをご飯に掛けたものを「深川丼」と呼ぶ。

 

あたしが生まれて育ったのは東京の渋谷、ようするに「山の手」だけど、あたしの母さんは下町の人なので、子どものころからあたしの食べるものは下町の味が多かった。東京の人たち、特に下町の人たちはゴチャゴチャした見映えを嫌うから、お正月のお雑煮も至ってシンプルで、カツオ出汁のお醤油ベースのスープに入れる具材は小松菜だけ、多くてもカマボコを1枚加える程度で、そこに焼いた角餅を入れたのが定番だった。

 

だから、歳を重ねて日本各地のお雑煮を知るようになった時、あたしは、鶏肉だのエビだの何だのとゴージャスな具材がおてんこ盛りの田舎のお雑煮を見て、「粋じゃないなあ」「貧乏くさいなあ」と思ったものだ。重箱のおせち料理がゴージャスなのだから、お雑煮くらいはシンブルに行かないと粋じゃないのに、お雑煮にまでアレやコレやと豪華な具材を入れたがる発想が、東京の下町の感覚からすると「ザ・田舎の風習」に見えてしまった。

 

で、「深川鍋」も同じ原理なのだ。アレやコレやと豪華な具材を入れたゴチャゴチャのお鍋よりも、メインが一品、野菜が一品、合計二品だけのシンブルなお鍋、極限まで無駄を削り落としたお鍋こそが、東京の下町の人たちに好まれた粋でイナセな鍋料理なのだ。これは、あたしは実際に作って食べてみたことがある。サスガに国産のアサリの剥き身なんて大量に買ったら高いから、あたしは中国産のアサリの剥き身のボイルしたやつを使ったんだけど、それほど美味しくはなかった。

 

つーか、美味しいことは美味しかったんだけど、あたしは、そもそも味噌味のお鍋がそれほど好きじゃないのだ。あたしは、ほぼ毎日、朝と晩にはお味噌汁を飲んでいるので、これでお鍋までが味噌味だと、ぜんぜん新鮮味を感じないのだ。だけど、土鍋で昆布の出汁を取り、具材がアサリの剥き身と長ネギだけという「深川鍋」のシンプルさは捨てがたい。そんな時、あたしが知ったのが、食通としても有名だった池波正太郎の時代小説、テレビドラマでは『必殺仕掛人』として大ヒットした名作の『仕掛人・藤枝梅安』に登場する「浅利と大根の小鍋だて」だった。

 

 

‥‥そんなワケで、池波正太郎の代表作のひとつ『仕掛人・藤枝梅安』のシリーズには、いろいろなお料理が登場するけど、『梅安最合傘―仕掛人・藤枝梅安(三)』(講談社文庫)には、あたしが「池波正太郎風の深川鍋」と名づけた「浅利と大根の小鍋だて」が登場する。具材はアサリの剥き身と千六本に切った大根だけ、つまり、「深川鍋」の長ネギを大根に変えたものだ。そして、これは、味噌味じゃない。以下、その部分の描写を引用して紹介する。

 

 

<引用ここから>
春の足音は、いったん遠退いたらしい。毎日の底冷えが強く、ことに今夜は、(雪になるのではないか‥‥)と、おもわれた。梅安は、鍋へ、うす味の出汁を張って焜炉をかけ、これを膳の傍へ運んだ。大皿へ、大根を千六本に刻んだものが山盛りになってい、浅利のむきみもたっぷり用意してある。出汁が煮え立った鍋の中へ、梅安は手づかみで大根をいれ、浅利を入れた。千切りの大根は、すぐに煮える。煮えるそばから、これを小鉢に取り、粉山椒をふりかけ、出汁とともにふうふう言いながら食べるのである。このとき、酒は冷のまま、湯のみ茶わんでのむのが梅安の好みだ。
<引用ここまで>
※池波正太郎著『梅安最合傘―仕掛人・藤枝梅安(三)』(講談社文庫)より引用

 

 

何と美味しそうな描写なんだろう?もちろん、これは池波正太郎の感性と筆力によるものだけど、これほど美味しそうに書かれてしまったら、どうしても同じものを作って食べてみたくなる。そして、何度も読み返してみたんだけど、味噌なら味噌と書くはずだから、単に「うす味の出汁」としか書いていないということは、これは醤油味か、醤油の前の「ひしお」で味付けされていると推測できる。それに「粉山椒」を振りかけているのだから、やっぱり味噌とは考えにくい。逆に、うす味の醤油の出汁なら、アサリの剥き身から出たコクと大根から出た甘味をさらに引き出すために「粉山椒」は必需品ということになる。

 

 

‥‥そんなワケで、当時のあたしは、さっそくこれを作って食べてみた。またまた生のアサリの剥き身は築地(当時)とかに行かないと買えそうもなかったから、スーパーの中をウロウロしていたら、冷凍食品のコーナーにアサリの剥き身をボイルしたものがあった。よく「シーフード・ミックス」とかでイカやエビやアサリが混ざっているのがあるけど、アレのアサリだけのバージョンだ。今から15年くらい前なので、今はもっと高くなっているかも知れないけど、当時は1袋に150グラムくらい入っていて、たぶん200円台の前半だった。

 

そして、1本98円の大根も買い、実際に「池波正太郎風の深川鍋」を作って食べてみた。そしたら、美味しいことは美味しかったんだけど、お酒を飲みながら食べようと思っていたあたしには、ちょっと味が薄かった。だけど、お鍋にお醤油を足したら、本来の味とは違ってしまう。そこで、あたしは、小鉢にポン酢を入れ、それをお鍋の出汁で2倍くらいに割り、それで食べてみたら、めっちゃ美味しかった。ただし、ポン酢を使う場合は、粉山椒よりも紅葉おろしのほうが合う。

 

 

‥‥そんなワケで、この「池波正太郎風の深川鍋」は、あたしの中でジョジョに奇妙に進化して行き、そのうち、三品目の具材としてお豆腐を入れるようになった。だけど、そうなると、あたしが一番好きな「湯豆腐」に近くなってしまう。あたしの「湯豆腐」は、昆布で出汁を取り、絹ごし豆腐、銀ダラ、長ネギ、春菊が具材の四天王だけど、その時によって残っているお野菜などがあれば、白菜とかエノキとか何でも入れてしまう。そして、銀ダラが高くて買えなかった時には、銀ダラ抜きの「湯豆腐」を作って食べることもある。

 

サスガに、豆腐を抜いたら「湯豆腐」にはならないけど、豆腐さえあれば他の具材は何でもいいワケだ。一応、それまでは、「長ネギがないと甘味が出ないよな」とか「春菊のほろ苦さは必須だよな」とか思っていたけど、「池波正太郎風の深川鍋」の美味しさを知り、ここにお豆腐を加えても美味しいということを知ったあたしは、逆転の発想で、「湯豆腐」の銀ダラの代わりにアサリの剥き身を使い、長ネギの代わりに大根の千六本を使っても、いつもとは少し変わった美味しい「湯豆腐」になることを発見したのだ。

 

ちなみに、あたしは、「湯豆腐」にしろ他のお鍋にしろ、お鍋にお豆腐を入れる時には、お豆腐のパックを開けて、そのままお鍋に入れるようなことはしない。あらかじめ、少し深さのあるお皿に絹ごし豆腐を出して、ラップをしてから冷蔵庫へ入れて、お皿の底の片側に何かを噛ませて傾斜を作り、お豆腐の自重で水を切る。こうして水を切ってからお鍋に入れると、そのまま入れるよりも出汁を吸ってくれるから、特にお豆腐の美味しさを楽しむ「湯豆腐」の場合は味わいがグッとアップする。

 

 

‥‥そんなワケで、今日は最後に、お役立ち情報を書いておこうと思う。さっき紹介した池波正太郎の『仕掛人・藤枝梅安』のシリーズには、今回、取り上げた「浅利と大根の小鍋だて」を始め、美味しそうなお料理がいろいろと登場するけど、このシリーズの中から、お料理に関するシーンだけを抜き出して解説を添えた便利な一冊が、『梅安料理ごよみ』(講談社文庫)なのだ。この本は、アマゾンとかには「池波正太郎著」って紹介されているけど、これは間違い。冒頭に池波正太郎のインタビュー的な記述はあるけど、全編にわたって解説を加筆しているのは佐藤隆介氏と筒井ガンコ堂氏だ。だから、「池波正太郎著」だと思い込んで読み始めると「はあ?」って感じになっちゃうけど、そうじゃないと分かっていれば、とっても面白くて役に立つ一冊になる。今回のエントリーを読んで興味を持った人は、ぜひ読んでみてほしいと思った今日この頃なのだ。

 

 

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