2018.10.19

狂い咲きサクラロード

日本は全国的に秋だと言うのに、10月の頭ごろから、あたしがネットでよく観ている「ウェザーニュース」に「桜(ソメイヨシノ)が咲いている」という目撃情報が全国各地から届き始めた。そして、「ウェザーニュース」が10月12日~14日までの3日間、全国の視聴者に緊急調査を行なったところ、「桜(ソメイヨシノ)が咲いていた」という報告が354件も寄せられた。

分布図を見てみると、関東、東海、近畿の太平洋側が最も多かったけど、北は北海道から南は九州まで、また、北陸など日本海側にも見られ、沖縄以外のほぼ全国に分布していた。咲いているのはソメイヨシノだけで、沖縄の桜は「カンヒザクラ(寒緋桜)」なので咲かなかったんだと思う。

今回のソメイヨシノのように、本来は春に咲くはずの桜が季節外れの秋に咲いたりすることを「狂い咲き」「帰り咲き」「返り咲き」「二度咲き」などと呼び、その花のことを「狂い花」「帰り花」「返り花」「忘れ花」などと呼ぶんだけど、桜の他にも、梅、梨、ツツジなど、いろいろな花に見られる。だけど、今回のように、ほぼ全国的に見られるのはホントに珍しい。春に桜の開花が南から北へと上って行くことを「桜前線」と言うけど、今回の全国規模の「狂い咲き」は、『狂い咲きサンダーロード』ならぬ「狂い咲きサクラロード」とでも呼びたくなる今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、どうしてこんなことになっちゃったのかと言うと、今年は夏から秋にかけて大型の台風がいくつも上陸したため、強風や塩害で桜の葉が落ちてしまったからなのだ。桜の花芽は夏に作られるんだけど、花芽の根本にある葉からアブシジン酸という休眠ホルモンが花芽へと送られて、この休眠ホルモンの作用で花芽は硬くなって咲かなくなり、冬の寒さにも耐えられるようになる。

ようするに、アブシジン酸は花芽を「冬眠」させるためのホルモンというワケだ。そして、冬になって葉を落した桜は、春になって開花にちょうどいい気温になると花を咲かせる。でも、今年は、大型の台風の上陸が多かったため、強風と塩害で葉を落してしまった桜は休眠ホルモンが花芽に供給されず、花芽はずっと目を覚ましたままで、10月の暖かい日に花を咲かせてしまったのだ。

だから、台風以外の原因でも、夏から秋にかけてほとんどの葉を失ってしまった桜は、10月から11月にかけて暖かい日が続くと、今回のように「狂い咲き」をする。たとえば、長野などでも問題になっているけど、何年かに一度、アメリカシロヒトリの幼虫が大量発生すると、桜の葉は葉脈を残してほとんど食い尽くされてしまうので、秋から冬にかけての気温によっては「狂い咲き」することになる。

だけど、どんな原因にしろ、この時期に桜が咲いちゃうと、来年の春はどうなっちゃうんだろう?‥‥って心配になってくるけど、それは問題ない。「狂い咲き」と言うのは、春の満開の桜のように1本の木のすべての花芽が満開に咲くワケじゃなくて、あっちの枝に1つ、こっちの枝に2つ、という感じでポツポツと咲くので、他の花芽はちゃんと春を待っている。だから、多少は花の数が少なくなるけど、春になればそれなりにちゃんと咲く。そして、「狂い咲き」しなかった桜は例年通りに咲くから、ほとんど問題はない。


‥‥そんなワケで、さっき、桜の他にも、梅、梨、ツツジなど、いろいろな花が「狂い咲き」すると書いたけど、これは、「帰り花」「返り花」を詠んだ俳句を見るとよく分かる。たとえば、次の芭蕉の句だ。


凩に匂ひやつけし帰り花 松尾芭蕉


凩(こがらし)は「木枯らし」とも書くことから分かるように、晩秋から初冬にかけて吹く冷たい北風で、俳句では初冬の季語とされている。だから、この句は、暖かい小春日が何日か続き、帰り花が咲いた後に、急に冷え込んで北風が吹いたのだろう。そして、その北風が、ほんのりと花の香りを運んできたのだ。桜は満開でも香りは感じないので、これは梅の帰り花を詠んでいるのだ。


正月や浜の茨(いばら)の返り咲き 臼田亜浪

返り咲きしたる山葵(わさび)の花と見ゆ 青葉三角草

小春日に菫(すみれ)も返り咲きにけり 室生犀星

母の亡き家山吹(やまぶき)の返り花 大木あまり

雪柳(ゆきやなぎ)清め塩ほど返り咲き 朝倉和江


これらの句は、どれも花の名前を詠んでいるので、最初の芭蕉の句のように推測する必要はないけど、最後の雪柳の句からは面白いことが分かる。雪柳は春の桜のすぐあとに咲く花で、長い尾のような形に小さな白い花がたくさん咲くので、とっても美しくてあたしは大好きだけど、それが「清め塩ほど」だと詠んでいる。つまり、本来なら長い花茎にビッシリと密集して咲く花なのに、ここでは「ひとつまみの塩」のように、ほんの少しだけ咲いていると言っているのだ。

桜のところでも書いたように、「狂い咲き」はすべての花芽が開花するワケじゃなくて、全体の数パーセントだけが開花する。だから、雪柳の他に紹介した句も同じことなのだ。白い花がたくさん咲く茨や山葵、淡い青色の可愛い花がたくさん咲く菫、黄色い花がたくさん咲く山吹など、どれも本来の開花時期に見れば満開で美しいけど、これらの句はすべて「返り花」なので、たくさんある花芽のうち、ほんの1つか2つだけが咲いていたのだ。

「狂い咲き」や「狂い花」という言葉のニュアンスから、本来は春に咲く花が、季節外れの秋や冬に満開になっているような錯覚を起こしてしまうけど、実際にはポツンポツンと咲いているだけなので、どちらかと言うと「忘れ花」と言うほうがイメージが近い。そして、こうした咲き方をちゃんと知った上で句を読むと、見えてくる景も違ってくる。たとえば、さっき紹介した臼田亜浪(うすだ あろう)の茨の句だ。


正月や浜の茨(いばら)の返り咲き 臼田亜浪


年末から年明けにかけて海を臨む旅館で過ごした亜浪は、朝、ひとりで海岸を散歩していたら、浜にのたうっている茨を見つけたのだろう。そんな時、この句を読んだ人が「たくさんの花を満開にした茨」を想像してしまったら、本来の景と大きく変わってしまうだけでなく、句の向こう側にある亜浪の心情までもが大きく変わってしまう。

特に、この句の場合は「正月」なのだから、ここに「満開の花」が取り合わされれば、それがたとえ茨の花であったとしても、とても明るくおめでたい句になってしまう。でも、「返り花」の咲き方を知っていれば、こうした誤読はせずに、実際に亜浪が見た景、ほんの2つか3つほどの花だけがポツンポツンと咲いている景を想像するため、この句を詠んだ時に亜浪が感じた「わび」や「さび」を共有することができるのだ。


‥‥そんなワケで、久しぶりにマジメな俳句講座をひらいちゃったので、ここからはリトル車線変更して、大人の世界に突入しようと思う。実は、松尾芭蕉も俳句の詠んでいる「帰り花」には、もうひとつの意味がある。それは、一度、身請けされた遊女が、何らかの事情で、また遊女となって遊廓に戻って来ることを「帰り花」と呼んでいたのだ。大金と引き換えにお金持ちに身請けされるのだから、こうした遊女たちはそれなりに美人なワケで、そんな女性が何年後かに遊女となって遊廓に戻って来るのだから、まさに「帰り花」といった風情を感じる。

有名な『義経記(ぎけいき)』をベースにして、江戸時代初期の元禄13年(1700年)に浄瑠璃作家の西沢一風(いっぷう)が書いた『浮世草子・御前義経記(ごぜんぎけいき)』にも、身請けされた遊女が遊廓に戻って来たことを「御身はまたまた廓(くるわ)に帰り花」と書いている。ちなみに、この『御前義経記』は、主人公の元九郎今義(げんくろういまよし)が、生き別れになった母と妹を探しながら全国を旅する物語なんだけど、それが、ナナナナナント!全国の遊廓を巡って「色道」の研鑚を積みながら母と妹を探すのだ!これって、完全に『高校生無頼控(ぶらいひかえ)』じゃん!

『高校生無頼控』は、原作が小池一雄、作画が芳谷圭児というコンビによる劇画で、有名だから読んだ人も多いと思うけど、知らない人のためにザックリと説明すると、主人公のムラマサこと村木正人が、過激派のリーダーで行方不明の兄、村木鉄人を探すために、高校を中退して全国を旅するというストーリーだ。そして、この劇画のポイントは、ムラマサが行く先々でいろいろな女性をナンパしてラブラブな関係になるも、最後には別れて次の目的地へ向かう、という点だ。でも、ムラマサは「剣道」が強くて、いつも愛用の竹刀と防具を持って旅をしているので、ある意味、主人公の元九郎今義が「色道」を極めるために全国の遊廓を巡る『御前義経記』よりも、『高校生無頼控』のほうが『義経記』に近いように思う(笑)


‥‥そんなワケで、『高校生無頼控』は、主人公ムラマサが探している兄が過激派のリーダーだけど、石井聰亙監督(現・石井岳龍)が日大芸術学部に在学中の若干22歳の時に製作した映画『狂い咲きサンダーロード』は、小林稔侍さんがゲイの右翼のリーダーという複雑な役を熱演している。ま、これはどちらも創作だし、そもそも人間の思想の左右などに関係なく誰にでも分け隔てなく咲くのが花なのだから、たとえ「狂い咲き」でも同じことだ。大型の台風という自然の力がもたらした「狂い咲き」という自然の摂理は、自然に逆らって生きているあたしたち人間にも、分け隔てなく「狂い咲きサクラロード」を見せてくれたのだと思う今日この頃なのだ。


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