2018.07.16

記憶の移植と高齢化社会

先日、今から27年前の1991年に公開されたアニメ映画『老人Z』を初めて観た。敬称略で書かせてもらうけど、大友克洋と江口寿史という天才2人が、それぞれメカニックデザインとキャラクターデザインを担当したことで話題になった作品だ。で、観てみたら、これがめっちゃ面白かっただけでなく、いろいろと考えさせられるディープな作品だった。そして、何よりもあたしが驚いたのが、30年近くも前の作品なのに、まるで今の日本の状況を見た上で製作されたような作品だったことだ。

ずっと前の作品なので、最低限度のネタバレは許してもらうけど、当時から日本が将来的に高齢化社会へ進んでしまうことは予測されていたので、高齢化社会を迎えてしまった近未来の日本が舞台だという点は理解できる。でも、増えすぎたお年寄りの介護をする側の人手不足を解消するために、厚生省(当時)が民間企業に依頼して開発した最新型介護ロボットは、AIを搭載した第6世代のコンピューターを搭載している上、超小型の原子力エンジンによって駆動するというシロモノだった。

その上、この最新型介護ロボットの開発を請け負った民間企業は、実は将来的にこのロボットを兵器として利用するために、国の予算を使って開発していたというオマケまで付いていて、まるで今の安倍政権そのもののような作品だった。だから、古さを感じるどころか、今年公開された新作のアニメ映画と言われても違和感を覚えないほど素晴らしい作品で、最初から最後までタップリと楽しむことができた今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、この27年前のアニメ映画『老人Z』は、87歳の高沢喜十郎という寝たきりのお年寄りが主人公なんだけど、10年以上も前に亡くなってしまった奥さんのハルさんのことを今でも思っている。そして、この最新型介護ロボットのAIは、亡くなっているハルさんの人格を作り出し、ハルさんになって喜十郎さんに話しかける‥‥という流れから、あたしは、この「ハル」という名前は、映画『2001年宇宙の旅』のコンピューター「HAL 9000」や、「頭脳警察」のPANTAさんのバンド「PANTA & HAL」と同じで、「IBMの一歩先を行く」という意味から、アルファベットのIの前のH、Bの前のA、Mの前のLを組み合わせて作った名前なんじゃないかと思った。

ま、命名の背景はともかくとして、わずかなデータからハルさんの人格を作り出したのも、最初はベッドの形をしていた介護用ロボットが攻撃能力を備えた兵器へと進化したのも、どちらも学習能力を持ったAIによるものだ。今でこそ「ITの世界ではAIの進化がめざましい」と書かれていても、たいていの人が普通に意味を理解できると思うけど、30年近く前の公開当時は「IT」のことを「イット」と読む人もいただろう。念のため、「IT(アイ・ティー)」は「インフォメーション・テクノロジー」の頭文字で、日本語に直訳すれば「情報技術」という意味になるけど、昔からあった電話通信や無線などではなく、コンピューターの普及とともに発展した「データ通信」に代表されるコンピューター技術の総称だ。

一方、「AI(エー・アイ)」は「アーティフィカル・インテリジェンス」の頭文字で、直訳すれば「人工知能」という意味だ。人間の命令に従って動くロボットは何十年も前から作られていたけど、それはロボットが人間の言葉を理解して、自分で考えて行動しているワケではなく、「こういう単語を言われたら、このように行動する」というプログラムによって動いているだけだった。だけど、AIを搭載したロボットの場合は、自分の経験をデータとして蓄積していき、その中から「こういう場合は、このように対応したほうが良い」ということを自ら学び、成長していく。

たとえば、とても乱暴な例になっちゃうけど、ドライバーがハンドルを握っていなくても目的地まで走行してくれる自動運転自動車の場合、もしも人身事故や物損事故を起こしたら、そのたびにその情報がデータとして蓄積されていき、同じような条件下での事故をなるべく回避するようにAIが成長していく。だから、いろいろなパターンの事故をたくさん経験した自動運転自動車のAIこそが、最も事故回避能力の高いAIということになる。そして、こうしたデータは他のAIにも移植できるから、走行実験によって得た複数の事故データを最初から移植しておけば、新車でも、すでに複数の事故のパターンに対応した自動運転自動車ということになる。


‥‥そんなワケで、こうしたデータの移植は、もちろん、コンピューターだからできることで、人間の記憶を他の人間に移植することなんてできるワケがない。人間の場合は、医学の進歩で、心臓の移植、腎臓の移植、目の角膜の移植、白血病の骨髄移植、指や腕や足などの移植、耳や鼻の移植から顔面すべての移植など、いろいろな移植ができるようになってきたけど、さすがに脳の移植は不可能だ。最近、イタリアと中国の研究チームが「ヒトの頭部の移植に成功した」という怪しげな海外ニュースが報じられたけど、もしもこれが事実だったとしても、これは『ジョジョの奇妙な冒険』のDIOのように、身体を失った自分の頭部を別の人間の身体に移植しただけなので、あくまでも「脳を含んだ頭部の移植」であって、記憶だけを移植したことにはならない。

だけど、今年の春のこと、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のデイビッド・グランツマン教授の研究チームが、この「記憶の移植」に成功したのだ。もちろん、相手は人間じゃなくて、海にいる軟体動物の「アメフラシ」なんだけど、それでも、人間にも通じるいろいろなことが分かったのだ。アメフラシって、見たことがある人も多いと思うけど、ウミウシに似た派手な色の軟体動物で、指で突いたりすると紫色の煙幕を張って敵から身を守ろうとする、あの生き物だ。

アメフラシは、指で突くなど外部から刺激を与えると、紫色の煙幕を張るだけでなく、身体を縮めて堅くするんだけど、その時間は、だいたい10秒程度だという。そこで、グランツマン教授の研究チームは、特定のアメフラシに微弱の電流を流すことによって、この身体を縮めて堅くするという防御の時間を伸ばすように訓練を続けた。訓練を受けたアメフラシは、指で突かれただけでも、それまでの5倍にあたる50秒間も身体を縮めて堅くするようになった。そして、訓練を行なったアメフラシから取り出した遺伝子のRNA(リボ核酸)を、訓練を行なっていない別のアメフラシに移植したところ、そのアメフラシも、指で突くと40秒間も身体を縮めて堅くなったのだ。

このアメフラシは、RNAを移植するまでは他のアメフラシと同様に10秒程度しか防御姿勢を取らなかったのに、訓練を受けたアメフラシのRNAを移植しただけで、まったく訓練など行なっていないのに、それまでの4倍、40秒も防御姿勢を取るようになった。また、アメフラシの感覚神経細胞を取り出して行なったシャーレー上の実験でも、同様の結果が出たという。こうした結果を受けて、グランツマン教授は「まるで記憶を移植したようだった」と述べた。


‥‥そんなワケで、ここでRNAについてザックリと説明しておくけど、有名なDNAは「デオキシリボ核酸」で、このRNAが「リボ核酸」だ。見た目としては、DNAは2本の線が螺旋になっていて長いけど、RNAは1本の線が螺旋になっていて短い。役割としては、DNAは遺伝情報を長期間保存しているけど、RNAは必要なタンパク質を作るために核から遺伝コードを転写したり、遺伝情報を伝達したりしている。そして、DNAは細胞核にだけ存在しているけど、RNAは人間の細胞の核と細胞質に存在している。ちょっと語弊があるかもしれないけど、ものすごくザックリと言えば、DNAがコンピューターの「ハードディスク」なら、RNAは「DVD-R」のようなものなのだ。

で、人間の記憶というものは、これまで長いこと、脳内の神経細胞同士の接合部にあるシナプスに蓄えられていると考えられてきた。つまり「記憶は脳内にある」と考えられてきたワケだけど、数年前から、この説を否定するような研究結果がいろいろと発表されてきた。そして、今回、アメフラシの実験を行なったグランツマン教授も、これまでのシナプス説に懐疑的なスタンスだった。そして、それを証明するために、神経細胞のタイプが人間のものとよく似ているアメフラシを使って実験を行なったのだ。

今回のグランツマン教授の実験を、さっきのあたしの「DNAがコンピューターのハードディスクなら、RNAはDVD-Rのようなもの」というザックリした比喩で説明すると、訓練をして通常よりも長く防御姿勢を取るようになったアメフラシのDVD-Rを抜き取り、それを別のアメフラシに差し込んだところ、そのアメフラシは一度も訓練を行なっていないのに、通常よりも長く防御姿勢を取るようになった‥‥ということになる。もしも、これが「記憶の移植」に該当することであり、人間のRNAもアメフラシと同じ構造なら、人間も他人と「記憶のやり取り」が可能になるかもしれないのだ。

今回の実験結果について、グランツマン教授は、「私は、記憶はシナプスではなくニューロン(神経細胞)の核に蓄えられていると推測している。もしも、これまでの仮説通りに記憶がシナプスに貯蔵されているのなら、我々の実験は成功しなかった」と語った。今回の実験の対象となったアメフラシの神経細胞のRNAは、生物の成長や病気に関する細胞のさまざまな機能を制御しているけど、このRNAにも記憶の一部が蓄えられていたのなら、記憶は脳内だけでなく全身の神経細胞に貯蔵されていたことになるからだ。


‥‥そんなワケで、アメフラシの神経細胞の数は約2万個、人間の神経細胞の数は約1000億個なので、数には大きな違いがあるけど、アメフラシの神経細胞のタイプや動きは、人間のものにとてもよく似ているという。そのため、アメフラシの神経細胞の研究は、記憶というものが深く関わっている人間の病気、アルツハイマー病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの原因解明や治療にも大いに役立つと期待されているそうだ。あたしとしては、「記憶の移植」というSF映画のような世界にも興味があるけど、それよりも、少子化に歯止めが掛からずに高齢化が進み続ける今の日本にとっては、アルツハイマー病の原因解明が喫緊の課題だと思っているので、厚生労働省は、AIを搭載した最新型介護ロボットの開発より先に、まずはアメフラシの研究を始めてほしいと思っている今日この頃なのだ。


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