2018.10.16

頭にセミ、肩にバッタ

「自分の目を疑う」って良く使われる表現だけど、実際に自分が遭遇することはメッタにないと思う。『太陽にほえろ』で松田優作が演じたジーパン刑事が、自分のお腹から流れる血で真っ赤に染まった両手を見ながら「なんじゃこりゃ~!」って叫んだのは、まさに「自分の目を疑う」ような出来事なワケだけど、現実世界では、こんなことメッタにない。小説やドラマや映画などの創作媒体ならともかく、今の日本で普通に生活していたら、そうそう出会うことはない‥‥なんてふうに書き出してみたけど、実はあたし、今年の夏に「自分の目を疑う」ような出来事に遭遇したのだ。

だけど、そのうちブログにでも書こうかと思っているうちに月日が流れ、暦の上だけじゃなく体感的にも秋が訪れちゃったワケで、このまま冬に突入したら、いよいよ書くチャンスを失っちゃうので、まだ少しは暑い日が残っている今のうちに、急いで書いておこうと思ったワケだ。で、今回はマクラを短めに切り上げて、トットと本編に入ろうと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?


‥‥そんなワケで、あたしは普段から、特に買う物がなくても値段を調べるためにチョクチョクとスーパーを覗いたりしているんだけど、今年の夏は死ぬほど暑い日が続いたから、仕事の帰りとかに「涼む」という目的で、いつもより頻繁にスーパーに通っていた。そして、とにかく真っ先に冷凍食品のコーナーへ行き、商品を選んでいるふりをして涼んでいた。そんなある日のこと、いつものようにあたしが冷凍食品のコーナーで涼んでいたら、入口のほうから70代くらいの老夫婦がやって来た。聞いたワケじゃないけど、見た感じからして、たぶん、ご夫婦だと思う。

その老夫婦は2人ともオシャレで、先を歩く奥さんのほうは、シックな色合いの涼しげな麻のワンピに品のいいボレロを羽織っていて、1メートルほど後ろを歩く旦那さんのほうも、涼しげな半袖シャツにチノパンで、ループタイをして真っ白なベレー帽をかぶっていた。軽井沢の別荘で絵でも描いていそうなイデタチで、2人とも小柄なので「可愛いご夫婦だな」と思った。もちろん、そんなにジロジロと見たワケじゃなくて、実際にはほんの数秒、チラッと見ただけだ。そして、あたしは、また冷凍食品を選ぶふりを始めた。

その時である!その老夫婦が歩いて来た入口のほうから「お客さま~!お客さま~!」という声がしたので、あたしは、また同じほうに目をやった。そしたら、いつもはレジにいる50代後半くらいのパートのおばさんが、「お客さま~!お客さま~!」と呼びながらこちらへ小走りに近づいて来る。この冷凍食品のコーナーの前には、あたしとその老夫婦しかいなかったので、その老夫婦を呼んでいるのは間違いなかった。

その声で、まず旦那さんのほうが振り返り、続いて奥さんのほうも振り返った。そして、パートのおばさんと旦那さんが向かい合う形になった。2人とも小柄で身長は同じくらいだった。すると、そのパートのおばさんが、旦那さんに向かって小声で何か言った後、少し離れた場所にいるあたしにも聞こえるくらいの声で「すみません!」と言いながら、水泳のクロールのように右腕を回して、旦那さんの頭の脳天を平手で叩いたのだ!あたしは、自分の目を疑ってしまった。

突然、眼前で「自分の目を疑う」ようなことが起きると、脳内にドーパミンとかがドバッと流れて瞬間的にスーパーサイヤ人みたいになるのか、あたしは、あたしの眼前で起こった出来事が、まるでスローモーションのように見えたのだ。車に撥ねられて空中を飛ばされて死ぬまでのホンの数秒の間に、その人の脳には自分の人生のダイジェスト版が走馬灯のようにリプレイされると言うけど、これって体感的には10~15分くらいの映像だと言われている。車に撥ねられてから死ぬまでを3秒だとすれば、10~15分の映像は200~300倍に該当するから、それこそスーパーサイヤ人的な脳内麻薬の分泌量だと思う。

ま、あたしの場合は、車に撥ねられたワケでもないし、自分の命が危険に晒されているワケでもないし、ただ単に自分の眼前で起こった理解不能な出来事を特等席で見ている1人の傍観者に過ぎないから、スーパーサイヤ人ほどのドーパミンは出なかったと思うけど、それなりに何らかの汁が脳内に出たと思う。そして、その汁の効果によって、あたしにはパートのおばさんの腕の動きがスローモーションに見えたのだ。パートのおばさんの右腕は、まるで分度器のように、まるでフォルクスワーゲンのビートルのように、まるで月齢22の下弦の月のように、美しく半円を描きながら老夫婦の旦那さんの脳天へと振り降ろされて行った。

そして、いったい何が起こったのか、まったく理解できないあたしは、ほんの数秒の間に、「品(ひん)が良く見えるご夫婦なのに、もしかして万引きでもしたのか?」→「もしもそうだったとしても、それなら店を出たところで捕まえるはずだし、店員が店内でお客の脳天を叩くなんて考えられない」→「まさか、このパートのおばさんは連日の猛暑で頭がおかしくなっちゃったんだろうか?」‥‥などと、その3人を凝視したまま、マッハのスピードで思考を巡らせた。

すると、次の瞬間、パートのおばさんが旦那さんの脳天から静かに右手を上げ、その手から「ジジ~ジジ~ジジ~」という大きな音が鳴り響いたのだ。そう、アブラゼミだ!パートのおばさんは、「先ほど、お客さまがご入店された際に、白いお帽子に何か付いているように見えたので‥‥」と説明し、旦那さんはペコペコと頭を下げてお礼を言い、奥さんはパートのおばさんが持っているアブラゼミを覗きこんでクスクスと笑っていた。つまり、この老夫婦が入店した時に、旦那さんの白いベレー帽に何か変なものが付いていることに気づいたレジのおばさんが、その時に担当していたお客のレジを済ませてから、この老夫婦を追って来たっていうワケだ。


‥‥そんなワケで、ネタさえ分かれば「な~んだ」って話だけど、その場に居合わせたあたしには、突然、店員さんがお客さんの脳天を平手で叩いたように見えたので、自分の目を疑ってしまったのだ。そして、この出来事があってから、あたしは、完全に忘れていた遥か昔の似たような自分の体験を思い出してしまった。

今から15~6年くらい前のこと、あたしはちょっと大きな仕事が契約できそうだったので、早めに東京駅の近くの広告代理店(と言えば名前を伏せても分かっちゃうけど)に向かった。この日は契約だけで仕事道具は必要なかったので、車を使わずに電車で向かった。そしたら、約束の時間より1時間近くも早く着いてしまったので、売店でお茶を買って近くの公園で時間を潰すことにした。秋口とは言え、まだ日差しが暑かったので、あたしは木陰のベンチに腰掛けた。ベンチの後ろは草むらで、背の高い雑草が生い茂っていた。

そして、約束の時間の15分前になったので、その広告代理店に向かった。担当のプロデューサーとは電話で何度か話しただけで、実際にお会いするのは初めてだったけど、すごく気さくで感じのいい人だったので、昔からの知り会いのように思えた。仕事の内容については電話とメールでほとんど済んでいたので、簡単な確認事項が終わると、サクサクと契約へと進み、30分ほどで完了した。あたしは丁寧にお礼をいい、平静を装って会議室を出たけど、エレベーターに乗ったらあたし1人だったので、「よっしゃ!」とガッツポーズをしてしまった。

ビルを出たあたしは、ホッとしたのと嬉しいのとで、急にお腹が減ってしまった。それで、すぐ近くのマックに入った。当時は、今と違ってジャンクフードも普通に食べていたのだ。そして、フィレオフィッシュとホットコービーを買って空いていた席に着き、さっそく食べ始めた。あたしの座った席は、左側が窓になっていたので、食べながら何気なく左を向いて外を見た。そしたら、あたしの視界の左端の下あたりに自分の左肩が入り、そこに何かの異物のようなものが見えたのだ。あたしは、この日、黒のブラウスを着ていたんだけど、何か黄緑色の物が見えたのだ。

それで、もう一度、ちゃんと見てみたら、ナナナナナント!あたしの肩にバッタが乗っていたのだ!ビックリして反射的に右手で払うと、そのバッタはピョンとテーブルの上に跳び、ピョンピョンとどこかへ行ってしまった。5センチくらいある大きなショウリョウバッタだった。こんなバッタ、いったいどこで肩に乗ったんだろう?あたしは、ここまでの自分の行動を巻き戻して思い出してみた。そしたら、どう考えても、時間を潰すために腰掛けていた公園のベンチしかないという結論に達した。

そう言えば、広告代理店の会議室で打ち合わせをしている間、担当のプロデューサーは、あたしの顔を見ながら話しつつ、時々、チラチラとあたしの左肩のほうに目をやっていたような気がして来た。でも、気づいていたなら教えてくれればいいし、もしかして、肩に小鳥を乗せている人のように、あたしがペットのバッタを肩に乗せて仕事に来たと思ったんだろうか?‥‥って、そんなワケはない。

それとも、「バッタの形のブローチ」だとでも思ったんだろうか?だとしても、肩にブローチをする人なんていないし、やっぱり気づいてなかったのかな?どちらにしても、あの公園のベンチであたしの肩に乗ったんだとしたら、なんだかんだで1時間近くも乗っていたことになる。とにかく、気づかれていなければいいけど、気づかれていたら恥ずかしい。でも、あたしは、この仕事が終わるまで、プロデューサーに確認することができなかった。


‥‥そんなワケで、このバッタ事件は、気づかれていなければセーフだし、気づかれていたら恥ずかしいけど、それでもあたしが何かやらかしたワケじゃないから、恥ずかしさのレベルは低い。ただ、15年以上も過ぎて完全に時効が成立した今、あたしとしては、恥ずかしいでんでん‥‥じゃなくて、恥ずかしいうんぬんよりも、肩にとまったバッタが1時間近くもジッとしているもんなのだろうか?‥‥という、純粋な疑問のほうが大きくなっていた。

百歩ゆずって、あたしが公園のベンチで文庫本でも読んでいて、1時間も2時間も動かずに座っていたのなら、たまたま、あたしの肩に跳び乗ったバッタが、そのままジッとしていたとしても不思議じゃない。だけど、あたしは、30分ほどでベンチから立ち上がり、距離にして数百メートルも歩き、ビルに入り、広告代理店の受け付けを済ませ、エレベーターに乗って指定された会議室へ行き、そこでも30分ほど過ごし、またエレベーターに乗って1階へ降り、そこから右へ行ったり左へ行ったり横断歩道を渡ったりしてマックに入り、マックで注文をして席に座るまで、ずっとあたしの肩にとまっていたなんて、そんなことがあるのだろうか?

さらに言えば、この時、あたしは、バッタがとまりやすそうな木綿とか麻とかの生地のブラウスを着ていたワケじゃなくて、ツルツルしたシルクの生地のブラウスを着ていたのだ。いつも木とかにガシッととまっているセミとか、明らかに脚の力が強いカブトムシやクワガタムシならともかく、バッタの脚はジャンプに特化したものだから、何かに掴まって長時間そのままの態勢でいるのには向いていないような気がするのだ。

セミにしてもカブトムシにしても、脚の力が強いだけじゃなく、脚の先にギザギザみたいなのがあるから、木にとまったり木に登ったりするのが得意だ。だから、たとえツルツルのシルクの生地のブラウスでも、その特性を生かして長時間とまっていることが可能だと思う。でも、ジャンプするために発達した後脚の他は、なんかオマケみたいな脚しかないバッタが、果たしてツルツルのシルクの生地のブラウスに1時間もとまっているなんて、本当に可能なのであろうか?


‥‥そんなワケで、この謎は、意外と簡単に検証することができた。つい数日前のこと、あたしは自宅から原チャリに乗って、いつものスーパーに行ったんだけど、スーパーに到着して駐輪場に原チャリを停めた時、あたしは、自分のデニムパンツの裾に3センチくらいのショウリョウバッタの赤ちゃんがとまっていたことに気づいたのだ。あたしが原チャリを停めている自宅のスペースは、今、時期的に雑草が生い茂っていて、そこにはショウリョウバッタがたくさんいる。そして、この3センチくらいの赤ちゃんバッタが、数えきれないほどピョンピョンと跳びまわっているのだ。

あたしは、その場所から原チャリを出して、跨ってエンジンを掛けたら、後はスーパーまでずっと道路を走っていた。赤信号や一時停止では止まったけど、そこも舗装された車道の上だから、そんな場所でデニムパンツの裾にバッタが跳び付く可能性は極めて低い。つまり、あたしが自宅で原チャリを出した時にバッタが跳び付き、そのままスーパーまでデニムパンツの裾にしがみついていたということになる。

生地はデニムだから、ツルツルのシルクよりも掴まりやすいと思うけど、それでも、あたしの自宅からスーパーまではアクセル全開でも10分以上は掛かる。アクセル全開で爆走すれば、ステップの上の足元にだって強風が巻き込んで来るし、まだまだ脚の力が弱いであろう赤ちゃんバッタが、そんな状況で風に飛ばされずに10分以上も耐えていたなんて‥‥。


‥‥そんなワケで、よくよく考えてみると、バッタって、特にショウリョウバッタって、細長い草の葉にとまっていたりする。場合によっては、雨の日のチョウチョのように、葉の裏に逆さ向きにとまっていたりする。ショウリョウバッタはカマキリと同じで黄緑色のと薄茶色のがいるけど、黄緑色のショウリョウバッタが細い草の葉にとまっていると、野鳥などの天敵に見つかりにくくなる。で、こうした葉にとまっても滑り落ちないということは、一見、頼りなさそうに見えるバッタの脚だけど、きっと先端あたりに細かいギザギザとかがあって、葉の表面などのツルツルした場所にもとまれるようになっているんだと思う。そうであれば、デニムなんて朝メシ前で、ツルツルのシルクにだって長時間とまっていられると思った。樹液を吸うためにガシガシと木に登るカブトムシの脚は見るからに立派で力強いけど、細いバッタの脚にも生態に適した繊細な機能が備わっていたのだ。そして、そう考えると、子どものころのトラウマでバッタのお腹が恐いあたしだけど、15~6年前のあの日、人脈を持たないフリーのあたしが、ヘアメイクという繊細な職種で大きな仕事をいただけたのは、肩に乗っていたショウリョウバッタの御利益(ごりやく)だったのかもしれない‥‥なんて思った今日この頃なのだ。


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